「セクシュアルマイノリティと住まいの保障-住まいと暮らしの多様性-」セミナーが開催
日本の人口のうち、LGBTQ(※1)の割合は8.9%とされる(※2)。8.9%というと「佐藤・鈴木・高橋・田中」といったよくある姓より高い割合であるが、多くの人がそれほど身近な存在とは感じていないかもしれない。その理由は、当事者の多くが周囲にカミングアウト(周囲に自分のセクシュアリティを明かすこと)をしていないからである。
存在が見えにくい以上、日常での困り事も顕在化しにくい。住まいの領域でも、LGBTQの住まいのニーズについて、統計的にまとめられたものはほとんど存在しなかった。そこで声なき声に耳を傾けようと、追手門学院大学(大阪府茨木市、学長:真銅正宏)地域創造学部の葛西 リサ准教授の研究室では、2020年より「セクシュアルマイノリティの住宅問題」について調査を行っている。
2021年11月21日、調査結果を踏まえたセミナー「セクシュアルマイノリティと住まいの保障-住まいと暮らしの多様性-」が、クレオ大阪子育て館・大阪市立住まい情報センター共催にて行われた。大阪府は2020年1月より、府全域が対象となる「大阪府パートナーシップ宣誓証明制度」が導入されている。セミナーの概要とともに、LGBTQの住まいをめぐる課題と今後について考えたい。
※1 LGBTQ=セクシュアルマイノリティの総称の一つ。L(レズビアン:女性同性愛者)・G(ゲイ:男性同性愛者)・B(バイセクシュアル:両性愛者)・T(トランスジェンダー:体の性と心の性が一致しない人)・Q(クエスチョニング:性自認や性的指向が定まっていない人、その他のセクシュアルマイノリティ)を表す。本記事では、あらゆるセクシュアルマイノリティの方が含まれる総称を「LGBTQ」とし、便宜上表記を統一する。
※2 電通ダイバーシティ・ラボ「LGBT調査2018」より
https://www.dentsu.co.jp/news/release/pdf-cms/2019002-0110-2.pdf
LGBTQが直面する住まいの課題がアンケートで明らかに
住宅政策や居住福祉を専門とする葛西准教授の研究室では、2020年12月~2021年3月にかけ、LGBTQ向けのWebアンケート調査を実施した。主に、住まいを借りる場面を想定した調査計画である。数値は後述するとして、この調査を通じ、葛西准教授がまず抱いたという所感が印象的であった。
「調査をしてまず驚いたのが、選択肢への回答のほかに、自由記述欄への記載がものすごく多かったことです。LGBTQの方が住まいを探す際に感じた困難や要望が、それぞれの言葉でたくさん綴られていました。当事者の方は日常生活でカミングアウトをしていない人が多いと聞きます。普段見えにくい声だからこそ、誰かに聞いてほしい、知ってほしい、という思いを強く感じました」(※以下、特記のない「 」内は葛西准教授)
LGBTQは住まい探しにおいてどのような課題に直面するのか。調査により見えてきたものを、3つの側面からまとめてみたい。
LGBTQの住宅問題1:不動産会社への相談自体がハードル
部屋を借りる際、日常生活でカミングアウトしていない人にとって、不動産会社に相談すること自体が高いハードルとなる。回答者のうち48%、およそ2人に1人が「セクシュアリティを理由に不動産屋に行くことに抵抗や不安がある」と回答している。
抵抗や不安感は、「不動産会社の担当者に偏見を持たれないか」「カミングアウトをして不利な扱いを受けないか」「セクシュアリティのことを勝手に言いふらされないか」といった懸念から生じるという。
「LGBTQの方は住まいを確保するために、回答者のおよそ2人に1人が”何らかの工夫をしている”と回答しています。なぜ工夫が必要かというと、セクシュアリティを理由に入居を断られる可能性があるからです。法的な面、人の意識の面、いずれも差別(悪意によるものでなくても)を受けることを経験から分かっているからこそ、自分のセクシュアリティやパートナーとの関係性を明かさなかったり、よくはないことですが、単身で契約後に無許可でもう一人が入居してしまったり、という声もありました」
担当者にどのような対応をされるかは、告げてみないことには分からない。明かすことで協力を得られる可能性もあるが、不利になるリスクもある。調査結果の中には、担当者にカミングアウトした結果、二人の関係性を必要以上に詮索されたり、なかにはカミングアウトしていなかった父親へ「男性(同性)と同居するようですが大丈夫ですか」と、本人の同意なく伝えられてしまったケースもあったという。
本人が意図しない形でセクシュアリティを明かされてしまうことを「アウティング」と言うが、アウティングは親子の関係性を根本から変えてしまう恐れのある行為である。このような経験や不安感から、賃貸物件への入居を諦め、購入へ踏み切ったケースもあるという。
LGBTQの住宅問題2:限られる賃貸物件の選択肢
「同性パートナーと一緒だと住まいを確保しにくい」と回答した人は、全体の37.2%であった。同性カップルが入居できる賃貸物件は、異性カップルに比べて大幅に限られる。同性婚が認められていない日本では、長年連れ添っていても二人の関係性を証明することが難しいためだ。
具体的な数値を見てみよう。2021年11月時点、LIFULL HOME`S掲載の全国の賃貸物件数は、「2人入居可」は53万286件、「ルームシェア可」は5万6,594件。およそ10倍の差がある。この「2人入居可」と「ルームシェア可」は似ているようで大きく違う。2人入居可はその要件を"親族のみ"としているケースが多い。もちろん条件は物件や管理会社によるため一概に比較はできないが、同性カップルは「2人入居可」の物件を希望しても、内見前に断られることが多いという。
「同性カップルの住まい探しには、二重の壁が存在します。法律の問題により2人入居可の物件に入居しにくいこと、もう一つは関わる人々の意識です。一方的なイメージから、担当者や管理会社が”同性2人入居は不可”としている場合もあります。保証会社との話がまとまり、最後の必要書類(性別記載のある住民票)を出した段階で破談にされたケースや、マンションの管理組合から物件オーナーに対して『同性カップルを入居させているのはけしからん』とクレームが入ったこともあったといいます」
収入面やその他の条件に問題がなくても、セクシュアリティを理由に入居を拒まれる。全国の総住宅数のうち13.6%は空き家となっている中(※3)、この現状は不動産業界から見ても機会損失といえるのではないだろうか。
※3 平成30年住宅・土地統計調査より
https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2018/pdf/kihon_gaiyou.pdf
LGBTQの住宅問題3:マイホーム購入後も立ちはだかる、相続の問題
次に購入のケースを取り上げたい。購入については、賃貸のように不動産会社やオーナーの意見によって入居が難しいということはないが、購入時・購入後に大きな課題が存在する。アンケートの回答では「住宅ローンを組む際に二人名義にできず、仕方なく一人名義にした。自分が亡くなった後にパートナーが住み続けられるのか、不安が大きい」といった声があった。
「2021年現在、複数の金融機関から同性パートナーと収入合算ができる住宅ローンが登場しています。とはいえ、ほとんどのケースで公正証書などの必要書類の提出が求められます。異性愛者であれば必要のない、役場への相談や決して少なくない金銭的な負担が必要です。また、物件を二人名義にできたとしても、そこに法的な保障を得られるかも大きな問題です」
「パートナーが他界した後の住まいに不安がある」と回答した人は17.2%であった。割合としては少なく見えるが、これはいざ「離別・死別など万が一の事態」に直面しないと、法的な支えがないことの不都合を実感しにくいからかもしれない。
法的な保障が一切ないということは、万が一のときにパートナーが突然住まいを失う可能性、共に築いた資産を残せない可能性、親族とトラブルになる恐れなど、さまざまなリスクがつきまとうことを意味する。
ライフステージごとに、ずっと続く住まいの困難
この調査を通じて、大きく見えてきた課題として葛西准教授はこう語る。
「LGBTQの方々は、すべてのライフステージで、住まいに関する課題を抱えていることが分かりました。借りるとき、買うとき、といった断片的な場面だけでなく、住まいに関する悩みは、生きていく中でずっと続くということです。家族に明かせないことで実家に居づらいと感じる若者もいますし、いざ借りようとしても物件の選択肢は限られます。そして運よく住まいを確保できた後も、『近隣の人にパートナーとの関係を詮索されないか、周囲の目が気になる』といったことを20%以上の人が感じていました」
地域との関わりを避けて暮らしていくことは、社会生活を営むうえでさまざまな不都合が生まれるだろう。
パネリストとして登壇した、認定NPO法人虹色ダイバーシティ代表理事長の村木 真紀さんは、「LGBTQが生涯向き合う住まいの問題を解決するには、社会全体の変化も必要」と語る。
「どこで、誰と、どのように暮らすのか、これを選択する権利は誰しも平等にあるべきです。住まいの問題を考えるうえで、制度面での対処だけでなく、どの地域であっても誰もが自分らしく生きていける社会が土台として必要だと思います」
不動産業界に求められるのは、マイノリティを知り、顧客と認識すること
あらゆる人々が望む形で暮らせるように、今後の社会や不動産業界に必要なものは何であろうか。
同じくパネリストとして登壇した、弁護士としてLGBTQの課題に長年取り組んできた三輪 晃義さんは、「LGBTQの住まいの課題は、当事者が頑張ってどうにかなるものではありません。住宅・不動産に関わる一人一人が取り組むべき問題です。不動産会社、オーナー、管理会社、近隣住民、家族の誰かがLGBTQに対する偏見を持っている限り、当事者は安心して住宅を確保することができません。住まいは基本的人権の一つ、生活に欠かせない基盤です。今の日本の現状は、憲法の生存権が十分に保障されていない状態といえます」と、住宅・不動産に関わる一人一人の意識のアップデートを求めたいと語る。
調査結果の中には、「自分たちを特別視してほしいわけじゃない、異性カップルと同じように扱ってほしいだけ」という当事者からの声があったという。今あるサービスの対象をそのまま拡大するだけで、救われる当事者は大勢いるはずだ。葛西准教授は、調査のまとめとして以下のように語る。
「今回の調査から、不動産・住宅市場全体が法律婚や血縁世帯以外を排除している傾向が見えてきました。これまではそれで成り立ってきたかもしれませんが、人口減少とともに、不動産市場もシュリンクしていきます。いわゆる昔ながらの"標準世帯"だけでなく、ターゲットとする顧客像に、もっと多様な生き方を想定してほしいと思います。そのために必要なことは、まずはマイノリティの住まいの実情を知ることです。SDGs(持続可能な開発目標)の一つともいえますし、まだ本気で取り組む企業が少ないからこそ、差別化の一つにもなるでしょう」
葛西准教授の研究室では、今後もLGBTQと住まいの課題について、不動産会社も巻き込みながら調査を続けていくという。声なき声に耳を傾ける、こうった研究・活動が社会に変化をもたらす兆しになるだろう。
協力:追手門学院大学 地域創造学部地域創造学科 葛西 リサ准教授研究室
https://www.gyoseki.otemon.ac.jp/oguhp/KgApp?resId=S001416
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