新たなつながりをデザインする「リニモテラス」
吹き抜けの大空間、ヒノキのいい香り。ラティスとよばれる木組みの構造を全面に打ち出した館内はかなりのインパクトをもって来訪者を迎えてくれる。
訪れたのは、2021年6月に完成した愛知県長久手市にある「リニモテラス公益施設」(以下「リニモテラス」)。外観からして公共施設らしくないデザインで、木造平屋建ての建物は一見するとペンションのようにも思える。
一番の特徴となるのは館内の大空間。愛知県産のヒノキをふんだんに使った木組みのラティスが張り巡らされ、贅沢な空間をつくり出している。ここは大廊下とよばれるオープンスペースで、市民がイベントなどで無料で使用できる場所だ。
「リニモテラス」のコンセプトは、「新たなつながりをデザインする場」。
大きな場所である必要はない。むしろ目が行き届き、顔が見えるつくりにしようと考え抜いたのが木造平屋建ての造りだ。
あえてガラス張りにすることで活動を可視化する
大廊下からつながる個室は全部で4部屋用意されており、有料の時間貸しとなる。縁側のある「活動室1」、朝日が差し込む東向きの「活動室2」、たたき土間の「活動室3」と、土壁と畳でできた「和室」と、それぞれに個性をもたせた作りだ。個室から大廊下にはみ出して使用することも可能。自由度の高い使い方ができる。
特徴的なのは、和室を除く3部屋はすべてガラス張りで、大廊下から中が見えるようになっていること。
この造りについて館長の柿本計福(かずとみ)さんは、
「活動は小さな部屋で完結するのではなく、大廊下や外部、隣接の公園やまちなかへと連鎖していくきっかけの場所と考えています。普通の公共施設では中が見えないようになっていることが多いですが、それだと活動内容がわからないですよね。中を見えるようにすることで、大廊下にいる人たちがチラッとのぞいてみたり、気になっている人が声をかけやすい環境を作る仕掛けになっているんです」と話す。
利用者各々の活動を可視化することで、つながりをデザインする仕組みというわけだ。
10年以上の歳月をかけて完成した「リニモテラス」
長久手古戦場駅、バスターミナル、イオンモール長久手の駅前棟一帯を整備するプロジェクト「リニモテラス構想」の核として発案されたのが「リニモテラス」の建設。10年以上の歳月をかけてようやく完成となった。
「市が手掛ける施設で、これだけの時間をかけた例はほかにないと思います」と、長久手市役所くらし文化部たつせがある課の中川暁敬さんは言う。
愛・地球博の開催地として長久手市を知っているという人は多いだろうが、実は“日本一若い人が多いまち”であることをご存じだろうか。平均年齢は40.2歳と全国1位(※)の若さを誇っている。「リニモテラス」ができた経緯には、この“若さ”ゆえの悩みがあったという。
長久手市は名古屋市と豊田市の間にある21平方kmの比較的コンパクトなまち。日本で唯一の浮上式リニアモーターカー、通称“リニモ”が市の東西を結び、交通の軸を担っている。名古屋市、豊田市と隣り合わせで利便性が高いだけでなく、自然が多く残っていて子育て環境に適していることから、30代、40代のファミリー層に人気のあるエリアだ。また、市内には大学が4つ、近隣も含めると9つの大学があり、学生が多く住んでいることも“日本一若い人が多いまち”である理由だ。
ただその半面、
「学生、転勤族の方、外国人労働者など転入者が多く、住民同士のつながりや地域への愛着が薄いことが懸念されていました」と中川さん。
課題解決のためにつくられたのが「リニモテラス」だ。
構想のルーツは、2008年に策定された「第5次長久手市総合計画」にさかのぼる。長久手古戦場駅前の広場とバスターミナルの整備、大型商業施設の誘致、隣接する古戦場公園との連携、そしてメインはまちの新たな顔となる「リニモテラス」の建設というこの計画。イオンモール長久手の開業、バスターミナルの完成と、着々と計画は進められていった。ただ、プロジェクトの核となる「リニモテラス」だけは、なかなか思うように進まなかったという。
※「あいちの人口 令和2年国勢調査 人口等基本集計結果」による
市民の声を反映した施設をつくるため、建築プランを白紙に
2017年に「リニモテラス」の前にある長久手中央2号公園で開催されたマルシェ。「100プロジェクト」の一環として行われ、「リニモテラス」との連携の可能性や課題など、実証と実験が繰り返された(写真提供:リニモテラス指定管理者)「『箱を作ったから市民のみなさん何かやってくださいね、ということでは意味がない。設計段階から市民の意見を取り入れていくべき』という市長の考えを反映し、市民団体などの協力を得て住民の声を聞いてきました」と中川さんは、構想から完成までの道のりを振り返る。
長久手市を特徴づける4つのテーマ「観光交流」、「大学連携」、「子育て支援」、「多文化共生」。それぞれに紐づく観光交流協会、大学地域連携部署、子育て支援ネット「ながくて」、国際交流協会、「文化の家」のメンバーらが集まって「リニモテラス運営協議会(以下、運営協議会)」を結成。行政とタッグを組んで計画を進めてきた。
2018年の1年間をかけて、「ながくて隣人まつり」、「100プロジェクト」を開催。イベントに集まった人たちにリニモテラスをどのように使いたいか、どういう場所ならうれしいかということをヒアリングしてきたという。
しかし設計もいよいよ大詰め。仮プランが決まり、市民にプレゼンする段階で「待った」がかかった。
計画に参加していた運営協議会から
「本当の意味での市民主体で考えたい。もう一度趣旨に立ち戻って、考える時間がほしい」という声があがったのだ。それまで市民の声は吸い上げてきたものの、じっくり考える余裕がないまま行政のスケジュールに沿って進んできたプロジェクト。スケジュールではすでに建築に着手するタイミングで、いったん白紙に。2019年に入って、「みんなのリニモテラス」をもう一度ゼロから考え直す時間がとられた。
「こんな場所があったらいいよね」を集約して平面プランを再提案
映画観賞会のチケットは完売。160人が集まる盛況ぶりとなった。映画終了後は長久手中央2号公園に集まって芋煮会。運営協議会のメンバーと参加者がざっくばらんに「リニモテラス」の在り方について対話をした(写真提供:リニモテラス指定管理者)完成までの道のりは、運営協議会が作成した「長久手リニモテラス構想をめぐる公民協働の経緯」に記されている。サブタイトルは「遠回りしてみたらおおぜいが楽しめ、うまくいかないこともあったけどいろんな人に役割が生まれた。でも、その先が涙で見えない。それでもやってみている市民と市の話。すいません、長くて。」だ。楽しみながらも涙するほど真剣に向き合った奮闘ぶりがうかがえる。
「本当にリニモテラスが必要なのか」、「税金の無駄遣いなのでは」という声もあがるなか、運営協議会は納得のいくまで話し合い、自分ごととして考え、答えを探す作業を続けた。2019年10月には運営協議会自らが映画の上映会&芋煮会を開催。手配りで人を呼び込み、来場者に「リニモテラスについて意見を聞かせてもらえませんか」と、直接ヒアリングを行ったという。
「温かみのある木造にしたい」、「日の当たるウッドデッキがあったらいいよね」、「隣の公園と連続性を持たせたらいいのでは」、「公園で遊んだ子どもが手足を洗える場所があったらうれしい」、「収穫体験ができる畑や、実のなる木を植えてみてはどうだろう」
といった市民の意見をまとめ、2019年10月末、運営協議会が「平面プランへの再提案」をまとめた。
これにより、仮プランであがっていた鉄筋コンクリート造2階建てを木造平屋建てに変更。顔の見えるつくり、木造のすがすがしい空間、小さいながらも収穫が楽しめる畑がつくられ、市民の声が形となった。
学生も転勤族も外国人も年齢性別問わず交流ができる場所へ
現在、「リニモテラス」では、毎週土曜日に国際交流協会が週替わりでイベントを開催。愛知県立大学に通う留学生の中国語カフェや、アフリカ発祥のボードゲーム「マンカラ」を楽しむなど、多文化共生のテーマに基づいたイベントで交流を深めている。
「リニモテラスの夏祭りに愛知淑徳大学の学生がスタッフとして参加して子どもたちをもてなしたり、お正月のイベントでは、子育て支援ネットのメンバーが大学生にお手玉を教えたりと、多世代間交流もみられるようになりました」と中川さん。
さらに、「転勤で知り合いのいない長久手に引越してきた親子でも、リニモテラスでのイベントに参加すれば地域に根付いた活動団体とつながり、少しずつまちに溶け込んでいける。そういう拠点として活用してもらいたい」と話す。
また、年々増える外国人の技能実習生や労働者に向けては、国際交流協会が主体となって「にほんご教室」や「集いの広場」も開催。日本語がうまく話せなくても、安心して暮らしていけるサポートをしている。
多様な分野とのつながりをデザインできるようなプラットフォームを目指す「リニモテラス」。
学園祭のスピンオフイベントや、アートフェスティバルの会場として使用されたこともあり、少しずつ認知が広がっているという。
中川さんは、
「やりたいことを思いついたらすぐに実現できる場所として、少しずつ市民のみなさんにも認知されてきたという実感があります。施設が建つことがゴールではなくて、スタート。市民のみなさんがつくり続けるリニモテラスであってほしい」と話していた。
併設のカフェで活動の相談もできる
大廊下にはカフェ「tori8 coffee(トリハチ コーヒー)」も併設されている。自由に使える大廊下とカフェがあれば、用事がなくともふらりと立ち寄る人も多そうだ。例えば読書や勉強、公園で遊んだ後の休憩と、さまざまな使い方ができるだろう。
ちなみに、このカフェのオーナーである服部さんは「リニモテラス」の活動コーディネーターとして「何かやりたい人」の相談にのってくれる。
「リニモテラス」が認知されてきたことで、利用の問合せが市役所にも入っているというが、市が直接活動団体を紹介することは難しい。そこで利用者のニーズに応えられるよう、活動コーディネーターを設置したのだという。
仲間を集めてマルシェを開催するなど、多方面につながりをもつ服部さんの存在は、この場所で何かを始めようとする人にとって強い味方となってくれそうだ。
オープンから半年、訪れる人たちと接してきた柿本さん。
「市民同士のつながりが薄いとか、市民活動が盛んでないといわれていますが、みなさん決して冷めているわけではないんですよね。単に活動のきっかけがないというだけ。特に小さなお子さんがいるお父さんお母さん、長久手に引越してきた大学生の皆さんは、活動やふれあい、助け合いの場を求めていらっしゃるのではないかと感じています。そういう方を応援していきたい」と、今後の抱負を語っていた。
「リニモテラス」では有料の活動室を使った「リニモテラスのサークル活動」という企画を新たに始動させた。趣味仲間とのつながりの場を「リニモテラス」が用意してくれるというもの。参加者の募集や受付の代行、当日の準備を手助けしてくれるという。
相談にのってくれる人や気軽に使える場所があるのは心強い。非営利の活動に限るが、やりたいことがある人は、相談してみてはどうだろうか。
大廊下とガラス張りになった活動室。互いが見えることによって生まれる新たなつながり。今後どんな交流が生まれるのか見守っていきたい。
【取材協力】
リニモテラス
https://www.linimo-japan.com/
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