『マジンガーZ』の地下格納庫、実際につくるなら?

前田建設ファンタジー営業部のA部長(右)とC主任(左)。ほか、メンバーはB主任とD職員の計4名。「空想世界対話装置」を使っている間はこのような人形になってしまうのだという前田建設ファンタジー営業部のA部長(右)とC主任(左)。ほか、メンバーはB主任とD職員の計4名。「空想世界対話装置」を使っている間はこのような人形になってしまうのだという

「ジリリリリン、ジリリリリン……」。机上の電話――ではなく、「空想世界対話装置」が鳴る。「もしもし、前田建設ファンタジー営業部」。受話器の向こうの人物はこう切り出した。「あー、もしもし。光子力研究所の弓と申しますが……」。

実はこれ、前田建設工業株式会社が制作しているウェブコンテンツ内のワンシーンである。

「光子力研究所」というワードにピンときた方も多いだろう。弓教授とは、アニメ『マジンガーZ』に登場する人物。マジンガーZの基地である光子力研究所の所長を務め、マジンガーZをパワーアップさせたり、「アフロダイA」などのロボットを生み出したりした科学者で、もちろん架空の人物だ。

一方、その弓教授からコンタクトを受けた前田建設ファンタジー営業部とは、前田建設工業株式会社が、2003年に発足した部署だ。「空想世界対話装置」を通じた架空世界からの依頼を専門としており、アニメやゲームなどに登場する建設物を実際につくる方法を検討し、いくらで、どれくらいの期間でできるのか見積もりを出している。といっても、非現実的な依頼だからといって適当な回答を出すことはない。どう実現するか細部まで本気で検討したうえで、通常の仕事と同じ手順で見積もりをつくるのだ。その細かさは、「では本当につくってください」と発注があれば、実現できてしまいそうなほどである。

大手ゼネコンとして公共工事などの「お固い」仕事も行っている前田建設が、なぜこのような「ゆるい」コンテンツをつくることになったのか?
そこには、建築会社や工務店も共通して抱える課題が関係していた。

建設業の真実を伝えるために、有志が立ち上がった

当時の打ち合わせ風景。右側にあるのが、第1弾として検討した『マジンガーZ』の地下格納庫の模型だ当時の打ち合わせ風景。右側にあるのが、第1弾として検討した『マジンガーZ』の地下格納庫の模型だ

道路や橋、ビル、マンションに家…。まちを構成するインフラや建築物をつくっているのが建設業に携わる人達だ。前田建設も鉄道や道路、発電所などの土木工事や、高層マンションや公共施設、スポーツ施設などの建築とさまざまな場で活躍しているが、その一方で、前田建設のみならず、建設業界全体の長年悩みのタネとなっているのが人材不足だ。

「前田建設ファンタジー営業部の発足当時は、談合事件などの影響でゼネコンに関して負のイメージが強い報道がなされていました。景気も低迷しており業界全体に元気がなかったこともあって、採用活動に非常に苦労していたのです。そんな状況でも、実際に現場で働いている人たちは仕事に誇りとやりがいを持っている。世間のイメージと実態とのギャップを埋め、もっと多くの人に建設業に対して興味を持ってもらいたい、というのが発端でした」
そう教えてくれたのは、現在ファンタジー営業部の窓口を務める、総合企画部広報グループ長の堂森宏三さん。建設業界の負のイメージを払拭するには、そして信頼される企業になるにはどのような情報発信をすればよいのかが、会社としての課題だったという。

そんな頃、ファンタジー営業部の発起人である岩坂照之さんは、自動車会社が制作したロボットに観客が熱狂する様子を目にした。「自分たちも建設業で人を感動させるようなことはできないか」。しかも、建設業がどのような仕事か分かってもらえるような一挙両得の方法はないか…そこで思いついたのが、アニメの象徴的な建設物を利用して建設会社の仕事を伝えるという、現在の企画の原型だったそうだ。
そのアイデアが本格的に始動したのは2002年。岩坂さんに賛同した、当時30代前半の社員5名が中心メンバーとして集まり、社内の多くの人に協力を仰ぎながら、業務時間外でコツコツとコンテンツづくりを進めていった。どれだけ反響があるかわからなかったので予算は無し。1年間続け、アクセス数が伸びなければやめるという話もしていたという。

第一弾コンテンツ「『マジンガーZ』地下格納庫編」の公開開始は2003年2月。当初は全く話題にならず、社内でも「イントラネットにお知らせが流れてきて、何か始まったな、くらいの印象でした」と堂森さんは言う。
しかし2003年8月、ちょうど「『マジンガーZ』地下格納庫編」の72億円という見積りが公開された際にヤフーニュースに取り上げられ、潮目が変わった。アクセス数が爆発的に増え、会社のサーバーが落ちてしまうほどに。社外での認知度も一気に上がり、営業先で「面白いことやってるね」と声をかけられる営業担当者も増えたそうだ。

社外での評価が上がるとともに、社内でも徐々にコンテンツが認められ、「ファンタジー営業部」の活動は通常業務として扱われるように。広報が窓口となり、進行管理などのディレクションと執筆を主に岩坂さんが、内容の確認は社内の関連部署が担うという現在の体制が確立した。

リクルーティングにも好影響。“前田建設=ファンタジー営業部”のイメージに

2004年に発行された『前田建設ファンタジー営業部1「マジンガーZ」地下格納庫編』(幻冬舎文庫)。ウェブコンテンツのファンが多かったため、ほとんど内容に修正は加えず収録したという2004年に発行された『前田建設ファンタジー営業部1「マジンガーZ」地下格納庫編』(幻冬舎文庫)。ウェブコンテンツのファンが多かったため、ほとんど内容に修正は加えず収録したという

活動が軌道に乗った2005年ごろには、採用面接にやってくる学生たちの口からも「ファンタジー営業部」の名前が聞かれるようになった。ファンタジー営業部のコンテンツを見て、「やりたいことをやらせてくれる、自由にチャレンジできる会社だと感じて志望した」という学生が増えたのだ。

学生ばかりでなく他社にもその存在は知れ渡り、特に2011年前後にはコラボ案件が続々と飛び込んできた。飲食や小売、自動車、レジャー業界など、建設業とは全く関係のない企業からの声がけがあり、一時は自社サイトのコンテンツに手が回らないほどだったという。

ファンタジー営業部の広がりはそれだけに留まらない。コンテンツ公開を開始した翌年には「『マジンガーZ』地下格納庫編」が書籍化され、その後も2冊が発行された。2013年には、ファンタジー営業部発足までの裏話が舞台化されて話題に。そしてその舞台を見たという映画プロデューサーのラブコールで、2019年には映画制作が始まり、2020年の公開を予定。業界どころかメディアの枠も超えて、広く長く愛されているのである。

そんな人気コンテンツの中心を担う岩坂さんとは、一体どのような人なのだろうか。
「アニメも建設も好きな人ですね。また、他社と一緒に取組むこと、『これおもしろいよね』と共有できることが好きみたいです」と堂森さん。
元々は土木設計で入社し、2つの大学院での学び直しを経て総合企画部 広報グループに配属。建設会社の広報は技術の内容を伝えることも必要なため、理系出身者も少なくないという。
「理系の技術者は論文を書くので文章自体は書き慣れていますが、通常は専門性が高く万人が読めるものではありません。しかし岩坂には、難しい内容でも面白く書ける才能があるのです」と堂森さん。
現在はICI総合センターという、他社と協働して新しい技術を開発していく研究所に所属。「リアルファンタジー営業部」と呼ばれており、これまで「ファンタジー営業部」で培ってきた、他社と協力してプロジェクトを進めるやり方を持ち込んだオープンイノベーションの場で活躍しているそうだ。

発足当時から変わらないこだわり

岩坂さんをはじめとするファンタジー営業部の面々が、当初から変わらず心がけていることがある。
「『マジンガーZ』の掲載許可を取った際、東映アニメーションさんに言われたのが、『アニメファンを裏切らないでほしい』ということでした。そのため、アニメを批判することがないように心がけていますね。なので、コンテンツの中で発注者(アニメ側)に無茶な注文をされたとしても、文句は一切書かれていないんです」
また、あくまで「建設業の魅力を伝えること」をベースとしており、自社の宣伝よりも建設業界全体のことを考えてつくることも暗黙のルールだという。

実は、ファンタジー営業部の活動について反対意見が無かったわけではなかった。
「見積もりの出し方には会社ごとにノウハウがあります。見積もりを出すのは手の内を明らかにすることであり、それに対する反対意見はありました。しかし、そこをブラックボックスにして、いい加減に数字を出していると思われるのも嫌だった。社内外の納得のバランスをとるのが難しかったですね」と堂森さん。
内容に関しても、一般の人にわかりやすく書くことと、建設業に携わる専門家たちに納得してもらうことのバランスに苦心した。
コンテンツ内では難しい技術に関することもしっかりと書かれており、社内の人間でも「文系にはちんぷんかんぷんな部分があります(笑)」と言うが、技術者たちは細かい記述に興味をもつため、極力省略しないようにしているそうだ。

こうして細部にまでこだわりコンテンツづくりをしてきたことで、今では社内でもかなり理解が進んでいる。
「2020年に映画の公開が予定されていますが、決まった当初は社内から反対があるのではないかと思っていました。しかし、蓋をあけてみると応援してくれる声のほうが圧倒的に多かった。今まで真面目に取組んできたことで、『建設業界全体のために』という活動のスタンスが伝わったのかなと思います」

前田建設ファンタジー営業部のトップページ。書籍化や公開期間終了により今は読めないコンテンツもあるが、これまでいかに無理難題に挑戦してきたのかがわかる前田建設ファンタジー営業部のトップページ。書籍化や公開期間終了により今は読めないコンテンツもあるが、これまでいかに無理難題に挑戦してきたのかがわかる

ファンタジー営業部の今後

イメージキャラクターのまえだくん。「ファンタジー営業部」の書籍などでも活躍しているイメージキャラクターのまえだくん。「ファンタジー営業部」の書籍などでも活躍している

ファンタジー営業部の立ち上げメンバーは、今では50代。若手だったころと違い、なかなか時間が取れなくなってきている。
「世代交代を進めなければと思ってはいますが、なかなか…。やりたいという人はいるのですが、裏側ではさまざまな調整に奔走し、非常に大変だということをみんな知らないんですよね。それに、働き盛りの若手に、本職に加えてこの仕事をやってもらうのは難しくて…」
人手不足はこんなところにも影響しているようである。

「自社・協力会社含め、入職者が少ないという課題はまだ解決できていません。ロボット化や自動化などの働き方改革も複合的に進めていく必要があると感じていますが、何より建設をやってみたいと思う人がもっと増えてほしい。そのためにも、ファンタジー営業部の活動は続けていきたいと思います」

ファンタジー営業部のコンテンツを読んでみると、いずれの作品にも非常に細かいやり取りが描かれている。登場人物たちと一緒に案件を進めているような気になるのは、岩坂さんを始めとするメンバーがディテールにこだわっているからこそだろう。建設会社の仕事の一部を追体験するうち、「この会社で働いてみたい!」と思う人がいてもおかしくなさそうだ。
建設業に関わらない人間にとっても、ファンタジー営業部のコンテンツを通して知らない世界を覗き見ることは純粋に楽しく、工事現場や建築現場で働く人たちの見方も変わるだろう。

かつて建設業は「きつい、危険、きたない」というイメージから3Kと言われ、敬遠されることがあった。現在は労働環境の改善などが進み、そうしたイメージは払拭されてきているものの、国土交通省が2019年6月に行った建設労働需給調査結果によると、全国的に建設業の労働需給は「不足」している状況。同年7月末に発表された労働市場分析レポートには、「建設業においては、他産業と比べ高齢化が進行している中、新規高校卒業就職者の就職後3年目までの離職率は一貫して全産業・製造業を上回っており、将来の担い手確保が懸念されている」とある。この状況は今後も続きそうで、これからの建設業界を担う人材の確保に、各社が頭を悩ませていることだろう。
そんな状況で、認知度の向上や若手の採用などを目指して何か取組みたいと考えている会社は多いはず。一つの取組み例として、参考になるのではないだろうか。


■前田建設ファンタジー営業部
https://www.maeda.co.jp/fantasy/