地域に根ざした重要な伝統文化を観光資源として

去る2017年10月28日、福井市で、全国15花街から総勢42名の芸妓が集結するという一大イベントが開催された。「花あかりふくい」である。福井市としても初の開催であり、大いに地元は盛り上がった。

芸妓の舞や遊びは、永い歴史の積み重ねの中から今日に受け継がれてきた重要な伝統芸能であり、文化であり、また、それぞれの地域に根差した特有のもので、観光資源として改めて見直され始めているとの認識に立ち、福井から芸妓文化を発信する初めての試みとして、このイベントは行われた。福井県としては、京都や金沢に並ぶ文化的事業として位置づけて開催したものだ。

主催は福井芸妓伝統育成会と福井・浜町芸妓組合、共催が福井県、福井市、福井商工会議所、福井観光コンベンションビューロー、福井市料理業組合であり、県と市を挙げての開催である。
福井芸妓伝統育成会とは、芸妓の存続が危ぶまれる中、平成2年に経済界が中心となり設立されたものであり、それから20年以上に渡り、芸妓文化の維持と技能向上を支援している。会長は福井商工会議所会頭の川田達男氏である。

福井の料亭・開花亭での宴福井の料亭・開花亭での宴

全国15花街から集結という稀有なイベント

イベントに参加したのは東京都の大森海岸、神楽坂、浅草、八王子、愛知県の安城、名妓連、岐阜県の鳳川伎連、秋田県のあきた舞妓、新潟県の新潟古町、石川県の金沢芸妓連、奈良県の元林院、愛媛県の松山、そして福井県の福井浜町、芦原温泉、小浜三丁町の芸妓たちである。よくぞこれだけ集めたものだと感心した。三年がかりの大プロジェクトかとたずねると、いや、一年でやったという。驚きである。

イベントの第一部は福井駅前ハピリンホールでの舞台公演各地域の芸妓がその地域伝統の演目を披露した。日本に8 人しかいない男芸者(幇間)の 2 名は、来場者の笑いを誘う芸を披露した。名古屋の芸妓はしゃちほこを披露。フィナーレでは、42名の芸妓が、地域ごとに異なる布をひらひらと舞わせながら、次々と壇上に現れ「花あかりふくい」のために特別に準備した総踊りを行ったが、幻想的な演出で感動的であった。一体練習はいつしたのか、というと、みな忙しいので、前日にやってきて一度通し稽古をしただけらしい。さすがプロである。

第二部は福井市の料亭街・浜町の5つの料亭、開花亭、かき恭、香爐園、山楽、やま田での宴。42名の芸妓が6チームに分かれ、それぞれの料亭を交代で訪れ客をもてなした。最後に開花亭に全員が集合という豪華な宴だった。

華やかなフィナーレ華やかなフィナーレ

全国の芸妓たちの横のつながりができる

百子さん百子さん

このイベントで大きな役割を果たしたのが浜町の芸妓・百子さんだ。2年前に今回よりも少し小さい規模だったが、奈良で同じような「花あかり」というイベントがあり、それに百子さんも参加した。
それがきっかけで、福井でもやってみたいと思い、百子さんは福井商工会議所に相談した。それから、前述したように準備期間たった1年ほどで、ここまでこぎつけた。

百子さんは福井で芸妓となって10年あまり。「日々」という、舞台付きのクラブを浜町で経営しているが、そこでつちかった人脈が今回のイベントの成功の基礎にある。
とはいえ、浜町にも芸妓は4人しかいないので、何をやってもそんなに大きな事は、
できなかった。今回の「花あかり」のように盛大にやれたら、もっとたくさんの人々に芸妓の文化、料亭の文化を知ってもらえるようになるだろうと考えて、全国の芸妓組合に参加してもらうために、百子さんは自分でも各地を訪ねるなどの努力を重ねてこの事業を進めてきたのである。

百子さんに、見事イベントを成功させての感想を聞いた。
「今回の花あかりでは、何より来られたお客様に喜んで頂けるように頑張ったし、実際、皆さんが福井が大好きになったと言ってくれました。また、私達にとって芸を勉強する事は、とても大切なので、広い視野で切磋琢磨できると思いました。花あかりでは本当に沢山の方にお世話になりましたので、これから少しずつ恩返しをしなくてはいけないなという気持ちです。福井での花あかりの開催は当分ないと思います。でも他の県で持ち回りでやって欲しいと思います。また今回できた横のつながりによって、料亭のお客様自身も各地を行き来することになると思うし、もう既に福井にお客様を連れて来てくれるという予約も頂いています。」

今後はまた別の地域で、別の芸妓組合も参加して、どんどん芸妓と料亭のネットワークが広がっていくのではないかと期待される。

料亭のネットワークもできつつある

高田の料亭宇喜世の大広間高田の料亭宇喜世の大広間

実際、近年料亭文化、芸妓の文化が見直されている。テレビでも地方の料亭の、芸妓の奮闘ぶりを伝える番組をしばしば目にする。
本連載の「八王子」でも取り上げたように、芸者さん自身がまちづくりに熱心に関与している例もある。

また、新潟県上越市では、2017年春から、「百年料亭ネットワーク」というプロジェクトが始まっている。文字どおり、100年続いている全国の料亭がお互いに連携して、歴史のある日本の料亭文化を盛り上げようというものだ。

中心人物は新潟県上越市、旧・高田市の料亭「宇喜世」の社長・大島誠氏。大島氏は、上越市で新聞社、ケーブルテレビ会社、老人ホームの経営などを幅広く手掛ける大島グループの代表だ。
高田は、戦国武将・上杉謙信の居城・春日山に近く、江戸時代は松平家67万石の城下町として栄えた。明治以降は陸軍が置かれ、そのため現在の仲町という地区に料亭がいくつもでき、繁盛していた。

百年料亭っていう言葉はいいねえと隈研吾氏

ただ、料亭の経営のほうはというと、バブル時まではなんとかなっていたが、その後景気が悪化、官官接待が禁じられると厳しい状況になった。
しかしこうした歴史ある街の歴史ある料亭をつぶしてマンションやオフィスビルにしてはもったいない。そこで大島氏は同様の悩みを抱えている全国の料亭と手を組むことにした。
同じような悩みを抱えている全国の古い料亭、100年以上経営が続いていて、なおかつ建物も100年以上の料亭と手を組もう、そしてお互いの顧客を紹介し合ったりしながら、しだいに新しい顧客を増やしていけないか、と大島氏は考えた。それが「百年料亭ネットワーク」である。

実は高田は三浦の故郷だということもあり、私はこのプロジェクトを支援することになった。旧知の建築家・隈研吾さんが、福井の料亭・開花亭の新館の設計もしていることから、高田にこういうプロジェクトがあるから高田に来てくださいと頼んだ。

隈さんは「百年料亭っていう言葉はいいねえ」と開口一番言ってくださった。そして4月11日には高田を来訪。百年料亭ネットワークは、隈さんのご助力もあって、大学教授や経済界などからなる諮問委員会のメンバーも揃い、いよいよ本格的に活動を開始した。
今後ますます、料亭、芸妓というきわめて日本的で、美的で、官能的な文化が、全国で協力しながら、地方創生の中心的な役割を果たすことを希望したい。

隈研吾氏隈研吾氏

2017年 12月16日 11時00分