建築設計図の一部、植栽計画図として作られてきた植栽の現場

古谷さんが手がけた一棟丸ごとリノベーションの植栽。中庭やアプローチからエントランスまでの壁面、中庭に面した壁面などに緑を配してある古谷さんが手がけた一棟丸ごとリノベーションの植栽。中庭やアプローチからエントランスまでの壁面、中庭に面した壁面などに緑を配してある

古くなっても価格の落ちないマンションにはいくつか共通することがある。そのひとつが植栽の手入れ。良いマンションは手入れが行き届いており、緑が魅力になっているのである。例えば、広尾ガーデンヒルズに緑が全くなかったとしたら、あそこまでの人気を維持できただろうか。緑のない姿を想像してみると、その価値が分かる。

新築販売時の広告でも緑は売り物になっている。どんな木が植えられるか、どれだけ四季折々の景観が楽しめるかなどが細かく書かれていたり、完成予想図では咲き乱れる花々が描かれていたり。だが、それだけ売りにされているにも関わらず、マンション建設の現場には植物、造園の専門家がいないこともあるという。

「マンションなどを計画する場合、売る側としては用意した土地に建てられる最大の建物を建てることを優先します。植栽に充てられるのはその後に残った土地。そこで何を植えるかの基準となるのが市町村(東京都の場合は23区も)が敷地に対して一定の割合の緑を植えることを定めた緑化基準です。割合だけでなく、その中に高木何本、低木何本などと細かい規定があり、建てる側はそれを充足させるために植栽を考えるのが一般的。誰がやらなくてはいけないなどの決まりはないので、建物の設計と合わせて設計者が設計するというのが一般的でした」とは建築家でありながら、植栽施工、管理なども手掛ける古谷デザインの古谷俊一さん。

設計者は基本、植物や造園の専門家ではないため、緑化基準の要件は満たしていたとしても、適切でない植栽が行われてしまう場合もあり得る。「西日が苦手なヤマボウシやハナミズキを西側に植えるなど、植物の特徴、立地の条件等、考察不足の植栽計画も見受けられますね」。販売時に売り物とされ、資産価値にも大きく寄与する緑だが、実際にはその場所の特性を生かした設計が行われていないケースもあるというわけだ。

竣工時がベスト。時間とともにダメになる植栽も

完成後、植栽が完成予想図や模型と違うというクレームも少なくないそうで、植栽は物件のイメージを左右する存在だ完成後、植栽が完成予想図や模型と違うというクレームも少なくないそうで、植栽は物件のイメージを左右する存在だ

緑化基準は建物の基準同様、基準を定めた自治体による検査があるのが基本だが、自治体によって運用に差があるのが現実。検査がない自治体もあるそうで、さらに竣工以降のメンテナンスにはルールはないも同然の状況だとか。植栽を枯れたままに放置していても緑化基準に基づいてのおとがめを受けることはないのだ。

また「植物は時間とともに成長するものですから、本来は成長を見込んで植えるべき。でも、緑化基準では緑化面積と樹木の数だけが規定され、販売主はマンション施工時での完成形を求め、それが資産価値として付加されるため、過密な状態に植えることになってしまいます」とマンションなどの植栽の手入れに携わる日比谷アメニスの長谷川徹さん。

密植した状態が植物に良いわけはない。しかも、新築マンションの場合、もうひとつ、植栽をダメにしかねない要件があるという。「新築マンションで理事会が立ち上がるのは竣工後半年以上経ってから。加えて緑は生活に必需というわけではありませんから、住み始めて2~3年は新しい生活を軌道に乗せるのに夢中で、緑を気にする余裕がない。ところが、新たに植えた木が根づくまでには3年から5年、人工地盤であればさらに長い歳月がかかります。その大事な時期に植栽は放置されてしまうのです」

それでも竣工後1年間はまだいい。分譲会社が管理組合に対し保証をしてくれるので、その間なら木が枯れても無償で交換してもらえるからだ。しかし、それ以降は居住者が負担して緑を育てていくことになる。ここにもいくつかの問題がある。根本的な問題としては植栽の維持管理は長期修繕計画に予算として組み込まれていないという点。日常的な手入れは管理費で賄われるが、木は成長するにつれ、コストがかかるようになる。時には伐採、植替えなどのまとまった手入れ、費用が必要になることも。しかし、修繕積立金が対象としているのは建物の共用部分のみ。植物は生き物であり、同じ植物でも土地によって成長の度合いが異なるなど、予算化しにくいのは確かだが、確実に費用がかかるものにも関わらず、見込まれていないのである。

植物には長期計画が必要だが、管理組合の仕組みでは対処できないことも

居住年数や年代、性別などによっても意見が分かれるそうで、緑はどの管理組合でも合意が難しいそうだ居住年数や年代、性別などによっても意見が分かれるそうで、緑はどの管理組合でも合意が難しいそうだ

また、植物を育てるには時間がかかり、長期計画が必要になるが、これもマンションには向いていない。多くの管理組合の役員の任期は1年、長くて2年程度が多いため、長期計画を策定しにくいのである。それでも予算が潤沢にあればいいのだろうが、今どきは管理費などの滞納に悩むマンションも少なくない。そこで管理組合が管理費の予算削減を行なう際、最初に削られるのは植栽関連の費用だという。

植物の手入れは機械化しにくく、費用の大半は人件費。それをカットしようとすると、水やりや剪定などの頻度を省く方向に行くわけだが、となると木が枯れたり、繁茂しすぎてぼうぼうになったりと見た目はどんどん悪くなる。そして一度その状態にしてしまうと、再度手を入れる際にはそれまで以上の費用がかかることになってしまう。植栽を良い状態に維持するのは大変なことなのである。

また、自然に対する見方が人によって異なり、それがトラブルになる例も増えている。「32年前の販売時には緑がたくさんあると売れるため、植栽は過密に植えられていました。そのため、敷地内の桜並木の一部は枯れてしまったほど。本来は成長の過程で間引く必要があったのだろうと、遅まきながら平成21年度から中長期計画を立て、伐採、間引きをしようと考えているのですが、住民間の合意形成に時間がかかっています」とは資産価値の落ちていないマンションとして知られるパークシティ溝の口管理組合で植栽小委員会の委員長を務めた富田久さん。

マンション内の自然をどう捉えるか。住民間に意見の相違

植物は生き物だけに人間の都合に合わせた手入れをするわけにはいかない植物は生き物だけに人間の都合に合わせた手入れをするわけにはいかない

マンション敷地内の植栽は元々人間の手によって、暮らす人が快適に過ごせるように作られた自然。その成り立ちを考えれば、暮らしに不自由を感じさせたり、建物に悪影響を与えてはいけないはずだが、樹木保存の意識が高い伐採慎重派はこの物件に限らず、築年数の経った物件には必ずいる。複数棟のある物件の場合、ある住棟の住民が切ることを望んでいるにも関わらず、全く関係ない住棟に居住する人が切るなと主張することもあるとか。

「敷地内には1,000本を超える木があり、中には歪な樹形のまま、非常な高木になっているものも。そうした木にカラスが巣を作ると駆除に一か所5万円などとかかりますし、蜂の巣、蚊対策としても木の管理は欠かせません。また、日常生活に影響を与えないようにするための剪定だけでも年に1,000万円はかかる。歪な、生活の邪魔になる木を適切に間引いて費用を削減し、住環境を整えたいと思うのですが」。

ところが、国土交通省のマンション標準管理規約(団地型)のコメントは「植栽の伐採は総会の決議により決定することが望ましい」としている。

第40条関係
例えば植栽による日照障害などの日常生活のトラブルの対応において、日照障害における植栽の伐採などの重要な問題に関しては総会の決議により決定することが望ましい。

つまり、伐採のためにはいちいち総会の決議が必要になるわけで、そこに樹木保存の意識が高い伐採慎重派がいると決定には時間がかかる。しかも、パークシティ溝の口は豊富な緑に惹かれて入居を決めた人も多く、緑が減ることには敏感である。そこで、同管理組合では今後、やはり植栽が豊富で価値の落ちないマンションの先輩でもある板橋区のサンシティにならい、直接関係のある住棟住民の声がより強く反映できたり、住棟から近い場所にある木は生活優先で扱いを決めるなどのことを考えているという。とはいえ、手間、費用がかかることは間違いない。

緑の状態や景観を左右するのは住んでいる人の意識

時間を経て趣を増した景観を維持し続けようという結果がこの風景だ。多少色がまだらなことから、新旧が混じっていることが分かる時間を経て趣を増した景観を維持し続けようという結果がこの風景だ。多少色がまだらなことから、新旧が混じっていることが分かる

でも、だからこそ、きちんと手入れされた緑のある物件が価値を維持しているとも言える。計画時、竣工時、それ以降と植栽を巡る状況はあまり恵まれていない。しかも、植栽の手入れは手を抜いたら抜いた分が劣化する。だが、逆に手を入れれば入れた分、良くもなる。建物もメンテナンスすることで劣化を防ぎ、経年を風格に変えることができるが、最初に建てられたレベル以上に良くなることはほとんどない。ところが植物を含めた敷地内の景観であれば、竣工時以上のレベルにすることもあり得ない話ではない。問題は住民にそれだけの意識があるかどうか。パークシティ溝の口では植栽そのものではないが、景観に関する、住民の意識を感じさせてくれる話を聞いた。

「敷地内に敷かれた煉瓦が劣化、割れたり、でこぼこになったりしていたことから、交換の話が出ました。全部を真新しいレンガブロックにすると4,000万円かかる。ところが、住民からはダメになった煉瓦だけを交換、あとはひっくり返して再利用しようという意見が出た。これだと2,000数百万円で済みますが、その代わり、10数年後には取り換えが必要になってくる。でも、欅に煉瓦という景観を高く評価し、変化を望まない人が多く、最終的にはその形で手を入れました」。

敷地内の風景はそのおかげで修繕後もあまり変わっていない。長年かけて築いてきた景観を大事にする意識が高いことは確かで、それが緑も含め、多くの人が住んでみたいと思う空間を作っていることは間違いない。日本の家は竣工時がベストでその後劣化していくと言われるが、植栽を大事にすることで違う展開もあり得るのかもしれない。そんなことを思った。

日比谷アメニス
http://www.amenis.co.jp/

古谷デザイン
http://www.furuyadesign.com/

パークシティ溝の口管理組合
http://www.mizopark.com/

2015年 01月22日 11時07分