賃貸仲介の世界で、「店舗に行かない」「営業担当者と一緒に内見しない」という部屋探しが、いよいよ特別なものではなくなってきた。スマートフォンで物件を探し、オンラインで問合せを行い、自分で現地に行って内見する。そして申し込みから重要事項説明、契約までオンラインで進める。かつては「不動産会社に行き、営業担当者から物件を紹介してもらい、車で何件か案内してもらう」という流れが一般的だったが、その常識は大きく変わりつつある。
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「物件情報を持っている」だけでは価値にならない時代へ
背景にあるのは、単なる「不動産業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)」だけではない。大きな変化の1つは、ユーザーと不動産会社の間にあった「情報格差」が縮小したことだ。かつて賃貸仲介会社の大きな価値のひとつは、「物件情報を持っていること」だった。ユーザーは店舗を訪れなければ、どのような物件が募集されているのか十分に把握することができなかった。そのため営業担当者がユーザーの希望条件を聞き、不動産会社向けの物件情報から候補を探し、紹介すること自体に大きな価値があった。
しかし現在は違う。ポータルサイトや不動産会社のウェブサイトには大量の物件情報が掲載され、ユーザー自身がスマートフォンで物件を比較できる。地図、周辺施設、間取り、写真、動画など、判断材料も非常に多い。さらにSNSや地図サービスを使えば、街の雰囲気まである程度確認できる。つまり「どのような物件があるのかを知る」という部分では、不動産会社だけが情報を持つ時代ではなくなったのだ。
そして、ここにユーザー側の「タイパ志向」が加わった。店舗を予約し、訪問し、希望条件を説明し、営業担当者の車で複数の物件を回る。こうした従来型の部屋探しは丁寧である一方、時間もかかる。すでに自分で候補物件を絞り込んでいるユーザーからすれば、「この部屋だけ見たい」「仕事帰りに自分で見たい」「営業を受けずに確認したい」というニーズが生まれるのは自然な流れだ。
なぜ「手数料無料・案内なし」が成立するのか
ここで重要なのは、「仲介手数料無料」というサービス自体は決して新しいものではない、という点だ。数十年前から、借主から仲介手数料を受け取らず、貸主側から広告料などの収入を得るビジネスモデルは存在していた。したがって、最近になって突然「無料仲介」が発明されたわけではない。
昨今の変化で注目すべきなのは、無料化そのものではなく、「仲介業務のデジタル化と組み合わせられるようになったこと」だ。
従来の賃貸仲介では、1件の成約までにかなりの人的コストが発生する。問合せ対応、来店対応、物件提案、内見手配、車での案内、申し込み手続き、契約説明、鍵渡しなど、多くの工程に営業担当者が関与する。この人的コストが大きければ、当然ながら一定の仲介手数料を確保しなければ事業として成立しにくい。
ところが、この工程をデジタル化すれば構造が変わる。問合せ対応を自動化し、ウェブ上で内見予約を受け付け、スマートロックなどを利用してセルフ内見を可能にする。申し込みをオンライン化し、IT重説や電子契約を活用すれば、これまで人が対応していた工程を大幅に削減できる。
つまり「手数料を安くする」という価格戦略の前に、「1件の契約にかかるコストを下げる」というオペレーション改革があるわけだ。
その象徴的なサービスの1つが「OHEYAGO(オヘヤゴー)」だ。スマートロックなどを活用したセルフ内見によって、営業担当者との日程調整や同行を極力減らし、申し込みやIT重説、契約までオンラインで進める仕組みを構築してきた。このモデルのポイントは、単に「接客をしない」ということではない。従来、人が介在していた一連の仲介プロセスそのものを再設計していることにある。
セルフ内見は「案内方法の変更」だけではない
セルフ内見という言葉だけを見ると、「営業担当者が一緒に行かないだけ」と思われがちだ。しかし、ビジネスモデルの視点ではその意味は大きい。
一般的な賃貸仲介では、営業担当者が1組のユーザーを案内している間、当然ながら別の顧客対応はできない。移動を含めれば数時間を要することもある。さらに都市部では車を使わず現地待ち合わせをするケースもあるが、それでも営業担当者の時間は拘束される。
セルフ内見が成立すれば、この「案内時間」を大幅に削減できる。仮に1件あたりの収益が低くても、1人の営業担当者が対応できる顧客数を増やすことができれば、事業として成立する可能性が高まる。賃貸仲介における生産性を「1件あたりの手数料」ではなく、「1人あたり、あるいは一店舗あたりでどれだけ効率的に成約を生み出せるか」という視点で考えるモデルだ。
こうした仕組みが成立しやすくなった背景には、おとり物件対策や募集情報の精度向上、電子申し込み、IT重説、電子契約、スマートロックなど、複数のテクノロジーと制度・業務環境の変化がある。ひとつの技術によって「ネット完結型賃貸」が実現したわけではなく、周辺環境が少しずつ整った結果として現在の形が生まれている。
では、すべての賃貸仲介が「無人・無料」になるのか
ここで考えたいのが、今後すべての賃貸仲介会社が「仲介手数料無料」「セルフ内見」に向かうのか、という点だ。私は必ずしもそうはならないと考えている。
なぜなら、部屋探しに求めるものはユーザーによって異なるからだ。「この物件を見たい」とすでに決めている人にとっては、セルフ内見との相性は非常に良い。一方で、「どのエリアに住めばよいかわからない」「初めての一人暮らしで不安だ」「子育て環境まで考えて提案してほしい」「ネットに出ている物件の違いがわからない」というユーザーもいる。
こうしたユーザーに対しては、営業担当者によるヒアリングや物件提案、周辺環境の説明、物件ごとのメリット・デメリットの整理といったサービスに価値が残る。経験豊富な仲介営業担当者だからこそ気付けるポイントもある。ネット上の情報だけで物件を判断した結果、「思っていた環境と違った」「設備や契約条件を十分理解していなかった」といったトラブルにつながる可能性もゼロではない。
つまり、情報そのものの価値が低下したとしても、「情報を整理し、ユーザーに合わせて判断を支援する価値」までなくなるわけではないのだ。
保険商品などを考えると分かりやすい。ネットだけで比較して加入できる保険が普及する一方で、相談しながら商品を選びたいユーザーも一定数存在する。賃貸仲介も似た構造になっていく可能性がある。
「安く効率的に売る会社」と「高品質なサービスを売る会社」
今後の賃貸仲介市場では、サービスの二極化がさらに進むのではないだろうか。
安く効率的に売る会社
ひとつは、徹底した業務効率化によって一件あたりのコストを下げ、仲介手数料を抑えながら大量の取引を処理するモデルだ。この場合、重要になるのは「人を減らすこと」ではなく、「どこまで業務を標準化、自動化できるか」である。問合せ、内見予約、申し込み、審査、契約、鍵渡しまでの業務フローを見直し、少ない人員で多くの契約を処理できる体制を構築する必要がある。
同時に、仲介手数料以外の収益構造も重要になる。管理物件を増やしてストック収益を確保する、付帯サービスを設計する、法人取引を拡大するなど、会社全体のポートフォリオを見直す必要も出てくるだろう。仲介手数料を下げるのであれば、「どこで利益を出すのか」をこれまで以上に明確にしなければならない。
高品質なサービスを売る会社
もうひとつが、あえて人によるサービス品質を高めるモデルだ。単なる物件紹介ではなく、ユーザーの生活設計まで踏み込んだ提案、地域情報、契約条件の比較、将来の住み替えや購入まで含めた相談など、「この担当者に頼みたい」と思わせるサービスを提供する。
ただし、こちらにも課題がある。優秀な営業担当者個人に依存してしまえば、事業として拡大しにくい。そのため接客ノウハウを標準化し、教育制度を整え、一定のサービス品質を再現できる仕組みが必要になる。さらに賃貸仲介だけで終わらせず、将来的な売買仲介や不動産購入、管理、資産形成などへ顧客との関係をつなげることも重要になるだろう。
結局のところ、「セルフ内見か、有人接客か」という単純な二者択一ではない。重要なのは、自社がどの顧客に対して、どのような価値を提供し、その対価をどこで得るのかを明確にすることだ。
情報格差によって収益を得る時代から、テクノロジーによる効率性、あるいは人による専門性や提案力によって価値を生み出す時代へ。ネット完結型賃貸の普及が示しているのは、「不動産会社が不要になる未来」ではなく、「不動産会社が提供する価値そのものを再定義しなければならない未来」なのかもしれない。





