善管注意義務とは
賃貸借契約を結ぶ際に、「善管注意義務」という言葉聞いたことがある人もいるかもしれない。善管注意義務とは、「善良なる管理者の注意義務」の略称であり、民法第400条に規定された義務のことである。民法第400条では、以下のような規定が設けられている。
民法第400条の規定
債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
賃貸借契約においても、借主は賃貸借契約終了後に賃貸物件を返還しなければならない義務を負っており、借主の返還義務は民法第400条に規定される「特定物の引渡債務」に該当する。
民法では、特定物(賃貸物件のこと)を引き渡すまでは債務者(借主)は善良な管理者の注意をもってその物を保存しなければならないとされており、借主は貸室の保管義務を負っていることになる。
借主が負っている善管注意義務のことを、「借主の保管義務」と表現することもある。今回は、賃貸物件を借りる際に知っておきたい善管注意義務について解説する。
国土交通省による善管注意義務の説明
国土交通省では、借主の善管注意義務を以下のように解説している。
Q. 賃借人の善管注意義務とはどういうことですか。
(回答の一部抜粋)
賃借人は、・・・(中略)・・・建物の賃借人として社会通念上要求される程度の注意を払って賃借物を使用しなければならず、日頃の通常の清掃や退去時の清掃を行うことに気をつける必要があります。賃借人が不注意等によって賃借物に対して通常の使用をした場合よりも大きな損耗・損傷等を生じさせた場合は、賃借人は善管注意義務に違反して損害を発生させたことになります。(以下、略)
出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)のQ&A
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000024.html#10
国土交通省の解説では、借主は社会通念上要求される程度の注意を払って賃借物を使用しなければならないとしている。
日頃の清掃にも気を配らなければならないとしており、借主の不注意によって生じさせた損耗や損傷は善管注意義務に違反して発生させた損害になると解説している。
上記回答文の中では、国土交通省は以下のものを善管注意義務違反の具体例として挙げている。
善管注意義務違反の具体例
・特別の清掃をしなければ除去できないカビ等の汚損を生じさせた場合
・飲み物をこぼしたままにする、あるいは結露を放置するなどにより物件にシミ等を発生させた場合
・賃貸人に通知する必要があるとされており、通知を怠って物件等に被害が生じた場合(階下への水漏れ)
善管注意義務違反によって発生させたカビやシミ等は退去時の原状回復の対象となっている。また、階下への水漏れ等の大きな被害を与えた場合には、貸主から損害賠償請求の対象となる。
原状回復の定義と対象範囲
善管注意義務は、退去時における借主の原状回復義務に深く関係する。国土交通省が定める原状回復をめぐるトラブルとガイドラインでは、原状回復の定義を以下のように定めている。
原状回復の定義
原状回復とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf
原状回復とは、単に入居時の状態に戻して返すということではなく、借主の故意(わざと)や過失(うっかり)、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用によって発生させた損傷等を元に戻すこととしている。
自然に発生する経年劣化や、借主の通常の使用によって生じる通常損耗は原状回復の範囲には含まれないことがポイントである。「その他通常の使用を超えるような使用」とは、例えば重量物を掛けるためにあけたくぎ穴や、ネジ穴等で下地ボードの張り替えが必要な程度のものが該当する。
故意や過失、その他通常の使用を超えるような使用は、借主に明らかに責任があるため、原状回復の対象となるのはわかりやすい。しかしながら、善管注意義務違反は知らない間に発生してしまう可能性もある。そのため、善管注意義務違反による原状回復の対象にはどのようなものがあるのが具体例を知っておくことが適切といえる。
善管注意義務違反の事例1:原状回復の対象となるもの
善管注意義務違反として原状回復の対象となるものは、例えば以下のようなものが挙げられる。
原状回復の対象となる例
・借主の不注意で雨が吹き込んだこと等によるフローリングの色落ち
・カーペットに飲み物等をこぼしたことによるシミ、カビ
・放置して拡大した冷蔵庫の下のサビ跡
・借主が設置したクーラーから水漏れし、放置したために生じた壁の腐食
・飼育ペットによる柱等のキズや臭い
・日常の不適切な手入れもしくは用法違反による設備の毀損
・破損、不適切使用、紛失による場合の鍵の取り替え
・清掃や手入れを怠ったことによるガスコンロ置き場や換気扇等の油汚れ、スス
・清掃や手入れを怠ったことによる風呂、トイレ、洗面台の水垢、カビ等
善管注意義務違反になるものは、放置したことで状況を悪化または拡大させたものが対象となることが多い。例えば、冷蔵庫で発生したサビが床に付着しても、拭き掃除で除去できる程度であれば、通常の使用の範囲内とされるが、そのサビを放置して容易に除去できないような汚損にしてしまった場合には原状回復の対象となってしまう。
原因が故障や不具合を放置したり、手入れを怠ったりしたものであれば、原状回復の対象となってしまうため、故障や不具合を発見したら早めに対処することが重要となる。
善管注意義務違反の事例2:損害賠償の対象となるもの
善管注意義務違反は、原状回復の対象となるだけでなく、深刻な内容は貸主から損害賠償を請求される可能性もあるため、注意したい。
貸主から損害賠償請求を受ける可能性がある善管注意義務違反には、例えば以下のようなものが挙げられる。
損害賠償の対象となる可能性がある例
・借主が故意や重大な過失によって賃貸物件を失火により滅失させた場合
・借主が貸室内で自殺をした場合
・借主が貸室内で殺人事件を犯した場合
借主が賃貸物件を失火させた場合には、損害賠償請求を受ける可能性がある。火災に関しては、失火責任法により借主に故意や重大な過失がない限り、失火させても賠償義務は生じないことになっている。ただし、故意や重大な過失によって失火させた場合には、賠償請求がなされる恐れはある。借主は、このような賠償責任に備えて、「借家人賠償責任補償」と呼ばれる火災保険のオプション契約を付けることが一般的となっている。
また、貸室内で借主が自殺や殺人事件を犯した場合は、善管注意義務違反となる。善管注意義務違反は、単に物件に物理的な損傷を与えることだけを指すのではなく、心理的嫌悪感を生じさせる行為も対象となる。自殺や殺人事件が行われた物件は、心理的瑕疵を生じさせ、いわゆる事故物件として価値が著しく落ちることになる。
心理的瑕疵とは、自殺や殺人など過去の嫌悪すべき歴史的背景によって住み心地に影響が及び、取引対象が本来あるべき住み心地を欠く状態のことである。
用法遵守義務と原状回復対象
借主には善管注意義務のほかに、「用法遵守義務」も課されている。賃貸物件には、「事務所や店舗として使用してはいけない」や「ペットを飼っていけない」「喫煙をしてはいけない」等の用法が定められていることが一般的である。
用法遵守義務とは、あらかじめ定められた用法に従い賃貸物件を使用収益しなければならない義務のことである。用法遵守義務に違反した使用方法は、「通常の使用を超えるような使用」として原状回復対象となる。
用法順守義務違反による原状回復対象には、例えば「ペットの飼育が禁止されているにもかかわらずペットを飼育して生じさせたキズや臭い」、また「禁煙物件にもかかわらず喫煙したことで生じさせたヤニによるクロスの変色」等が該当する。
なお、用法順守義務違反は原状回復対象となる以前に、そもそも契約解除事由になるため、やってはいけない行為である。
賃貸物件はルールを守りながら、トラブル防止の為にも、善管注意義務の注意を払って借りるようにしたい。
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