子どもの貧困から10余年、今の問題は若者
今ではよく知られるようになった子どもの貧困率を厚生労働省が発表したのは2009年のこと。その時には1986年に遡ってデータが公表され、平成に入ってからの子どもの貧困率の増加も話題になった。
現在、特定非営利活動法人サンカクシャ(以降サンカクシャ)の代表理事をつとめる荒井佑介さんはその頃、小中学生の学習支援に携わっていた。
「子どもの貧困が言われ始めた頃には中学生くらいまでが対象と思われていましたが、徐々にそうではないと思うようになりました。支援をして高校に入ってもそれで終わりというわけではなく、20歳を過ぎても支援が必要な人がいることに気づいたのです」
コロナ前の2017~2018年頃には孤立が言われ始めた。親を頼れず、友人もいない若者、特に高校を中退した場合にはどこにもつながりがなくなる。義務教育である小中学校までは公的にも、地域的にも子どもを見守る目があり、10余年前にくらべると支援の手も入るようになった。一方で高校中退となると公的な支援が少なくなる。
「中学までは区の管轄で距離も意識も近いものの、高校になると都、県の管轄となり遠くなってしまいます。高校生以上ともなると自己責任と言われやすくもなり、児童福祉法も18歳未満が対象です。その一方で現場を見ていると25歳くらいになると仕事をしなくてはという意識が芽生えてくることが多く、ハローワークでも就労支援という形で若年層を対象にしています。30歳時点で履歴書が空白だとまずいと考える人も多いのでしょう。そこで15歳から25歳の支援を対象に2019年にサンカクシャを立ち上げました」
コロナ禍で家、仕事を同時に失う若者が増加
活動は居場所作り、仕事のサポートからスタート、2020年7月からは住まいのサポートを始めるようになった。居、職、住という3点である。
「コロナ禍で仕事と住宅を無くす人が一気に増えたのです。フリーターはもちろん、正社員として働いていたとしても若いうちは貯金がなく、家賃を払うとプラスマイナスゼロという余裕のない生活をしている人が大半。そこで家賃が払えず路上に出ると今度は仕事に就いて生活を立て直そうとしてもそれができなくなります。日本で仕事を得るためには住まい、つまり住所は必須だからです。また、実家があり、家はあったとしても家族関係がうまくいっていない場合には虐待などの問題も出てきます。そこで家を無くした、家にいられない、親に頼れない、一人暮らしができない若者向けにシェアハウスを始めました」
行政も生活保護に加え、生活困窮者自立支援制度などで支援を行っているものの、行政の枠組みの中で支援を受けようとすると窮屈なことも多い。門限があり、携帯電話の所持が許されないといった暮らしに辟易し、二度と行政の支援には頼りたくないと思ってしまう人も多いのだとか。
一方で若いうちは稼ごうと思えば体力もあり稼ぐ場はある。ネットで検索すると反社会的勢力に近いような人たちが行き場のない若者を囲い込み、搾取するビジネスが少なからず存在している。サンカクシャにはそこから逃げ出してきた人も来ている。
「それぞれが自由でなければ人はつながれません。それを考えるとあれもダメ、これもダメというやり方がいいとは思えませんが、逆に歩み寄り過ぎて自由にし過ぎると秩序が崩壊することもあり、シェアハウスでは日々その問題と戦っています。入居者の中にはルールを教えられずに育った人、人の気持ちが読めない人などもいるからです」
入居したい人が途切れない4軒のシェアハウス
助成金を利用、2020年に1件、その後、2022年1月、3月、4月とこれまでに4軒のシェアハウスを整備したが、入居したいという相談は途切れず、空きが出ても一瞬で次の入居者が決まるという。
「当初、北区内のシェアハウスは5人が定員でしたが、それを6人にし、どうしてもということで8人の受け入れをしないといけないほど問合せが多いのが現状です。家賃は3万円に水道光熱費の実費が月8,000円ほど。週に2回は入居者とスタッフ、ボランティアなどで買い出しに行き、調理を行いながら近況を話し合う食事のサポートや、生活や仕事探しの相談にのる生活と仕事のサポートなども行っており、安心できる場を獲得した上で自立できるようにと考えています。そのため、1年から1年半ほどで卒業できることを目標にしていますが、長いと2年くらい住んでいる人もいます」
現在は定員いっぱいの26人が住んでおり、さまざまなサポートをしていても夜中にSOSが来ることもしばしば。入居者同士の取った取られたからから始まる喧嘩や、喫煙・飲酒、自殺未遂、音問題で周囲の人が警察を呼んだ、その他いつなんどき何があるか分かりませんと荒井さん。
「親から暴力を受けて育ったり、否定されて育ったりすると、人を信頼できなくなり、人に対して安心できなくなります。そのまま大人になると仕事で躓くことも多くなります。大人になっても誰かが受け止めてくれる、話を聞いてくれるなど愛着形成からやり直す必要があるのだろうと思います」
荒井さんの説明は朗らかで楽しそうだが、実態はとてもシリアス。夜中に呼び出されることが続けば嫌になりそうだが、そこは楽しげにやることが大事だという。
支援は広がりつつあるが、問題も
「楽しげに支援していると巻き込まれてくれる人がいます。シリアスな顔で深刻に相談するのではなく、笑顔で『こんなに大変だから手伝ってくれ~』のほうが人は入ってくるものです」
実際、大変さは変わらないものの、やっているうちにノウハウは溜まってきており、同じ活動をしている仲間たちとの横のつながりが生まれ、情報共有もできるようになってきた。地域、行政などとの信頼関係が生まれ、若い人たちとのつながり方が分かり始め、ニーズや困りごとを聞けるようになってもきている。東日本大震災、コロナ禍を経て企業、個人の寄付が一般的になってきているとも。
現在シェアハウスとして活用している建物のうちには不動産を多く保有、活用で悩んでいる法人から寄付に近い形で借りているものもあり、最近は住まなくなった家などを社会貢献に使ってほしいという寄付も増えているという。
だが、ニーズがある人はもっとたくさんおり、キャッチできている子は一握り。その子たちをどうするか。誰も答えは持っていないが、考えていく必要はある。日本にとって大きな問題であり、本来は国全体の課題だと思うが、国の動きは遅く、荒井さんは「だから機動的に動けるNPOが必要。ある種、研究開発を進めておく必要があると思っています」。
現在は民間でぎりぎりにお金が回っていくようにし、さらに余力があればノウハウを広く提供。民間としてどこまでやるのかを考えつつ、国を動かしていくということも考えていきたいという。
NPOの意味、役割が大きく変わる?
親が子どもを育てなくなり、孤立する人が増えている現在。それを制度だけでなんとかしようとするのは難しい。だとしたら人が介在してつながりを増やしていくしかなく、その主体としてNPOがある。
いずれはNPOが社会のインフラとなり、孤立している人にNPOが手を差し伸べる、子育てを手伝うなどの形になり、その結果、みんながそれぞれのコミュニティをもっていく時代になってくるのではないかと荒井さん。国の大きな枠組み、制度だけに頼るのではなく、自分たちで助け合う時代ということだろう。
そうした大きな未来に向けて動きながらも、直近では現在の状態をどう維持、拡大していくかが課題。サンカクシャのホームページにはトップに応援というコーナーがあり、寄付で、ギフトで、知って、活動参加で応援と4つのやり方が記載されている。お金のある人ならお金で、不動産のある人なら不動産で、時間のある人なら時間で応援できるので、関心のある人はぜひチェック、自分にできることを探してみてほしい。
ちなみにシェアハウスですら大変と言いながら、2022年10月からは深夜の居場所「ヨルキチ」を開設している。今日寝る場所がない、ネットカフェで寝泊まりしている、家にいたくない、家を追い出されたなどという子どもたちを受け入れ、つながる場である。晩ごはん、朝ごはんも食べられ、ゲーミングPC、漫画やボードゲームなどもあるという。2022年はトライアルで月1回程度開催、2023年からは本格始動する予定だ。
社会経験を積んだ大人ですら、コロナ禍では精神的、経済的につらい思いをした人が少なくない。頼る人のいない若い人であればなおさらだろう。それを思いやれる、助けられる大人でありたいものである。
特定非営利活動法人サンカクシャ
https://www.sankakusha.or.jp/
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