東京の建築は魅力的な観光資源
いたるところで外国人観光客の姿を見るようになった昨今。訪日外国人の数は年々増え続け、リピーターも増加しているという。東京都心や京都ばかりでなく、あえて地方に滞在し、農業体験など、その場所でしかできない体験に参加する人が増えてきている。東京に滞在するにしても、定番の観光地に行くのではなく、何か特別な体験をしたい、といったニーズが高まっているようだ。
以前からショッピングスポットとして外国人観光客に人気があった表参道エリア。この周辺には著名な建築家の作品が集まっているが、今までインバウンド向けに紹介されることは少なかった。それらを観光資源として活かせば、東京のまちの新たな魅力を伝えることができるのではないか――。そんな想いから、ガイドと一緒に有名建築を巡るインバウンド向けまちあるきツアーを実施しているのが「Showcase Tokyo」だ。
「Showcase」のはじまり
「Showcase」とは、通訳案内士の吉田優香さん、木原佳弓妃(かゆき)さん、国内最大のインバウンドポータルサイト 「やまとごころ.jp」編集部ライターの此松武彦さんの3名が発足したビジネスユニット。“Sense Harajuku Omotesando by Walking Come And SEe”[原宿/表参道の空気を(歩いて)感じ取ろう]の頭文字をとって名付けられた。
今回、ツアーに同行してくれた木原さんは言う。
「きっかけは2013年に吉田が事務局メンバーとして参加したTokyo Shopping Weekキャンペーンでした。このキャンペーンは、東日本大震災によって激減したインバウンド需要を取り戻そうと、商店街振興組合である原宿表参道欅会が、春節に合わせて訪日する観光客をターゲットに2012年から実施されています。その際、彼女が感じたのは、『表参道にはユニークな建築が集まっているのに、その魅力を伝える建築ツアーがないのはもったいない!』ということでした」
キャンペーン時に案内した観光客からも、建築に関して質問されることが多かったのだそう。その気づきをきっかけに、名だたる建築家の作品が集まる表参道のまちあるきツアーがスタートした。
現在、コースは発足当初に実施していた原宿・表参道のほか、銀座、中銀カプセルタワービル、上野公園、そして武蔵小金井にある東京たてもの園の全5種類。ガイドメンバーは15名おり、全員が全国通訳案内士の国家資格を持っている。建築好きが集まっているので元々の知識も豊富だが、ガイドそれぞれが常に知識をブラッシュアップし、共有している。
築地からスタートするまちあるきツアーに参加
今回は、銀座周辺のツアーに同行させてもらった。
参加者は、米国出身で日本在住のクリスタルさん、デービッドさんと、2人に会うため来日した友人のダンさん。3人とも日本の建築に興味があり、中でもダンさんは黒川紀章のファンだという。元々は中銀カプセルタワービルのコースの申し込みだったが、周辺も併せて見たいということで、銀座コースも組み合わせることになった。Showcaseのツアーは、1回5名までのプライベートツアーなので、コースの組み合わせやカスタムツアーの依頼にも柔軟に対応可能だ。
メインガイドを務めるのはデリオン由紀さん。元々はテキスタイルの輸出入に関わる仕事をしていたそうで、安藤忠雄建築好きなのだそう。
「インバウンド向けツアーなので、ベースとして持っている知識が日本人とは違うということを意識してガイドをしています。例えば築地本願寺の紹介をする際には、そもそも日本における仏教とはどういうものか、から始まって、築地の歴史、建築家のことなどストーリー性を意識して話しています」(木原さん)
築地の観光というと築地市場に行く人が多いが、「元々浅草にあった御堂を移転するために海を埋め立てて土地がつくられ、築地と呼ばれるようになったんです。市場は関東大震災後にできたものなので、築地を知るならこちらからと考えて、築地本願寺をご案内しています」と木原さん。
この日はお彼岸ということで法要が営まれており、建物に関する話だけでなく、今行われているのがどのようなセレモニーなのか、といった文化に関する内容も盛り込んで紹介していた。
続いて訪れた歌舞伎座でも、歌舞伎とは何か?という基本説明から、建物が建てられた当時の日本の社会背景にも触れる。2013年にオープンした現在の歌舞伎座は5代目で、建替え中に東日本大震災が発生し、避難所になるように作られたという解説もあった。日本観光時に地震などが起こる可能性はゼロではない。こうした話を聞いておくと、旅行中の安心感にもつながりそうだ。
中銀カプセルタワービルを経て、夕暮れの銀座へ
今回のツアーのハイライトが中銀カプセルタワービルの見学だ。
通常は中に入れないが、Showcaseでは中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトからインバウンド向けツアーを請け負っているため、プロジェクトが所有しているカプセル(部屋)に入ることができる。
カプセルの中に入り、黒川紀章やメタボリズム、またビルの歴史についての説明を受けると、一層この建物の貴重さを実感できる。部屋はほぼ当時のままに残されており、一行は象徴的な丸窓やレトロなテレビ・ラジオなどに興味津々だった。
ダンさんが「船のようだね」と言うと、ガイドの由紀さんはすかさず「このカプセルは船のキャビンをコンセプトに作られているんですよ」と話を広げる。少人数のツアーだからこそ、ガイドする内容は対話のなかで臨機応変に変化させていく。
事前に「コーヒー好き」という情報を聞いていたため、老舗カフェ「銀座カフェーパウリスタ」で休憩。後半は、銀座の有名な建物を巡る。
国内外で精力的に活躍する建築家、坂 茂(ばん しげる)氏が手掛けたNICOLAS G. HAYEK CENTERでは、ショールームとエレベーターが一体となったその仕掛けを体感。行燈をイメージして作られた銀座メゾンエルメスでは、ギャラリーを訪れて内部から構造を確認した。合間には、路地裏を抜けて銀座に点在する小さな稲荷神社にも案内。その後、MIKIMOTO Ginza2、ルイ・ヴィトン松屋銀座、ティファニー銀座本店といった銀座のランドマーク的な建物を巡りながら、最終目的地の「銀座奥野ビル」へと向かった。
「気づかずに通り過ぎてしまう人もいますが、実はこのビルは築80年超の貴重な建物なんです」と木原さん。外観も内装も当時のまま残っており、エレベーターの扉はなんと手動で開け閉めするスタイルだ。現在は主にギャラリーとして使われており、各部屋で個性的な展示が行われていた。
最後に記念写真を撮り、ツアーは解散に。「ディナーを食べるならどこがおすすめ?」「それなら、とんかつのおいしいお店があるよ」と、最後まで親身になって対応する由紀さんの姿勢が印象的だった。
東京にはまだ面白い場所が眠っている
ツアーに同行する中で、今まで知らずに通り過ぎていた建物のことや、知っているようで知らなかった知識をたくさん知ることができた。日本人も十分楽しめる、内容盛りだくさんのまちあるきだった。
ダンさんによれば、ボストンでは歴史的な建物が次々に壊されているそうで、奥野ビルのような古くから残っている建物を訪れることができたことを非常に喜んでいた。しかし、ヨーロッパなど、古い建物が当たり前に残っている国からのゲストの場合は、レトロな建物よりもモダンな建物を喜ぶ人が多いそう。そうしたゲストの好みの違いは事前にリサーチしておき、巡る場所を少しずつカスタマイズしているのだという。また、ツアー中に出た質問で答えられないものがあった場合などは、ツアー終了後にガイド間で共有して、後日メールでフィードバックしている。こうした細やかな気配りも、人気の秘密かもしれない。
「ツアーをはじめて4年目を迎え、最近はリピーターもじわじわと増えてきました」と木原さん。
「地方へ行く外国人観光客が増えてきていますが、私たちはもっと東京の魅力を伝えたい。建築を紹介することで、日本の文化、歴史を伝えることができるとともに、自分の足で歩いて巡ることでまちの魅力も感じてもらえます。ツアーを通じて、東京にもまだまだ面白いところがたくさんあるということを伝えていきたいです」
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