ブナの蓄積量日本一の青森県
ブナ林の生態系と豊かな自然が評価され、1993年に日本で初めて屋久島とともに世界自然遺産に登録された「白神山地」。その白神山地のある青森県は、ブナの天然林の蓄積量が日本一と言われている。世界でも誇れる自然遺産であるにも関わらず、ブナの木そのものは、これまであまり評価されていなかったことをご存じだろうか。
ブナは保水力が高い。そのため腐りやすく、また狂いやすく加工が難しいとされ、建築には向かない木材なのだ。ブナは漢字で、"役に立たない木"に由来して木へんに無と書く。なんとも不名誉な扱いを受けてきた。
そのブナの木を活用する方法を見出そうと、青森県工業試験場で研究が開始。1956年、工場長城倉可成氏と石郷岡啓之介氏による共同開発で、ブナの加工方法が考察された。
「その加工方法で特許を取得し、産業化を進めるために民間に事業が下されました。青森県の経済界の方たちが出資し、会社を始めたものの、経緯は不明ですが3年ほどで会社が倒産。私の祖父が『技術があるのにもったいない』と会社を買い取り、1963年にブナコ漆器製造株式会社を設立したのが、ブナを活用した工芸品BUNACOのはじまりです。」と、現在代表取締役の倉田昌直氏。(2013年に社名変更をし、現在はブナコ株式会社)
ブナの木を加工して作られるBUNACOの製品は、食器や照明、インテリアなど。様々な商品が日本だけでなく、海外でも評価されている。ブナの木はどうやって『BUNACO』として活用され、成長を遂げたのだろうか。
ブナの木をテープ状にして巻き付けるという革新的アイディア
「BUNACOの曲線の表現は、木製品のなかでも巧みです。」と、倉田氏。
それを実現しているのは、ブナの特性を活かした独自の製法にあると言えるだろう。まず、ブナの木を大根のかつらむきのような方法で厚さ約1mm、長さ約2mの薄い板にし、さらにテープ状にカット。ブナのテープをくるくるとコイル状に巻き、平面の、木でできたバウムクーヘンのようなものをつくる。それを、立体に形作り、接着や乾燥、塗装を経て製品が完成するのだ。木のテープの巻き上げや成形は全て職人の手仕事。巻き方やずらし方を変える事で形は様々につくれ、成形も職人の加減により自在だ。
「この滑らかな曲線は、挽き物(木材を切ったり削ったりする製法)でつくろうとすると難しい。かつ、木材を無駄にしません。」と、倉田氏。水分が多いブナを、テープ状にカットしてから加工することで十分に乾燥させることができ、狂いが生じる課題を解消。かつ、平面上の木を成形することで、木を余すことなく使うことが出来る。環境にも優しく、かつ、この製法ならではの曲線の美しさが実現できたのだ。
15年間経営を支えた主力商品が突然売れなくなる
創業から54年。グッドデザイン賞や、イギリスのHomes&Gardens Classic Design Awardを獲得するなど、日本を代表する工芸品となるまでの道のりは、決して平坦でなかった。
「1980年に突然父が倒れ、その3日後に亡くなりました。それで私が会社を継ぐことになったのですが、当時まだ26歳。ちょうど実家に帰って1ヶ月のころでした。東京で営業をしていましたが、経験はそれだけしかない。経営も商品のことも何も知らない状態からのスタートです。しかも、あまり売れ行きのよい商品がなかった。幸い、東京の百貨店問屋で営業をしていたので、業界のことはよく知っていました。どんな商品が売れるかは分かっていたので、主力であった食器に新しい商品を投入することを決めました。」
倉田氏は、1982年から、赤い塗りのうつわの販売を開始。これが大ヒット商品となり、1997年まで一度も前年比を割ることなく右肩上がりでよく売れたと言う。
「1998年、ちょうどバブルがはじけた頃でしょうか。突然ぱたっと売れなくなりました。高級感のある光沢のある質感が、その時の世の中の需要に合わなくなったのかもしれません。一向に売り上げは回復しない、このままこの商品を売っていても潰れるだけだ、と。BUNACOの技術を使うが、全く違うものをつくらないとやっていけない、と考えました。」
経営難を救ったのは、茜色に灯る照明
どうやって経営を成り立たせるか?と考える最中、ふと思い出したのが「照明のシェードを作れないか?」と、東京の知り合い二人からほぼ同時に言われたことだった。また、倉田氏が工場で単板に西日が当たって夕日色になるのを見て、綺麗だと思ったことも後押しした。目が痛くないし、茜色の灯りは洋室にも、和室にも合う。
「ところが、職人たちはこれまで食器しかつくったことが無い。特注照明の制作をはじめようとしたのですが、図面を見ただけで『やったことがないんだから出来るわけがない』、と取り合ってくれない。職人からしたら、私は息子のような年齢ですからね。仕方ないので工場に入って、それぞれのパーツをお願いしてを作ってもらいました。自分で成形や組み立て作業をやってみたのですが、まあ、経験がないので出来るわけありません。周りでチラチラ見ていた職人たちが、いよいよ見ていられなくなって組立てをやってくれました。」
これを機に、照明の製造に舵を切るかと思えば、そう簡単にはいかなかった。
「続けて新しい照明の受注を受けました。前回できたのだから問題ないと思ったら、『この前のとは違うから出来ない!』と。このやり取りを、結局4回繰り返しましたね。4個目の特注照明が、特に難しいデザインだったんです。これをみんなで乗り切ったことが自信になり、それ以降は新しいチャレンジも、みんな前向きですよ。」
今ではBUNACOの売り上げの半分を照明が占めている。5年前にスピーカーの開発をしたときも、『社長、今度はなに面白いものつくるの?』と楽しんで取り組んでくれたそうだ。需要に応えるべく新しいものをつくることができなければ、いくらいいものをつくっても売れない。BUNACOは大きな壁を乗り越えたのだ。
世界で求められる、現代のニーズに合った工芸品
ギフトショーに来場した人からの「BUNACOでごみ箱出来ないんですかね?」の一言から、ごみ箱の販売を開始。当時は1万円のごみ箱なんて売れない、と営業からは大反対だったそう。その後に、「鼻をかむティッシュを捨てるごみ箱があるなら、ティッシュボックスはどうですかね?」の声からつくり始めたのがティッシュボックス。どちらも売り上げは好調だと言うBUNACOのインテリアはインドネシアのホテル、フランスのレストランなどで採用されている。国内ではリッツカールトン京都のほぼ全室のベッドサイド照明にも使われ、豪華列車「四季島」の列車内でも使われている。(※一部を紹介)
木の工芸品と聞くと、和室とマッチする印象があるのだが、和室洋室問わず、国内外問わず求められているのだ。
「工芸品には変化が必要です。今のライフスタイルに合わないものをつくっても支持されません。」と、倉田氏は柔軟だ。新しい商品のアイディアも、あえて自分では考えないのだと言う。
「自分はBUNACOをよく知っているので、つい効率がいいものを考えてしまう。全くそれを考えない人のアイディアがこれからは大事です。いまつくっているものも、いつか限界がくる。うちが次に変わるためにはそういうものが必要でしょう。だから、常に『こんな商品は作れないの?』という声を聞き逃さないように待っているんです。」
ティッシュボックスやゴミ箱、スピーカーはそんな消費者の「欲しい」の声からつくられたものだそうだ。
戦後多くの住宅が焼失した後に、ブナが伐採され、建築に向くスギやヒノキが代わって植えられた。この1950年代に推し進められた拡大造林政策によってブナ林は、大きな打撃を受け減少したのだ。このブナを活用したBUNACOが、注目を集めている。その裏側には、現代のニーズを捉える目線と、職人たちのものづくりの力があった。
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