開業4年の北海道の「上川大雪酒造」が、幻の酒として大人気

旭川には上川大雪酒造の酒をそろえた飲み比べセットを楽しめる酒屋がある旭川には上川大雪酒造の酒をそろえた飲み比べセットを楽しめる酒屋がある

北海道の中央部よりやや北に位置する上川町。そこに、4年前に開業した上川大雪酒造がある。稀有な成功事例としてメディアにも取り上げられ、全国から多くの視察も受け入れている。日本酒の需要が減り続け、毎年、廃業する酒蔵が多いなか、同社では定価販売で完売し続け、地元還元酒「神川」は、東京はもちろん、もはや札幌でも手に入らない幻の酒になっている。

その味は、札幌国税局「新酒鑑評会」でも認められ、同社の日本酒「上川大雪」が2019年から3年連続金賞受賞。2020年に創設した蔵で醸した日本酒「十勝」は、造り初年度にもかかわらず金賞を受賞するほどの実力だ。2019年8月から1年半で4回、日本航空(JAL)国内線ファーストクラスにて「上川大雪」が採用され、業界でも評価が高い。

同社のユニークな点は、味はもちろん、地域と関わる独自の展開にもある。酒蔵のなかった土地に酒蔵をつくり、その土地のこだわりの素材で、“小仕込み・高品質”の酒造りを行う。日本酒を活用した地域活性化と人材育成を図り、「6次産業化地方創生ビジネス」のイノベーションを目指している。

現在上川大雪酒造は、上川町「緑丘蔵(りょっきゅうぐら)」と2020年5月に創設した十勝の国立帯広畜産大学構内の「碧雲蔵(へきうんぐら)」で醸造を行っていて、大学構内の酒蔵創設は日本初とのこと。さらに函館市内で54年ぶりとなる酒蔵の新設を計画するなど、成長が続いている。

旭川には上川大雪酒造の酒をそろえた飲み比べセットを楽しめる酒屋がある上川町は、大雪山連峰を望む風光明媚な観光地で、層雲峡温泉が有名だ

素人考えだからできた挑戦。小樽商大のOBなど、応援がふくらみ実現!

花が美しい「大雪森のガーデン」にレストランがあり、コース料理の本格的なお店とカジュアルなお店がある。フレンチの三國シェフが監修した味だ花が美しい「大雪森のガーデン」にレストランがあり、コース料理の本格的なお店とカジュアルなお店がある。フレンチの三國シェフが監修した味だ

上川大雪酒造代表の塚原敏夫さんによると、酒蔵開業のきっかけは、「決してカッコよい志で始めたわけではない」と言う。実は今から10年ぐらい前、国内のフランス料理界の巨匠 三國清三シェフに、ガーデンにレストランをつくりたいと上川町からオファーがあり、その際、三國シェフから誘いを受け一緒に起業。ガーデンにレストランをオープンした。そのレストランは、雪が深いこともあり、夏以外には観光客が少ない。そこで、閑散期の事業を検討し、酒蔵の開業案が出たのだ。上川町の近隣は米どころで寒冷な気候。空気がとてもよく、水も素晴らしいからだ。

「私自身が酒造りの素人だったから、推進できたのだと思います。日本酒の消費量は10年も経てば半分ぐらいになると予想されているそうで、日本酒業界の方には、そんな中で人口約4,000人の上川町に酒造をつくることはクレイジーだと言われました。実際、全国では毎年、多くの酒蔵が廃業しているのです」と塚原さんは続けた。

「縁があって賛同してくれる方々が少しづつ増え、実現したのです」と塚原さんは、当時を振り返る。

塚原さんは、出身大学の小樽商大のOBを訪ね回り、出資に賛同してくれる人を探した。その後、銀行融資も決まり、開業が具体化していったそうだ。酒蔵の名前、「緑丘蔵」は、小樽商大のOB会の「緑丘会(りょっきゅうかい)」にちなんでいる。

そして酒造りには職人である杜氏が欠かせない。北海道の農協連合会、ホクレンの方から現在の総杜氏である川端慎治さんを紹介してもらい、酒蔵の設計を含めた、生産部門すべてをお願いすることにした。役割分担を明確に分けて、着々と準備を進めていたが、酒造りのための免許取得でさまざまな苦労があった。現在、新規の清酒製造免許の取得は難しいとされているが、そのような状況下、休眠していた三重県の酒造メーカーから酒造免許を譲り受け、上川町に移転という形をとることで、2017年5月に醸造開始にこぎ着けた。

花が美しい「大雪森のガーデン」にレストランがあり、コース料理の本格的なお店とカジュアルなお店がある。フレンチの三國シェフが監修した味だ緑丘蔵の酒蔵は、シンプルな外観だ。建物に外廊下が設置され、見学コースになっていて、まるで行動展示のようだ

小規模生産だから多くのチャレンジができ、新しい味を表現できた

若手の杜氏さんに酒蔵を案内してもらった。後ろには洗米機がある若手の杜氏さんに酒蔵を案内してもらった。後ろには洗米機がある

緑丘蔵の特徴は、小規模生産であること。建物も小さく、カフェと勘違いして訪れてくる観光客もいたそうだ。一方で、小さいがゆえに、さまざまなチャレンジができるのも強みである。

お酒の生産に必要なのは、米と水と麹のみで、どんな原料をどんなやり方で造るかで味に違いが出る。従来の酒蔵では、例えば300年と引き継がれた老舗の場合、多くのデータを積み重ねたレシピがある。一方、上川大雪酒造は新しい酒蔵なので、どんな酒ができるか分からない。常に試行錯誤を繰り返し、新しい味を作り上げ、積み上げていくというスタンスだ。つまり、小ロットであるからこそ、いろいろなパターンの実験ができるのだ。

例えばホクレンから入荷するお米を洗う洗米機がある。上川大雪酒造の洗米機は45㎏と小さいタイプで、一般にはもっと大型の機械を使う。水の分量を変えたり、漬け込みの時間を変えたり、小ロットだから試せているという。

お米も生産地ごとに分けて仕込んでいる。農家の方から使ってくれないかと相談を持ちかけられたお米もなるべく使うようにして、常にチャレンジを繰り返している。

若手の杜氏さんに酒蔵を案内してもらった。後ろには洗米機がある小ロットのタンクで醸造している

地域振興に役立てたいと、その輪が広がっている

酒蔵の向かいにあるGift Shopの入り口酒蔵の向かいにあるGift Shopの入り口

まずは地域が元気になり、魅力的な場所となることが一番だと代表の塚原さんは考えている。酒蔵を開業したことで、その思いは強くなったそうだ。上川町の役場職員や住民の応援があったから開業・運営できたのだ。職員たちと一緒に居酒屋で酒を酌み交わした際、彼らが上川町に初めて酒蔵ができたことを、泣いて喜んだという。創業当初はスタッフがまだ少なく、職員や住民たちがボランティア組織を結成して、週末になると応援にかけつけてくれた。

そんな彼らの思いに応えるため、地元や近隣のお米を使って地域の方々に飲んでもらおうと、上川町や周辺のみで販売する日本酒「神川」を造っている。
「神川」は、道内でさえ流通していないので、札幌市内の日本酒居酒屋の方々がわざわざ買い付けに上川町にやってくるほどだ。上川町のセブン‐イレブンでは「神川」が販売されていて、全国のセブン‐イレブンのなかでもお酒の売り上げがトップクラスとのこと。日本酒を購入するために、旅行がてらその地域に行かなければならない仕組みだ。

昨年と今年、上川大雪酒造には上川町の高校から新卒生が正社員として入社した。塚原さんは、 地元の雇用面でも貢献できたことに、「こんなにうれしいことはない」と言う。高校生やその親御さんから酒蔵が魅力的だと認められ、地域の誇りに感じてもらっているのだと実感したからだ。

毎年1回、上川町有志の方々が開催する公民館での交流会は、上川大雪酒造が住民にお酒を振る舞う。
「われわれの取組みを報告し、地元の声にも耳を傾けるようにしています。どんなお酒が飲みたいかなども聞きます」と塚原さん。

ほかにも年に1度、近くの層雲峡の温泉宿に酒米を作っている農家を集めて、交流会もしている。農家は地域内のつながりはあるが、別の地方とのつながりは薄い。こういう集まりがあることで、良質な酒に合う米作りに対しての意見交換ができるのだ。例えば、函館市と上川町の交流ができることで、技術の向上になっていく。酒米の歴史が浅い北海道では有意義な集まりだ。

酒蔵の向かいにあるGift Shopの入り口Gift Shopでは上川町でしか購入できない限定品もある
酒蔵の向かいにあるGift Shopの入り口酒米の生産者を集めた勉強会を層雲峡温泉で開催した

連携を進めることが重要。帯広、函館など道内に展開中

上川大雪酒造の日本酒は、醸造が追いつかないほど人気が続いている。しかし代表の塚原さんは、上川町での成功に甘んじることなく、次の一手に動いている。

塚原さんは、冷静に成功の要因を分析していて、味はもちろんだが、上川大雪酒造の成功には、「産官連携」というキーワードも大きいという。つまり地元自治体と企業のコラボだ。その効果で、全国から年間約100組の自治体等の視察を受け入れ、口コミで広がり、メディアにも取り上げられた。

そして次は、「産学連携」というキーワードを見据える。日本を代表する食の宝庫・十勝で愛される地酒造りを目指し、帯広畜産大学と連携した。これは、日本酒の次世代に向けた人材育成という目的も含まれている。川端総杜氏が帯広畜産大学の客員教授に就任し、さらなる醸造家の輩出を目指している。

酒蔵が日本で初めて大学と組み、共同研究をすることに舵を切ったのだ。そういう取組みも地域振興に貢献できると塚原さんは考えた。 大学の知名度アップにも寄与して、酒蔵では人材育成と教育研究に励むことができ、まさにwin-winの関係だ。
大学キャンパスでの酒造りは、予想以上の大反響があったと塚原さんは当時を振り返る。 大学内での新たな酒蔵づくりのためにクラウドファンディングをしたところ、「Makuake」で2,966万7,400円、2,810人からの支援が集まったのだ。

その後、日本中の大学など教育機関から問い合わせがきているという。

創業からわずか4年目で2つ目の酒蔵をつくるというのは、前例がないだろう。さらに次は、函館での酒蔵づくりが始まる。こちらは「産官学連携」という形で、函館市と函館高専と組むことになった。ほかにも北海道内だけでも複数の相談が持ち込まれていて、いくつかは実現できるだろうと塚原さん。

各地域と連携しながら展開していくのは、手数も多く、実は投資効率が悪いそうだ。それでも地域に根ざしながら進めたいので、このやり方にこだわりたいと塚原さんは話す。
酒蔵が地域振興につながる。今後この手法が、全国に広がるかもしれない。

酒づくりは、日々の検査も重要だ帯広畜産大学のキャンパス内に新しくできた酒蔵の碧雲蔵

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