菊川の元パチンコ屋に出来たミニシアター「ストレンジャー」

岡村さん。左の棚の冊子は特集上映に合わせてつくる。中身も濃い岡村さん。左の棚の冊子は特集上映に合わせてつくる。中身も濃い

菊川に新しいミニシアター系の映画館「ストレンジャー」が2022年誕生した。都営新宿線・菊川駅の真上と言えるほどの駅近である。
ミニシアターは下町では珍しい。いや、そもそも一般の映画館も下町には錦糸町と木場にしか今はない。
菊川と言っても知らない人がほとんどだろうが、墨田区の南の端であり、都営新宿線で神保町から6駅である。都営大江戸線なら森下で乗り換えて1駅。もともとは小さな工場が密集する街だった。
ではなぜそんな菊川に映画館なのか。

「映画館をつくろうと思って最初は自分が住んでいた東横線の学芸大学前駅とか中目黒駅付近で探したんです。でもあのへんは基本は住宅地。用途規制上、映画館はパチンコ屋などと同じ興行施設なので、ほとんど物件が見つからなかった。そこで発想を転換して下町のほうなら準工業地帯が多いので、ということで探して見つけたのがここです。まさにパチンコ店の跡地。清澄の都立現代美術館からも歩いて15分ほどですし、そういうところとうまくつながっていければいいなと思いました」と、オーナーの岡村忠征(ただまさ)さんは話す。

15年前の中目黒なら、目黒川沿いは準工業地帯だし、まだ物件が見つかったかもしれない。スターバックスの中目黒店はコーヒー豆を焙煎する巨大な機械を入れるために準工業地帯の中目黒に出店したのだし、ブルーボトルコーヒーが清澄白河に出店したのも同じ理由だ。
だが今は下町、東京の東側への関心が高まっている時代だから、菊川という立地も面白いと私は思う。

映画館をスモールギャザリングの場所にしたい

岡村さんは映画館を単に映画を上映する施設ではなく、カルチャーのメディアとしてアップデートしたい、客が映画を鑑賞するだけでなく、映画を見た後に岡村さんたちスタッフと会話したり、情報を交換したりするコミュニケーションの場にしたいと言う。

「スモールギャザリングと僕は言っているんですが、大きな映画館とか、ネットで見る映画とは別に、特定の小さな場所に集まって映画を見て語り合うみたいな場所が求められていると思うんですね。映画も、ただ上映するのではなくて、誰かの解説がつくとか、そういう情報を交換する場になりたい。」

そこで映画館の横にはカフェをつくり、映画を見た後に去りがたそうにしている客がコーヒーを飲んだり、スタッフと話したりできるようにした。スタッフは映画狂が揃っているが、カフェの店員さんも映画好き。なぜか女性ばかりになったが、自分も含めて男性は始めから対立的な議論しようとしてしまう傾向にあると思うが、採用の面談をした女性たちは比較的多様な見方を許容して語り合うことが上手だったので、ストレンジャーにふさわしいと思ったと岡村さんはいう。

また映画は配給権を買って独自の特集をするほか、単なるチラシやパンフレットではなく、各特集専用の冊子を毎回つくる、さらに独自のグッズもつくるという熱の入れようだ。

カフェの店員さんも映画好きで客と会話するカフェの店員さんも映画好きで客と会話する
カフェの店員さんも映画好きで客と会話するストレンジャーオリジナルのグッズも販売
カフェの店員さんも映画好きで客と会話するカフェの座席

「良い街には良い居酒屋と良い銭湯と良い古本屋がある」に追加したい「良い古着屋と良い中古レコード屋」

映画評論家でもある川本三郎は、良い街には良い居酒屋と良い銭湯と良い古本屋があるという。
古本屋で本を漁り、手にカビとホコリが付いたところで銭湯に行き、さっぱりしてから小さな居酒屋へ、というわけである。まさに理想的だ。

だが私はこの川本さんの説に、良い街には良い古着屋と良い中古レコード屋、そしてできれば良い古道具屋か中古家具屋も加えたい。これら6つが揃っているのが西荻窪で、だから私は西荻窪から転居できないでいるのだ。

良い古着屋と良い中古レコード屋の共通点は、店主の商品愛と商品知識が豊富なことである。わからないことを聞けば何でも教えてくれるし、調べてくれる。服の素材、織り方、染め方、ボタンの付け方などについても詳しい。古着屋や中古レコード屋に行ったら毎回買い物をするわけではないが、店主と話しに行くのが楽しかったりする。
彼らの「解説力」が魅力なのだ。もちろん古本屋も居酒屋も良い店は店主に解説力がある。くどい解説を聞かされるのは困るが、いまどきの若い店主はそのへんはさらりとやるだろう。

実際、下北沢のある古着屋は、コロナでリモート授業が増えて入学以来友達があまりつくれない、友達と会話をする機会がないという学生たちの溜まり場になっているとNHKのニュースで何度も放送していた。ファストフード店やコンビニで話すということはないし、飲食店はコロナで休みがちだったから、店主と馴染みになって会話をするというと、古着屋が適していたのかもしれない。

普通の新品の洋服屋でもいいはずだが、チェーン店では会話は成り立たない。店主のこだわりがある洋服屋やセレクトショップとなると、値段も高いから普通の学生には縁遠い。だが古着屋は安いし、そんなに客が押しかけて忙しいという業態ではないというところも適している。中古レコード屋もそうだろう。古本屋もそうなのだが、店主が話しやすい人ではないように見えるのと、静かにしないといけない場所なので、会話はしにくい。

小名木川沿い、森下の古着屋小名木川沿い、森下の古着屋

お互いの情報をシェアすることが楽しい

岡村さんの本業はデザイン会社の経営者である。やはりコロナで岡村さんの会社もリモートワークになった。ずっと部屋にいると飽きるので、あるときから学芸大学前駅周辺を意識的に30分くらい散歩するようにした。古着屋、古本屋、そして花屋。コロナで在宅時間が増えたために部屋に花を飾る人が増えたという。岡村さんもそうだった。仕事柄、花器にも目が向いた。そして5分か10分店主と話をする。そういう場所が大切だとあらためて感じたという。

「中古レコード屋って、客が他の店で買ったレコードを持って店に来るんですよ。新品のレコード屋でそんなことしないでしょ。客も店主も会話したいんですね。こんなレコード見つけたよ、え、どこにあったの、なんて会話をする。ストレンジャーもそういう映画館になりたい」

それを聞いて思い出したが、中古住宅のリノベーションの第一人者であるブルースタジオの大島芳彦さんが言っていた。リノベーションが始まった20年ほど前、安いワンルームマンションをリノベして友達を招く。すると、え、古いマンションがこんなふうに変えられるの、どこに頼めばこんなことができるの、という会話が生まれるのが面白かったというのだ。
その話と中古レコード屋の話は似ていると思った。自分が見つけた物や、実際にやってみた生の情報を人に伝えたり、お互いに情報をシェアしたりするのが楽しいのだ。

小名木川を渡り、清澄白河に入るとおしゃれな店と人が急に増えるが、下町の工場街らしさも残っているのが魅力である。現代美術館が近いので美術書専門古本屋もあり、美術館と連動して本を売っている(取材当日はディオールの本)小名木川を渡り、清澄白河に入るとおしゃれな店と人が急に増えるが、下町の工場街らしさも残っているのが魅力である。現代美術館が近いので美術書専門古本屋もあり、美術館と連動して本を売っている(取材当日はディオールの本)

「シン墨東散歩コース」を予感させる菊川から森下

ストレンジャーは菊川駅近とはいえ、菊川駅周辺はファストフードなどチェーン飲食店がほとんどである。しかし菊川駅上を南北に走る三ツ目通りを南下し小名木川を渡れば清澄白河。そのまま行けば都立現代美術館に着く。
たしかに橋を渡ると風景が一変する。タワーマンションが増えるだけではない。しゃれた店が増える。ていねい系の生活雑貨店、洋書の写真集やデザイン本の古本屋、質の良い古着屋、こだわりのありそうなカフェやレストラン、ヨーガン・レールのブティックなどなど。この20年ほどですっかり都会的な街になった。

ためしに菊川から森下駅まで歩いてみる。しゃれたシェアキッチンGRIGLIA share kitchen & spaceやパン屋Boulangerie MAISON NOBU、撮影スタジオstudio Coucou(クークー)などができている。明らかに清澄白河から新しいカルチャーが染み出してきている。

シェアキッチンは菓子製造と飲食店許可付きで、まだ自前の店舗は持てないがカフェ、スイーツ、デリ、ケータリング、パンなどの小さなお店を始めてみたいという人のために場所らしい。
その店がある築60年近いと思われる都営住宅も街歩きの目から見ると魅力である。1階が店舗なのがよい。こういうビルに次代を担う若者が集うはずである。古着屋も中古レコード屋も古本屋も建築家もデザイナーもこのビルに集積したら面白い。

近くに古い街中華があったので昼食を取った。店主のおばあちゃんから昔話を聞いて楽しむ。森下の商店街に入ると、やっぱりここにも質の良い古着屋がある。森下というと、居酒屋番付東の横綱と言われる「山利喜」があり、桜なべの「みの家」、門前仲町の有名店「魚三酒場」の支店もあるなど、酒飲みおじさんの街というイメージもするが、今は新しいレストランなども増えているのである。実際魚三酒場にはアラサー女性3人組が来ていた。

そういえば喫茶ランドリーも森下から近いはずだと思い、10分ほど歩いてコーヒーを飲んだ。このあたりは地形が平坦だから歩いても楽である。地下鉄1駅間が数百メートルしかないので、電車で移動するより歩いたほうがいい。地図で見るとストレンジャー、現代美術館、喫茶ランドリー、清澄庭園はほぼ1㎞四方に収まる。

現代美術館で展示を見て、ストレンジャーで映画を見たら、古着屋と古本屋を巡りながら散歩してして、隅田川沿いのカフェCLANN BY THE RIVERで一休み、最後は森下の居酒屋へとか、そういう街の楽しみ方ができそうである。おそらく5年以内にそういうスタイルが広がっているはずだ。

ストレンジャーから森下商店街方面に歩くと、新しい店ができていた。左上のカフェは右下の古い都営住宅の1階にある。森下駅近くにはアンティークなドアの写真スタジオがあった(右上)

ストレンジャーから森下商店街方面に歩くと、新しい店ができていた。左上のカフェは右下の古い都営住宅の1階にある。森下駅近くにはアンティークなドアの写真スタジオがあった(右上)

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