賃貸居住者の災害前の対応は限られる。まずは家具の固定などから

地震などの災害に備えてやっておきたいことはいろいろあるが「賃貸マンション、アパートなどに居住している人限定で考えると、いくつかに絞られてくる」と、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会で「~多角的視点で学ぶ~防災マニュアル」を中心になってまとめた株式会社イチイの荻野政男さんはいう。

まずひとつは住戸内のモノの転倒防止策。
賃貸住宅では一般の住宅に比べると作りつけの収納が少ない住戸もあり、家具を固定することで壁、天井に傷がつくのではないかという懸念を抱く人もいる。そのため、家具が転倒しやすい状態になっている可能性がある。家具の転倒が住んでいる人の命に危険を及ぼす可能性があるのは周知の事実だ。

そこで、住戸内では倒れると危険な家具、家電などを固定することで、危険が及ばないようにする必要がある。固定することについては「原状回復時に不利になるのではないか」と不安な場合には、管理会社を通じて、建物所有者に家具の固定を依頼してみたい。安全に住むためという理由であれば、ノーとは言われないはずだ。

また、最近は壁に穴を開けずに家具などを固定できる耐震グッズなども出てきており、価格も手頃。本棚やチェストなども固定できる商品があるので、探してみてほしい。

家具の転倒防止は室内を傷つけないためにも役立つ。大きな災害に至らぬ場合でも揺れでモノが落ちたり、倒れたりすることはあり得るが、固定されていればそうした危険を減らせる。

過去の震災時に賃貸の現場で何が起こったか。「~多角的視点で学ぶ~防災マニュアル」を編さんした、株式会社イチイ荻野政男氏と株式会社ハウスメイトマネジメント伊部尚子氏へのインタビュー。賃貸居住者が防災~被災後に取るべき対応や、罹災証明書の発行、敷金返還に関する情報を伝える。過去の震災時に賃貸の現場で何が起こったか。「~多角的視点で学ぶ~防災マニュアル」を編さんした、株式会社イチイ荻野政男氏と株式会社ハウスメイトマネジメント伊部尚子氏へのインタビュー。賃貸居住者が防災~被災後に取るべき対応や、罹災証明書の発行、敷金返還に関する情報を伝える。

居住者の情報についての更新も忘れないようにしたい。賃貸住宅を契約する時には契約書などに居住者の連絡先を記載する。これは自然災害なども含め、不測の事態があった際など必要な時に管理会社から居住者に連絡をすることがあるため。

ところが居住している間に携帯番号や家族数、勤務先が変わることがあり、その連絡を忘れ、必要が生じた際に連絡がつかないケースがあると荻野さん。

「管理会社は災害発生後、必要に応じて電話などの通信手段で建物オーナー、入居者の安否確認を行います。ところが、連絡先情報が更新されていないために連絡がつかないとなると、安否確認ができず、その後の連絡も遅れることになります。住み続けられるのか、家賃をどうするのかなどがいつまでも分からず、ご本人もやきもきすることになりかねません。最近は個人情報を理由に居住者名簿などへの記載を嫌がる方もいらっしゃいますが、管理会社、分譲賃貸の場合の管理組合への情報提供は自分の身を守ることにも繋がります」。

また、最近は入居申込書へのメールアドレスの記載も一般的だが、それ以前に契約、入居した人については管理会社がメールアドレスを把握していないこともある。更新時など管理会社とやりとりをする際にメールアドレスその他新しい連絡手段を伝えるようにしておくと互いに安心ではなかろうか。

一人暮らしで身寄りが近くにいない場合でも情報さえきちんと伝えてあれば管理会社が安否確認してくれると思えば情報提供の意味が理解できる。

避難所に向かう前に、ブレーカーを落とし止水栓など、閉められるものは閉める

発災後は命を守る行動を優先、揺れなどが落ち着いた後で状況に応じて避難所へ向かうなどの行動をとることになるが、部屋を出る時にもし、余裕があればやって欲しいのが電気のブレーカーを落とし、止水栓などを閉めて出ること。

特に火災を防ぐためにはブレーカーはできるだけ落とすこと。2024年年初に東京都は防災ブック「東京防災」を都民に配布したが、その中に二つ折りの紙が封入されていた。それによると「地震発生時、建物火災の原因約6割は、電気による出火です」という。輪島市の火災でも電気が原因ではないかという見方もあるようだ。

それを防ぐためには震度5強相当の地震を感知し、電気を自動で遮断する「感震ブレーカー」が役に立つという。賃貸入居者の場合、自分でブレーカーを交換することはできないが、電気を遮断することに大きな意味があることは知っておこう。

地震時、電気から生じる火災を防げればそれだけでかなりの被害を減らすことができる地震時、電気から生じる火災を防げればそれだけでかなりの被害を減らすことができる

「地震で断水してしまった場合、そもそも水が出ないのでそのまま開けっ放しで避難し、その後、復旧した際に漏水して部屋が水浸しになってしまったケースがあります」とハウスメイトマネジメントの伊部尚子さん。伊部さんは東日本大震災以降、地震以外の災害も含めて現場がどのような対応をしてきたかを社内でリサーチ、建物所有者などに情報を提供してきた。

「ガスは首都圏の場合、震度5で自動的に停止するようになっていますが、それでもガスの元栓、洗濯機の止水栓など閉められるものは閉めて出て頂ければ。一方、住戸の鍵はこれまでの震災後に盗難が多発していることを考えると、閉めて出たほうが良いのではないかと思います」。

車の場合には移動することを考えて鍵を残したままで避難をと言われるが、住戸の場合は管理会社などが鍵を持っている。それよりは盗難を気にしたほうが良いということだ。ただし、古い建物の場合にはドアの歪みを防止する耐震ドアが使われていないことが多く、歪んで閉まらないこともあるので、その時には管理会社に任せるしかない。

もちろん、これらの作業は無理してやらなくてはいけないというものではない。身を守るのが最優先で、その上で室内に危険がなく、余裕があればということだ。

もうひとつ、これもこの時でなくてもよいが、できるだけ早めにやっておきたいこととして写真撮影がある。

罹災証明書のため、被災直後には室内、建物外観など、できるだけ多く撮影を

災害で被害を受けた時の生活再建は罹災証明の取得から始まる。
これは災害対策基本法で定められたもので「市町村長は、当該市町村の地域に係る災害が発生した場合において、当該災害の被災者から申請があったときは、遅滞なく、住家の被害その他当該市町村長が定める種類の被害の状況を調査し、罹災証明書(災害による被害の程度を証明する書面)を交付しなければならない」とされている。この書類の取得時に必要なもののひとつに写真がある。

たとえば金沢市のホームページをみると申請に必要なものとして
・り災(被災)証明書交付申請書
・被災状況のわかる写真(原則任意ですが、自己判定方式を希望する場合は必須)
・本人確認書類(マイナンバーカード、運転免許証、パスポート、保険証等)
となっている。

管理会社は被災後、その住宅に住み続けられるか否かを判断するために各戸を訪問するが、被災戸数が多い時には時間がかかることもある。そんな時、被災直後の写真があれば判断しやすくなる。管理会社の訪問があったら室内を見せると同時に、写真も見せるようにするとよいだろう。

災害で被害を受けた時の生活再建は罹災証明の取得から災害で被害を受けた時の生活再建は罹災証明の取得から

保険申請時にも写真は必要になる。ただ、賃貸居住者で地震保険に加入している人は非常に少ない。

「地震後に地震保険に入っていましたっけ?という問合せを多くいただきますが、契約時に火災保険加入が必須となっていても地震保険までは必要ないとして入っていない人が多数です。特に最近は月払いの火災保険を利用する例が増えており、その場合にはそもそも地震保険は付加されていません」と伊部さん。どうしても付加したいと考えるのであれば火災保険とセットで自分で新たに入るなどの手を考えるしかない。

災害で被害を受けた時の生活再建は罹災証明の取得から賃貸居住者で地震保険に加入している人は非常に少ない

明らかに住み続けられない場合、違約金、損害金などは発生しない

幸いにしてそのまま住み続けられることになった場合の退去時にも写真は必要になることがある。
地震時にモノが落ちたりして壊れたのか、あるいはそれ以外の時にモノを落として壊したのかは原状回復での敷金返還に影響してくるためだ。

そう考えると、写真は危険がないと判断され、かつ撮れるタイミングがあったらできるだけいろいろな方向から撮っておこう。

罹災証明その他を考える際、ひとつ、検討しておきたいのは住民票である。自治体によっては罹災証明の手続き時に住民票が必要としている例がある。現在はマイナンバーカードもあり、その他免許証やパスポート、保険証などの本人確認書類で良しとする自治体、あるいは水道・電気等の料金明細など被災地に居住していたことが分かる書類の提出で良しとする自治体などもある。

そのため、住民票は必須というわけではないが、こうした証明書類を持って避難できなかった場合には自治体サイドに情報があったほうが安心かもしれない。特に学生や単身者などの場合には住民票を移さないで引っ越しだけする例が少なくないが、その場合には選挙権が行使できないその他デメリットも出てくる。それを考えると、一時的な引っ越し以外の場合には移しておいてメリットはあってもデメリットはないように思われる。

罹災証明取得時、必須とまではいえないが、あったほうが良いかもしれない住民票。単身者だと動かしていない場合も多いようだ罹災証明取得時、必須とまではいえないが、あったほうが良いかもしれない住民票。単身者だと動かしていない場合も多いようだ

さて、とりあえず避難して安全が確保されたとなると次に気になるのは住宅、家賃のことだ。
住宅については現地確認ができるようになった時点で管理会社が現地の状況を確認するようにしていることが多いが、その時点で全壊、半壊など明らかに住み続けるには無理があるような状況が誰の目にも明らかな場合には賃貸借契約は当然、終了する。

これについては民法、借地借家法は「地震のような防ぎようのない自然災害が発生し、それによって建物が滅失した場合には契約は終了し、効力を失う」としている。賃貸借契約でも同様の条文が入っていることが多く、それについては違約金、損害金などは双方ともに発生しないことになっている。

建物の状況に応じて対応はさまざま、判断の時間もかかる

過去の震災時にはこのような場合に「地震発生日からの賃料等を全額返還、預り金である敷金も全額入居者に返還した」という不動産会社の声があり、こうした対応が基本と考えられる。

そこまで損傷はしていない場合は状況によって対応等が異なってくるので以下、状況を整理しながら「~多角的視点で学ぶ~防災マニュアル」に掲載されている過去の事例を参考に見ていこう。

被害はあったものの、修繕等で住居として使用することが可能だった場合には賃貸借契約はそのまま継続となるのが一般的。ただ、物件の使用は可能だったものの、外壁、内廊下などの損壊があり、応急危険度判定で「危険」と判定されていたため、地震被害発生日から1カ月の賃料を免除したという例がある。

同様に危険判定されたものの、その後の修繕等で使用可能になった住宅で、それでも不安だと退去を申し出た入居者に対しては退去までの賃料等、違約金等(多くの契約では退去予告は1カ月前などにすることになっており、即座に退去したい場合でも予告から1カ月分の家賃支払いが必要になっているが、地震が理由の場合にはその点を問わないとするという意味)については免除、敷金等の預り金についても全額を返金したという例がある。

一方で修繕によって使用は可能だったものの、入居継続状態での修繕が困難だったため、退去を求めた例もある。そのケースでは震災当日に遡って契約解除を入居者に申し入れ、受領している地震発生当日からの賃料等全額、預り金である敷金等の全額を返還。同物件は竣工後まもなくで入居期間も短かったことから、建物所有者の申し出で入居時の礼金も返還されたという。

修繕中に他の部屋に移動する必要があった入居者に対しては家賃の減額をしたという例もある。契約は継続してもしばらくは修繕その他によって室内、設備が使えないなどの場合には家賃減額の提案があるはずだ。

住み続けられるかの可否、家賃の自動振り替えなど、被災後すぐの対応は難しい

埋没している配管などに破損があると復旧まで時間がかかる埋没している配管などに破損があると復旧まで時間がかかる

ここでいくつか、注意しておきたいことがある。
ひとつはこうした判断が被災後即座にできるわけではないということ。全壊、半壊で誰の目にも明らかに居住できない状況以外では本当に危険かどうかは最終的には自治体による危険度調査による必要もあり、それがいつになるかは管理会社、建物所有者にも分からないことが多い。

水道管が損傷し、断水しているとした場合で使えるようになったら住み続けられるとしても、それがいつになるかも同様。電気、ガスの復旧、修繕の時期その他、答えたくても答えられないことが多く、不安になって管理会社等を責めたくなる気持ちも分かるが、彼らにも時期などが分からず、答えられないことを理解しておこう。

ふたつ目は家賃支払いについて。発災後、すぐ支払いを止めてと言われることがあるそうだが、自動振替や家賃保証会社に支払うことになっている場合などにはすぐには止まらないこともある。

また、契約が終了するか、継続するかが分からない時点では支払いを止めることは難しい。結果が分かったところで返還の必要があれば返還されるはずなので、この点も落ち着いて対処したい。

みっつ目、家賃、敷金等の返還について事例をいくつか紹介したが、これらについては法的に決まったルールがあるわけではない。特に住める状況でも退去するという例では通常の退去という判断をするケースも想定できる。事例は参考であり、絶対ではない。必ず返還されると思いこまず、冷静に管理会社とやりとりをし、互いに納得いく結論を導き出すようにしてほしい。

民間と行政では、罹災の対応スピード・内容に差がある

これまで住んでいた住宅に住めないとなった場合、次の住まいを探そうと考えるのは当然だろう。管理会社も紹介できる家がある時には早々に紹介してくれるはずだ。

「東日本、熊本、今回も翌日には不動産会社の前に行列ができていました」と荻野さん。誰も考えることは同じなのだ。

ただ、そこで注意したいのはこうした場合、民間はすぐに動き、その後に行政が動く。急いでいる時にはまず民間に目が行くのは当然で、そこで物件があり、契約できるとなれば、そこまで一気に行くことになるが、その後に行政が支援策を打ち出した場合に、そこに齟齬が起きてしまう可能性があるということ。

たとえば発災後すぐに民間賃貸住宅に入居、その後、賃貸型応急住宅(みなし仮設。以下みなし仮設)制度を利用しようとした場合、みなし仮設の賃料要件を満たしていないと同制度は利用できない。能登半島地震の際には東日本以来のみなし仮設の運用の積み重ねがあり、1日の発災で石川県は5日にはみなし仮設を供与すると発表、賃料要件も出ていたが、賃料要件オーバーは認めないとしている。早くに賃料要件以上に賃料の高い住宅を借りていた場合には対象にならないということになる。

また、今回の能登半島地震の場合には賃料要件を満たしていれば一度民間賃貸住宅に入居した後に同制度の申し込み手続きを行うことができるとされ、かつ最初の契約で支払った賃料、敷金等は返金されることになった。だが、仲介手数料、家賃債務保証料、火災保険料等は原則返金されないとなった。

このあたりのルールは今回そうだったからといって次回何かあった時にも同じかというとそうではない可能性があり、ケースバイケース。その時々で何を行政が負担し、何が自己負担になるかは異なると思われる。

民間が早く動いて仲介手数料無料、家賃も一定期間無料で住めるようにした例では、それがすでに住宅を確保したことになり、みなし仮設に入れないという情報が流布。その民間事業者のせいでみなし仮設に入れなくなったとその事業者が非難された。それでは借りて良かったと思った人も、早く助けてあげたいと考えた事業者もどちらも楽しくない。

こうした齟齬を考えると、一日でも早く住まいを探したいという気持ちは分かるが、おそらく今後の災害では今回同様、あるいはそれ以上に早くみなし仮設の運用が始まるはず。もし、そこまで待てる、確実にみなし仮設に入りたいというのであればすぐに動かず、多少様子をみてみても良いのかもしれない。

最後にもうひとつ、意識していただきたいのは自然災害は管理会社、建物所有者に責任があって起こるものではなく、被災地では管理会社も建物所有者も被災者だということ。

「水が出ないからすぐにホテルを手配してほしい、故障個所を早く直してくれと強硬に主張される方もいらっしゃるようですが、災害は誰の責任でもありませんし、建物所有者、管理会社も被災しています。その状況でも他の人たちと同じように粛々と仕事をしています。要望されてもできないことが多々あることはご理解いただきたいところです」と伊部さん。

平時であればできることも災害時には時間がかかる。
特に地元密着の管理会社、不動産会社の場合には全員が被災している可能性もあり、動ける人が少なくなることがある。全国展開をしている会社の場合は遠隔地から応援部隊を出して支援しているそうだが、それでも通常時同様に動くことは期待できない。一日も早くという気持ちは誰しも持つはずだが、それで誰かを責めても益はない。そういう時こそ、お互い様の気持ちで復興に向けて力を合わせたいところである。

地震は突然やってくる。備えておきたいことは多々あるが、ここではそのうちでも賃貸住宅に住んでいる人に特化、発災前、発災後に起こることを知った上で、何をどうすれば良いかを過去の災害の記録を知る人達に取材してまとめた。役に立つ日が来ないことを祈りたいが、もし、何かあったら思いだして欲しい。自然災害時は被災地の管理会社も建物所有者も被災者。そういう時こそ、お互い様の気持ちで復興に向けて力を合わせたい

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