東西南北を川に囲まれた大阪市
水都大阪。東西を流れるのは大川と、それが中之島を挟んで分かれた堂島川と土佐堀川、道頓堀川だ。これらの川は繁華街を流れており、よく知られている。しかし、南北に流れる川の名を言える人は少ないのではないだろうか。大阪市の西側、大正区や西区を流れるのは木津川。京セラドームのそばを流れており、のどかな景観を作り出す豊かな川だ。そして東を流れるのが東横堀川で、太閤秀吉が大阪城築城の際に築いた外堀の一部が残されたものだ。
他の川に比べると、東横堀川はあまり知られていないと、地元の人は言う。理由の一つは川幅が狭いこと、もう一つは道路から川面が見えにくい箇所があることだろう。緑地は整備されているが護岸が高く、他の河川と比べると、閉鎖的な印象を受ける人もいるかもしれない。
そんな東横堀川近辺のまちおこしをしようと、2006年に東横堀川水辺再生協議会(e-よこ会)が発足。さまざまな取組みをしているというので、会長をつとめる澁谷善雄さんと、発足当時に尽力した大橋達夫さんに話を聞いてきた。
廻廊のクルーズ船運航を目指して発足
東横堀川水辺再生協議会が発足したのは、水都としての大阪がクローズアップされ始めた2006年3月。昔からの住人や店主など地元の有志が、本町橋のたもとに東横堀川初の船着き場を作りたいと市に提言したのがきっかけだ。大阪には、他の都市にはない、堂島川と土佐堀川、東横堀川、道頓堀川、木津川で構成されるロの字型の廻廊がある。その中でクルーズ船を回遊させ、大阪観光の目玉にしたいと考えたのだ。そして同年の天神祭「どんどこ船」が通る夜、つまり7月24日に、東横堀川水辺再生協議会が発足。船着き場の完成とクルーズ船の運航開始を目指し、まずは美化を推進するため、月1度の定期清掃を始めた。
現在は水辺活用部会、魅力発信部会の2つにわかれ、市民向けに地域の魅力を学ぶ講座や水辺の使いこなしなどの取組みを行っている。また、年に1度、約1ヶ月間にわたり東横堀川一帯で開かれるイベント「e-よこ逍遙」では、お茶会やコンサートなどを主催している。
e-よこ会が美化に力を入れるのには、東横堀川ならではの理由がある。
高麗橋のたもとにあり、結納品を商う株式会社澁谷利兵衛商店の代表を務める澁谷さんは、子どものころからこの川を見つめて暮らしてきた。川の流れが清ければ景観が良くなるのは間違いないが、水質改善は簡単ではないのだという。
「東横堀川は、大川と、道頓堀川をつなぐ大阪最古の堀川です。水門で水量を調整していますが、堀ですから水の流れがなく、干満によって出入りしているだけなので、汚れが溜まりやすいのです。それでも父の時代には泳げる川だったのですが、高度成長期には工場排水も流れ込み、メタンガスが浮くようなドブ川になってしまいました。下水の整備で改善されてきてはいますが、上を阪神高速道路が走っているので、タイヤのゴムカスなどの混じった水が落ちてきて、どうしても汚れてしまうのです」
古い文化の伝承と新しい文化の受容を両立する難しさ
東横堀川の流れるエリアは北船場と呼ばれ、大阪で真っ先に栄えた場所だ。水運が盛んで、天下の台所と呼ばれた大阪でも特に大店がおかれていた場所だから、「下町大阪」とは印象が違う。「いとはん、こいさん、ようおこし」などの上品な船場言葉は、この地域で使われていたものだと言えば、イメージが沸くのではないだろうか。現在でも、生駒時計店や綿業会館のビルなど、歴史を物語る建物がたくさん残る地域として知られている。
かつては大店の裏口が東横堀川に直結しており、荷物を載せた船が盛んに往来したというが、堤のために埋め立てられて川幅が狭くなり、近年は船の運航が稀になってしまった。
大橋さんは、「北船場は古い歴史の残る街ですから、文化を残していきたい思いはあります。でも、地元の人間がたくさん残っているわけではありません。時代に抗っても仕方ありませんから、町屋を改装するなどして、外部の方に新しい商売をしてもらえればという思いもあります。一方で、観光客であふれる、にぎやかすぎる場所にしたくはない。昔ながらの上品さも残していきたいのです」と、複雑な思いがあるという。
だから、ただ伝統に固執するだけでは、北船場の伝統文化を発信できない。残せるものは残しつつ、現代の人が楽しめる、興味を持つ取組みにつなげなければならないだろう。「水の廻廊」の活用は、そのきっかけになると考えているのだ。
北船場の文化と、水の廻廊を楽しむために
現在、東横堀川水辺再生協議会の活動は、e-よこ逍遙の企画·運営が主体となっている。2019年は、重要文化財の旧小西家住宅におけるお茶会や、丸一商店のギャラリーでJAZZ×スティールパンのコンサートなど、伝統的な建物を活用した催しを主催した。
「船場の商人は、倹約を『始末』として大切にしながらも、必要なところにはポンとお金を出しました。淀屋橋も豪商であった淀屋の私的な橋ですし、中央公会堂、綿業会館も同様に私財を投じてつくられたものです。また、大阪で生まれた文化もたくさんあります。あまり知られていませんが、この界隈は和菓子誕生の地でもあります。太閤さんの時代、小豆も砂糖も良いものはすべて船場に入ってきましたから、寅屋や鶴屋、駿河屋といった和菓子の老舗が軒を連ねていました。そういった商人の精神と、伝統ある建物を知っていただけるよう、『e-よこ逍遙』でのイベントだけではなく、普段からガイドツアーなども開催しています」(大橋さん)
しかしまず成し遂げたいのは、発足のきっかけとなった船着き場の完成だろう。さまざまな事情から完成時期は延期に次ぐ延期なのだが、船着き場周辺は、小型船の拠点「本町橋BASE」として整備される予定で、完成すれば、八軒家浜からスタートして、本町、道頓堀、ほたるまちと船着き場を経て、水の廻廊をクルーズできるようになる。本町橋BASEができる予定の公園は護岸が低いため、水上バスはもちろん、カヌーやカヤックなども着岸可能だそうだ。本町橋BASEに出店する店舗を公募し、公園部分の管理も委託する予定だという。
東横堀川水辺再生協議会には誰でも参加できる。古い商売の町や川遊びに興味のある方、水の都としての大阪を偲びたい人は、本町橋BASEの完成に向けて、東横堀川の美観維持活動に参加するのも良いかもしれない。そして完成の暁には、水の廻廊で、クルージングなどを楽しみたいものだ。
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