2棟の社宅跡地に誕生、木の温かみを感じる8階建て賃貸住宅「KOENJI Crossover」
JR中央線高円寺駅から商店街の中を歩くこと8分。早稲田通り沿いに建つ賃貸住宅KOENJI Crossoverはかつて東京電力の2棟の社宅があった土地を利用して生まれた。社宅だった時代にも2棟の間には広場があり、地元の人達の交流の場として使われていたそうだが、新築された建物も中央部には2階まで吹き抜けになった広場がある。
「地下に変電所があるため、機械のメンテナンスのための空間を上部に空けておく必要があり、こうした形状になりました。せっかく生まれた空間なので、かつてのように広く地域の人たちなども利用できるピロティ広場として活用しようと検討。無機質な空間にならないよう、日本の伝統家屋の軒をイメージさせる国産の杉板ルーバーを使用しました。この杉板は建物外壁などにも繰り返し使われており、全体を通じたデザインのひとつでもあります」と設計・監理・リーシング・建物管理にあたる東電不動産株式会社の高木信之介さん。
2層吹き抜けの大空間には2階へ続く大きな階段がまるで舞台のようにしつらえられており、なんとも絵になる。そのため、入居者にアンケートを取ると「デザインが良かった」とする回答が多く、この空間のインパクトの強さがお分かりいただけようというもの。
「もちろん、デザインで選ばれているのはうれしいことですが、この物件はさまざまな面で今できる最善、最先端の技術、ノウハウなどを盛り込んでおり、賃貸住宅のこれからを模索したもの。選ぶきっかけがデザイン、見た目だとしても住んだ後で他の機能や良さに気づいてもらえればと考えています」
各戸ごとに用意された3日分の水・食料品などの防災備蓄
では、どんな点に特徴があるのか。最初に上げたいのが防災への取組みだ。
というのは近年分譲住宅では非常時に太陽光発電設備、蓄電池などを利用して共用部の照明、コンセントが一定期間使えるようになっていたり、防災備蓄を備えていたりという例が一般的になっているものの、賃貸住宅での取組みはそれほど活発とは言い難い。
特に単身者、カップルなどの住まいでは備えが薄いのだが、被災時、避難所に顔見知りがおらず、いづらい思いをしがちなのもその層。住宅に問題がなければ在宅避難すべきだが、その時に備えがなければ在宅避難もできない。といって単身者、カップル向けのコンパクトな住まいでは防災備蓄品を潤沢に備えるほどのスペースを確保するのは難しい。
そうした問題をクリアするべく、建物1階にある備蓄倉庫には入居者1世帯ごとに防災備蓄品が用意されている。具体的には水・非常食(3日分)、非常用モバイル充電器、簡易トイレなどのセット。防災備蓄は定期的に更新する手間があるが、同物件の場合は管理サイドで行うので入居者本人には手間はない。全員で使えるものとしてパンクしにくい自転車も1台置かれている。
建物1階・2階の店舗スペースについては中野区と帰宅困難者の一時滞在施設として開放することを協定しているため、備蓄倉庫にはそうした人達向けの防災品も備蓄されている。
備蓄以外では非常用電源も備えられている。太陽光発電設備、蓄電池は一般的だが、ひとつ、なるほどと思ったのはEV車のカーシェア。敷地内に1台配備されているのだが、この車、平常時には普通に車としてシェアして使い、入居者の利便性に寄与するが、災害時には大きな蓄電池となる。EV車駐車場にV2H(Vehicle to Home)、つまりEV車から家庭に電力を供給できる設備が導入されているのだ。
災害時にも役立つ人間関係の構築にも配慮
防災に関して用意されているモノを紹介してきたが、モノがあれば万事OK、救われるかといえばそうとも限らないのはご存知の通り。いざという時に声をかけあったり、助け合ったりするような関係があれば良し、そこまでいかなくても心細い状況下では顔見知りがいるだけで安心できるというもの。
そこで同物件では防災を学ぶイベントを定期的に開催する以外に1階・2階にカフェなどからなるアンテナと名づけられた複合施設を設置。コミュニティ醸成のためにイベントを開催するなどソフト面の取組みも行っている。
建物の早稲田通り側にある同施設は1階にレンタルキッチンとしても使えるカフェがあり、通り沿いには展示に使えるスペース、ポップアップで店を出せる空間などがあり、2階はコワーキングスペースとレンタルスペース。どちらも入居者のみではなく、誰もが利用できるスペースとなっており、裏手にあるピロティ広場を使ったイベントを開催することもできる。
「年に2回はローカルテラスと名づけた、日本の地域と連携した大規模なイベントを開催。2024年9月には京都府と連携し京野菜や日本茶、缶詰の販売、地域の資源、観光のPRをするなどしました。それ以外にも地元を知るための街歩き、読書会、クリスマスイベントなどさまざまなことを行っています。
ただ、入居者の参加はそれほど多くはなく、コワーキングの利用もこれからです。ご入居時にドリンクチケットをお渡ししているのでカフェの利用は多く、その時にはお声がけをするなどでコミュニケーションをはかるよう試行錯誤しているところです」とは同施設の運営に当たるクオルエリアマネジメント株式会社の小林帆菜さん。
高円寺は地域で活躍しているプレイヤーも多く、ここ1年ちょっとほどでそうした人達との繋がりが生まれてきているとも。
「いずれは入居者の方や、周辺の利用者の方々が自主的にイベントなどを企画してもらえるようになるのが理想ではあります。そうなると防災の時にも助け合えるようになり互いにメリットがあると思います」(小林さん)
建物内、ご近所との付き合いはある意味、リスクマネジメントでもある。運営側が声をかけてもそれに応じなければ会話は成り立たず、関係は深まらない。入居者の皆さんはぜひ、顔を出してみていただきたいところだ。
電気代の明細を見てその安さに驚く。高い環境性能を備える物件
続いては環境への配慮について。ここでも現在思いつく限りの手は打たれている。建物は中高層の集合住宅で目指すべき水準とされるZEH-M Orientedの環境認証を取得。CASBEE(建築環境総合性能評価システム)では環境効率指標BEE=1.5のAランク(大変良い)評価を取得といずれもかなりの高水準。
ただ、このあたりについては入居時に説明をしても、その時点ではあまり響かないらしい。だが、住んでいると自然に理解することになる。
「入居後、明細を見て信じられないほど光熱費が安くなったと驚かれます。2人暮らしで冷暖房ともに使い続けても以前よりも非常に少なく済んでいる、1月なのに暖房をつけなくても暖めた空気が逃げて行かないので寒くないその他いろいろな言葉をお聞きします。住んでみると身体で、お財布で理解できますが、言葉だけでは伝わらない。難しいところです」と高木さん。
エネルギーの利用を抑えることは環境に対して今後大事なことであると同時に、快適、健康に暮らすためのポイント。一度体験した人が次もそうした住まいを選ぶことで今後、賃貸住宅でも底上げが図られていくことを期待したい。
同物件では建物そのものの質の向上に加え、全戸備え付けのエアコンを遠隔操作できるようにして消し忘れを防止。照明器具をすべてLEDにして消費電力を節約。IoTサービスに登録すれば家電別電気使用量をスマートフォン上で見える化できるようになってもいる。
木材を多用しているのも、デザイン面での配慮に加えて木材による炭素貯蔵の効果を期待してのこと。建物全体では杉の木に換算して約200本分、約152tの炭酸ガス貯蔵ができる計算となっているそうだ。
それ以外にもエコキュートによるピーク時の電力消費を抑えたり、家具・家電のレンタルサービスをオプションで用意することでモノを持たない、捨てない暮らしに寄与するなど本当にあの手この手が考えられている。エコキュートは災害時にタンクに貯めてある湯を生活用水としても使えるので防災にも役立つ。こうした環境への配慮は同時に暮らしを快適、安全にすることにも繋がっているのは言うまでもない。
室内にも木材を多用、遊びのあるバルコニーも魅力的
最後に住戸部分について。間取りは大きく40m2強の1LDKと30m2前後の1LDK、1DKに大別され、広いほうはカップル、コンパクトなほうは単身者向けを想定している。
特徴は廊下側に水回りとベッドルームをまとめ、バルコニー側にリビングを配し、さらにバルコニーも外の空間として使えるようにしてあるという点。廊下と平行に住戸内に内の間、中の間の2種類、バルコニーに外の間として1種類、合計3種類の空間が並べられていると考えれば分かりやすい。
そのうち、印象的なのはリビングにあたる中の間。キッチンと分けられているのでコンパクトながら使いやすそうで、窓の大きさ、天井の高さもあって実際の面積よりも広い印象もある。水回りなどとの仕切りは福島県産の木材が使われている。バルコニーの屋根側にも木材が使われるなど、外壁だけでなく、内装でも木材は多く使われている。
「共用廊下の上部にも木材が使われているのですが、建物内だと乾燥してしまうためか、木が暴れ(反ったり、割れたりする自然現象をこう表現する)、一部手直しをしました。自然の材料を使うにはこうしたトラブルもありますが、やはり、木が使われているとほっとするのではないでしょうか」(高木さん)
外の間とされるバルコニーが使える場にするための配慮として、柵のあちこちに小さな台が取り付けられているのも目を惹いた。植物を飾るのも良し、ノートパソコンを置いてテーブル代わりにしてバルコニーで仕事するも良し、夜景を肴に一杯ももちろん。使い方は人それぞれだろうが、こうした遊びがあるだけで住まいが魅力的に見えてくるのは不思議だ。
入居者だが、アジアを中心とした外国籍の方も多く、親の名義で借りている学生も少なくない。ここなら安心ということで親が子に勧めたということだろう。また、「デザイナー気質とでもいえば良いのでしょうか、こだわりの強い、個性的な方が多いように感じています」と高木さん。高円寺というまち自体もアーティストが多いと聞いたことがあるが、特徴のある物件には特徴のある人が集まるらしい。
83戸と戸数があるため、時には空室も出る。1階では頻繁にイベントも開かれているので、関心のある人は覗きに行ってみるのも手。室内の快適さは体験できないにしても、場の雰囲気は十分味わえるだろう。
また、内見時にはぜひ防災備蓄を見せてもらおう。確実にその量が用意されているのはうれしいし、他にはない備えだが、首都圏で災害が起きた時にその量で足りるか。目の前にすれば分かるはずだ。
■取材協力
KOENJI Crossover
KOENJI koenji-crossover.jp
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