工場街の一角に生まれた複合施設「THE GUILD IKONOBE NOISE」
横浜線鴨居駅から鶴見川を渡り、ららぽーと横浜を左に見て緑産業道路を東へ。交通量の多い幹線道路からちょっと入った、工場街の一角に「THE GUILD IKONOBE NOISE」(ザ・ギルド イコノべ ノイズ 以下ザ・ギルド)がある。THE GUILDは手工業者の共同・同業者組織、つまりものをつくる人の集まりを指し、IKONOBEはこの地域、池辺町を指す。NOISEはそこに生まれたちょっと異質なものとでもいえるだろうか。
建物は築40年、自動車工場として建てられた後、1階は世田谷区に本社を置く桃山建設株式会社の作業場となり、2階は住居に。通り沿いにはここ20年ほど近隣に愛された弁当店も入っていた。
その弁当店の店主が高齢を理由に2019年に閉店。そこからザ・ギルドのプロジェクトが本格的に動き始めた。だが、計画としては以前からあったと桃山建設の川岸憲一氏。
「2020年までの5年でいくつか場をつくり、地域に仕事のプレゼンをしたり、同業他社と連携をしたりと仕事の幅を広げていく計画をしており、ぼんやりとここが一番後かなと考えていました。そのため、弁当店以外は既存住民は別として新たな店子は入れず、空き室にしていたのですが、退去でようやく動くことになりました」
総合プロデュースを担当した株式会社plan-Aの相澤毅氏は2019年の時点でこの場所の魅力に惚れ込んだ。「1階が工場で2階が住宅という建物自体が珍しいし、しかも、その工場が機械がラインで動くものではなく、大工さんが木を刻む、人の手でものをつくる場所。ものづくりの拠点としてのDNAがあり、これを緩やかに編集すれば、面白い空間ができると考えたのです」
職と住を融合、ものを生み出せる場に
そこで生まれたのが1階の道路側に店舗、奥に共用スペースを設け、さらにその奥を工場とし、2階は住戸を改修した複合施設である。工場の、ものづくりの場としての使い方と共鳴するように2階の住戸と、共用スペースも、ものづくりの場として使えるように計画されており、小商いにも使えるなど職と住が融合されているのが特徴だ。
「以前から働く場所と住む場所の距離についていつも考えていました。社会を見渡すと職住近接というより職住融合という形が生まれ始めてきており、ここはそういう場になるのではないかと企画をしていたところ、コロナ禍で社会がそういう方向に転換し始めたのです。コンセプト、プランは当初から全く変えずにきていますが、社会が変化したことで描いていたものが世に受け入れられやすくなったようです」と相澤氏。社会の一歩先を行っていたはずが、コロナ禍で社会がザ・ギルドに追いついてきたというわけである。
実際、これまでの利便性優先の賃貸層を考えると鴨居駅徒歩10分という立地は微妙。大型商業施設があることから、大規模マンションが点在しており、住宅を購入する人に選ばれる地域ではある。だが、ザ・ギルドの周辺は工場街。都心からの距離、環境などを考えると賃貸住宅としては二の足を踏まれそうだ。
だが、在宅勤務が増え、通勤を外して住まい、暮らし方を再考する人が増えたことで受け入れられるようになった。ザ・ギルドに見学に来た人はボリュームのある空間、場のコンセプトに驚き、共感、入居を決めているという。
街中で目を引く大胆な外観
実際の空間を見ていこう。まずは階段状になったウッドデッキや壁などに使われた木と引き戸のガラス、そして建物を覆うように設置された鉄骨のグリッドが印象的な外観。建物は鉄筋コンクリート造の2階建てで、改装にあたって1階の店舗、共用部以外は配置なども含めて変わっていないのだが、建物は正面が変わるだけで印象が変わるものである。一見新築にも見える外観その他の空間デザインは株式会社Open Aが担当。灰色の愛想のない建物が並ぶ一角ではひときわ目を引く。
道路に面して出入り口は2ヶ所。ウッドデッキを上がったところのガラスの引き戸部分とその奥、シャッターがしまった部分で、奥は桃山建設の作業場へと続く。ガラスの引き戸部分には道路に面して2軒、その背後に1軒、合計3軒の店舗スペースがある。
「オフィスとして使いたいという問合せもあるのですが、いずれは建物全体を人が来る場所にしたいのでカフェや飲食店など、開かれた使い方をする人に貸したいと考えています」と川岸氏。
今はこの地域にちょっと一息つけるような場所はないが、住んでいる人は多く、かつ面白い場所ができれば行ってみようと意欲的な人が多い土地柄でもある。場を作ることで人の流れが変わる可能性は十分にある場所なのだ。
シンプルで広い共用部は自由に使える空間
店舗スペースの間を抜けたところにあるのが入居者が使える共用スペースである。高い天井、壁一面の収納にシンプルなキッチン、5mもの長いテーブルが目につく広い空間で、入居者が好きに使えるスペースであり、DIYその他ものづくりに利用できる場でもある。
「入居者だけでなく、桃山建設の職人たち、そしてここでの活動が外に広がっていくことで、地域の人が集まってくる場になっていけば面白いと考えています。そのため、ザ・ギルドでは運営パートナーにabout your cityの小泉瑛一さんに入ってもらっています」と川岸氏。
上階の住宅には2月に3組、3月に3人と入居が始まっており、顔合わせに続き、月に1回、親睦を兼ねた集まりをする計画となっている。この場を使うアイデアや住んでみての問題などを話し合う場になるそうで、いずれは店舗の人を含めた集まりにしていきたいとのこと。オンラインツールを利用してのやりとりも盛んに行われており、すでに住民からは「イベントを企画してもいいですか」といった問合せがきている。好きに使える空間があると、人は何かをやりたくなるのだろう。
実際、住人がこの施設に合うベンチを作るという企画が進行中。コンペ形式で住人がデザイン案を考え、プロジェクトメンバーが審査をして採用案は工場にある材木で住人が作成することになるとか。
また、1階テナントの工事では塗装やタイル貼りの工事を住人たちが手伝うことになってもいる。一緒に何かを作ろうという動きが住民から自発的に生まれ、それが広がっているのは住民がこの場のコンセプトに共感して入居した結果だろう。互いにとって幸せなことだ。
地域に向けては数ヶ月に1回程度のオープンスタジオデイを行い、地域の人たちにこの場所や入居者のクリエイティビティを知ってもらう機会をつくる予定という。さらに年に一度はフェスティバルの開催も検討している。
工場の音は生活の賑わい
共用部の引き戸の向こう、奥にあるのは桃山建設の作業場。奥行きのある高い天井の下には何に使うのか分からないほど巨大なサイズの板や機械が置かれており、素っ気ない武骨な空間ながら、ものをつくってきた歴史が感じられるのが不思議なところ。
「今も職人さんたちはここで作業をしており、木を切る、削る音などがします。でも、入居者は最初からそれを分かっていますし、むしろ賑わいがあってよいという人も。音がする場なら互いの音も気にならないというメリットもあるでしょうね」と小泉氏。工場というと音やにおいが嫌われるというのが一般的だが、ここでは違う現象が起きているようだ。
最後に2階の住居である。もともとは和室6畳2間の2Kで専有面積は広い部屋で37.5m2。それ以外は31.5m2、34m2とあり、いずれも改修で広いワンルームに。壁、床は無垢材を利用しており、広い土間がある部屋も。賃料は8万円~9万円(別途共益費)となっている。全体では10室あるものの、桃山建設社員、既存入居者がいる部屋があるため、募集したのは6戸(当初5戸だったが途中で空室が出て計6戸)。
「この地域はワンルームでも6万円後半とそもそもの賃料相場が高く、改装前のボロボロの状態でも7万円ほど。賃料を上げにくいので、改装はキッチンを見ていただければ分かるように作りこまないシンプルなものにしました。その代わり、コンクリート部分以外は何をしてもかまいません。ものづくりをコンセプトにしているのですから、もちろんDIY可です」と川岸氏。
地域を物件の力で変えるという壮大な実験
住居は募集から1ヶ月とかからずに決まった。
「コロナ禍で普通の部屋に1日いると気が滅入ると住み替えを考えた人が多かったようです。ここは広い共用空間があり、近くには散策やランニングには打ってつけの鶴見川もある。部屋から出れば気分転換ができる場所というわけで、利便性とは違う観点から選ばれています」と小泉氏。
となると、次は店舗の入居を含めた全面オープンが待ち遠しいというのが普通だが、プロジェクトメンバーが見ているのはもっと先だ。
「今の時点では物件名になっているIKONOBE=池辺町は知られていないし、何もないと思われています。私たちもまだ、この土地では知り合いも少ない。でも、だから、何かできるのではないかと考えています。何もないところでプロジェクトが始まり、それが認知され『最近、IKONOBEが面白いらしいよ』と言われるようになったら楽しい。地域を物件の力で変える、そんなわくわくする実験がザ・ギルドです」(川岸氏)
何もないところからこれまでにないものを生み出す。それこそが本来のものづくりと考えると、ザ・ギルドはものづくりの会社である同社の象徴でもある。形になるには多少時間はかかるだろうが、その日を楽しみにしたい。
THE GUILD IKONOBE NOISE
https://the-guild.jp/
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