1階、2階にそれぞれ異なる人たちが居住するシェアハウス

改修前のコモンフルール。ごく普通の文化住宅で空き家になっていた改修前のコモンフルール。ごく普通の文化住宅で空き家になっていた

若い単身者にとってシェアハウスはごく一般的な住まいのひとつだが、それ以外の年代にとっては、そもそも住める物件が少なく、まだまだ遠い存在。そんな中、高齢女性と外国人介護職がひとつ屋根の下に住むというこれまでにないシェアハウスが登場した。大阪市住吉区長居にあるコモンフルールだ。

建物は1962年に建てられた木造2階建ての、文化住宅と呼ばれる風呂無しアパート。大阪では戦後の高度経済成長期に多く建てられたが、現在では老朽化が進み、空き家になったり、取り壊されるものも少なくない。コモンフルールの前身となった住宅もここ数年は空き家になっており、高齢の所有者が手に余ると相談したのが有限会社西都ハウジングの松尾重信氏である。

「たまたま、隣地マンションを管理していたこともあり、別会社に買い取ってもらい当社が管理運営することになりました。それが2019年5月のことです。解体して更地にという案もありましたが、何か活用できないかと考えたときにやりたいことが2つありました」

ひとつは高齢者に向けた住宅。同社では2018年から高齢者に老人ホームを紹介する事業に参画しており、ちょうど同じタイミングで地域包括支援センターから高齢者の住み替え先探しを依頼されてもいた。同年、西日本を襲った台風で古いアパートでは屋根が飛ぶなどの被害が数多く、住んでいた高齢者の行先探しが急務だったのである。

もうひとつは海外から介護を学ぶために来日する技能実習生などを中心とした外国人人材(以降技能実習生)のための住まい。これは老人ホーム紹介事業に関わる中で知り合った他の事業者と訪れたカンボジアでの出会いがきっかけになった。

「東南アジアの若い人たちは純朴で人懐こく、高齢者を敬う気持ちもあります。ところが、夢を持ってやってきた日本で時として冷たく、不親切にされることで日本を嫌いになったり、本人が病んでしまうことも。そこで人間関係のある、気持ちよく暮らせる家を提供することができないかと考えたのです」

高齢女性はシェアハウスを選ぶか?

改修後の外観。古さを感じさせない仕上がりに改修後の外観。古さを感じさせない仕上がりに

最終的には1階に高齢者、2階に外国人介護職が暮らすシェアハウスとなったのだが、そこに至るまでには逡巡、悩みもあった。

「そもそも、高齢者でシェアハウスという暮らしを選ぶ人がいるかどうかということから考えました。また、当初のイメージは75歳の独居老人だったのですが、その場合だと介護の問題が発生する可能性があります。そこで、もう少し若い、いわゆるアクティブシニア層を想定、そのうちでも60歳以上のシングル女性を対象とすることにしました」

今の60代はかつての高齢者像とは異なり、若く活動的。さらに女性で自立して仕事をしてきたシングルであれば、これまでもいろいろなモノを切り開いてきた人生であったと推定され、シェアという新しい暮らしも切り開いていくのではないかという期待があった。旅行も含め、海外経験のある年代でもあり、外国人に対する見方も柔軟なのではないかとも考えたという。

ただ、入居時に60歳、65歳の人でも住み続けていたら10年後には70歳、75歳になる。そうなった場合にどうするか。その点についてはまだ答えは出ていない。介護度が低ければ暮らし続けられるだろうが、その範囲をどのように見極めるか。今後の課題である。

一方の技能実習生については当初から介護職の女性を対象と考えてきた。日本人の場合、職場、住まいで同じ人と顔を合わせるのを嫌がる傾向があるが、留学生、実習生は逆に同胞と一緒であることに安心を覚える。雇用する側も分散して居住されるより、一ヶ所に集住してくれるほうが連絡が取りやすいと安心するという。

施工にも難問山積

どのような改装をするのか、耐震改修見学会が行われたどのような改装をするのか、耐震改修見学会が行われた

対象をどう考えるかに加え、難題だったのは施工。

「シェアハウスにしようと考え、何人かの建築家に相談してみたのですが、できないと言われました。そこで先行事例を探して見つけた大正区のヨリドコ大正メイキンを訪ね、そこから道が開けました」

ヨリドコ大正メイキン(以下、ヨリドコ)は、大正区泉尾にある築65年の二棟の長屋のうちの一棟を耐震改修、リノベーションして作られたアトリエ+住居+店舗からなる複合施設。一般社団法人大正・港エリア空き家活用協議会(以下協議会)が手掛けた。訪ねて話をしてみると、前述のカンボジアツアーで一緒だった人が絡んでおり、縁がつながってもいた。

「木造の文化住宅や長屋の改修は技術的にできないことではないのですが、やりたくないというのが多くの人の本音でしょう。構造など多くの専門家に関わってもらう必要があるなど面倒が多く、内装を剥がしてみたら躯体が思っていた以上に傷んでいるなど不測の事態もあって費用がかさむ例も少なくないからです。実際、この建物も1962年の、まだ部材が足りない時代に建てられており、シロアリで柱が無くなっている部分がありましたし、土台の打ち変え、梁の補強と思っていた以上に手を入れることになりました」と共同企画として携わることになった協議会の川幡祐子氏。結果、柱と梁は古い部材と新しいものがミルフィーユ状になっているという。

どのような改装をするのか、耐震改修見学会が行われた学生たちによるDIYも。卒業生の中には自分たちで事業を立ち上げている人もいるとか
施工前の耐力壁。これだけを見ても仕上がりは想像しにくい施工前の耐力壁。これだけを見ても仕上がりは想像しにくい

幸い、協議会では木質構造に詳しく、DIYもできる学生も多い大阪市立大学建築計画・構法研究室と付き合いがあった。そこでコモンフルールでは設計から耐震診断、耐震設計、施工、DIYを同研究室の関係者に依頼、形にすることになった。

そのなかで印象的なのは耐震診断、耐震設計に当たった石山央樹准教授が開発した木造の耐力壁。耐震性能の低い長屋では耐力壁を増やして耐震強度を上げる必要があるが、普通に壁を増やすと今度は通風、採光が悪くなる。長屋は元々通風、採光にも恵まれていないため、頑丈にはなるが、住まいとしてはつまらないものになる。その2つの問題を一気に解決、インテリアとしても楽しめるのがこの耐力壁で、実用化第一号だという。広く使われるようになれば、長屋再生の妙手になるのではないかと思う。

どのような改装をするのか、耐震改修見学会が行われた完成後の姿。単なる壁ではなく、インテリアとしても、収納としても使える

地域に開かれたキッチンは多様な使い方が可能

奥側から1階を見たところ。右側に個室、右の奥にキッチン、その左に玄関ホール、階段が見えている奥側から1階を見たところ。右側に個室、右の奥にキッチン、その左に玄関ホール、階段が見えている

実際の建物を見て行こう。まずは1階。このフロアには高齢女性のための3住戸が配されているが、それよりも目につくのは広い共用キッチンとリビングだろう。キッチンは玄関脇の、外にも近い場所に配されており、正面の大きなガラス戸を開ければ縁側のようにも使える。

入居者が利用するのはもちろん、子ども食堂やマルシェ、イベントの舞台などとして地域に開く、入居者が自分の国の料理をふるまって国際交流の場とするなど、使い方はいろいろに想定できる。住んでいる人が運営に関わり、使いたい人をサポートするようになれば面白いと思う。

個室は8畳、7畳半2室の計3室。賃料は4万8,000円で水道光熱費・管理費が1万2,000円。敷金は賃料の1ヶ月分で契約は1年の定期建物賃貸借契約となっている。現在、子育てが終わり、60代で人生初の一人暮らしとなる方が入居中という。また、それ以外にも検討をしている人が何人かいらっしゃるそうだ。

「今、賃貸で一人暮らしをしている、あるいはこれからしようという 高齢者には住まい方にバリエーションがありません。でも、自分の好きなように暮らしたいというニーズは確実にあるはず。このシェアハウスが新しい選択肢のひとつになればと思っています」と松尾さん。

奥側から1階を見たところ。右側に個室、右の奥にキッチン、その左に玄関ホール、階段が見えているガラス扉の前にあるキッチン。開け放てば外と一体になった空間になる
玄関側から見たところ。小さな縁側的なスペースがある玄関側から見たところ。小さな縁側的なスペースがある

2階は技能実習生向けのフロア。広めの1階居室に比べると 約8m2とコンパクトな部屋が4室並んでいる。シャワーブース、洗面所、洗濯機がそれぞれ2ヶ所用意されており、キッチンも。仕事をしている人たちでもあり、部屋は寝るだけと割り切り、共用部で過ごすことを想定している。

こちらは近隣にある技能実習生を受け入れている 介護施設等に物件を告知、入居者を募っている。彼女たちの仕事には夜勤もあるため、近隣に住むことが求められているからだ。

奥側から1階を見たところ。右側に個室、右の奥にキッチン、その左に玄関ホール、階段が見えている2階。右側にキッチン、冷蔵庫が置かれ、左側に居室、シャワーブースなどが配されている

多文化共生、日本に良い思い出を持ってもらう場に

キッチン側から玄関前の階段、その周囲の共有スペースを見たところ。開放的な場所でもあり、ここが会話の場になるキッチン側から玄関前の階段、その周囲の共有スペースを見たところ。開放的な場所でもあり、ここが会話の場になる

ところで1階に高齢者、2階に介護職と聞くとそこになにかしらのサービスが付帯するかのように思う人もいるかもしれないが、それは全くない。手助けを前提としているわけではなく、生活習慣の違いを教えてあげる、互いの体調を気遣うことはあるとしても、目的はあくまでも交流、多文化共生だと松尾さん。

「今はまだ日本は憧れの国、根強い人気があるとカンボジアで聞きました。でも、20年後、30年後はどうでしょう。 世界的に人材が不足する時代がくることを考えると、今、日本に来る人たちには良い思い出を持ち帰ってもらいたい。ここがそういう場になればと考えています」

1階の人たちは長く住むかもしれないが、2階の技能実習生は 基本的には5年が目安。その間に交流を深め、良い思い出、忘れられない人間関係を築くことができればというのだ。

個人的には人間関係だけでなく、住まいの質、空間も記憶に残して帰ってもらいたいものだと思う。幸い、コモンフルールは木の質感を生かした、天窓から明るく光の入る開放的な空間になっており、日本の、今の時代の住まいとして記憶してもらうに足る。よくある四角く白いコンクリートの箱で暮らす5年間よりもずっと楽しい体験ができるのではなかろうかと思う。

設計:大阪市立大学横山俊祐名誉教授、一級建築士事務所 eADesign 竹下正高
耐震診断、耐震設計:石山央樹(大阪市立大学准教授)
施工:SHU建築 DIY:大阪市立大学徳尾野研究室の学生の皆さん

コモンフルール
http://www.commonfleur.life-shift.org/

企画運営
有限会社西都ハウジング
https://seitohousing.com/

ヨリドコ大正メイキン
https://taisho-m.localinfo.jp/

共同企画
一般社団法人 大正・港エリア空き家活用協議会
https://wecompass.or.jp/

共同企画
大阪市立大学 建築計画・構法研究室
https://www.arch.eng.osaka-cu.ac.jp/plan/

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