神戸の歴史と阪神淡路大震災の復興に費やした20年

阪神淡路震災で崩壊した阪急三宮駅阪神淡路震災で崩壊した阪急三宮駅

六甲の山々から湾への地形であり、水深が急激に深くなる特徴から「天然の良港」として知られる神戸港…。

鎖国の時代約200年間、日本で唯一外国に向けて開かれていた貿易の窓口は長崎の出島であった。神戸港が開港された1868年は「黒船襲来」と言われたペリー来航から15年目であり、大政奉還の年である。1868年は明治元年にあたり、神戸港の歴史は、日本の開国・近代の歴史と歩みを同じくした。現在も神戸港は、日本の主要な国際貿易港(五大港)の一つとして大きな役割を担っている。そんな神戸港は、2017年、開港以来150年を迎える。

上記の神戸港の開港により海外との貿易が盛んとなり、外国人居留地などが出来たことから、西洋風の建物も多く造られ、神戸は異国情緒が漂う街となった。また、大阪に近いことから、関西圏の商業地区として、住宅地としても発展を遂げる。1981年には地方博ブームの先駆けとなる「神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア'81)」が開催されるなど、関西での主要都市として発展を続けてきた。

1995年1月17日、兵庫県南部を起点に大規模な地震が発生した。6,430余名もの犠牲者を出した「阪神淡路大震災」である。兵庫県内の、特に神戸市市街地の被害は甚大であった。道路・鉄道・電気・水道・ガス・電話などの生活インフラも広範囲で寸断されたことから、完全な復旧には多くの時間とコストを要した。

阪神淡路大震災から20年…ようやく、神戸は「復興」の枠を出た新たなまちづくりに向かっている。大都市の主要駅の最後の大規模開発ともいわれる三宮駅周辺の再整備構想など、新たな神戸のまちづくりがはじまるようだ。

新たなまちづくりについて、神戸市役所に取材をしてきた。

神戸人口ビジョンと神戸創生戦略

神戸市役所神戸市企画調整局政策企画部の奥田 隆則 部長。「以前は東京に住んでいて、近頃の気候変動で都心の暑さは堪えました。神戸は都会ではあっても山風も海風もあり、ジョギングしていても気持ちがいいんです」と自らも意外なところで“住みやすさ”を実感している神戸市役所神戸市企画調整局政策企画部の奥田 隆則 部長。「以前は東京に住んでいて、近頃の気候変動で都心の暑さは堪えました。神戸は都会ではあっても山風も海風もあり、ジョギングしていても気持ちがいいんです」と自らも意外なところで“住みやすさ”を実感している

今回、お話を伺ったのは神戸市役所の神戸市企画調整局政策企画部の奥田 隆則 部長。

「阪神淡路大震災から20年…神戸のまちづくりは、今まであったものを失うという過酷な実体験から震災前の神戸に戻そうという“復興”が中心でした。ちょうどその間、日本の経済も“失われた20年”といった低迷を続けたため、なかなか新たなまちづくりへ大きな舵をきれなかった…。20年たってようやく、次の神戸を考えるステージにきました」という。

「震災復興から20年たったからだけでなく、新たな神戸のデザインをつくらなければならないというのは、日本が抱える人口減少・高齢化の問題に神戸もさらされているからです。

神戸市は2011年に人口のピークを迎えましたが、2012年から人口増加率がマイナスとなり、人口の減少局面に入ってきています。また、高齢化も進んできており、国勢調査における2010年の高齢化率は23.1%となっており、政令市の高齢化率の4番目という高さで老年人口が増加しています。また、育児や教育などが必要な年少人口の割合は開発時期や地域によって異なり、それぞれに必要な施設なども変化がみられます。

昨年(2015年)10月末、神戸市は“神戸創生戦略”をまとめました。策定については、行政や有識者だけでなく、市民・事業者等の意見も幅広く取り入れています。この戦略では、 ①安定した雇用を創出する ②新しいひとの流れをつくる ③若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる ④時代に合った地域をつくり、安全なくらしを守るとともに地域と地域を連携する、という4つの基本目標を中心にたてています」。

新たな神戸は人が主役の「高質(こうしつ)なまちづくり」

2015年に神戸市がまとめた「神戸の都心の未来の姿[将来ビジョン]」と「三宮周辺地区の『再整備基本構想』」2015年に神戸市がまとめた「神戸の都心の未来の姿[将来ビジョン]」と「三宮周辺地区の『再整備基本構想』」

今後の神戸のまちづくりをたとえるとどういった表現になるのであろうか?

奥田部長は、「それは、“人が主役”のまちづくりです。私たちは、“高質(こうしつ=クオリティの高い)なまちづくり”を…と考えています。そのうえで、どの都市とも違う神戸らしさを活かしていければ…と考えています」という。

「例えば、ビジネスにおいても起業支援やオフィスの需要に応えることもそうですが、古くから外国の文化や人々を受け入れてきた柔軟性から外資系企業を誘致したり、多くの大学があることから産学官連携のビジネスやまた、医療やIT・モノづくりの先端分野への支援なども考えています。郊外のニュータウンなどの住宅地域では、子育てや増える高齢者の暮らしにふさわしい施設や整備を考えていきます。

また、被災した経験をもつまちだからこそ、防災を特別にせず、不測の災害に対しても強いまちづくりを継続していきます。国際都市だからこその多言語サインシステムなども進めていきます」。

三宮再整備基本構想と未来の神戸

新たな神戸のまちづくりを象徴するのが「三宮再整備基本構想」であろう。

「新たな神戸のまちづくりの象徴として、神戸の玄関口である三宮周辺地区の再整備構想があります。"人が主役"のまちづくりにふさわしく、"歩くことが楽しく巡りたくなるまちへ"を掲げています。

現在の車優先のまちではなく、歩く人が中心のまちの実現に向けて駅前は、歩行者と公共交通機関が優先となります。また、駅前からの歩行者の導線をまちにつなげるために、道路空間のリデザインによる歩行者空間を広げ、花や緑、ベンチなどの休憩場所やオープンカフェを促進し、山や海の景観が映えるまち歩きの楽しさをデザインしていきます。

また、神戸は誇れる夜景があります。昼だけが賑わうまちではなく、"夜も面白いことが起こる予感"のする、夜も長く安全に楽しめるまちにもしていきます」という。

「新しいまちづくりには、行政だけでなく、企業や地域住民の力も必要です。未来に向けてのまちづくりに様々な方面から参加をいただいて、愛着のあるまちを創っていければ…と思っています」。

例えば、阪急電鉄の三宮駅ビルは1995年1月の阪神・淡路大震災で駅ビルが全壊し、同年12月に仮設オープンされて以降そのまま使われていた。こちらも、新たな駅ビルの着工計画が進みつつあるという。次世代型路面電車(LRT)も検討されており、行政と共ににぎわい再生への貢献を考えているようだ。

変わりゆく神戸…再整備計画に掲げられている“人が主役のまち=高質なまち”が細部にまで浸透した形で実現し、人が笑顔で行き交う神戸となり、また魅力を増すことを期待したい。

再開発後の三宮交差点南向きイメージ(※2016年3月現在のイメージパース)。</br>山と海が近く、坂も多い神戸…次世代型路面電車や人々が行き交う美しい国際都市になることを期待したい再開発後の三宮交差点南向きイメージ(※2016年3月現在のイメージパース)。
山と海が近く、坂も多い神戸…次世代型路面電車や人々が行き交う美しい国際都市になることを期待したい

2016年 03月16日 11時07分