大阪の文化・自然ゾーンに誕生した安藤忠雄 設計「こども本の森 中之島」。壁一面に本が並ぶ空間に圧倒される

館内の中央に設置された、1階から3階へと続く大階段。子どもたちが思い思いの場所に座り、熱心に本を読んでいる。お母さんやお父さんが読み聞かせをしている姿も見える。そんな人々を囲むように壁一面に並ぶ本の数々……。

ここは、2020年7月5日に開館した「こども本の森 中之島」。約1万8000冊の本が並ぶ乳幼児から中学生を対象にした文化施設で、設計は建築家・安藤忠雄さん（建物は安藤さんから大阪市に寄付されている）。
館名に使われている中之島とは、大阪梅田、いわゆるキタからほど近い場所で、堂島川と土佐堀川に挟まれたエリア。水辺にある中之島公園内には100年以上前に開館した重要文化財の大阪市中央公会堂や、東洋陶磁美術館、府立中之島図書館などの重厚な建築物が立ち並ぶ。「こども本の森 中之島」は、文化の薫りが漂う、水と緑が豊かな地域に仲間入りした親子が集えるスポットだ。

本棚の周囲に設置された、回廊のような通路。冒険心が刺激されそうだ

上/テーマごとに本が並ぶ。「ものがたりと言葉」では、古典やファンタジー長編、詩歌や俳句といった言葉の重みや繊細さを感じられるような本もセレクトされている　下/『モモ』（ミヒャエル・エンデ）の一文を使った“言葉の彫刻”

本が並ぶ施設ということで図書館と誤解されるかもしれないが、ここはあくまでも文化施設。同館の館長・前川千陽さんによると展示方法に大きな違いがあるそうだ。

「図書館で一般的に使われている、1から9の分類記号による日本十進分類法は採用していません。子どもたちの日常生活や好奇心に寄り添えるよう、独自につくった12のテーマに分けて本を並べています。興味を持った一冊に手を伸ばすと、すぐ横に同じテーマの本があるので、次はこれを、と読みたい本に次々と出あえる仕掛けです」

テーマのいくつかを挙げてみると、「自然とあそぼう」「体を動かす」「動物が好きな人へ」「まいにち」「食べる」「大阪→日本→世界」など。絵本や図鑑、児童書、そこにコミックが混ざっているのもおもしろい。
読みたくなる仕掛けはまだある。テーマごとの“言葉の彫刻”だ。本の中から抽出した印象的な短文が立体文字となって本棚に飾られている。

「基本的には、本を手に取ってページをめくらないと、その世界に入ることができません。ですが、まずは読み始めるきっかけを作りたい。魅力的な一文を子どもたちの視界に入れることで、本を読んでみたいと思ってもらえれば」

上/「子どもたちは狭い空間が好きなので、通路のすぐ下の階段が人気。よく、ここで本を読んでいますよ」（前川さん）　下/「難しく考えず、子どもたちには気になる本を手に取ってほしい。そして成長したときに、ここで本を読んだことや出あった本のことを思い出してくれたらうれしいですね」と館長の前川千陽さん

「こども本の森 中之島」でもっとも目を引くのは、大階段の周囲3フロア分の壁がすべて本棚ということだろう。迫力いっぱい、圧巻の眺めだ。
「どこを見ても本があって、本に囲まれているから、まさに“森”のようでしょう」と前川さん。「面陳といって、表紙を見せて本を陳列する方法を取っているので、楽しく本選びができるんです。表紙を見て、興味をひかれることは多いですからね」

この陳列の方法もまた、新しい本との出あいのための工夫だろう。だが、ここで一つの疑問が生じた。上にある本はどうやって手にすればいいのだろうか。
「手は届きませんよね。上に並んでいる本は必ず下の段にも置いているので、そこから取っていただくことが可能です。5段目から上の本は、テグスで押さえることで震度7の地震があっても落ちてこないようにしています」

壁一面の棚と同じくシンボリックな存在が大階段だ。この大階段は単なる移動のためのものではない。子どもたちにとっては読書の場でもあるのだ。
「『こども本の森 中之島』には、ここで読まないといけない、ここで読んではいけないという決まった場所はありません。もちろん、いすやテーブルは用意していますが、好きな場所で本を読んでもらえればいいんです。子どもたちの興味はどんどん変わります。この本を読みたいと思ったときに、その場ですぐに本を開いてほしいんです」

館内には、子どもたちの好奇心をくすぐるさまざまな工夫がされている。階段下には屋根裏部屋のような小さなスペースがあり、そこで本を読むこともできる。円筒形の休憩室では、本から抜粋された言葉や絵が映像となり、壁に映し出されている。

低い位置に設置された小さな窓は、単なる明かり取りではない。子どもたちが座ったときにちょうど外が見えるように計算されているのだ。本から顔を上げたら、中之島公園の豊かな緑や川の流れが目に入るようにという設計者の遊び心だそうだ。館内に置かれている本棚やテーブルが曲線を描いているものが多いのは、川と水の流れをイメージしたものだという。

「本は中之島公園内であれば持ち出し可能です。天気が良ければ外に出て、水際のテラスや川沿いのベンチで本を読むのもおすすめです。建物を中心とする中之島公園一帯が、子どもたちが自由に読書を楽しめる閲覧室だと思っています」
オープンしてまだ数カ月。多くの子どもたちが集うことで、“本の森”はこれからどんどん大きく、成長していくことだろう。

※「こども本の森 中之島」の入館には当面の間、事前予約が必要です。詳しくは同館ホームページ（https://kodomohonnomori.osaka/）で確認を。

左上/階段下のスペースは「ちいさなこどもたちのためのほんだな」と名付けられている。天井が低いので、大人が入るときは要注意だ　右上/堂島川方向から「こども本の森 中之島」をのぞむ。右に見える青いりんごは安藤忠雄さんがデザインしたオブジェ。「挑戦心にあふれる青春のシンボルとして多くの人に触れてほしい」との願いが込められている　下左/休憩室の壁に映し出されているのは『星の王子さま』（ サン＝テグジュペリ）の一節。次々と変わる映像が物語の世界へと誘ってくれる　下中央/曲線を描く本棚。室内でも中之島の自然を感じられる工夫だ　下右/子どもの目線に作られた窓。子どものための施設ということがよくわかる