賃貸でアパートやマンションに住んでいて、消費税が10%に増税したことにより家賃の値上げが起きるのではないかと不安に感じている方はいませんか。
もしかすると実際に、すでに家賃値上げを伝える契約書が届き、サインすべきなのか迷われている方もいるかもしれません。
そこで今回は、アディーレ法律事務所の弁護士・髙野文幸先生に「もし増税を理由に、家賃の値上げ通告が届いた場合はどうするべきなのか」を解説してもらいました。
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突然の通告…増税を理由に家賃は値上げできる?

2019年10月1日より消費税が、これまでの8%から10%に引き上げられました。しかし、大前提として、居住用の建物であれば毎月支払っている家賃に消費税はかかっていません。そのため「増税分の家賃を上げる」という理由は、通用しないということになります。
では一般的に、家賃を上げるには、どのような理由であれば認められるのでしょうか。建物の家賃の増額請求は「借地借家法32条1項」に規定されています。これによると以下のいずれかの場合、家主は賃料の増額が請求できるとされています。
家賃の増額を請求できる条件
A (1)土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増加
(2)土地若しくは建物の価格の上昇
(3)その他の経済的事情の変動
B 近隣同種の建物の賃料との比較
これらの事由により賃料が不相当(客観的に賃料が低すぎる)となったとき。
消費増税に伴う賃料の増額はA(1)・(2)及びBのいずれにも当てはまらないので、A(3)「その他の経済的事情の変動により、賃料が不相当となったとき」に当てはまるかどうかを考えてみましょう。
この場合、適切な賃料と比較して、客観的に賃料が低すぎると言えるかどうかがポイントとなりますが、“消費税が増税されたからといってただちに賃料に影響するとは言い切れないので、その主張は難しい”のではないかと思います。
ある日突然、家賃の値上げ通告が届いた場合は、増額の理由が記載されているかどうかをまず見て、どのような理由によるものなのか内容をよく確認しましょう。
賃料増額を拒否すると契約解除?

では、もし賃料の増額を拒否した場合はどうなるのでしょうか。結論から言うと、賃料の増額を拒否したことを理由に、大家さんが賃貸借契約を解除することはできません。
拒否する場合も賃料を支払い続けることが大切
ただし、増額の通知を拒否する場合でも、少なくとも以前の賃料の支払いは続けてください。
借主が増額請求に抗議するとして、家賃の支払いや供託(※)をせずにいると、それを理由として賃貸借契約の解除が可能となり、退去を求められることになるので注意が必要です。
また仮に、大家さんが「値上げした賃料でなければ受け取らない」などといって受け取りを拒否したとしても、供託をしておきましょう。
「借地借家法32条2項」では「(賃料増額の)請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の賃料を支払うことをもって足りる」としています。
つまり、今までと同じ家賃を支払うか供託をしておけば、原則として賃料不払いにより大家さんから賃貸借契約を解除されたりすることはありません。
(※)供託とは、国の機関である「供託所」(法務局にて手続きをします)にお金などを預けることで、地代などを「支払ったこと」と同じ効果になる制度
大家さんが裁判を起こすケースも
しかし、“拒否すれば、それで終わり”とはならないケースも考えられます。どうしても家賃を増額したいとなると、大家さんが裁判の手続きをとる可能性があります。
もっとも、いきなり訴訟はできず、まずは賃料増額の民事調停の申し立てが必要で(民事調停法24条の2)、その民事調停でも調停が成立しない場合に、訴訟へと移行します。
調停や訴訟の期間中は、今までと同じ賃料の支払いで問題ありませんが、もし訴訟の判決で増額が容認され、その判決が確定した場合(※)には、“差額+年10%の利息”を付けて支払わなければならないので注意が必要です。
ただし、適正な賃料の算定方法は様々なものが存在しますし、不動産鑑定士による鑑定などが必要とされることもあり、訴訟提起までされたからといって、家賃の増額が容易に認められることになるとも限りません。
(※)判決に不服があるとして、上級の裁判所に審理を求めて争うことができなくなること。高等裁判所に対する控訴を法定の期間内にしない、または最高裁判所に対する上告を法定の期間内にしない、最高裁判所まで争ったものの敗訴したなどの場合を指します。
賃貸物件を探す 家賃相場を調べる契約の更新時期に家賃増額を求められた場合

ここまでは、賃貸者契約の契約期間の半ばで賃料増額が求められた場合を想定して解説しましたが、契約の更新時期(契約の期間満了6ヶ月前)において家賃増額が求められるケースも考えられます。
増税を理由とした家賃増額に応じないと更新拒絶?
具体的には、大家さんから「消費税10%増税による賃料の増額を受け入れなければ、賃貸借契約を更新しない(更新を拒絶する)」と言われるケースも想定されます。
そうした場合、借主はこれに応じないと“賃貸借契約が更新されず終了してしまい、退去を余儀なくされるため、家賃増額に応じるしかない”と思われるかもしれませんが、大家さんが賃貸借契約の更新を拒絶するには、正当事由がなければなりません。
借地借家法28条によると、家主が建物の使用を必要とする事情を主たるものとして、これまでの経緯、建物の利用状況、建物の現況及び立退料の申出の有無といった事情も考慮し、正当事由があるかどうかが判断されることになります。
そのため、上記の考慮される事情からみても明らかなとおり、借主が消費税10%増税による家賃増額に応じないことだけでは、正当事由として認められるとはいえません。

法定更新について…解約の申入れにも正当事由が必要
この場合、もし大家さんが家賃増額に応じないことを理由に、借主に対して更新拒絶の通知をしたとしても、それは適法な更新拒絶の通知とはいえないため、これまでの契約と同一の条件にて(これまでの家賃のままで)賃貸借契約が更新されたものとみなされます(借地借家法26条1項)。これを“法定更新”といいます。
補足
借地借家法26条1項によると、借主に対する更新拒絶の通知は期間満了6ヶ月前までになす必要があります。そのため、家主が期間満了直前に更新拒絶したとしても、それは適法なものとはいえず、賃貸借契約は法定更新されます。
ただ、賃貸借契約は法定更新されると、“期間の定めのないものとなる”ので(借地借家法26条1項但書)、大家さんからの6ヶ月以上前の解約の申入れによって終了することとなります(借地借家法27条1項)。
もっとも、大家さんからの解約の申入れにも、更新拒絶の場合と同じく、正当事由が必要とされるので(借地借家法28条)、解約の申入れがされたからといって、6ヶ月経過により賃貸借契約が終了となり、借主が退去を余儀なくされるということにはなりません。
更新拒絶から特に事情の変更がなく、消費税10%増税による家賃増額に応じないことだけを理由として解約の申入れがなされても、それに正当事由が認められるとはいえないため、賃貸借契約は期間の定めのないものとして存続することになります。
交渉は毅然とした態度で臨もう
一般の方にとって、お金に関する交渉は慣れていなければ難しいかもしれません。しかし、具体的な理由もなく(消費税が上がるから、だけでは具体的な理由とは言えないでしょう)増額の要求ばかりしてくるような場合には、明確に拒否して「裁判も辞さない」と伝えるのも一つの手かもしれません。
裁判では容易に増額が認められるとは限らず、増額が相当だとする根拠は大家さん側が示さなければならないので、裁判を避けたいのはどちらかといえば大家さん側とも言えるでしょう。
まとめ
・消費増税だけを理由とする賃料の増額は認められない可能性が高い
・賃料の増額を拒否することは可能。さらに拒否したことだけを理由とした賃貸借契約の解除もできない
・合意するか、裁判で確定するまでは、家賃は今まで通りの金額を支払う(もしくは供託する)ことで大丈夫だが、判決で増額が認められれば差額+年10%の利息を支払わなければならない
・大家さんが一方的に増額したり追い出したりはできないので、交渉の際は毅然とした態度で臨もう
更新日: / 公開日:2019.10.30










