コロナ禍で、地方移住は進んでいるのか
コロナ禍で「地方移住」が注目された。
内閣府が2020年5月~6月に実施した調査によると、三大都市圏居住者の15%が地方移住への関心を高めたと回答している。実際、総務省の住民基本台帳人口移動報告によると東京都は2020年7月から5ヶ月連続で転出超過となっており(2020年11月現在)、東京から離れる動きが続いている。LIFULL HOME’Sが1都9県(※)を対象として実施した「コロナ禍で借りて住みたい街ランキング」では茨城県の水戸が1位、栃木県の宇都宮が3位となるなど、東京から100km以上離れたエリアの物件への問合せが増えている。これは、テレワークの浸透を受けて、将来的に通勤が不要になることを見込んだ動きだと思われる。政府もこのニーズに呼応する。東京23区の在住者や通勤者を対象に、地方に移住した場合最大100万円を支給する支援事業に関して、転職せずにテレワークで東京の仕事を続ける人も対象に加えるなど、新たなニーズの喚起策を講じている。
しかし、実際の東京都からの転出先としては神奈川県、埼玉県、千葉県と近隣の件への増加が目立つ。テレワークの実施によって通勤頻度は減ったものの、フルリモートでない限り定期的な通勤は必要であるし、今後の働き方に対する不透明さもあって、通勤が困難になる地方への移住はまだ決断できない状況にあるものと思われる。
実際、地方の人口減少には歯止めがかからない。2019年の1年間で転出超過となっている都道府県は39道府県に上り、同年の転出超過数が7,495人で全国2番目に多かった茨城県は、2015年に移住促進を担う部署を設置。県内の全市町村を構成員とする「いばらき移住・二地域居住推進協議会」を立ち上げ、都市部から県内への移住促進に取り組んできた。茨城県が東京都内で運営する「いばらき暮らしサポートセンター」と「いばらき移住・就職相談センター」を介して移住希望者の相談に応じ、市町村と連携して移住につなげてきている。これまでは移住となると、多くの場合仕事を辞めて茨城県内で新たに就職するか起業する必要があり、決してハードルは低くなかった。しかし、コロナ禍でのテレワークの浸透がその風向きを変えつつある。年度の切り替わりなどでフルリモートに舵を切る会社が出てくれば、テレワーカーの移住需要が急増するかもしれない。これらの動きに茨城県はいちはやく対応。テレワーク移住促進に力を入れ、新たにテレワーク移住希望者向けの特設サイト(Work Life Journey in Ibaraki)を設置したほか、県が補助金を用意し、各市町村が実施する移住促進施策を支援している。今回、県央に位置する笠間市が実施したテレワーク体験ツアー「笠間人と出会い 暮らしを感じる 『笠間旅』」に同行し、コロナ禍の移住促進政策の現場を取材した。
(※)東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、茨城県、栃木県、群馬県、山梨県、長野県、静岡県
1日目 地域のキーマン、移住の先輩に会いに行く
2020年12月18日~19日の1泊2日で行われたツアーに集まった参加者は5人。集合場所となった笠間市の玄関口JR友部駅には、常磐線特急「ときわ」号が停車。上野駅からの所要時間は特急で約1時間10分と体感では決して遠くない。ツアー参加者には2週間前から体調の記録を依頼し、当日提出してもらう。移動に用いるバスも、人数に対して大きめのバスを用意するなど、感染症対策は徹底されている。
ツアーは、国の伝統的工芸品にも指定される笠間焼の店舗が集うギャラリーロードからスタート。ギャラリーをワークスペースにリノベーション中の施設で、笠間市についての説明を受けた後、シェアサイクルで自由行動。まずは思い思いに笠間市を自分たちの五感で感じる。笠間市有数の観光スポットである笠間稲荷門前通り周辺を散策後、バスに乗り込み同市稲田地区へ。当地で酒造りを行う磯蔵酒造を訪ね、酒蔵見学をしながら五代目蔵主の磯貴太さんから話を聞いた。磯さんは元々東京でアーティスト活動をしており、その後家業である酒造りを継ぐために笠間市に戻ったため、参加者たちに都会目線での笠間の魅力を語れる。地元の米を使って酒造りを行う理由などを聞いた参加者の中には、つい1本購入してしまう参加者も。造る背景と造る人の顔を知って味わう酒は一味違いそうだ。磯さんは「笠間市はやりたいことをやりやすい街です。でもやりたいことや良し悪しは人それぞれなので、笠間市が良いも悪いも言えません」と、参加者を前に語りかけた。決して良い面だけを見てもらうのではなく、事実を知った上で笠間に移住してほしいという思いが見える。
バスでの移動中、前方でマイクを握るのは笠間市市長公室企画政策課長の北野高史さんだ。北野さんのガイド内容は「ここには○○さんという、おもしろい人がいます」と、絶えず沿道の住民の話であった。北野さんは地域で活躍する人の多くを把握している様子。市役所職員と住民の間の関係が構築されている様子がうかがえる。
続いて訪れた「笠間クラインガルテン」は、農園とログハウスが併設された施設で、50区画すべて稼働中だ。都市部に住みながら通う前提でつくられたこの施設は、主に仕事をリタイアした世代の利用者が多く、現時点での利用目的は、リタイア後の趣味の時間といった印象が強い。これまでの移住というと、セカンドライフを田舎で過ごすというイメージが強かった。しかしコロナ禍のリモートワークの浸透で、仕事をつづけながらの移住が現実味を帯び、若い世代にもターゲットが広がっている。前出の内閣府の調査でも、東京23区在住の20代では、35.4%もの人が地方移住への関心を高めたと回答している。
内陸部にある笠間市は寒暖差が大きく、日が沈むと早々に冷え込む。しかしそのぶん美味しいお米ができるという。参加者たちは愛宕山の中腹にある森の中の宿泊施設「ETOWA KASAMA(エトワ笠間)」に移動し、笠間の食を堪能。緑豊かな笠間市街を眼下に眠りについた。
2日目 おいしいお米と伝統的工芸品の笠間焼を体験
翌朝は、宿泊した「ETOWA KASAMA」でテレワークを体験。同施設は元々市の施設だったが、現在は大手デベロッパーが運営を担い、老朽化した施設にグランピング施設を付加するなど、魅力的に再生した。
参加者たちは、室内や、室内から続くウッドデッキに設置されたこたつ、雄大な景色を望む野外のバーカウンターなど、思い思いの場所で仕事に取り組んだ。一見リラックスし過ぎるような環境だが、参加者の後藤有梨絵さん(情報通信業)は「里山の風景の中で、モチベーションをもって働けた」と話す。実際に体験することで、移住後の働くイメージを具体化することができそうだ。
働いた後は美味しいご飯が待っていた。地元産のお米を釜で炊いてもてなしてくれた生駒祐一郎さんは、7年前まで会社員として東京で働いたのち、Uターンで笠間に戻り農業に従事する。生駒さんは米作りの傍ら、地域の子どもたちと里山に生息する生物を探すイベントを企画するなどして、絶滅も危惧される生物の保全と啓蒙にも取り組んでいるという。自ら動き地域を巻き込むことで、活動の幅を広げられることを参加者に伝えた。猪肉が入ったけんちん汁や手作りのおかずも地元の人々から提供され、少々冷え込む気候であったが、参加者たちは温かいもてなしに身も心も温まった様子だ。その後は、伝統的工芸品にも指定される笠間焼の制作も体験した。市内に200人ほどいる笠間焼作家の多くも移住者だという。楽しみながら笠間の魅力に触れるとともに、さまざまな移住の形に出会うことができた2日間のツアーだった。
ワークライフバランスを整える移住だけではない
参加者のデータ分析業 佐藤恵介さんは、オフィスは東京の麹町にあるというが、コロナ禍を契機に出社していないという。ツアー後は引き続き場所を移してテレワークをするそうだ。
情報通信業の高島和博さんは、普段同じチームで働いている同僚4人でツアーに参加した。もともと仕事で笠間市と関係があり、笠間に来る機会も多いという。当初は「笠間市のことをもっと勉強しようと思って参加しました」というが、参加してみると「普段は笠間での1時間の打合せのために往復3時間かけます。その時間を思うと、一定期間笠間に滞在し、必要があればWeb会議で千葉(会社)とつなぐほうが、自分たちも自然に触れリラックスできるだけでなく、お客様の地域のことも深く知れ、充実した出張になりそうだと思いました」と、笠間でのワーケーションに興味を示した。
地方移住というと、仕事の負担を減らしワークライフバランスを整えるという文脈で語られることも多いが、高島さんのコメントからは、仕事の重みを減らすのではなく、今の仕事の質をより高める手段としての移住の可能性も見えてくる。人や仕事によって、活かし方はそれぞれだろう。一般的にいわれる移住のメリットにピンときていない人であっても、体験ツアーに参加することで気づく自分なりの活かし方がありそうだ。
ツアーは参加者5人に対して、複数の市職員、県職員が同行した。そのため参加者がツアー中に職員と会話を交わす機会も多く、今後実際に笠間市に移住し、自治体に呼び掛けてアクションを起こすハードルは低くなるだろう。市としては、移住にとどまらず、移住者ならではの目線でアクションを起こし、地域を活性化することも期待しているものと思われる。この体験ツアー自体が、れっきとした移住の第一歩となっているのだ。
茨城県が支援する同様のツアーは、各地で随時おこなわれており、直近だと2021年2月に潮来市で「ライフバランスtoテレワーク」と題した宿泊型の移住体験ツアーが予定されている。テレワーク移住の特設サイト「Work Life Journey in Ibaraki」では、各地で実施予定の体験ツアーや、その他移住の支援策などがまとめられている。コロナ禍で働き方を見直したいという人はもちろん、仕事の質を高めたいと思っている人も、体験ツアーを通してヒントが得られるかもしれない。
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