通常損耗・経年劣化とは
国土交通省は、賃貸物件の原状回復をめぐるトラブルの未然防止と円滑な解決を目的とし、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を公表している。(以下、「ガイドライン」)
国土交通省 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン
https://www.mlit.go.jp/common/001016469.pdf
契約時や退去の際に、あらかじめ内容を理解しておくことでトラブル防止に役立つだろう。ガイドラインでは、建物の損耗等を建物価値の減少と位置づけており、賃貸物件の建物価値を減少させる要因を、以下の3つに分類している。
【建物価値を減少させる3つの要因】
1.経年劣化
2.通常損耗
3.借主の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等
「1.」の経年劣化とは、建物や設備等の自然的な劣化または損耗のことである。例えば、日照等による畳やクロスの変色は経年劣化に該当する。
「2.」の通常損耗とは、借主の通常の使用により生じる損耗等のことである。例えば、家具の設置によるカーペットのへこみは通常損耗に該当する。
「3.」の故意とは「わざと」、過失は「うっかり」という意味である。善管注意義務違反とは「善良なる管理者としての注意義務」に違反することを指す。例えば、借主の不注意で窓を開けっ放しにしたことで、雨が吹き込み床を色落ちさせてしまったケースが善管注意義務違反に該当する。その他通常の使用を超えるような使用とは、例えばペットの飼育が禁じられている物件でペットを飼うような行為を指す。
通常損耗や経年劣化の原状回復義務は?
国土交通省が開示しているガイドラインによると、原状回復とは、「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定められている。
原状回復とは、単に入居当時の状態に戻して返すのではなく、「賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧する」ということになっている。
つまり、原状回復の対象は前章で紹介した建物価値を減少させる要因の「3.」の部分のみであり、「1.」の経年劣化や「2.」の通常損耗は含まれない。そのため、原状回復は借りた状態のときにすべてを元通りにする義務ではないということになる。
理由としては、まず経年劣化は時間の経過だけで価値が減少する部分のことであり、入居の有無に関わらず生じるものである。経年劣化は入居していなくても生じる劣化であることから、入居者には経年劣化の原状回復義務はないということになる。
次に、通常損耗については、減少に見合った回復費用は賃料に含まれるという考えがベースとなっている。入居者が賃料を支払いつつ、契約により定められた使用方法に従って利用することで生じる劣化あれば、入居者はそのまま返還すればよいとされている。
よって、借主には経年劣化や通常損耗の原状回復義務は原則としてなく、経年劣化や通常損耗は貸主の費用負担で修繕すべきものということになる。
床の通常損耗・経年劣化の具体例
ガイドラインに従い、通常損耗・経年劣化の範囲について解説する。
フローリングや畳、カーペット等の床に関して、ガイドラインでは以下のものを通常損耗または経年劣化として挙げている。
通常損耗または経年劣化に該当するもの:原状回復対象外
・家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡
・畳の変色、フローリングの色落ち(日照、建物構造欠陥による雨漏りなどで発生したもの)
また、次の入居者確保のために行うものは、貸主の費用負担で行うべきものになる。ガイドラインでは、貸主の費用負担で行うべきものとして、以下のものを挙げている。
貸主の費用負担で行うべきもの:原状回復対象外
・畳の裏返し、表替え(特に破損等していないが、次の入居者確保のために行うもの)
・フローリングのワックスがけ
一方で、通常損耗または経年劣化には該当せず、原状回復の対象となるものとしては、以下のものを挙げている。
通常損耗または経年劣化に該当しないもの:原状回復の対象
・カーペットに飲み物等をこぼしたことによるシミ、カビ
・冷蔵庫下のサビ跡
・引越し作業で生じたひっかきキズ
・畳やフローリングの色落ち(賃借人の不注意で雨が吹き込んだことなどによるもの)
・落書き等の故意による毀損
壁または天井の通常損耗・経年劣化の具体例
壁または天井に関して、ガイドラインでは以下のものを通常損耗または経年劣化として挙げている。
通常損耗または経年劣化に該当するもの:原状回復対象外
・テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ)
・壁に貼ったポスターや絵画の跡
・エアコン(賃借人所有)設置による壁のビス穴、跡
・クロスの変色(日照などの自然現象によるもの)
・壁等の画鋲、ピン等の穴(下地ボードの張替えは不要な程度のもの)
一方で、通常損耗または経年劣化には該当せず、原状回復の対象となるものとしては、以下のものを挙げている。
通常損耗または経年劣化に該当しないもの:原状回復の対象
・台所の油汚れ
・結露を放置したことにより拡大したカビ、シミ
・クーラー(貸主所有・借主所有とも)から水漏れし、借主が放置したことにより生じた壁の腐食
・タバコ等のヤニ・臭い
・壁等のくぎ穴、ネジ穴(重量物をかけるためにあけたもので、下地ボードの張り替えが必要な程度のもの)
・天井に直接つけた照明器具の跡
・落書き等の故意による毀損
通常損耗の原状回復に関する判例
通常損耗や経年劣化は原状回復に関して、押さえておきたい重要な最高裁判例がある。最高裁判例とは、法律の条文では記載されていない部分を補完する役割があり、法律のような役割を果たすものとなる。
判例は平成17(2005)年12月16日に出された最高裁判例であり、「通常損耗に関する補修費用を賃借人が負担する旨の特約が成立していないとされた事例」となっている。
当該判例の要旨の中で、特に重要とされるものは以下の部分となる。
最高裁平成17年12月16日判決の一部
賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である
当該判例によれば、例えば賃貸借契約書に「借主は、明け渡しの際に原状回復しなければならない」と記載されていても不十分であり、借主は通常損耗や経年劣化の原状回復は不要ということになる。
また、仮に「通常損耗については借主の負担とする」と明記されてあっても不十分であり、借主が通常損耗を借主の負担とする特約は成立しないこととなる。
借主に通常損耗等の原状回復義務を負わせる特約の有効性
通常損耗と経年劣化は、原則として原状回復の対象とはならない。ただし、賃貸借契約書において最高裁平成17年12月16日判決およびガイドラインに適合する特約を締結すれば、借主に通常損耗等の原状回復義務を負わせることも有効ということになる。
ガイドラインでは、以下の条件を満たせば借主に通常損耗の原状回復を負わせることができるとしている。
【借主に通常損耗等の原状回復負担を課す特約の要件】
1.特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
2.賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
3.賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
上記の要件を満たすには、通常損耗のどの部分について借主が負担することになるのかを具体的に賃貸借契約書に記載されていることが必要とされている。
また、退去時に借主が負担することとなる補修費用の額について、契約時に借主が明確な認識が持てるように単価や概算額等を明示されていることも必要と解されている。
賃貸借契約書にガイドラインに則った特約が明記されていれば、借主も退去時に通常損耗や経年劣化について原状回復義務を負わなければならないため、契約時に条文の内容はしっかりとチェックしておきたい。
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