脅しではなく、“気づき”のためのカルテ

自分の住んでいる地域は、5年後、10年後……将来的にどのように変化しているのだろうか。今から30年後の2050年までの産業構造や公共交通、施設や農地などの変化を可視化するシミュレーションデータ、その名も「未来カルテ」が注目を集めている。2017年の公開以来、ダウンロード数は既に3万件を超えた。

研究開発を主導した千葉大学大学院 社会科学研究院 倉阪秀史教授によれば、各自治体の30年後を予測することは難しいが、物理的な資本基盤(ヒト・モノ・自然)の推移は比較的正確に把握できるという。さらにそれらを維持管理するための労働力をどの程度確保できるかは推測が可能であり、人口減少の影響が産業構造、保育・教育、医療・介護、公共施設・道路・住宅といったインフラや、農地、森林、再生可能エネルギー、財政に関わるかを可視化できるという。ただし、このカルテは単に未来を予言することが目的ではない。あくまでも「ギャップをきちんと捉えて、未来を書き替えることが目的」と倉阪教授は説明する。

「このカルテでは、近い将来に “この町や村にはこんな課題が起きる”と恐怖をあおりたい訳ではありません。あくまでもギャップをきちんと認識し、気づきを持ってもらい、政策を検討してもらうことを目的としているのです」(倉阪教授)

そのため倉阪教授らは、未来カルテを提示するだけでなく、学生や自治体の職員を巻き込んだカルテに見える未来の課題を解決していくためのワークショップを開催することで、よりよい政策に反映する仕組みづくりにも取り組んでいる。

自治体の強みや弱点を浮き彫りにし、適切な“まちづくり”に役立てられる「未来カルテ」。その特徴や活用例などを紹介しよう。

自治体の強みや弱点を浮き彫りにする未来カルテ。上部に自治体コードを入れると該当する自治体のデータを見ることができる。ちなみに左端にいるのは、未来カルテのキャラクター「オポッサム君」。「Open Project on Stock Sustainability Management:OPoSSuM」の頭文字をとっている自治体の強みや弱点を浮き彫りにする未来カルテ。上部に自治体コードを入れると該当する自治体のデータを見ることができる。ちなみに左端にいるのは、未来カルテのキャラクター「オポッサム君」。「Open Project on Stock Sustainability Management:OPoSSuM」の頭文字をとっている

介護士ひとり当たりのお年寄り数、4人から49人に増える町

まず未来カルテの仕組みを見ていこう。未来カルテは、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の就業者の人口予測をもとに、国勢調査の従業地毎産業別従業者数(2000年~2015年)の傾向を2050年まで継続させ、未来を予測している。健康社会生活が成り立つために不可欠な保育、教育、介護、医療、建設、農林水産業の分野の状況を可視化するものとなっている。

それぞれの産業の労働者人口を予測するのはもちろん、さらに以下のように人口減少がどのように我々の生活にインパクトを与えるのか? “ジブンゴト”として認識しやすい項目をグラフ化して提示してくれる。

●未来カルテでシミュレートされる項目(一部)
・幼稚園・児童福祉従事者ひとり当たりの幼稚園・保育園在籍者数
・教員一人当たりの小学校・中学校生徒数
・医師一人当たりの患者数
・福祉介護事業者一人当たりの介護受給者数
・人口一人当たりの道路維持費用
・一人1日当たりのゴミ排出量
・住宅供給の可能性(必要建て替え住宅床面積)
・再生可能エネルギーの供給量

単に人口減少といっても、産業における就業者数の減少だけでは、実際のところリアルに課題を感じにくいが、「介護士ひとり当たりのお世話しなければならないお年寄りの人数」となると直観的に変化が分かりやすい。例えばある町で、2020年には4.0人であったものが、2050年には49.0人と提示させるようになれば、おのずと危機感も出る。ちなみにこの数値は、架空のものではない「未来カルテ」である町の実際のシミュレーション結果だ。

末来カルテの仕組みや用途末来カルテの仕組みや用途

地域で異なる有効戦略の手が打てる

末来カルテは、市町村のコードを入力すると、一瞬で前出のような項目の数値を表示し、グラフ化してくれる。見てみると、地方であっても傾向は様々に異なるようだ。例えば、農業の状況であっても、現在、若手の就農に力を入れている自治体であれば、農地の減少率などは他の地方とかなり差がついてくる。

また、住宅供給の可能性を見ても、自治体ごとに、建て替えを必要とする住宅とその地域の人口のバランスなどで住宅の余剰は変わってくる。そしてその点は住宅だけの問題に留まらず、エネルギー政策などとも密接に絡んでいくことになる。

「ある自治体では、住宅が余らないため再生可能エネルギー比率を増やすのであれば、家の建て替え時にゼロエネルギーを促進させる補助金を手厚くすればよいわけです。一方、空き家が増える自治体では、個人宅に太陽光を入れるだけでは効果が薄い。自治体でまとめてソーラー発電施設をつくった方が効率的。といったようにおのずと施策が変わってきます」(倉阪教授)

特に省エネや環境目標などは、国や県で設定されているため、一律にその目標を守っていればよいと考えがちだが、実際のところでは、各地域によって有効な戦略が変わってくるものなのだ。しかも、短期的な視野では対応できないエネルギー対策などは、きちんと長期的な視野に立った政策が不可欠。その点でも、「未来カルテ」は、自治体の特徴を捉え長期戦略を描くために役立つはずだ。

「現在、未来カルテを基に、さらに細かいデータを組み合わせながら、よりこまやかな自治体別の脱炭素戦略を検討するための『脱炭素戦略検討支援ツール』の開発を進めています。また、温暖化に伴う気温や降水量の変化による生産量の低下が予測される作物に関する情報、また熱中症リスクなど『気候変動リスク情報』についても未来カルテに実装することを検討しています」(倉阪教授)

ちなみに、現在未来カルテが基礎データとしてシミュレーションに用いているのは、2015年の国勢調査のデータとなる。まもなく新たな国勢調査の結果が公開されるわけだが、そのタイミングで未来カルテの基礎データもアップデートする予定だ。現状では2015年時点での自治体の努力によって未来が予測されているわけだが、より近年の自治体の努力が未来カルテにも反映されることとなる。

医療・介護分野のデータと住宅供給に関するデータ医療・介護分野のデータと住宅供給に関するデータ

中高生たちが、未来カルテで実際の市政に役立つ提言も

地域の課題解決を促すという点では、未来カルテは単にシミュレーションとして提示するだけに留まらない。未来の市町村長になりきり政策提言を考える「未来ワークショップ」の仕組みづくりにも力を入れている。

自治体の担当者や、地方再生に力をいれる団体の利用なども多いが、末来を担う子どもたちに、自分たちが暮らす市町村の現実を捉えて欲しいと、先進的な自治体では教育活動の一環にワークショップを組み込むことも多い。倉阪教授曰く「大人よりも学生の方が、柔軟な思考で物事を捉えるため、政策としても斬新な提案が出る」そうだ。

「鹿児島の西之表市では中高生たちが未来市長として、政策提言を現在の市の職員や市長に対して行いました。優れた政策の素案もあり、実際に市長自ら市政で検討することを約束した場面もありました。
大人を対象に未来ワークショップを開催したこともありましたが、大人はどうしても、自身がこれまで経験した仕事やスキルの延長線上で政策を考える傾向にあり、そのため、斬新なアイデアが出にくい。まさにこれからの担う子どもたち自らが未来のための政策を考えるという点がワークショップの意義の1つと感じています」(倉阪教授)

全国でのワークショップ実施状況全国でのワークショップ実施状況

オンラインワークショップも検討

未来ワークショップの開催を求める自治体は多く、コロナ禍以前、倉阪教授らは忙しく全国を飛び回っていたという。しかし、新型コロナの影響により、現在は県をまたいだ移動も制限され、また大勢が1ケ所に集まるリアルなワークショップの形式は開催が難しくなってしまった。

「ですので、これからはオンラインの形式を模索していきたいと思います。もともと学校のカリキュラムなどで未来ワークショップを実施できるようファシリテーター養成講座を準備していました。この養成講座とワークショップの開催自体をオンラインに切り替えて運営ができるように整えていこうと考えています」(倉阪教授)

新型コロナは、皮肉にも地方の価値を改めて私たちに問う形になった。「密」を避けることを強いられた生活、テレワークの推進は、持続する形を見いだせれば地方はもっともっと魅力的な場所になるはずだ。そのためにも、生活インフラとしてどのポイントを見直し改善していくべきか。それぞれの自治体に即した未来把握と改善策を打つ上で未来カルテとこのワークショップは役立つだろう。

簡単なメール登録を行うだけで、この未来カルテは誰でもダウンロードすることができる。ぜひ多くの人が見て、地域の未来を考えるきっかけにしていただきたい。

■千葉大学大学院
人文社会科学研究科 倉阪研究室 OPoSuM-DS 未来カルテ
http://opossum.jpn.org/未来カルテ2050/

OPoSuM-DS(オポッサム)
http://opossum.jpn.org/

「未来カルテ」や「未来ワークショップ」の研究開発を主導する千葉大学大学院 社会科学研究院 倉阪秀史教授。コロナ禍で学生に向けてオンライン授業を行ったのをきっかけに、YouTubeチャンネルで環境政策にまつわる講義を一般公開している
https://www.youtube.com/channel/UCy_z2PUYctiejZK8biORPug「未来カルテ」や「未来ワークショップ」の研究開発を主導する千葉大学大学院 社会科学研究院 倉阪秀史教授。コロナ禍で学生に向けてオンライン授業を行ったのをきっかけに、YouTubeチャンネルで環境政策にまつわる講義を一般公開している https://www.youtube.com/channel/UCy_z2PUYctiejZK8biORPug

2020年 09月14日 11時05分