「建築の聖地」に、「地球に泊まり、風土から学ぶ」ホテル。「MEMU EARTH HOTEL(メムアースホテル)」
北海道に「建築の聖地」と呼ばれる場所がある。十勝地方、帯広市中心部から南へ約70キロほどの大樹町芽武(めむ)にある「メムメドウズ」がそれだ。
かつてサラブレッドの生産牧場があった約5万6,000坪もの広大な敷地を利用して、公益財団法人LIXIL住生活財団(現・一般社団法人住環境財団)が、2011年にスタートさせた寒冷地実験住宅施設である。
そこには建築家隈研吾氏の実験住宅をはじめとして、日本を代表する建築家のリノベーション建築や隈研吾氏が主宰する国際大学建築コンペの最優秀作品の実験住宅が点在する。これらの実験住宅には、「サステナブル住宅」つまり「持続可能な住宅」という基本テーマが設定されている。
その敷地内に「MEMU EARTH HOTEL(メムアースホテル)」がオープンしたのは2018年11月。なんとこのホテルはそれらの寒冷地実験住宅に宿泊することができる。ホテルのコンセプトは、「地球に泊まり、風土から学ぶ」。実験住宅そのものの体験だけでなく、それらが立つ十勝の大樹町の自然環境を原体験として楽しむホテルなのだ。
このホテルを体験するということは、「家づくり」に関わる人間にとって非常に大きな意味を持つものであることと考える。筆者自身、北海道に移住して家づくりを経験した身であり、その時に考えたこととも大きくリンクする。今回はその観点からレポートしたい。
「この地でどう暮らしますか?」と問いかける場所
メムメドウズのテーマにある「サスティナブル=持続可能な」というキーワード。これは「自然と共生する」と言い換えることもできるものだ。いますべての人たちは、限りある自然資源とどう付き合いながら、心身ともに豊かな暮らしを実現していくかという課題に直面している。その課題に、住宅建築というレイヤーでどう向き合っていくのかを考える場にしたいというメムメドウズ意思表明だと受け取り、それを国際大学建築コンペで問い続けているということだ。
さらに机上論ではなく、具体的に「北海道の、十勝の、大樹町」という土地で、厳しくも豊かな地域の自然資源とどう関係を結びながらどう家づくりを進めるのか。そして最終的にはどう暮らしを作っていくのか。それを実験・提案するのがここだ。それを簡単に言い換えると「この土地でどう暮らしますか?」という根源的な問いかけである。
メムメドウズの存在やその根源的な問いかけに着目してメムアースホテル を企画したのは、小山薫堂氏率いる(株)オレンジ・アンド・パートナーズ(運営は別会社)。同社は日本各地で地域資源のプロデュース事業を手がけており、事の本質を捉えて地域資源のポテンシャルを引き出すことが非常にうまい。このメムアースホテル は、「この土地でどう暮らしますか?」という問いかけをベースとして、各実験住宅のコンセプトを体験できるように、ほぼそのままの形で宿泊施設に変身させた。さらに地域の食やアクティビティを加え、最終的には自然と共生する暮らしを考える場としてバージョンアップさせている。
隈研吾氏が提示する寒冷地実験住宅のプロトタイプ
2019年8月時点、メムアースホテル で宿泊できるのは、隈研吾氏が寒冷地実験住宅のプロトタイプとして設計した「Même(メーム)」、大自然のリトリート(隠れ家)をテーマとした「HORIZON HOUSE(ホライズンハウス)」、厳しい寒さを楽しむ「INVERTED HOUSE(インバーテッドハウス)」、馬との暮らしを提案する「BARN HOUSE(バーンハウス)」、東日本大震災後の新しい家の姿を考える「町まとう家」の、ユニークな5棟である。それぞれに基本テーマ、建築資材、エネルギー源などの点で持続可能な住宅が追求されている。
まずは隈研吾氏設計の「Même」を見てみよう。この「メムメドウズ」の原点、あるいは象徴といってもいい存在である。北海道古来の住宅をモチーフとしている。それは上段写真の外観からも想像できるようにアイヌ民族の伝統建築「チセ」で、室内中心には炉が設えられている。
「Même」が提示するテーマは、「光」と「熱」。ポイントは全体を覆う二重構造の白い膜材で、東京ドームの屋根にも使われているものだそうで、屋根・壁すべてから柔らかな光を室内に取り込むことができる。特に光に飢える北海道の冬に、この明るい室内はありがたい。その冬場の熱源としては地熱を採用。蓄熱式床暖房をベースに、炉や煙突の輻射熱も利用する。さらに二重構造の膜間に熱を循環させることによって断熱性能の向上を図っている。
自然光に満ち溢れ、地熱を利用する家。北海道の家づくりにおける、重要基本テーマを、隈研吾氏流に表現したと言えるのだろう。まさに寒冷地実験住宅のプロトタイプである。
馬とどう暮らすかを提案する「BARN HOUSE」
残る4棟は、それぞれ国際大学建築コンペの最優秀作品が、隈研吾建築都市設計事務所の設計監修のもとに建てられた実験住宅。その4棟の中では慶応大学の受賞作「BARN HOUSE」に注目したい。テーマは「次世代サスティナブル住宅」。そして「馬と共に暮らす家 」という提案だ。
筆者も北海道の自然豊かな地域に居住しているが、そういった地域には動物との暮らしに憧れて移り住んで来る人も結構な数がいる。特に、いわゆる家畜的な動物との暮らしを模索する人が多いのは、土地に余裕のある北海道ならではといっていいかもしれない。実際に馬との暮らしを模索した人を何人か知っている。そしてそれが簡単ではないことを知っているだけに、「BARN HOUSE」の試みが気にかかった。
「BARN HOUSE」では、非常に大胆なことに、人間と馬との同居を提案している。そしてその同居が有機的意味合いを持つような仕組みが考えられている。特に目を引くのは、馬の代謝熱が人間の約10倍とのことで、馬自体を熱源としている事だ。さらに馬の排泄物が堆肥化する過程で発生する熱も利用する。人間が馬と共存することで熱源が生まれるという仕組みなのだ。
そしてもうひとつこの建築には、この地に立つ意味がある。かつて牧場があったという記憶と文化を引き継ごうという意志である。そこから馬との共生を模索することになっている。
この地だからこその暮らし方の提案なのだ。
サスティナブルな「家づくり」の思考を宿泊体験する
建築家伊東豊雄氏が手がけた「スタジオ メム」は、ホテルのレセプションとレストランを兼ねた施設で、この地にあった牧草倉庫をリノベーションしたものである。牧場の記憶を有するその中で、地域の食を物語とともに味わい、地域の自然を満喫するアクティビティへと誘ってくれる。
そこからもわかるように、メムアースホテルに滞在することは、実験住宅にへの宿泊に地域資源体験を加えて、まさに「この土地でどう暮らしますか?」という思考を体験することである。つまり地域資源・地域環境との共存を考える体験なのだ。まさにサスティナビリティを考える場だ。
地域資源・地域環境との共存というのは、実は家づくりの基本中の基本。例えば、木造建築ならば木材は何を使うのか? 建築物のエネルギー効率や使用するエネルギーをどう考えるのか? ひいてはその土地とどんな関係を築いて暮らしていくのか? 本来それらが家づくりのスタート地点にあるべきはずだ。
筆者自身、北海道の道東に土地を見つけ家を作り始めようとしていた時、「この土地でどう暮らすか?」を考えようとしていた。しかし、何の手がかりもなく戸惑いながらも右往左往しているうちに、迫り来る様々な選択への判断はコスト最優先のものとなり、「どう暮らすか」なんて頭の片隅にも無くなっていた。
そんな経験からも思うのだ。「家づくり」に関わる人は、このメムアースホテルで「この土地でどう暮らしますか?」という思考を体験するといい。建築家は施主を、施主は建築家を促して共に行くといい。そして自分たちの「家づくり」について語り合うといいだろう。
◉参考ウエブサイト
メムアースホテル http://memu.earthhotel.jp/
宿泊できる実験住宅詳細 http://memu.earthhotel.jp/room/
公開日:







