「日本一・安全でおいしい水道水プロジェクト」に取り組む名古屋市

名古屋市の北東部に位置する鍋屋上野浄水場名古屋市の北東部に位置する鍋屋上野浄水場

名古屋市は現在、「日本一・安全でおいしい水道水プロジェクト」を実施中だ。2016年度から2020年度までの5年かけ、安全でおいしい水道水を安定して届けるための技術的取り組みなどが行われている。この取り組みは、1979年に“うまい水研究会”を立ち上げたことからはじまり、つながってきたものだという。ここ数年の市政世論調査でも名古屋の魅力として水道水のおいしさが上位にあがっており、市民に浸透していると思われる。

今回の取材では、そんな名古屋の水道水を作り出している浄水場のひとつ、鍋屋上野浄水場を訪れた。名古屋市で最初につくられた鍋屋上野浄水場は、1914(大正3)年に完成。敷地内には、完成当時の貴重な建物も残されている。100年を超えて名古屋の水道を支えてきた施設に迫りたい。

広大な敷地を要するも、エコな浄水システム「緩速ろ過」を残す希少な施設

緩速ろ過方式(左)と急速ろ過方式(右)の模型。浄水場のロビーに展示してある緩速ろ過方式(左)と急速ろ過方式(右)の模型。浄水場のロビーに展示してある

鍋屋上野浄水場は、敷地面積13万7325m2と広大だ。これだけの敷地を要するのは、浄水方式に理由がある。案内を務めてくださった名古屋市上下水道局の山之下安治さんにお伺いした。

「日本全体では2400ぐらい浄水場がありますが、そのうち緩速ろ過方式は350か所くらい。水量でいうと、緩速ろ過は日本全体の浄水量の3%ほどです。というのも、緩速ろ過方式は、ゆっくりと水道水をつくるので、大きな池がたくさんいるからです。いまどき、大都市ではこういう広い土地を確保することは難しいですね」。

浄水処理方法には、緩速ろ過方式と急速ろ過方式がある。緩速ろ過方式は、ヨーロッパでできた方式で、明治時代中頃に日本に伝わったという。昭和初期に日本に入ってきたアメリカ発の急速ろ過方式よりも歴史が古い。緩速ろ過方式は、池の一番下にレンガ、その上に砂利の層、次いで砂の層を作り、そこに原水を入れてろ過していく。砂の表面には生物ろ過膜というものができるのがポイントだ。アオミドロなどの微生物が増殖したもので、ここを原水が通過するときに微生物の働きによって浄化が行われる。水道法により最終的に塩素で消毒する必要はあるが、それまでの過程では、薬品は使わず、自然の浄化作用で作ることができる。一方、急速ろ過方式は、凝集剤という薬を使って前もって原水の汚れを取り、それをろ過するので、緩速ろ過方式の約30倍のスピードで処理できる。

水源となる木曽川のきれいさと、コスト面のよさがポイントに

鍋屋上野浄水場は、大都市に必要な水量をまかなうには時間がかかる緩速ろ過だけでは足りないため、急速ろ過と2つのシステムを取り入れている。

緩速ろ過方式が残されている理由のひとつが、原水となる木曽川の水のきれいさだ。水質が良好でないと、生物ろ過膜では処理しきれないという。自然の浄化作用を活用できる条件が整っているならば、それを残さない手はないだろう。木曽川から取り入れた原水は、途中、春日井市にある沈殿池で一次処理され、大きなゴミなどを取り除き、約23kmの道のりを経てここに着く。原水が通る埋設管の地上は、自動車が通れない道として名古屋市が確保。緑道や散歩道、サイクリングロードなどとし、管を保持する体制を整えている。

そしてもう一つの利点が、急速ろ過方式と比べてコストの安さ。緩速ろ過方式では、緩速ろ過池の生物ろ過膜が目詰まりを起こすので、2ヶ月に1回ほど水を抜いて1cmくらいをかきとる作業や、6~7年ほどで砂の層を入れ替えたりする作業が必要。一方、急速ろ過方式では、凝集剤である程度の汚れを落としても、ろ過層の間に汚れがつくので、5日に1回洗浄作業が行われる。このとき、ろ過してできた水道水を下から高圧で逆流させるのだが、この電気代や凝集剤の薬品代などがかかる。この消費エネルギーに差が出ると言う。「名古屋市の試算では、100年単位でみると、緩速ろ過方式のほうが15%ほど安くなるそうです」。

「名古屋市は、今後も緩速ろ過を使っていくことを決めています。名古屋には3つの浄水場がありますが、緩速ろ過があるのはここだけで、昔ながらの浄水システムを守っていく面でも必要性があります。古い作り方を守っていくということと、水源となる木曽川のきれいさを守っていくこと、そして、100年間でみると経費が安い」と、緩速ろ過方式を残す理由を教えてくださった。

現在12ある緩速ろ過池は2代目とのこと。創業時のものは、昔の作りで地震に弱い構造だったため、4年半かけて新しくした。2014年からは、地震に強い鉄筋コンクリート製となっている。

(写真左上)緩速ろ過池は、ひとつが48m×72.7mの大きさで、水が3500トンほど入っている</BR>(写真右上)緩速ろ過池の砂の様子</BR>(写真左下)緩速ろ過に使用する川の水が最初に届く場所、緩速系着水井。そのきれいさに驚いた(写真右下)ポンプ設備(写真左上)緩速ろ過池は、ひとつが48m×72.7mの大きさで、水が3500トンほど入っている
(写真右上)緩速ろ過池の砂の様子
(写真左下)緩速ろ過に使用する川の水が最初に届く場所、緩速系着水井。そのきれいさに驚いた(写真右下)ポンプ設備

名古屋市指定有形文化財の旧第一ポンプ所

鍋屋上野浄水場でできあがった水道水は、敷地内の送水ポンプ設備から1kmほど離れた高台にある東山配水場へ送られ、市民の元へ届く。名古屋市では、送水を始めてから、103年間、戦争、地震、大渇水があっても、一度も断水したことがないのが自慢のひとつ。それだけあらゆる場面を想定し、万全を期して設備が整えられているのだ。

1992年からは新しいポンプ設備が使われているが、敷地内には、創業時から約80年間使われていたポンプ所が残されている。

間口約15m、奥行き約30m、最も高いところで13mという旧第一ポンプ所は、赤レンガが特徴だ。19世紀のイギリスで流行したクイーン・アン様式を取り入れた設計で、窓周りや壁のコーナーなどに石材の装飾が施されている。「ポンプ所としては相当贅沢な造りになっています。中には、高価な外国製のモーターやポンプなどがあったので、そういったものを守るという意味もあったかもしれませんね」と山之下さん。

2012年に「建築史上、本市の文化史上特に意義のある」「意匠上、技術上優秀である」との理由から、名古屋市指定有形文化財に指定された。2014年の水道給水開始100周年記念事業にあわせ、復元、耐震補強工事が行われた。

復元に関しては、建設当時の姿に戻すことを目的にした。外壁は戦争の被災による修復跡を隠すために、西側の面以外は赤い塗料が塗られていたが、洗い落として本来のレンガの色に戻した。また、写真を参考に天然スレート葺きの屋根に戻したり、漆喰塗りの内壁は成分分析を行って忠実に再現。窓枠などは、耐久性を考慮して鋼製に素材を変更したものの、形状はもとのままに。さまざまな建築の技術を見ることができる貴重な建物だ。

建物内の黒い鉄骨は耐震補強によるもの。また、イギリス積と呼ばれる方法で積まれたレンガの目地にも特徴が。東京駅丸の内駅舎にも採用されている、覆輪(ふくりん)目地で、施工が難しく、現在ではあまり見ることができないという。建物の北面の壁には、戦争による被災を補修した跡がそのまま残されており、歴史を感じる建物内の黒い鉄骨は耐震補強によるもの。また、イギリス積と呼ばれる方法で積まれたレンガの目地にも特徴が。東京駅丸の内駅舎にも採用されている、覆輪(ふくりん)目地で、施工が難しく、現在ではあまり見ることができないという。建物の北面の壁には、戦争による被災を補修した跡がそのまま残されており、歴史を感じる

毎年6月には開放イベントを実施。近くには水の歴史資料館も

木曽川という自然の恵みを大切にしながら、それを最大限に生かす浄水システムを残す鍋屋上野浄水場。歴史的価値を守る姿勢もすばらしい。旧第一ポンプ所の建築も見応えがあった。
「毎年6月1日から一週間は水道週間です。名古屋市では、その間の日曜日に“なごや水フェスタ”としまして、鍋屋上野浄水場の一般開放イベントを行っています。特産品の販売などのほか、浄水場の見学ツアーもあります。2017年度はおよそ1万人の方にお越しいただけました」と名古屋市上下水道局の広報・林遼平さん。
浄水の仕組みや、旧第1ポンプ所などを間近で見られる貴重な機会だ。今年も行われる予定なので、ぜひ出かけてはいかがだろうか。なお、通常は、平日のみ、5名以上のグループで見学の申し込みができる(詳細は名古屋市上下水道局のウェブサイト参照)。

さらに、鍋屋上野浄水場から車で2分程のところに、水の歴史資料館がある。上下水道事業100周年記念事業の一環で整備された施設だが、上下水道の歴史から、防災に至るまでを知ることができる。江戸時代の水道設備の展示もとても興味深かったし、鍋屋上野浄水場の仕組みもよくわかる。入館料無料のこちらの資料館もおすすめだ。

取材協力:名古屋市上下水道局 http://www.water.city.nagoya.jp/

水の歴史資料館。下の写真は、江戸時代の木製の水道設備水の歴史資料館。下の写真は、江戸時代の木製の水道設備

2018年 03月03日 11時00分