尾道の空き家問題の深刻さ

広島県尾道市…穏やかな瀬戸内の海と山、坂に並び立つ家々という景観をもつこのまちは、不思議な魅力を湛えている。まちの中心には「海の川」と呼ばれる尾道水道があり、その穏やかさで開港以来瀬戸内随一の良港として繁栄してきた。平成27年には、"尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市"として文化庁の「日本遺産」にも登録されている。志賀直哉、林芙美子、中村憲吉などゆかりの文豪も多く、またそのまちがもつ表情の魅力から数々の映画の舞台にも使われてきた。

ところが近年、尾道も高齢化・人口減、そして空き家の問題から逃れられなくなっていた。日本の住宅の現状は、5年ごとに行われる総務省統計局の平成25年住宅・土地統計調査「確報集計結果」によると総住宅数は6,063万戸と5.3%の上昇する一方で空き家率は13.5%と過去最高。尾道市の空き家率は全国平均を上回る18.2%、12,590戸が空き家となっている。

そんな中、2007年「坂のまち尾道」の景観を守ろうと「尾道空き家再生プロジェクト」が発足、翌2008年NPO法人化された。NPO代表の豊田雅子さんは尾道出身者。大学を卒業後、旅行会社でツアーコンダクターをしていたことから、景観を大切にするヨーロッパの街並みそのものが価値のある資産であることを感じてきた。故郷に戻って、改めて尾道のまちの特徴とその固有性の大切さに気付くとともに、空き家が増えまちが空洞化していく様子に危機感を募らせ、独自に空き家の情報を集めるようになった。築70年余の木造建築で、地元でも有名な旧和泉家別邸(通称「尾道ガウディハウス」)がそのままに放置されていることを知った豊田さんは購入することを決め、夫婦で建物の再生に着手する。その様子をブログで発信したことで多くの人々に知られるところとなり、移住希望者の受け皿となる活動を始めたことがきっかけとなった。

空き家バンクでの実績を含めれば、今や約100軒の空き家再生を可能にし、多くの移住者の支援も行っているその取り組みについて、代表の豊田雅子さんとともに活動を続ける尾道空き家再生プロジェクトの理事であり、建築家の渡邉義孝さんにお話を伺ってきた。

寺社が多く、穏やかな海と美しい山の景観を持つ尾道の風景。数々の映画の舞台にもなった寺社が多く、穏やかな海と美しい山の景観を持つ尾道の風景。数々の映画の舞台にもなった

尾道の「空き家問題」は、やがて「空き地問題」に…

細い路地沿いには古くからの建物が多い。尾道らしい風景だが、よく見ると空き家も多くみられる細い路地沿いには古くからの建物が多い。尾道らしい風景だが、よく見ると空き家も多くみられる

尾道の山手地区は、もともと古くからの寺社が多く残り、車どころか人がすれ違うときに道を譲らねばならないほどの狭い迷路のような路地がある地域である。住宅の多くは接道義務を満たしておらず、建て替えが出来ない。さらに住民の高齢化によって人口も減少しており、多くの民家が空き家として放置されている状況だ。また、建て替えが出来ない斜面地の空き家は普通の不動産屋さんでは取り扱われておらず、情報すら簡単に入手できる状態ではなかった。

「接道義務を果たさないことから、建て替えができない空き家は、安全面防犯面の課題を抱えながら放置され続け、いずれは取り壊されます。空き家は空き地となり、歯抜けのような状況になる…これでは、尾道ならではの景観を守ることもできません」と、渡邉さんは話す。

「2009年10月より、NPO法人尾道空き家再生プロジェクトが尾道市と協動で新たに『尾道市空き家バンク』をスタートさせることになりました。今まで培ってきたノウハウや経験を生かし、行政だけでは行き届かなかった部分を補えるような支援をしていきたいと考え発足しました。対象のエリアは、尾道市が特別区域に指定した尾道三山の南斜面地の山手地区と呼ばれる地域です。」

移住者の意識をポジティブに現実化する。実感を伴った現場の移住者支援

尾道の暮らしやサポートメニューなどをわかりやすくまとめた冊子やリーフレット。他に空き家再生の現場体験合宿なども行っている尾道の暮らしやサポートメニューなどをわかりやすくまとめた冊子やリーフレット。他に空き家再生の現場体験合宿なども行っている

代表の豊田さんやNPOのメンバーたちが経験で積み上げてきた移住者支援が、尾道の空き家バンクの活動を活発化させた。

まず、移住希望者は空き家を探すため、登録を行うことで見ることができる空き家データバンクにアクセスすることができる。空き家バンクのウェブサイトは、物件種別や設備だけでなく、空き家の状態をレベル分けし、特徴についても細かく分類されている。物件検索機能だけはない、月に一回定例で空き家再生移住者の相談会で対面でサポートを行い、年に数回、空き家めぐりツアーなども開催。実際に尾道の坂の暮らし体験ができる体験ハウスもある。

多くの空き家は建物の状態が悪く改修工事が必要となる。NPOでは、補助金などが受けられる行政による空き家再生の支援制度を紹介。また、実際の空き家を左官職人や大工、建築家などとともに改修体験ができる合宿やワークショップなども行っている。空き家を自分で改修する移住者には、改修アドバイスや専門家の派遣、道具の貸し出しもする他、片づけ・ゴミ出しのお手伝いまでもサポートする。

秀逸なのが、移住者の不安や疑問を払しょくし、尾道の生活をイメージさせる数々のリーフレットや説明資料だ。ユーモアたっぷりにカルタのようなデザインで、空き家再生・尾道の坂暮らしへの覚悟を促すミニ冊子などもある。冊子の文章の一例を取ると、『便利な時代にあってバリアフリーの真逆のようなところです。昔の暮らしと同じく足腰を培う人間らしい日々です』などとある。まさに、尾道の空き家再生を自ら経験し、数々の苦労や問題解決に向き合ってきたからこその言葉であり、実感をともなった支援の一環である。

尾道空き家バンクの空き家登録数は123軒、すでに80軒が決まっており、未だ約760人の移住希望者がいる。

空き家をチャンスと捉え、豊かなまちづくりを目指す

移住者にとって心強いのは、サポート体制や制度もさりながら、NPOのメンバーたちである。実際に尾道ガウディハウスを購入し、再生を手がけている代表の豊田さん、また豊田さんのご主人は数寄屋大工である。今回お話を伺った渡邉さんは建築家で、実際に空き家の耐震改修やリノベーションのアドバイスにも携わっている。メンバーの中には地元の不動産仲介業である高垣さん、尾道出身で大学で街づくりなどを学んだ新田さんなど「尾道を愛する」軸とともに、実際に空き家を再生させるための知識や経験、スキルが活きているメンバーが集まっている。

「空き家を再生する…というプロセスと活動で学んだことがたくさんあります。まちというのは、人々によって暮らし続けられてきたからこそ存在するのであり、そこには住まいがあり文化があり、歴史がある。不便だから、古いから、と捨て去るのではなく、そこにある何が価値となり、今までまちが続いてきたのか…ということに向き合うべきだと考えます」と渡邉さんは言う。

「尾道だからできた、という人々もいるかもしれません。でも一般的な不動産価値でいえば接道義務を果たさず、建て替えが出来ない家は決して恵まれた条件とは言えません。しかし、尾道は実は世界大戦での戦火を受けず、明治・大正・昭和と時代を経てきた住まいが多く残っています。これを負債と考えるのか、財産と考えるのか…そこがまちづくりの大きな分岐点のような気がします」と語ってくれた。

時代ごとの歴史や文化を感じられる住まいが尾道には多く残っている。それらの建物を負債と考えるのではなく、価値の再発見と価値転換で空き家を再生しているのが、尾道の取り組みである。
次回は、尾道に残る建物とNPOが手掛けている空き家活用の事例についてお届けしたい。

写真右から、NPO尾道空き家再生プロジェクト代表の豊田さん</br>地元で不動産仲介業を手掛けている高垣さん、地元出身で大学でまちづくりを学んだ新田さん</br>今回お話を伺った建築家の渡邉さん写真右から、NPO尾道空き家再生プロジェクト代表の豊田さん
地元で不動産仲介業を手掛けている高垣さん、地元出身で大学でまちづくりを学んだ新田さん
今回お話を伺った建築家の渡邉さん

2015年 09月01日 11時05分