「空室は埋めたいが、単身高齢者は孤独死や残置物リスクが怖くて貸せない」——。日本の賃貸市場が抱えるこのジレンマは、超高齢社会において避けては通れない最大の課題である。
厚生労働省発表「2024年国民生活基礎調査」によると、65歳以上の一人暮らし(単独世帯)は903万1千世帯となった。
現在、日本の全国の大学(学部)の学生総数は、直近の学校基本調査によると約264.6万人(2025年度)となっていることから、高齢者の単身世帯増が賃貸市場においても無視できない数字になっている。
一方で、高齢者に対する課題感も強い。
特に、現在、高齢者の賃貸仲介を行う弊社(R65不動産)が現場で感じている課題は、「身寄りがいないこと」だ。
見守りの普及に伴い、孤独死による心理的瑕疵物件となることは予防できるようになった一方、亡くなられた後の契約や残置物を誰が適法に処理するかが、現在の課題になっている。
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高まる、「身寄りのない高齢者」への対応
見過ごせないのが、賃貸借契約の期間中に状況が変わるケースだ。契約当初は親族がいても、更新を重ねるうちに疎遠になったり、頼れる身寄りがいなくなったりすることがある。つまり「身寄りの有無」は入居時点だけで判断できるものではない。
身寄りのない入居者が亡くなった場合、本来は相続人が担うはずの解約手続きや残置物の処分、遺品整理などを進める主体がいなくなってしまう。相続人がいても連絡がつかない、あるいは相続放棄によって誰も対応しないというケースも珍しくなく、結果として部屋がそのまま長期間放置され、大家や管理会社が対応に苦慮することになる。死後事務委任契約は、こうした「亡くなった後、誰が何をするのか」という空白を、本人が生前のうちに第三者へあらかじめ託しておくことで埋める仕組みだ。単身高齢者の増加が続くなかで、大家・管理会社にとっても、入居者本人にとっても、この空白をどう埋めるかが実務上の課題になりつつある。
死後事務委任契約をめぐっては、2025年10月施行の改正住宅セーフティネット法により、居住支援法人の業務に残置物処理(死後事務委任契約に基づくもの)が新たに加わった。今回は、いずれも居住支援法人の指定を受けている3社、一般社団法人全日本花輪式完全消臭連盟、株式会社つむぎシニアライフサポート、株式会社リーガルスムーズに、それぞれ話を聞いた。以下は各社が語った取り組みの内容であり、費用感や実務上の留意点については読者自身の追加確認をおすすめしたい。
1. 3社の概要と、事業の背景
各社がサービスを立ち上げた背景には、それぞれが現場で直面した課題がある。
一般社団法人全日本花輪式完全消臭連盟(全花連)
特許技術「花輪式完全消臭技術」を基盤とする特殊清掃の専門家集団。特殊清掃の現場を通じて、遺族の相続放棄や連絡困難による「解約手続きの停滞」こそが空室問題の根幹にあると捉え、消臭技術だけでは解決できない領域への対応として本スキームを構築したという。
株式会社つむぎシニアライフサポート(つむサポ)
司法書士法人と共同でサービスを展開する支援機関。身寄りのない高齢者が賃貸住宅を借りにくいという構造的課題に着目し、司法書士の専門性を生かした包括的なサポートを行っている。
株式会社リーガルスムーズ
無断退去や孤独死発生時の契約解除から原状回復までを行う、特許取得済みという「スムービングサービス」を提供。代表が前職で入居者の非常時対応に携わった経験から、入居者側に立った支援を目的に事業を立ち上げたとしている。
三者三様の強みを持つ彼らだが、3社とも「前例のない仕組みだったため、不動産会社や大家が導入時にリスクを取ることに慎重だった」と、立ち上げ当初の苦労を振り返っている点は共通していた。それは、死後事務委任契約が賃貸市場において前例のないサービスであったため、多くの不動産会社や大家が導入に際して最初にリスクを取ることを避けたという点だ。
特に、死後事務委任契約については、2025年のセーフティネット法改正に伴い、居住支援法人の業務となった。法的整備に加え、市場への理解を得るには、3社とも苦労があったという。
■関連リンク
【公式サイト】一般社団法人全日本花輪式完全消臭連盟(全花連)
【公式サイト】株式会社つむぎシニアライフサポート(つむサポ)
【公式サイト】株式会社リーガルスムーズ
2. 対応スピードと役割分担——各社のアプローチ
万が一の事態が起きた際、長期間部屋が放置されるリスクをどう防ぎ、管理会社の負担をどう減らすのか。ここにも各社の特色が色濃く出ている。
つむサポは、駆け付けや片付けなど、現地での対応は行わない代わりに、入居者と契約書を交わし、その上で亡くなられた後の対応を行う。やはり最大の強みは、司法書士としての豊富な実績に基づく、極めてスムーズな対応力だ。法的効力を持たせるための客観的な死亡確認(戸籍取得)などに時間を要することもあるが、標準で半年から1年を要する相続手続きに対し、同契約を活用することで約1週間で退去手続きを完了させた実績を持っている。
同様に全花連は、立ち合いや家族代行といった緊急対応は行わず、残置物撤去から特殊清掃、契約解約、鍵の返却までに業務を特化している。特許技術によりリフォームを極力せずに最短1日で完全消臭できる技術力を持ち、見積もりは2〜3日以内、報告は2日以内に行い、物件をいかに早く「再募集可能な状態」にするかに注力しフローを明確化している。
リーガルスムーズは、事実確認が取れ次第自ら現場へ訪問することで、管理会社が抱える精神的負担の大きい現場対応を肩代わりしている。これにより、通常なら訴訟等で1年ほどかかるような案件でも、管理会社の報告から1ヶ月半から2ヶ月以内で解決に導く。
もちろん、上記については事例ベースでの話であり、あくまで事例や条件によって幅があることについて留意されたい。
3. 費用捻出の考え方と、見落とされがちな「孤独死の盲点」
死後事務にかかる清掃・処分費用の資金ショート対策として、3社に共通するのは「不確実な相続人を当てにせず、家財保険・火災保険や保証会社の保証制度を活用する」という基本姿勢だ。
そのうえで、各社は自社の対応範囲をあえて絞り込むことで、サービス費用の抑制を図っているという。
つむサポ:死後の相続手続きや相続放棄手続きなど、司法書士としての本業へつなげることで収益を確保し、入り口となる死後事務サービス自体の費用を抑える仕組みを取っている。
全花連:保険・保証制度をベースにしつつ、業務を残置物撤去・清掃等の原状回復実務に特化。特許技術で大掛かりなリフォームを避けることで、費用対効果を高めているという。
リーガルスムーズ:施工費の高騰や事故件数増加に伴う財務リスクを避けるため、施工には関与せず「契約解除のみ」に業務を絞り込む方針にシフトしたという。
なお、具体的な費用レンジについては今回の取材では言及がなく、実際の導入検討にあたっては各社への個別確認が必要になる。
また、取材の中で、彼らは、高齢者に限らず「40〜50代の現役・単身世代」の突然死リスクにも言及している。この世代は周囲からの安否確認の頻度が低く、孤独死の「盲点」になりやすいとの指摘があり、高齢者向け対策にとどまらない視点が必要と言えそうだ。
4. 大家への説得材料と、実務負担の実際
不動産会社が導入を検討する際に気になるのは、「業務負担が増えないか」「大家をどう説得するか」だろう。
実務負担については、全花連が「特約への盛り込みと署名捺印のみ」、リーガルスムーズが「委託契約書が1枚追加されるだけ」としており、いずれも現場の手間を最小限に抑える設計だという。つむサポは保証会社との連携を通じて、将来的な事務負担の軽減を図っている。
大家を説得する際の切り口としては、各社それぞれ以下のような考え方を示した。
全花連:大家が本当に懸念しているのは「死そのもの」ではなく、事後処理や費用負担の不透明さである、という点を明確なリスク回避策として提示する。
リーガルスムーズ:契約解除や残置物撤去の負担軽減という、実務上のメリットを直接的に伝える。
つむサポ:人口統計や入居期間のデータを示しながら将来の空室リスクを説明し、「高齢者は夜間トラブルが少なく、適切にフォローすれば長期入居者になりやすい」という経営戦略上の観点を提示する。
5. 導入検討にあたって確認しておきたい点
死後事務委任契約は民法上の「委任契約」の一種であり、本来は委任者の死亡によって契約が終了するのが原則とされる。死後の事務まで委任する場合は、契約書にその旨の特約を明記しておく必要があるとされており、契約内容の適法性については専門家(弁護士・司法書士等)による確認が欠かせない。
また、国土交通省・法務省は2021年に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公表しており、民間サービスを検討する際はこうした公的な枠組みとの関係も踏まえておくと、より安心して導入を判断できるだろう。
今回取材した3社のサービスは、いずれも各社の説明によれば実務上の負担軽減に一定の効果があるとされるが、契約の有効性や費用の詳細については、大家・管理会社側でも個別に確認することが望ましい。
まとめ:社会構造の変化に適応する新たなインフラへ
「家族が面倒を見る」という従来の前提が揺らぐなか、死後事務委任契約はその隙間を補う仕組みの一つになりつつある。
取材した各社はいずれも、業界全体で高齢者の居住を後押しする体制づくりを進めたいという姿勢を示していた。「高齢者=リスク」という前提を一度見直し、自社の管理物件の入居者属性やリスクを棚卸しすることが、検討の第一歩になるだろう。
そのうえで、各サービスの対応範囲や実績、費用体系を比較し、自社の管理体制に合ったスキームを選ぶこと。それが、空室に悩む賃貸経営における一つの選択肢になりうる。






