90年も前に環境共生住宅を実践した建築家 藤井厚二

住まいを取り巻く環境の課題は、今や多岐にわたる。
地球温暖化による住環境や資源エネルギーの問題やシックハウス、そして変化する家族との住まい方など…。こうした環境の諸問題を、住宅による工夫によって解決しようとするのが、一般的な意味での"環境共生住宅"というようである。

京都府乙訓郡大山崎町…天王山の麓に1928年(昭和3年)に建てられた個人邸がある。建築家 藤井厚二が自邸として家族と住み暮らした『聴竹居(ちょうちくきょ)』。今でこそ、環境との共生に向き合うことが求められる住宅において、90年も前に環境工学の知見を設計に取り込み具現化を試みたものである。日本の環境共生住宅の原点として現代においてその価値が注目され、2017年7月に国の重要文化財として指定された。

今回、藤井が京都帝国大学で教鞭を執る前に勤務していた株式会社竹中工務店 設計本部 設計企画部に所属し、一般社団法人聴竹居倶楽部の代表理事を兼務する松隈 章氏の案内で聴竹居を訪ねた。

京都府乙訓郡大山崎町天王山の麓に建つ『聴竹居』。外観は、和風建築でありながら、リズム感のあるモダンな印象。</br>欧米のモダニズムと日本の数寄屋のデザインが高次元で融合している(写真提供:竹中工務店、撮影:古川泰造)京都府乙訓郡大山崎町天王山の麓に建つ『聴竹居』。外観は、和風建築でありながら、リズム感のあるモダンな印象。
欧米のモダニズムと日本の数寄屋のデザインが高次元で融合している(写真提供:竹中工務店、撮影:古川泰造)

自然を活かした室内の空気環境

大山崎の天王山の麓、なだらかな道を登っていくと複数の民家があり、少し先の緑の豊かな木々の間に聴竹居はその姿を見せた。
訪ねたのは8月末の35度を超える蒸し暑い日。聴竹居の趣味のよいこぢんまりした玄関を上がると予想外の広々とした居室があらわれた。いわゆる現代のフローリングのリビングである板間の居室から食事室・客室・縁側・読書室がつながり、それぞれ仕切りを開け放てば緩やかに繋がる空間として設計されている。驚いたのは室内の空気環境の快適さ。外の気温が35度を超える猛暑日であったが、招かれた室内は空気が循環しているのか、気温よりひんやりと感じるほどだ。実際に外気温との差は4~5度ほどあるという。

「心地よいでしょう?この居室の広々とした空間も影響しているのですが、実は藤井の科学的アプローチを駆使したパッシブな建築設計がこの心地よさをつくりだしているんです」と松隈氏。

室内に穏やかに流れる空気の秘密は、住居の周辺環境を味方につけてつくりだしたものだという。天王山には淀川からあがる西風が吹く。それを床下から室内に上手に取り込んで空気の循環をつくり出しているということだ。居室横の段が上がった畳は、椅子としての役割もするが段下にスライドがあり、そこを開けると土台につくった風穴からの風が入ってくるようになっている。天井には、調湿効果を考えて和紙が5重に貼り重ねられた。また、広々としたサンルーム(縁側)の天井にも一見それとはわからないようにつくられた排気口があり、スライドすると室内の暖められた空気が天井裏へ抜けていく。

24時間換気…という言葉も一般的でなかった時代に、しかもエネルギーを使わない、自然を味方につけた室内環境をつくりだしているのだ。

玄関を上がると広がる居室。そこから緩やかに分節された家族の食事室や畳の小あがりが見える</br>(写真提供:竹中工務店、撮影:古川泰造)玄関を上がると広がる居室。そこから緩やかに分節された家族の食事室や畳の小あがりが見える
(写真提供:竹中工務店、撮影:古川泰造)

藤井のこだわりが隅々に宿る『聴竹居』の美学と機能

藤井が住まいでこだわったのは室内の環境だけではない。デザインも含めた「全て」であった。

例えば、縁側(サンルーム)にも各所にそのデザインと機能の融合が見られる。庭に面した軒には調光の機能も備える庇があるのだが、縁側から外を望むと視界の邪魔になると考え、微妙にその長さを設計している。また、縁側の庭に面した窓は上部が擦りガラスになっており日差しを柔らかく取り入れ、間接照明のような効果を得ている。縁側の角は庭の景色を途切れさせないため天井から続くようにデザインされた細い窓枠のみでガラス窓を構成している。これにより外と内が拡がりを持ち、閉塞感を感じず、庭の風景がまるで一幅の襖絵のように見えるようになっている。

また、居室から続く家族のための食事室は、段差により空間が緩やかに分離され、天井から円形にくりぬいたような仕切りをつけることで、つながりつつも篭るような空間を創り出し、家族との温かな距離感を感じさせる。
藤井は『聴竹居』に置く家具までこだわったようだ。座った時の目線まで設計された接客用の客間の椅子は当時、和服が一般的だったため帯を締めた客のために座りやすく背面を計算して抜けさせている。各部屋、各箇所、各部材、各家具にそのこだわりが生きている。

藤井が具現化したのは機械的な機能美ではなく、自然や人間と共生する命が通った機能美であるようだ。数センチでも微妙にずれればその美しさと機能を失うと知っていての、細部にまで執拗にこだわった結果である。

「藤井の緻密な設計とこだわりが細部まで施されているこの家を実際に建てるのは、まさに大工泣かせだったのではないかと思います。つまり、大工の素晴らしい技量がなくては聴竹居は存在しえなかった。理想の家の実現は設計だけでなく、高度な技(わざ)をもった大工の力が必須だったのです。またそのことを藤井自身がよく知っていました」。

左上)庭の景色が一幅の絵画のように見える縁側(サンルーム)</br>左下)居室から続く客室。藤井は家具まで設計した</br>右)藤井が子どもたちのために設計した勉強部屋。座って正面の障子を開けると縁側を通して庭の風景を望める</br>(写真提供:竹中工務店、撮影:古川泰造)左上)庭の景色が一幅の絵画のように見える縁側(サンルーム)
左下)居室から続く客室。藤井は家具まで設計した
右)藤井が子どもたちのために設計した勉強部屋。座って正面の障子を開けると縁側を通して庭の風景を望める
(写真提供:竹中工務店、撮影:古川泰造)

自らと家族が自邸の住み心地を実験、検証していく…という探究心

藤井が設計した2階建ての第3回住宅(藤井厚二著『日本の住宅』より)藤井が設計した2階建ての第3回住宅(藤井厚二著『日本の住宅』より)

ところで、『聴竹居』は藤井がつくった自邸としては第5回目にあたる。
第1回の住宅は神戸の熊内に建てられたが、その後の第2回からは大山崎の山林1万2000坪を購入して、次々に実験住宅を建て自ら住み暮らした。
一介のサラリーマンや大学教授の給料では、いくら優秀でもこうはいかない。藤井の生家は由緒ある広島県福山の造り酒屋の豪商であり、妻の父は東京都知事まで務めた出雲大社大宮司だった。藤井の自邸の実験住宅を支えた資金は、こうした背景から出たようだ。

「藤井が大山崎に第2回・第3回・第4回と実験住宅を建て並べたのは、実験住宅ではありますが、今でいう総合住宅研究所であり、日本初の住宅展示場とも言えるかもしれません。住宅だけでなく、プールやテニスコート、茶室下に滝をつくるなど、住宅地としての周辺環境にもこだわりをもって住まいとその環境に取り組み続けました」と松隈氏はいう。

残念ながら、現在は大山崎には『聴竹居』のみが現存し、他の実験住宅は残された写真でしか見ることができない。

『聴竹居』が示す“日本の住まいの豊かさ”とは

株式会社竹中工務店設計本部設計企画部、一般社団法人聴竹居倶楽部代表理事である松隈 章氏株式会社竹中工務店設計本部設計企画部、一般社団法人聴竹居倶楽部代表理事である松隈 章氏

藤井厚二は、竹中工務店退社後、住宅研究の為に欧米諸国を旅行、その後京都帝国大学で教鞭を執った。住宅に対する探究心は、自邸実験住宅の第5回となる聴竹居をもって昇華し、昭和8年には“桂離宮を世界に広めた最初の建築家”といわれるブルーノ・タウトも訪れている。

残念ながら、藤井は昭和12年に直腸ガンを告げられ、翌昭和13年に逝去する。享年49歳、第二次世界大戦開戦の前年であった。

「日本は戦時中、そして敗戦と、あらゆるものを失ってきました。そんな壮絶な時代でしたから、ご家族は病に倒れる不幸の中にひとつの幸いがあったとしたら、それは藤井が戦争を見ずに済んだことかもしれません…とおっしゃっていました。戦後の復興期から今に至る日本の住宅の変遷は、みなさんがご存知の通りです。高層マンションを始め、現在の住まいを見たら藤井はどういう感想をもつのだろう、と建築に関わるものとして振り返らずにはいられません」。

戦後、一時期忘れられていた聴竹居を見い出し、大山崎町の地元の方々と協力をして維持管理・保存をしてきたのが、今回ご案内をいただいた一般社団法人 聴竹居倶楽部 代表理事 松隈 章氏である。

「今から90年前に建てられた聴竹居は、藤井が求め続けた“真に日本の気候・風土にあった日本人の身体に適した住宅”の集大成といえます。多くの人に訪れていただき、住まいの豊かさについてお考えいただく機会となれば幸いです」という。

藤井が残した言葉、“其の国の建築を代表するものは住宅建築である”……。聴竹居には、豪邸ではない自邸のつつましさがありながら、なおかつ豊かさの発見の連続のような工夫と知恵が息づいていた。
この住まいのように設計者や技術者(大工)が、人と自然と環境に真摯に向き合った理念や技術が具現化され、日本住宅がまさに日本の暮らしの豊かさの代表となる未来に期待したい。

■取材協力
『聴竹居』:http://www.chochikukyo.com/