他地域から横須賀市への移住を促進するためにさまざまな施策を展開
前回の「人口減少に直面する横須賀市①横須賀市の歴史と現状」では、横須賀市における歴史的な特色と現状の課題を挙げた。今回は引き続き、横須賀市が取組む施策の内容などについてみていくことにしよう。
横須賀市では「子どもが主役になれるまち横須賀」をテーマに、豊かな自然環境、国際交流の機会、子育て・教育の応援制度などの充実を通して他地域からの移住を促進している。主な具体的施策(助成制度)として次のものが挙げられるほか、さまざまな相談窓口も設けている。
□ 子育てファミリー等応援住宅バンク助成制度
□ 2世帯住宅リフォーム助成事業
□ 学生シェア居住助成制度
□ 社宅転用リフォーム助成制度
□ 谷戸モデル地区空き家バンク
このうち「子育てファミリー等応援住宅バンク助成制度」とは、中学校3年生までの子どもがいる世帯または夫婦共に40歳未満の世帯を対象に、物件購入諸費用、引越し費用、リフォーム費用に対して最大50万円を助成するものだ。あらかじめ「子育てファミリー等応援住宅バンク」に登録された一戸建て住宅(一定の住宅団地内)を購入する場合に適用される。2016年度からは売主に対するリフォーム助成も始まった。
また、「2世帯住宅リフォーム助成事業」は市内の一戸建て住宅に住む親世帯のもとへ、市外から子ども家族が引越して同居を始める場合に、リフォーム費用の2分の1、最大30万円を助成するものである。空き家発生の未然防止を兼ねた制度だ。
注目されるのが2016年度にスタートした「学生シェア居住助成制度」だ。横須賀市内の既存一戸建て住宅を2名以上の学生(大学生、短期大学生、専門学校生)が連名契約で借りた場合に、入居時の初期費用について最大15万円を助成する。当然ながらいくつかの要件はあるが、特徴的なのは「居住後に町内会または自治会に加入すること」を掲げている点だろう。空き家の有効活用とともに、若い世代が地域の一員としての役割を担うことも期待されている。
なお、「学生シェア」に関しては神奈川県立保健福祉大学などと協力のうえ、谷戸地域を対象とした「学生居住支援事業」を2012年度にスタートさせている。新たに始めた「学生シェア居住助成制度」は市内の住宅団地など谷戸地域以外にも対象を広げたものだが、助成内容や条件などはそれぞれ異なっている。
さらに「社宅転用リフォーム助成制度」では、法人が横須賀市内の一戸建て空き家を購入または賃借し、社宅として整備する場合にリフォーム費用の2分の1、最大15万円を助成するものだ。横須賀商工会議所との連携で空き家の有効活用を図るのと同時に、就業者の市内転入の促進を目的としている。
「空き家バンク」を試験的に実施
「谷戸モデル地区空き家バンク」は現在、試験的に実施されているものであり、京浜急行線「汐入」駅と「逸見(へみ)」駅から半径500m以内がモデル地区に指定されている。ちなみに、谷戸(やと)とは、山あいに谷が入り組んだ地形のことであり、横須賀市内には「谷戸地域」が数多く点在している。
防災上の観点から横須賀市消防局が指定した市内の谷戸は49地域である。しかし、市の調査(2011年)によれば空き家率が18%を超える谷戸地域もあれば、空き家が1棟も存在しない谷戸地域も存在し、場所によってその性格は大きく異なるようだ。モデル地区に指定されたのは、そのうち市街地から比較的近く、空き家が深刻化している地域である。
「谷戸モデル地区空き家バンク」は、車が入れる場所から概ね階段40段(高低差約10m)以上の場所にある空き家の物件情報を横須賀市のホームページに掲載し、流通促進や有効活用、谷戸地域の活性化を図っていこうとするものだ。市が仲介行為を行うわけではなく、交渉や契約は民間の不動産会社に委ねられるが、空き家の所有者が自ら物件登録をすることも可能だ。
また、空き家バンクに登録された物件については上限30万円のリフォーム助成制度のほか、「谷戸地域居住環境対策事業」による補助メニューも活用できる。
なお、2016年度の空き家対策関連事業としては、上記のほかに空き家所有者相談窓口の設置、出張相談会(住まい活用促進フェア)の開催、隣人への土地売却時空き家解体助成、町内会支援事業、高齢者の平地転居助成、空き家解体助成、空き地測量助成、菜園助成、みどり復元助成なども行われている。菜園助成やみどり復元助成は、住宅解体後などの空き地を菜園にしたり、将来的に山林へ戻すための植樹をしたりする費用を助成するものであり、今後の動向に注目しておきたい。
転出超過「全国1位」が全体の意識を変えた!?
これらの横須賀市の取組みについて、現状やこれまでの成果はどうだろうか。都市部都市計画課住まい活用促進担当課長の島憲之さんにお話を伺った。まずは総務省の「住民基本台帳移動報告」で2013年に全国1位の転出超過とされたことについてはどのように受け止めたのだろうか。
「都市部をはじめとする担当部署内では、かなり以前から人口減少や空き家増加に対する問題意識を共有していました。しかし、総務省のデータ発表を受けてこれまであまり関心を持たなかった周りの人の見方も変わり、多くの者が『危機感』を共通認識として抱くようになりました」
「横須賀市において定住促進アクションプランを策定したのは2008年です。空き家活用対策については2009年度から実態調査に着手し、その後所有者へのアンケート調査などを経て2012年度にいくつかの施策をスタートさせています。それらをさらに強く推進していくため、2016年4月に『住まい活用促進担当』がおかれることになりましたが、その背景には転出超過の結果を受けた意識の変化もあります」
”住まい活用担当”の役割についても聞いてみた。
「横須賀市としてさまざまな取組みをしていますが、役所の担当部署だけで成果を上げていくことは不可能であり、住まい活用推進の主役は不動産会社や地元金融機関をはじめとした民間の力です。さらに専門家などの協力なども得ながら、相談事業などを通じて空き家所有者の理解を深めたり、有効活用に向けた啓発、さらに需要を掘り起こしたりすることも大切です。そのための『窓口』として、情報発信や人的ネットワークの潤滑油になるように活動しています」
積極的な情報発信やイメージ戦略も課題に
これまでの実績はどうだろうか。
「以前から取組んでいる施策については徐々に問い合わせも増え、利用実績も上がりつつあります。しかし、全体的にみればまだ十分に認知されておらず、いくつかの施策は準備がようやく整って、これから本格的に運用を始める段階のものもあります。試行錯誤の面も否めませんが、そのぶん固定された規定や考え方にとらわれることなく柔軟に対応できる部分もありますから、まずは横須賀市への関心を持っていただきたいと考えています。また、谷戸を対象にした空き家バンクでは、モデル地区での効果を見極めたうえで、対象を他の谷戸へも順次広ける計画をもっています」
それでは、横須賀市の取組みを推進していくうえでの課題は何だろうか。
「横須賀市が20歳代から40歳代の市民を対象に実施したアンケート調査では、約8割(79.1%)の人が『住み良い』と感じ、『横須賀に住み続けたい』という人も約8割(79.4%)にのぼりました。この居住意向率は横浜市などと比べてもかなり高く、横須賀市の魅力として『海や緑などの自然環境に恵まれている(82.0%)』のほか、『大都市に近く、通勤・通学に便利である(43.7%)』も比較的高い割合になっています」
「ところが、市外居住者に横須賀市のイメージを聞いたアンケート調査では、『通勤が不便』『遠い』などの反応が多くみられ、市内と市外で横須賀市のイメージに大きなギャップがあることも分かりました。横須賀市の人口で社会減が多い背景には、転出者数の割合が比較的少ないにも関わらず、転入者数の割合が県内の他市町村に比べてかなり低いという状況もあります。『住みたいまち』としての横須賀市の積極的な情報発信やイメージ戦略が課題になりますから、『都市イメージ創造発信担当』を設置し、不動産会社など事業者と連携したプロモーション活動などを実施しています」
横須賀市における住まい活用の取組みがどのような成果を上げていくのか、これからも注目していきたい。
東京湾側と相模湾側の異なる特性に応じた施策展開も求められる
横須賀市では商工会議所や市内事業者とともに、「まちぐるみ定住応援事業」の一環として「すかりぶ」を運営している。市内在住の「結婚・子育て世代」を対象にして、登録した会員向けに体験・イベントサービス、子育てにかかわるさまざまな支援、ポイントや優待サービスなどを提供するものだ。
その一方で、「自宅でのみとり」ができるように在宅療養支援診療所などの環境整備にも力を入れている。厚生労働省が2016年7月6日に公表した市区町村別の集計結果では、人口20万人以上の都市における在宅死の割合は、横須賀市が22.9%で最も高い割合となっていた。最低だった鹿児島市の8.0%に比べおよそ3倍の水準である。
さまざまな「住まい活用」対策とともに、子育て世代から高齢者まで幅広く支援策を講じている横須賀市だが、東京湾に面する東側エリアと相模湾に面する西側エリア(大楠・武山・長井地区)の違いも考慮しなければならないだろう。神奈川県内では逗子市、葉山町に連なる「リゾート」的な性格を持った風光明媚な西側エリアだが、鉄道網は主に東側エリアに偏在している。西側エリアへの公共交通手段は、隣町の葉山より遠いJR「逗子」駅や京浜急行「新逗子」駅からのバス便だ。
そのため、幹線道路網の整備やバス交通の拡充、路線バスルートの再編なども、西側エリアでは大きな課題となっている。居住支援対策にしても、東側エリアとは異なるアプローチが求められるだろう。優れた景観や自然環境を生かした魅力ある住宅地の形成にも期待したい。
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