「今後自分がホームレスになるかもしれない」。35%の人が回答する今の生活困窮を考える
バブル崩壊後30年以上経済が低迷を続ける今の日本。厚生労働省が毎年行う国民生活基礎調査を見ると、生活意識の状況に「苦しい」と回答する人の割合が半数を割ったことは、1997年以降いまだにない。
生活困窮と密接に関わる社会問題といえば、“ホームレス”の存在だ。
2024年夏、ホームレスによる国際サッカー大会「ホームレス・ワールドカップ」が韓国で行われたのをご存じだろうか。日本からも代表選手が選ばれ、選手団をサポートする企業が数多く集まった。
株式会社LIFULLはその協賛にあたり、ダイバーシティサッカー協会と共同で「『ホームレス』に関するイメージと実感調査」を実施。その結果では、回答者のおよそ3人に1人に相当する35%の人が「今後自分がホームレスになるかもしれない」と考えていることがわかった。
「自分もホームレスになるかもしれない」。その危機感とともに、万一に備えて知っておきたいのが、“どういった支援を受けられるか”だ。ホームレス状態にある人への支援の方法のひとつに、「ハウジングファースト」という考え方がある。この理念の下、一般社団法人つくろい東京ファンド(以下、つくろい東京ファンド)は、空き家・空き室を活用した低所得者・生活困窮者支援を事業化している。今回はつくろい東京ファンド代表の稲葉 剛氏に、日本におけるハウジングファーストと団体の活動について詳しく聞いていく。
従来のホームレスの定義には当てはまらない現代のホームレスの事情
「『ホームレス』に関するイメージと実感調査」において、つくろい東京ファンドも支援する側として調査に協力したという。この調査結果に稲葉氏の印象を尋ねると、「ホームレスになる可能性を感じる人が全体では3人に1人、20代の人では約半数というのに驚きました」と感想を述べたうえで、長年ホームレス支援に関わってきた立場から、日本の“ホームレスの定義”に関して疑問を抱いているとも語る。
「路上ホームレスには調査がありますが、従来のホームレスの定義から外れる、いわゆる“ネットカフェ難民”や生活が不安定な人の全国的な調査がありません。都内では約4,000人いるともいわれています」
現行の日本の法律上、ホームレスは「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」と定義されている。路上生活者や野宿生活者と呼ばれる人が相当する。
日本で、国内の貧困に目が向けられるようになったのは1994年ごろ。その後97年に起こった金融危機の影響で失業者が急増し、それまで多かった建築土木現場の日雇い労働者に限らず、「ネクタイホームレス」や「スーツホームレス」と呼ばれるホワイトカラー出身の路上生活者も現れ始めた。回復しない不況により、極限状態で暮らすホームレスの人々が増加―こうした状況を改善すべく、2002年にホームレス自立支援法が成立。各地で就労支援のための施設がつくられ、生活保護の窓口運用も改善されたこと、民間レベルでのホームレス支援も広がったことがあり、路上生活者の数自体は急激に減っていった。
しかし、その内容は先述の定義に則った路上生活者に向けた支援制度だったため、路上に至る前の人をどう支援するかという観点は弱かった。
「現場では2003年ごろから、マンガ喫茶やネットカフェで寝泊まりする人や、友人宅に居候する人、24時間営業のファストフード店で夜を越す人からの相談が増えました。『路上生活一歩手前の人たちも、ホームレスの定義に組み込んでほしい』と私たちも政府に要望したのですが、残念ですが定義自体が広げられていない状態です」
英語では不安定な居住環境にあり、「ここが自分の住まいだ」と居住権を主張できる場所がない状態を“homeless”と呼び、日本のネットカフェ生活者についても“cyber-homeless”という言葉で報道されることが多い。
日本語の“ホームレス”の定義がここでも差異があると、稲葉氏は長年、問題提起をしているのだという。
「住まいは人権」。ホームレス支援の考え方“ハウジングファースト”とは?
ホームレス状態にある人の暮らしを立て直すには、まず当座の住む場所が欠かせない。では、その住む場所をどう確保するのか。そこで鍵のひとつとなるのが、「ハウジングファースト」というホームレス支援の考え方だ。
ハウジングファーストとは、“住まいは権利である”という理念の下、新たな住居の提供を最優先に行う手法だ。またその際に提供される住宅が個室であることが絶対条件のため、提供される住宅は「ハウジングファースト住宅」と呼ばれる。この手法は1990年代にアメリカを起源にして興り、2000年代に世界に広まって各地の行政が取り入れていった。
従来のホームレスの居住支援とハウジングファーストでは、手法が異なる。
従来型は「ステップアップ方式」と称される方法。大部屋に何人もが同居する大規模シェルターに入居し、アセスメント(利用者の意欲・能力・希望などを把握し総合的な評価をつける作業)を経て、「一人暮らしが可能」と見なされた人だけが住宅を確保できる仕組みだ。
日本国内では今もこの方法が主流である。
「ですが、ステップアップ方式の場合、自立支援の途中でドロップアウトし、住宅を借りる段階までたどり着けない人が多いという課題があります。アメリカで行われた調査では1割程度しか住宅を確保できていませんでした。日本でも、集団生活で人間関係のトラブルが起こりやすく、せっかく生活保護を申請して施設に入っても、結果、再び路上に戻ってしまうことも多いのです。なかでも、精神・知的障害といった目に見えない障害を抱える人が大規模な施設での集団生活になじめず、路上生活に残っている割合は高くなっているように感じています」
そこで、稲葉さんたちは賃貸物件の居室を借り上げて、住まいのない生活困窮者にプライバシーが保たれた個室シェルターを提供したうえで、医療関係者とも連携して地域での生活を支えるというハウジングファースト型の居住支援を進めてきた。
「住宅を一件一件確保しないといけないため費用はかかります。ですが、大規模の集団生活の施設から再度路上生活に戻ってしまい健康状態が悪化して医療費がかかる額を鑑みると、社会的なコストはハウジングファーストのほうが低くなる調査結果が出ています。また、特に海外では薬物などの依存症もホームレス化と密接に関連しているため、回復支援とも親和性が高いといわれています。その合理性から各国に広がったのですが、日本でも運用可能だと思います」
稲葉氏によれば、日本国内でも行政の施策として実際に行われた過去があるという。
2004年から2009年にかけて東京都で実施された「ホームレス地域生活移行支援事業」(支援者の間では“3,000円アパート事業”と呼ばれていた)では、都と区が特定非営利活動法人日本地主家主協会などを通じてアパートを確保し、都内公園をすみかとしていた路上生活者に提供したそうだ。
「都内全域で計1,945人の路上生活者が事業を利用し、そのほとんどが地域で定着できたという実績があります。しかし、施策の対象が公園や河川敷でテント生活をする人にフォーカスしたものだったため、路上生活者が減って都内各所にあったテント村が消えたことにより事業は終了しました」
また、未曾有のコロナ禍に見舞われた2020年。第1回緊急事態宣言が発出された直後、それまでインターネットカフェで寝泊まりをしていた人たちは、飲食店の営業自粛を受けて路上生活を余儀なくされた。その事態に稲葉氏ら民間支援団体の働きかけで、都がビジネスホテルの空室を宿泊場所として提供。個室のシェルターにより、感染リスクを抑えつつ、居場所を確保することができた。
こうした都の実績はあるものの、長期事業として行政が運用する手法はいまだに確立されていないようだ。
7室のスタートから現在は多様な58室へ。ハウジングファースト住宅の運営
つくろい東京ファンドでは、住まいに関する支援事業の一環として2014年よりハウジングファースト住宅の事業化を始めた。団体の拠点にある地元のビルオーナーから「社会的に役立てたい」と所有するビルの1フロアの提供を受け、リフォームをし、念願であったハウジングファースト住宅型シェルター「つくろいハウス」7室として活用するに至った。当時としては珍しいスタイルだったという。
以降、不動産オーナーや不動産会社の協力を得て、家族同様に生活を共にしてきた猫と入居できる「ボブハウス」の運営を開始。さらに他団体との連携により、LGBTQ向けの「虹色ハウス」や、難民背景の人たちに向けた「りんじんハウス」と種類も部屋数も増えていった。ハウジングファースト住宅によって、セーフティネットのほころびからこぼれ落ちた人たちを、都内58室で支え続けている。
つくろい東京ファンドが携わるシェルターは、入居期限は3、4ヶ月とおおむね定められてはいるが、個々の状態によって期日はまちまちだ。常に満室だというシェルターを運営するうえで、どんな苦労があるのか尋ねた。
「入居した隣人同士の人間関係などさまざまありますが、最も苦労しているのは外国籍の方、特に難民申請中の人の宿泊場所の確保です。日本人の生活困窮者の場合は生活保護の住宅費から家賃を受け取ることができるのですが、難民申請中で短期の在留資格しかない方や仮放免の方は働くことが認められていないため、シェルターの費用はすべて団体の持ち出しとなっています。寄付で維持費用を賄っているので、運営は大変ですね」
運営を続けていく難しさはあるものの、他団体との連携によって借り上げ住宅の数は増えているとのこと。ハウジングファーストの理念の広がりが多方面にもあるのか、貧困と居住支援を長らく行ってきた側からの変化を尋ねると、「居住支援に関わる団体は確実に増えていると感じています」と稲葉氏は説明する。
「従来のホームレス支援以外の分野でも、若者、妊産婦、ひとり親家庭、外国人などさまざまな分野で対人援助を続けてきた団体が住宅事業に取り組む事例が増えてきています。そこで私たちと空室の連携を取る機会も増えました。また、厚生労働省が宿泊施設の運営規制を強化していて、かつての相部屋型から、今は原則として個室になっています。ハウジングファーストの考え方は行政にも広がっているように感じます」
住まいを得ることは、人権のひとつ。一人ひとりに“安心して”暮らせる場所を
2003年に東京都にいたといわれる路上生活者は6,361人。さまざまな政策と民間団体の援助によって、2023年にはその数は624人とおよそ9割減となった。
しかし、稲葉氏は日本のホームレス支援の難しさを語る。
「路上にいる人たちへは夜回りなどでアウトリーチできるのですが、ネットカフェ難民とつながるのは容易ではなく、支援につながっていない人が多いのが現状です。皆さんインターネットを使えるので、『せかいビバーク』や『路上脱出・生活SOSガイド web版』のように、ITを活用した支援を拡充していきたいと考えています。ただ、インターネットを通じた困窮者支援は貧困ビジネスとの闘いでもあります。当事者が安心して支援を受けられる情報を提供していきたいです」
住まいを得ることは、人が生きていくために必要なこと。人が人らしく生きるための権利のひとつともいえる。必要な人に必要な情報が届き、安心して暮らせる住まいを持てる人が一人でも増えてほしいと願う。
お話を聞いた方
稲葉 剛(いなば つよし)
1969年、広島県生まれ。大学在学中から平和運動、外国人労働者支援活動に関わり、1994年より東京・新宿を中心に路上生活者支援活動に取り組む。2001年に自立生活サポートセンター・もやいを、2014年には一般社団法人つくろい東京ファンドを設立し、代表理事を歴任。現在はつくろい東京ファンドの代表理事として幅広い生活困窮者への相談・支援活動を行う。また、認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表や立教大学大学院客員教授、生活保護問題対策全国会議幹事なども務め、路上生活者や生活保護利用に関する差別や偏見をなくしていく活動にも力を入れている。
■つくろい東京ファンド
https://tsukuroi.tokyo/
■せかいビバーク
https://sekaibivouac.jp/
■路上脱出・生活SOSガイド
https://bigissue.or.jp/action/guide/
■住まいを失った人に向き合う「つくろい東京ファンド」。コロナ禍で緊急の住宅支援に取組む
https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_00828/
【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」や「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。
公開日:
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