古代エジプト、古代ローマから続くビアジェという仕組み

フランスには「ビアジェ」(「人生の時間」という意味合いの古フランス語viajeから派生)という特殊な不動産売買契約がある。古くは古代エジプトや古代ローマ時代にもさかのぼるシステムで、フランスでは9世紀にシャルル2世が取り入れ、その後、1804年、ナポレオンの民法典で成文化された。ナポレオンが欧州を制覇した時代に各国に広がり、現在、ベルギーとフランス、イタリアやスイスでも似たようなシステムが残っている。

買い手は、不動産を購入する際に「一時金(法律で定められているわけではないが通常は約30%)」を売り手に支払い、その後は、売り手が亡くなるまで一定の金額を年金のように払い続ける(以下:定額年金)というシステムである。定額年金の平均額は715ユーロ(2019年7月現在1ユーロ=121円なので約8万6,515円)。フランス人の平均年金1,389ユーロ(約16万8,069円)の約半分の額になるので、結構な副収入になる。

一方、買い手側のメリットは、物件を安く購入できる可能性が高いことだ。売り手が亡くなった場合、定額年金の支払いは終了する。売り手が1年後に急逝してしまった場合、1年間の定額年金の支払いだけで物件を取得したことになる。統計によると、ビアジェ物件の価格は通常より40%割安だという。

パリ17区。頑丈な石でできたアパルトマンには、年配の富裕層が多く住んでいるパリ17区。頑丈な石でできたアパルトマンには、年配の富裕層が多く住んでいる

売り手より買い手が先に亡くなり事態が一変

このようにビアジェは、双方Win-Winの関係を目指しているが、時に、思いもよらない物語を生み出すことになる。私の身近で起こった一例をご紹介する。

私の夫と仲がよかった従姉妹ジャックリーンは、ブルターニュ地方の小島にビアジェ物件の小さな家を購入した。この家の売り手は、当時70歳代のイレーヌさん。年金生活者で、ビアジェとして自分の家を売ることにしたのだ。イレーヌさんは、雨の日も風の日も10kmをウォーキングするのを日課にしており、元気そのもの。こんな状況を知った夫は「買い手は長期間、定額年金を支払う状況になるのでは…」と複雑な心境になったらしい。

数年後、買い手のジャックリーンが癌で急逝してしまい、物件はその母である年金暮らしのアンドレ叔母さんの手に渡った。彼女は、自分と同年代のイレーヌさんに定額年金を払い続けなければならない破目になってしまったのだ。売りたいのだが、買い手が売り手より先に亡くなったという「いわく付きの物件」を買う人は少ないという。

その後、アンドレ叔母さんはこの物件をタダ同然で公証人に譲るが、その公証人も亡くなり、最終的には公証人の甥の手に渡っていったという。売り手のイレーヌさんは結局90歳まで生きた。ビアジェが、さまざまな人の人生を変えてしまった一例とも言える。

イレーヌさんがビアジェで売った家。買い手のジャックリーンは定額年金を支払っている途中で亡くなってしまったイレーヌさんがビアジェで売った家。買い手のジャックリーンは定額年金を支払っている途中で亡くなってしまった

重大事件に発展するケースも

このような側面を持つビアジェは、これまでに数多くの小説や映画のテーマにもなっている。しかし、時に、重大な事件に発展することもある。これもフランスで実際にあった話だ。

C氏は不動産投資が趣味で、特にビアジェ物件の購入を好んでいた。カンヌやニースで有名な南仏アルプ・マリティム県(地中海沿いなので温暖、住民には富裕層の高齢者が多い)に5つのビアジェ物件を所有していた。このC氏が、S夫人(76歳)のビアジェ物件を購入した。ところが、その後S夫人に不可解なことが立て続けに起こる。

S夫人が床に倒れ、もがき、うわ言を叫んでいるところを隣人に発見された。同様のことが2ヶ月の間に3回発生。症状が起きるのは、いずれも毎日飲んでいるミネラルウォーターを飲んだ後だった。3回目の時、S夫人は隣人に「テーブルの上にあったミネラルウォーターの味がおかしい」と電話をし、助けを求めた。駆けつけた隣人も味見をした結果、同じ症状に陥った。病院はとうとう警察に通報した。

売り手のあまりの元気さに焦っての犯行?

真っ先に疑われたのがC氏。警察の取り調べを受けC氏は無実を訴えるが、家宅捜査で毒薬にもなるアトロピンを含む動物用点眼薬が見つかり、パソコンではアトロピンや塩化カリウムに関する調査や、そしてS夫人の訃報を探した操作履歴が発見された。どうやら2014年、C氏は勤務先を解雇され、それ以来、S夫人への定額年金の支払いが滞るようになったらしい。

翌年から、C氏は煙探知機を取り付けに、あるいは、アパート管理委員会出席のためなどとさまざまな理由をつけ、頻繁にS夫人宅を訪れるようになったという。S夫人は、同じアパートの住人に「私がなかなか死なないからCさんは心配しているのよ」と冗談を言っていたそうだ。2019年3月、C氏は20年の禁固刑の判決を受け、メディアで大きく報道された。

被害者のS夫人。「私は健康的な暮らしをしているの。酒は飲まないし、ビオ食品を食べ、薬はホメオパシー。土曜日は市場、火曜日は美容院に行くという規則正しい生活をして、昔のことはさっぱり忘れる性分」という。なんと今年89歳。この元気さに、C氏が道を誤って犯行に及んだことは想像に難くない。

多くの場合、買い手、売り手双方にメリットをもたらすビアジェ

大手不動産サイトSe Logerが昨年発表した統計による、ビアジェは不動産市場の0.5%で、年間5,000件あまりが売買されるのみ。しかし、取引数は毎年5%ずつ伸びている。その40%はイル・ド・フランス(パリを中心とした近郊に当たる県)、25%が南仏コート・ダジュールだ。

ビアジェによって、売り手は購買力が50%上昇、買い手にとっての利益率も、年に6%から8%になるそうだ。生命保険の利率は2%、アパート賃貸による利率は4.5%であることを考えると確かに悪くない投資だ。ビアジェを専門にする不動産会社は「老人を援助するという社会的責任を果たしながら投資」という「社会の連帯」に焦点を当てた宣伝をしている。買い手の70%が40歳から50歳にかけてのカップルだという。

利益率は高くても、どうしてもネガティブなイメージがつきまとうビアジェだが、2018年、パリ市では朗報があった。市が少額の年金で暮らす65歳以上の人々の持ち家をビアジェで買い取り、後は社会福祉住宅にするというプロジェクトが市議会で通り、現在、検討されている。うまくいけば、来年中にはスタートする予定だ。

海に近いビアジェ物件だと、価格はパリ並みになる海に近いビアジェ物件だと、価格はパリ並みになる