移住先として希望ランキングで1位に輝く長野県

上/さまざまな移住希望地のランキングでトップとなっている長野県。そのなかで県南部の伊那市は人気の都市のひとつ。下/移住応援サイト「いい川、いい山、いい街あります! 伊那に住む」のトップ画面上/さまざまな移住希望地のランキングでトップとなっている長野県。そのなかで県南部の伊那市は人気の都市のひとつ。下/移住応援サイト「いい川、いい山、いい街あります! 伊那に住む」のトップ画面

長野県南部に位置する伊那市。南アルプス(赤石山脈)、中央アルプス(木曽山脈)と、3,000m級の雄大な山々に囲まれた緑豊かな都市だ。

自動車で東京からは約2時間45分、名古屋からは約2時間。鉄道では東京から約3時間30分、名古屋から約3時間45分という距離。それが「ちょうどいい」距離感であると、移住先として注目されている。

株式会社宝島社が発行する月刊誌『田舎暮らしの本』が毎年発表している「住みたい田舎ベストランキング」のなかの「移住したい都道府県ランキング」の2020年版で、長野県が第1位になった。これは14年連続の記録となる。また、移住をサポートする活動を行う認定NPO法人ふるさと回帰支援センターがまとめた「2019年移住希望地域ランキング」でも、長野県は3年連続となる1位に輝いた。

県内の各市町村が移住促進を進めているなか、今回は伊那市の取り組みを取材した。

自然環境プラス充実した子育て環境も大きな魅力

自然のなかでさまざまな体験ができる「信州やまほいく」の様子自然のなかでさまざまな体験ができる「信州やまほいく」の様子

総務省が各都道府県および市町村に実施した調査では、2018(平成30)年度中に受け付けた移住に関する相談件数は、全体で約29万8,000件となっており、前年度から約3万8,000件増加している。(出典:総務省「平成30年度における移住相談窓口等における相談受付件数等」

そんな人々の思いに応えるように、自治体もさまざまな移住支援策を打ち出している。

伊那市では、国全体の人口減少という状況から、2013年度に移住・定住促進プログラムを策定。市の強みと弱みを分析しながら、取り組みを進めてきた。強みとしては、主に自然環境、農環境、教育がピックアップされている。

伊那市は先の項で記載した「住みたい田舎ベストランキング」で、子育て世代にぴったりな田舎部門で全国第1位に選ばれたことがある。自然のなかでのびのびと育てられる環境、そしてその自然という特色を生かした教育で子どもたちの成長を高める教育を行っているという。

「生きる力を育む保育と教育に取り組む、『子育てにぴったりなまち』です」とは、今回取材に協力してくださった伊那市役所・地域創造課の伊藤貴さん。

例えば、長野県では“信州やまほいく”という愛称の信州型自然保育認定制度を2015年からスタートした。屋外での遊びや運動を中心に、さまざまな体験を通して知力と体力を同時に高めることができるとされる保育・幼児教育を実施。伊那市内は7つの保育園が認定団体となっている。

また、市立の伊那小学校は通知表、時間割がなく、総合学習や総合活動に力を入れている特色ある教育でマスコミなどにも取り上げられている。一方、新山小学校は通学区域を越えて通える小規模特認校で、少人数クラスならではのきめ細かな教育を行っている。

ほか、市内には子育て支援センターが5ヶ所設けられており、育児サークル、NPO法人や読み聞かせグループのイベント開催など、子育てを支援する活動が充実している。

地域と一体となって移住促進に取り組む

2015年には国の地方創生政策である「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の一環として移住促進に取り組むように。そのなかで、新山(にいやま)地区を「田舎暮らしモデル地域」として指定。指定期間は10年間で、地域、行政、民間事業者などの協働により、移住者の受け入れ体制の整備や生活基盤の確立に向けた支援をする。

新山地区では、2006年に保育園児の減少により「新山の保育園・小学校を考える会」を結成。その活動で2009年から5年間閉園していた保育園を再開することに成功した。保育園が再開した2014年に会は解散したが、2015年に「新山定住促進協議会」を発足して活動を発展させた。そういった地域住民の動きから、「田舎暮らしモデル地域」に指定されたのだ。

移住希望者へ向けた空き家、貸家、売家などの情報提供、相談などのサポート、保育園・小学校に対する支援など、住民がより安心して暮らせるような環境形成に取り組む。この新山定住促進協議会の活動は、国土交通省実施の「平成29年度地域づくり表彰」で「全国地域づくり推進協議会会長賞」を受賞した。

また、2016年には田舎暮らしモデル地域の第2号として溝口区が指定され、活動を展開している。

伊那市の新山地区は、伊那市駅から東へ約10kmの場所。地域住民が積極的に定住促進に取り組む伊那市の新山地区は、伊那市駅から東へ約10kmの場所。地域住民が積極的に定住促進に取り組む

田舎暮らしを体験するモデルハウスを整備

もうひとつ、伊那市の移住促進の取り組みでご紹介したいのが、お試し暮らしができる「田舎暮らしモデルハウス」と「移住体験住宅」の整備。

2015年に完成した田舎暮らしモデルハウスは、地域資源を活用した住環境整備の促進を目的に、伊那の間伐材を使用した建物となっている。柱や床などにスギ、ヒノキ、アカマツが使われ、木の温もりがある雰囲気に。使用料は、利用人数にかかわらず1泊4,000円(原則3泊4日以内)。冷蔵庫、洗濯機、IHキッチンは完備しており、寝具レンタルの場合は別途費用が必要となる。

もう少し長く体験してみたいという場合は、最長1ヶ月の移住体験住宅が利用できる。使用料は30日間で2万5,000円。水道光熱費込みで、Wi-Fi、ケーブルテレビ完備のほか、家具、家電、自転車もある。

田舎暮らしモデルハウスを2019年に利用したのは43組144名で、そのうち実際に移住したのは5組15名。移住体験住宅の2019年利用者数は18組35名で、うち移住したのは3組8名。

伊藤さんによると、「田舎暮らしモデルハウスは最長3泊4日と短いため、仕事をしている方やお子さんが小さい方の利用が多い印象。建物自体も新しく、薪ストーブやペレットストーブもあり、好評をいただいています。一方、移住体験住宅は1ヶ月での利用になることから、すでに移住を決めている方や仕事をリタイアしている方が多いです。みなさん、地域の情報をかなり得ているように思います」とのこと。

どちらも利用しやすい金額だと思う。実際に過ごしてみることで、見えることがあるはずだ。なお、2020年5月現在、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から利用は中止となっており、再開については伊那市役所・地域創造課に問い合わせを。

新山地区から程近い場所にある、田舎暮らしモデルハウス。冬用に薪ストーブも備えている新山地区から程近い場所にある、田舎暮らしモデルハウス。冬用に薪ストーブも備えている

移住のニーズがある一方で、物件が少ないなど課題も

市の移住施策を活用して移住した人数は、2015年は37組85人、2016年は40組82人、2017年は42組108人、2018年は60組131人、2019年は56組107人となっている。この7~8割が40代以下だという。

移住支援策としては、市単独の移住セミナーを東京などで実施して周知も行っている。しかし、2020年4月からは、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、先輩移住者がゲスト出演するオンライン移住セミナー「伊那谷つながりSTAND」を開催。

筆者も5月5日に行われた第2回のセミナーに参加してみた。当日は東京の会社の社員で、伊那市でリモートワークをしている女性が登場。青年海外協力隊での経験から、「自然ともっと近くに」という思いを抱いていたところ、彼が長野県の会社に転職が決まり、一緒に転居。自身が勤める会社では、新規事業の立ち上げを担当できることになり、地域に役立つ事業の企画を検討するという仕事を行っているそうだ。そのなかで語られたまちの印象は「外から来る人に対して寛容」とのことだった。

施策は成果を上げているようだが、伊藤さんに今後の課題を聞いた。
「居住へのニーズがある地域で、空き家はあるものの貸せる物件が少なく、移住希望者の移住機会を逃していることがあります。例えば新山地域などは、アパートも少ないんです。空き家があっても貸せる物件が少ないというのは、持ち主の方がほかの都市に住んでいて、こちらの家は年1回ほど帰郷するときに利用していて、完全な空き家というわけではないんです。こういったケースでは、持ち主の方がこのニーズを知らないことも多いようなので、賃貸に出すという相談をしてもいいのではと考えています」。空き家バンクのほか、田舎暮らしモデル地域での新築・増改築への補助金や空き家取得への補助金を制度化しバックアップしながら取り組みを進める。

もうひとつ、「移住者は増加傾向にあるものの、大学進学などによる地元出身者のUターンは改善していない」ことも解決をしたいそうだ。「一度は離れた地元の魅力をあらためて知ってもらうため、“移住”のニーズがあることがひとつのキーワードになるのでは」と、伊藤さんは語る。

移住者のなかには店を開くなど、起業している人も多いそうだ。「そういう人とのつながりも増やしていければ、移住だけでなく、まちも楽しくなる」と、伊那のまちづくりに期待をしている。移住への支援とともに、まちの発展への取り組みが進行している。

取材協力・写真提供:伊那市役所 企画部 地域創造課(移住・定住相談窓口)
伊那市 移住応援サイト https://www.inacity.jp/iju/

上/地域交流の場となっている「いなまち朝マルシェ」。5月~10月の最終日曜日に開催され、地元で採れる野菜などの販売やイベントが行われる(新型コロナウイルスの感染拡大対策により休止中)。下/伊那市中心部の商店街。まちの人々が手入れしているバラが美しい上/地域交流の場となっている「いなまち朝マルシェ」。5月~10月の最終日曜日に開催され、地元で採れる野菜などの販売やイベントが行われる(新型コロナウイルスの感染拡大対策により休止中)。下/伊那市中心部の商店街。まちの人々が手入れしているバラが美しい

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