日々の小さな困りごとのサポートがある「ナガヤタワー」での暮らし
「おはよう」「いってらっしゃい」「おかえり」「ただいま」、挨拶を毎日交わせていますか?日々この言葉を交わしているならば、あなたは孤独ではないかもしれない。
鹿児島中央駅から徒歩5分の場所にある「ナガヤタワー」は、ちょっと変わった賃貸住宅だ。住人は、10〜90歳と幅広いだけでなく、単身者からカップル、子育て世帯、ファミリーホームなど多様な家族形態が居住している。週に1度は何かしらのイベントが開催されていて、マンションの住人なら誰でも自由に参加でき、互いに顔が見えやすい関係性が築かれている。
なかでも特徴的なのは、70歳以上の住人に対して、生活サポートがあることだろう。事務局スタッフがマンションに滞在して、住人の生活の困りごとを支援する。その役割は、日常的な安否確認や体調不良時の病院付き添い、介護保険の手続きから電球の交換、金銭管理、そして最期の看取りまでと幅広い。
「生活サポートは、画一的なサービスではなく、個人に寄り添って、一人で行うのは難しいことや、できるけれどやりにくいことをサポートしています。ナガヤタワーは人生の最期まで安心できる環境を目指しています」とナガヤタワー・事務局スタッフの堂園藍さんは話す。
年齢を重ねていたり、持病があったりすると、ちょっとしたことでもスムーズにできなくなる。些細な日常の困りごとでもサポートしてくれるのは、安心して暮らせるだろう。これが老人ホームでもサービス付き高齢者向け住宅でもない、一般の賃貸マンションで実施されているのだ。
現代版の長屋「ナガヤタワー」の成り立ち
この画期的な賃貸マンション「ナガヤタワー」はどのように誕生したのだろうか?
設立は2013年。発起人は、堂園藍さんの父親である堂園晴彦さんだ。晴彦さんは、内科、精神科、婦人科を標榜する診療所「堂園メディカルハウス」の院長。ハンセン病の方が住む「平和の村」にある、マザーテレサの施設「チタ・ガール」にも何度も足を運んだことがある。そこで見たのは、多宗教が共同生活をしているのにもかかわらず、宗教上のトラブルもない、ハンセン病が治癒した高齢者が他人の幼子の面倒を見る……そんな、血縁に関係のない”大きな家族”だった。血縁や年齢にとらわれずに、老若男女が地縁で生活していけるような施設をつくりたい。ナガヤタワーを建てる時には、この「チタ・ガール」を参考にしたという。
また晴彦さんが精神病患者やがん患者を診るなかで、精神的な孤独や社会的な孤立が多くの問題の原因になるのではないかとも考えていた。「『微笑みを交わす人がいれば、人生はしあわせ』が施設のモットーです。一言でも会話が生まれる生活であれば、身体面だけではなく、精神面でも健康でいられると思うんです」と藍さん。
かつて、人口100万人を超えていたともいわれる江戸の街に、長屋という居住形態が多くあった。1階建ての家が横に連続して並び、複数戸が1つの屋根を共有している構造の集合住宅だ。トイレや水をくむ井戸はもちろん共同。多くの生活スペースを共有し、よくも悪くもプライバシーがなく、隣同士の家族事情まですべて把握されている環境だった。調味料や食べ物などの貸し借りも日常的で、日頃から互いの不足を補い合いながら生活していた。「ナガヤタワー」という名前には、「ご近所付き合い」の互助の精神が根付く長屋コミュニティを現代でも実現したいという想いが込められている。
交流が生まれやすい施設づくりのポイント
交流が生まれるマンションには、制度や仕組みだけでなく、建物そのものにも工夫が凝らされている。2棟の6階建てマンションの部屋の間取りは、1R・1LDK・2LDKの全37室で、もちろん全フロアバリアフリー。大きな特徴は、マンション2棟が向き合いV字形になっている点だ。各部屋にはすべてお向かいさんがいて、部屋を出るときに挨拶がしやすい環境になっている。下をのぞけば、3階の広場で遊んでいる子どもたちの様子を見ることができる。ビニールプールの水遊びや流しそうめんなどが行われることもあるのだとか。
部屋のベランダに仕切りが設けられていないのも特徴的。洗濯物を干すときなど、お隣同士で会話が生まれてほしいという思いからだ。「予期しなかったのは、勝手口としての使い方です。作ったご飯をお隣さんにお裾分けするときに、玄関より近いからとベランダから行き来している方がいます。私たちもご飯のお裾分けをいただくこともあります」と藍さんは笑う。まさに、長屋の“お醤油の貸し借り文化”そのものだ。
2階の共有スペースには、シェアキッチンもある。料理をシェアしたり、お喋りしながらくつろいだりできる、住人の交流の場所がある。歌の会や映画会、食事会など週に1回開催されるイベントには自由に参加できる。お知らせはチャットアプリや、掲示板で共有される。同じ空間で暮らす日常の中に、交流するきっかけがちりばめられている。交流とは日常的なもの。イベントに参加することだけが“交流”ではないのだと気づかされる。
共用部が多いマンションだが、きれいな状態が維持できているのは、住人たちが自主的に整理整頓をしてくれるからなのだそう。館内にゴミが落ちていたら拾ったり、新聞を受け取ってラックに入れてくれたりと、住人それぞれが自分のできることを実践してくれていると藍さんは話す。自分が無理なくできることを、人のために少しするだけでも心地のいい共有空間が維持できるのだ。
多世代・多様だからこそ成り立つ、相互扶助
高齢化が進んでいく日本で、高齢者の単身世帯はこれからも増えていくことが見込まれる。血縁関係だけに頼って生活することの難しさもあるだろう。ナガヤタワーの生活サポートは、医療と福祉の間をつなぐものだ。異常事態は予期できず、突然起こる。「昨日まで笑っていたのに、突然急変して、そのまま入院することもあります。主治医がいれば連絡して指示をあおぐ、家族がいる方には連絡をする。入居の時点で確認して、取り決めをしておきます。すべていざという時に、私たちがすぐ動けるようにするためです」と藍さん。遠くの親類より近くの他人、とはまさにこのことだ。
医療・福祉制度はもちろん重要だが、血がつながっていなくても心のよりどころにできる人がいる、家族のように過ごせる居場所があるということも、制度と同様に必要なことかもしれない。
ナガヤタワーの1階には児童発達支援事業所「まふぃん」、2階にはファミリーホーム「冨永さんち」があり、子どもたちも多く暮らす。イベントや日常での交流を通して、単身の高齢者の方と触れ合う機会が多く、お互いにとっていい刺激になっている。入居したばかりの頃は笑顔のなかった方が、ここで暮らすようになって笑顔が生まれるようになったというケースもある。
藍さんはナガヤタワーを多世代共生の場だと説明する。社会とは多世代・多様性の集まりであるため、老人ホームや障害施設、児童養護施設など同じ状況に置かれた人だけが集まって暮らすのは、ある意味不自然なのかもしれない。多世代が居住しているからこそ、解決する問題があったり、バランスがとれたりすることもある。直接的には関わりがなくても、顔見知りの人がそばにいて、いつも誰かの気配を感じられるような「おはよう」から始まる毎日。年を重ねても孤独を感じず、お互いに小さく支え合える“現代版の長屋暮らし”がここにはある。
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