繊維の街でひときわ賑わいを見せる、古民家とのこぎり屋根の工場

愛知県の北西部に位置し、人口約38万人を抱える一宮市は、その昔、繊維業で栄華を極めた街だ。現在でも、市内各所に繊維業を営むのこぎり屋根の工場が建ち、国内屈指の毛織物の産地として知られている。だが、高度経済成長期以降、生産の中心が海外に移転し、往時に比べて生産額は急激に減少。やむなく廃業した繊維業者も多いのが実情だ。

そんな中、同市の北部、岐阜県との県境に位置する木曽川町で、ひときわ活気を見せるのこぎり屋根工場がある。2017年1月初旬、まだ正月らしさが残る週末に工場を訪れると、工場の内外に物販ブースが建ち並び、多くの来場者が詰めかけていた。

「さあ、いらっしゃいませ!」。威勢の良い声を上げる年配女性の前には、見慣れない野菜が並んでいた。話しかけると、「この野菜はね…」と始まり、会話が止まらない。常連らしき子連れの女性は、「いつも楽しみなんです」と店主に笑顔で語りかけ、野菜を手提げ袋いっぱいに購入し、楽しげに帰っていった。

(右)こだわりの食材を使ったジャムなども販売 (左上)地元農家が減農薬・無農薬栽培する旬の野菜も並ぶ (左下)のこぎり屋根の工場前には、グルメを販売するブースも出店(右)こだわりの食材を使ったジャムなども販売 (左上)地元農家が減農薬・無農薬栽培する旬の野菜も並ぶ (左下)のこぎり屋根の工場前には、グルメを販売するブースも出店

地元から何かを発信したい。そんな庭師の前に現われた、解体寸前の工場

(上)のこぎり工場の内部。地元の商店などが選りすぐりの一品を販売 (下)大通り沿いに掲げられた「つくる。」の文字。手作り感あふれる看板が通行人の目を引く(上)のこぎり工場の内部。地元の商店などが選りすぐりの一品を販売 (下)大通り沿いに掲げられた「つくる。」の文字。手作り感あふれる看板が通行人の目を引く

愛知県一宮市木曽川町にある「つくる。」は、古民家を利用したレンタルスペースだ。同市で庭師を営む古川乾提さんが発案し、2006年にオープン。年に2回の定期イベントに加え、旬の野菜を集めたマルシェ「つくる。八百屋」などを開催する。減農薬・有機栽培の野菜をはじめ、地元産を中心とした食料品が販売され、こだわりの食が集うイベントとして評判を集めている。冒頭で紹介したのも、この「つくる。八百屋」の様子。取材当日は午後から小雨が降るあいにくの空模様だったが、それでも多くの来場者でにぎわい、味噌造り体験などを楽しんでいた。

「つくる。」を立ち上げた古川さんは、イギリス留学中に改めて日本の魅力に気づき、帰国後、日本の伝統文化を継承する庭師を志す。国内の著名な庭師に師事し、2001年に独立。故郷の一宮市で造園業を始めた。当時、巷は空前のガーデニングブーム。英国庭園が注目を集める中、古川さんは若手の庭師4人でユニットを結成し、庭師の技を発信するアートイベントなどを東京・大阪で開催する。夜の公園に即席の庭を造る「ゲリラ庭」など、斬新な発想が話題を集め、多くのメディアにも取り上げられた。ただ、どれもが一過性で、打ち上げ花火のように消えていくことにもどかしさを覚えたという。「地元に根を張り、ここから何かを発信できないか」。想いを巡らせる古川さんの前に現われたのが、間もなく解体される古民家とのこぎり屋根の工場だった。

身の回りのものは、誰かが作っている。そんな「当たり前」を発信していく場に

「建物を解体するから、庭を壊すために見に来て欲しい」。そう頼まれた古川さんは、その光景を見て「すごい!」と思わず感嘆の声を上げた。築50年を過ぎた母屋に足を踏み入れると巨大な梁が出現。「これを壊すのか…」。古民家の向かいには、繊維業を営んでいた頃の工場も残されていた。一宮市で生まれ、「ガチャン、ガチャン…」という機織り機の音を聞いて育った幼少時代の原風景が、古川さんの脳裏に鮮やかに蘇った。

「これを壊す側に回ってしまったら、今後、胸を張って庭を造っていく自信がない」。そう考えた古川さんは、「取り壊しを辞めてくれませんか」と直訴。所有者から借地権を買い取り、この建物を活用することを決めた。そして、出会いから2年後、仕事の合間に手入れを続け、2006年に「つくる。」を立ち上げたのである。

「つくる。」という名前の「。」には、「発信する」という意味を込めている。「身の回りにあるものは、本来誰かが作ったものであり、誰しも作る能力がある。でも、最近は、作る場所や機会がなくなり、買うしかないという思考に陥っている。こうした暮らしをもう一度見直してもらいたかった」と古川さん。「作ることの大切さを発信する」。この名前には、古川さんの思いが詰まっているのだ。

築65年が経過した母屋。存在感のある太い梁をはじめ、年代を重ねた家屋ならではの独特の趣が漂う。手づくり教室などを定期的に開催築65年が経過した母屋。存在感のある太い梁をはじめ、年代を重ねた家屋ならではの独特の趣が漂う。手づくり教室などを定期的に開催

単に「買う」のではなく、「作る」ことを大切にできる社会へ

「つくる。」を立ち上げた庭師の古川乾提さん「つくる。」を立ち上げた庭師の古川乾提さん

東日本大震災の時、古川さんの携帯に、茨城の友人から電話が入った。「飲み水がない」。悲痛な叫びを聞き、茨城まで車を走らせた。飲み水を手にした友人から感謝された古川さんは、友人の家の裏庭に井戸を発見する。「あれ、井戸があるぞ」。友人から返ってきた答えは、「ペットボトルの水しか飲めない」だった。

「この水でも沸騰させれば使えるし、飲める。ペットボトルじゃないと飲めないとすり込まれていることに愕然としたのです。作るという行為は絶対に必要だと。僕たち作る側と、買う側との意識の違いに、恐怖すら覚えた瞬間でした」。古川さんはそう振り返る。

現在、「つくる。」では、写真展、デッサン教室、陶芸教室、工作教室など、さまざまな催しが開催されている。「こういう風に使って欲しいと決めつけるより、ここを利用する人の数だけ活用法があるのがいい」と古川さん。たとえ分かりづらくても、あえてフレームに入れるのではなく、利用する人によって様々に形を変える。そんな「有機的な場所」にしたいと考えている。

「11年前の景色とは、だいぶ変わってきましたね」と手応えを口にする古川さん。この場所に人が集い、賑わいを見せているだけではない。地元・一宮市の人たちの中に、自ら作り、発信しようという機運が高まっているのを感じるという。「ただ壊して新しいものにする世の中ではなく、古いものを大事にしつつ、クリエイティブへとつなげていく作り手たちが増えていけばうれしい。10年前に比べて、そうした作り手は圧倒的に増えていますし、発信の場となるマーケットも至るところで開催されるようになってきています」(古川さん)。

何でも「買う」ではなく、「作る」を大切にできる社会へ。かつて繊維産業を支えた古いのこぎり屋根の工場から、古川さんの「作ること」への思いは、今後も発信され続けていく。

取材協力:つくる。
http://www.tsukuru-ichinomiya.com/

2017年 03月23日 11時05分