政府も進めるワーケーション事業
新型コロナウイルス感染症の影響により、より新しい働き方が求められるようになった。会社に行かずに自宅などで仕事をするテレワークが普及。それに伴い、郊外へ移住する動きも見られる。
テレワークの普及は、ワーケーションへの注目も高めている。ワーク(仕事)とバケーション(余暇)を組み合わせた造語であるワーケーションは、観光地やリゾート地で仕事をしながら余暇も楽しむというもの。一人ではもちろん、家族と出かけて仕事をしている間に子どもたちがアクティビティなどを体験するということも。
ワーケーションは多様化する働き方をかなえるスタイルのひとつとして、また観光地を抱える自治体にとっては人の流れをもたらすものとして期待されているのだ。政府もワーケーションを推進する事業を始めており、そのなかに環境省による「国立・国定公園、温泉地でのワーケーションの推進事業」がある。こちらはワーケーション事例を紹介するオンラインシンポジウムの取材記事で、環境省の方による基調講演として少し触れているのでぜひご参照を(ワーケーションの可能性を考える。ホテルや専用施設の事例を取り上げたオンラインシンポジウムが開催)。
2020年に募集がかけられたこの事業で、鈴鹿山脈にある鈴鹿国定公園での取組みで採択されたのが一般社団法人菰野町観光協会。菰野町は三重県の北部、鈴鹿山脈のふもとに広がるまちだ。
観光協会が先導するワーケーションの取組みを、広報の堀内あかねさんに伺った。
目指すのは“選べる”ワーケーションスタイル
「環境省の事業に採択されてから、ワーケーションに参画できる施設を町内で募集。それぞれの施設でどういった受け入れができるかを観光協会として取りまとめ、勉強会などを開いて準備を進めてきました」と堀内さん。
ワーケーション事業の実施で重点を置くのは、まちでの滞在時間を延ばすこと。菰野町は、湯の山温泉という温泉街、自然豊かな土地を生かしたキャンプ場やアウトドア施設、焼き物などの伝統工芸の体験などが観光の魅力となっている。それらをワーケーションで複合的に組合せて楽しんでもらえればと望む。
「通常ワーケーションというと、ひと施設のなかで泊まって、そこでワーケーションをして完結するという流れが多いようです。菰野町の場合は観光協会が取りまとめていることで、宿泊先はさまざまで、多様な体験もでき、ワークスペースもいろいろなところに準備されていてと、ユーザーの方が“選べる”ワーケーションを目指しています」
ワーケーションを行うならば、仕事ができることと余暇を楽しめることが前提。ワークできるスペースを見つけたとして、そこで余暇になにができるのかも探すことになる。それらを観光協会が発信することで、一目瞭然となり、まちと利用者の双方に利点のある取組みとなるように図っている。
有形文化財の部屋やキャンプ場で仕事ができる!
菰野町で現在、ワーケーションの施設として利用できるのはワークスペースも合わせて10施設前後。いずれの施設も自ら積極的に取組んでいるという。
「宿泊施設の方には、お部屋でワークできる環境を準備してくださいとこちらからお願いしたのですが、自主的にお仕事で来られたゲストの方などの様子を研究するようになったんです。例えば景色が一番きれいに見える窓辺にデスクを置けば、仕事の途中で目が休まるのではないかと考えたり。また温泉街にある『寿亭』というお宿には水雲閣(すいうんかく)という国の登録有形文化財のお部屋があるのですが、通常は文化財保護の観点で見学だけのところを、ここで仕事をしたらはかどるのではと着眼されてワークスペースに提供してくださいました。各施設がそれぞれ自分の施設の特色、いいところをワーケーションに生かせるように工夫されているんです」
「非日常×仕事というのがワーケーションの魅力のひとつです。山を見ながら仕事をするというような、非日常の環境で、どれだけ仕事の効率が上がるのかは私たちもすごく興味があります。ワーケーションを接点にした観光地の売り出し方は新しくていいのではないかと思っています。コロナ禍前にはなかったことなので、新しい魅力の発信の仕方を学ばせてもらっているという感じですね。コロナ禍で各施設、とても苦しいので、観光協会としてバックアップして、ワーケーションを起点に上手に発信していけたら」
菰野町のワーケーションでは2つのキャンプ場が参画しているのもウリにしている。ワーケーションでは、Wi-Fi環境の整備が欠かせない。2つのキャンプ場のうち1つにまずは環境省の事業の補助金を使ってWi-Fiに対応できるようにした。山間部は平地よりも整備に金額がかかるため、補助金の存在に助けられたそうだ。そうしてひとつひとつ整えながら、菰野町でのワーケーションをより魅力あるものにしていくという。
実証実験で見えた課題
写真は朝明ヒュッテキャンプ場のワークスペース。ワーケーションを実施するには、Wi-Fi環境などを整備するほか、企業へのPRも課題に。堀内さんは「社員の要望に応じてワーケーションに対応できる企業が、これから需要が出てくるのでは」と期待をふくらませるワーケーションという言葉はちらほらと聞くようになったが、どれだけの人が実行しているかというとまだまだ少ないのではないだろうか。新しい取組みということもあり、ワーケーションを促進する国や自治体も実証実験を進めている段階。菰野町観光協会が採択された環境省の事業も実証実験がひとつの条件になっている。
そこで、菰野町観光協会ではNTT西日本にモニターを依頼。2021年2月に2泊3日でワーケーションを行った。そこに同席した堀内さんは「仕事をしながら、上手に息を抜くこともできたようで、いいなと思いました。あとは社員同士の交流の場にもなっていました。会社のなかでは生まれないような雰囲気、人間関係が築けるきっかけになるのではと感じました」と当時の参加者の様子を振り返る。
終了後のアンケートでも、「仕事の効率が上がった」「いままで血圧が高くて仕事が大変だったけれども、2日連続で仕事をしていても体を動かしながらできたので効率上昇につながった」というような意見が得られたという。
一方で、見えてきた課題は、Wi-Fi環境に関することが多かった。通信が遅かったり、何回線か同時につなぐと切れてしまったりなど。ほかには、同じ職場の者同士ではあっても個人情報を取り扱う仕事柄、コワーキングスペースが欲しかったという意見も。職種によって必要なもの、ことが多彩にあると分かった。
課題は、そういった準備するもののほかに、「ワーケーションをする人を送り出す企業へのPRもある」と堀内さん。「こちらが来てくださいといっても、送り出す会社側の体制がないとだめですよね。会社も社員にワーケーションを許可したことがないのが実状だと思います。そこをもう一歩、アフターコロナで新しい働き方や、観光地の新しいあり方を促進していかないといけないなと思いました」と語る。
ワーケーションをより便利にするモビリティサービスもスタート
菰野町観光協会では、2021年4月より町内を移動するための自転車などを貸し出すモビリティサービスを開始した。電動バイク、電動アシスト自転車、電動キックボードとあり、車種は全7種類そろえる。貸出しの拠点となるモビリティポートは現在7ヶ所で、1ヶ所が準備中だ。利用は、菰野町観光協会のホームページから外部サイトに移動して、予約できるようになっている。
「もともと、自転車でワークスペースに行き、仕事をして宿に戻ってくるという動線をつくりたくて考えた事業なんです。ワーケーションと並行して活用できるといいなと思っています」と堀内さん。
町内は公共交通機関でのアクセスが不便で、車移動が必要な場面も多々あった。しかし、若い世代にも人気の雑貨店やカフェなどを巡るには、自転車ならではの小回りできる便利さと楽しさがうってつけで、移動自体もアクティビティになればと考えているそうだ。
課題もまだまだあるワーケーションだが、働き手にとっても観光地にとっても良好なことならば、うまく浸透していってほしいと思う。
取材協力・写真提供:一般社団法人 菰野町観光協会 https://www.kanko-komono.com/
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