障害がある人も社会の一員。自立への道の伴走者“生活支援員”
実家を離れて初めて一人暮らしを始める―独立することへの期待が膨らむ一方、綿密な準備と多くの手続き、そして心積もりも必要になるものだ。
ただ、障害がある人にとっての“一人暮らし”は、障害のない人よりはるかにハードルは高い。
そこで、自立のハードルを下げるための支援制度が設けられている。身体障害、知的障害、精神障害、難病患者は、行政窓口を通じて自立生活を支援する「自立生活補助」や「自立訓練」を受けることができるのだ。そうした障害福祉サービスにおいて、特にサービス利用者を支援する人を『生活支援員』と言い、主に自立した日常生活を送れるよう、当事者の相談に応じたり支援を行ったりする。
障害者の自立生活に、生活支援員はどう寄り添っているのか。また、当事者の自立と住まいの課題にはどういったことがあるのか。
今回は、福島県いわき市にある障害福祉サービス事業所「SOCIALSQUARE(ソーシャルスクエア) 上荒川店」で自立訓練のなかでも生活支援を担う支援員として働く渡邉瞳子氏にお話を伺った。
生活支援員が行う障害のある人の自立した暮らしに向けた支援の内容、支援員から見た障害のある人を取り巻く住環境のさまざまな困難をお伝えする。
地域に開かれたごちゃまぜの場で障害のある人の生活・就労・就労定着をサポート
SOCIALSQUARE 上荒川店は、2019年に開所した多機能型事業所(2つ以上の異なる福祉サービスを同一敷地内で一体的に提供している施設)。精神・身体・知的障害のある人への自立訓練(生活訓練)(※1)、就労移行支援(※2)、就労定着支援(※3)の3つの障害福祉サービスを行う。それと同時に、「ごちゃまぜ」をモットーに、障害・年齢・性別・国籍を問わず多様な人が社会とつながる場所として、地域に開かれた交流の場ともなっている。
渡邉氏は、上荒川店に生活支援員として勤めて7年目を迎えたとのこと。自立生活訓練と就労移行支援の両方の支援員を経験したことから、専門性の高い知識が必要だと実感し、2024年に社会福祉士、2025年4月に社会教育士の資格を取得。利用者のより良いサポートに尽力している。
福祉事業所は、所在地の土地柄や運営側の得意分野などによって、それぞれ特色がある。SOCIALSQUARE 上荒川店の利用者の傾向を伺った。
「障害の種別に関係なく幅広く受け入れをしていますが、精神障害、発達障害の方が多いです。具体的には、うつ、統合失調症、双極性障害といった病状の方が多くお見えになっています。居住状況に関しては、ほとんどの方がご実家でご家族と暮らしていらっしゃいますが、中には結婚をして子育てをしながら訓練に通っていらっしゃる方もいます」
多様な人が集う上荒川店では、サービス管理責任者(以下、サビ管)と支援員とがチームとなって、利用者のサポートを行う。3つの福祉サービスが1つの事業所で展開されていることから、ステップアップする形で、サービスを段階的に受けることができる、とのこと。自立訓練(生活訓練)で生活力をつけ、就労移行支援で職に就くために必要なことを学び、職を得たあとにも長く働き続けるために就労定着支援を受ける。見知ったメンバーが伴走し、見知った場所で支援を切れ目なく受けられるのは、環境の影響を大きく受ける人にとっては心強いだろう。
その最初の段階である、自立訓練(生活訓練)。支援の内容はどういったものなのだろうか。
「入院生活や引きこもりから社会に出て自立する、そのための訓練を行います。生活に必要なスキル、たとえば、調理実習や、バスや電車の乗り方といった外出訓練、グループワークでコミュニケーション力を上げるといった対人コミュニケーション訓練等を提供しています。利用者の方によってそれぞれニーズが異なるので、施設の利用開始前に面談をしてどういうことをしたいかをヒアリングし、それを基にサビ管と支援計画を立てて、その人に合ったカリキュラムを個別に組み上げるイメージです」
※1)自立訓練(生活訓練)……障害のある方が自立した生活に向けて、食事やお金、体調管理等、生活するうえで必要な能力の維持・向上を目指す訓練や場のこと。市区町村から「障害福祉サービス受給者証」の交付を受ける必要があり、サービスを利用できる期間は原則2年間とされている。
※2)就労移行支援……障害や難病がある人が一般企業への就職を希望する場合に、就職へ向けたトレーニングや就職活動~就職後のサポートを受けられる場所。サービスを利用できる期間は原則2年間とされている。
※3)就労定着支援……障害や難病がある人が、就職した企業で働き続けるために日常生活や社会生活上の課題解決に向けた支援。就労定着支援員が当事者や職場の上司らと面談を行い、双方の悩みや課題を解決するサポートが受けられる。就労開始後7ヵ月目から利用できる。契約更新は1年ごとに行い、最長3年間の利用が可能。
安心して住める場所が“足りない” 地方都市ならではの障害者の暮らしの課題
支援員一人ひとりが、利用者のニーズに積極的に関わっていき、都度利用者と面談を繰り返しながら目標の軌道修正をするのが、SOCIALSQUAREの特徴と渡邉氏は語る。
自立生活へ向けた全方向での支援を行う生活訓練では、当事者からの住まいに関わる相談に乗ることもあるという。
「ゆくゆくは実家を出て自分のペースで一人暮らしをしたい、という方が多いですね。居住先も、いわき市を希望する方が多い印象です」
そうしたニーズに沿って、生活訓練のカリキュラムのひとつに「一人暮らしシミュレーション」と銘打ったものがあるとのこと。一人暮らしに必要な生活費の管理、新居に必要なものや準備について意見交換を行う内容になっている。
「中には、実家を出たいけれど、いきなり一人暮らしをするには金銭・生活スキルに不安があることから、グループホームを希望される方もいらっしゃいます。ただ、自立の第一歩として最適なグループホームがいわき市には少ないうえ、空きもない状態です」
グループホームには、食事や消灯が決められているなどの生活サイクル、日常的な他者とのコミュニケーションなど、共同生活特有の大変さはある。その一方で、スタッフからのサポートがあること、一人暮らしと比べて金銭的な負担が軽いといったメリットも大きい。
2025年7月現在、いわき市には22のグループホームがあるが、長く満室が続いており、実家から出るチャンスが少ない状態。渡邉氏の支援の現場でも、グループホーム各所へ見学をしながら、SOCIALSQUARE 上荒川店でカリキュラムを進めつつ、空きを待っている利用者もいるそうだ。
「グループホーム以外に選択肢がないうえ空きがない中、地元いわき市の企業i-step株式会社が2024年2月から、一人暮らし体験アパート『iHOME(アイホーム)』を始められました。サポートを受けながら家具家電付きのワンルームに住める施設です。自立した暮らしへの選択肢が増えて、ありがたいと思っています」
障害者の住環境に関しては、地方都市ならではの課題に“交通”もあると渡邉氏は続ける。
「いわき市は車社会で、免許や車がないと暮らしに不便が生じると実感しています。自立訓練(生活訓練)や就労移行支援では、生活の足として路線バスを利用するための訓練をしているのですが、昨今路線バスの廃止の影響で、地区によっては土日の運行がない、といったことも起こっています。実際にそれで困っている方もいますね…」
障害者の一人暮らしに必要な“力”と“環境”とは
障害者が安心して過ごせる住まいを探すことが難しい現状を踏まえて、「入居者サポートが付随した住宅の選択肢が増えてほしいですね」と渡邉氏は期待を寄せる。
その背景には、障害者が支援情報にアクセスする困難もあるという。
「障害のある方に関する情報は、自分から取りにいかないと得られないことが大半です。行政の福祉窓口、相談支援専門員に聞けば手早くはありますが、情報を有している側からの発信があるといいですね。より情報が入手しやすい環境になるといいなと感じています」
当事者を支える環境を望むだけでなく、将来一人暮らしを考えている当事者も身を立てる術をもつ必要があるだろう。当事者へのアドバイスを聞いた。
「炊事洗濯などのカリキュラムもありますが、カリキュラムにはない“他者へ配慮した生活”は身につけるべきスキルだと思います。『自分のペースで暮らしたい』と一人暮らしを希望される方もいらっしゃいますが、集合住宅では他の入居者がいることを理解したうえで、他者に配慮した生活を送る必要があります。ですので、たとえば作業所の就労中に、音楽を聴いてる人は音漏れしないように気をつける、声を出さないようにする、といった気配りに気づくことですね。自分も地域の一員として楽しく生活するためには、他者への配慮は大切だと考えます」
選択肢が少ないという障害者の住環境が良くなるために、民間でできることは何かないだろうか。住まいに関わる不動産業界に望むことを尋ねた。
「障害を理由に入居できない、といったことがないといいなと思っています。声を出したり、動き回ったりする症状に対して『変な人がいる』と見られてしまう方も実際にいます。悪気があってしている行動ではないので、『こういう人もいる』と寛容な考えが増えるとうれしいです」
支援をするなかで、サービス利用者が不動産会社からの対応にショックを受けた事例もあったという。
必要があれば、支援員が間に入って話をしたり、当事者が関わる事業所や支援員の情報を不動産会社やオーナーも共有したりすることもできるそうだ。「声を上げてもらえれば、間に入っていきます」と支援員の役割も語ってくれた。
伴走する支援者の存在を共有できることは、借主貸主の双方にとっての安心材料になるはずだ。
障害者の自立を目指す生活支援員の挑戦
生活支援員として障害者のサポートに尽力する渡邉氏。今後はどういったことに取り組んでいきたいかを尋ねた。
「私は本来、社会教育を専門としているのですが、公民館や美術館、博物館といった社会教育施設と同様に、このSOCIALSQUAREを社会教育の場にしていきたいと思っています。SOCIALSQUAREが掲げるごちゃまぜを体現する、多様な人が集まる地域の拠点づくりに取り組みたいです」
渡邉氏の展望はすでに歩み出しており、地元高専生とのゲーム交流会や、高校生向け就労相談会など、福祉事業以外の企画が行われている。
支援員の活動は幅広く、利用者の希望に沿ったカリキュラムの設定のほか、就職活動の面接への同行や自活を始めた人の部屋の片づけの手助けやアドバイスなど、実に手厚い。また、自立生活を希望する人とつながるために、行政のほか病院のソーシャルワーカーなど関係機関に足を運ぶこともあるそうだ。
障害者雇用が増えたことにより就労支援員の存在は徐々に知られてきている一方、支援のファーストステップである生活訓練をサポートする自立支援員の周知は低い、と渡邉氏は語る。自立支援員同士の横のつながりも乏しかったという。
しかし、近年前向きな変化が現れてきた。
数年前から障害者雇用に力を入れている企業が作る団体「いわき市障がい者職親会」の勉強会へSOCIALSQUAREスタッフが参加。
昨年からは、市の障がい者相談支援センターとSOCIALSQUAREが連携して「若手支援者交流会」を開始する、といった地元いわき市での横のつながりが活発になっているそうだ。
社会的なボーダレス化が進んでいるにもかかわらず、一般にはあまり知られていない福祉サービスの現場。障害者の自立に向けた暮らしや住まいへのハードルに、こうした伴走支援が行われている。
伴走支援者の存在が広く知られることで、多様性を受け入れる人も増えていくだろう。
ぜひ、身近な事業所や作業所の前を通った際には、利用者だけでなく生活支援員の姿にも目を向けてみてほしい。自分のペースで自立の準備をしている人と、それを支える支援員が地域の一員であることが、きっと伝わってくるはずだ。
今回お話を伺った方
渡邉瞳子(わたなべ・とうこ)
福島県いわき市生まれ。いわき明星大学卒業後、いわき市社会福祉協議会にて7年間勤務。地域で活動している様々な人たちの存在を知り、自らもまちづくりに参画したいと考え、2019年12月からソーシャルデザインワークスに入職。産業カウンセラー、社会福祉士、社会教育士の資格を活かしながら、SOCIALSQUARE 上荒川店にてアートや文化を活用したまちづくりについて模索している。
■SOCIALSQUARE 上荒川店
https://socialsquare.life/square_list/04-iwaki/
■「障害者」の表記について
FRIENDLY DOORでは、障害者の方からのヒアリングを行う中で、「自身が持つ障害により社会参加の制限等を受けているので、『障がい者』とにごすのでなく、『障害者』と表記してほしい」という要望をいただきました。当事者の方々の思いに寄り添うとともに、当事者の方の社会参加を阻むさまざまな障害に真摯に向き合い、解決していくことを目指して、「障害者」という表記を使用しています。
公開日:
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