なんと待機児童の約12倍!“待機シニア”が社会問題に

厚生労働省発表の直近データによると、現在大きな社会問題となっている保育園等の待機児童数は、4万5,315人(※1)。しかし、それよりもさらに深刻な状態とされているのが、特別養護老人ホームに入所したくても入れない“待機シニア”の存在で、その数は約52万人超と言われている(※2)。

一般的に「特養」と呼ばれる特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)は、社会福祉法人や地方自治体が運営する公的な施設であるため、充実したサービスを受けられる上に民間運営の有料老人ホーム(サ高住)よりも入所費用を少なく抑えられる点が人気となっているが、施設数は全国で約7,200施設(※3)とまだまだ少なく、“入所おあずけ状態”が続いているという。
※1/平成27年10月発表データ ※2/平成25年発表データ ※3/平成26年10月総務省統計局発表データ

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幸い筆者はまだ親の介護問題には直面していないのだが、近い将来必ず訪れるであろう家族の課題、そして、自分自身の老後生活のことを考えると不安が募る。

そこで今回は、いま注目を集めている新型老人ホーム『民間版特養』について取材した。

▲アセット不動産(本社:大阪市北区)が発案した『民間版特養』は<br />従来ありそうでなかった住宅型有料老人ホームだ。<br />今回訪れたのは東京都八王子市にある『ライフクルーズ八王子みなみ野』。<br />外観は一見したところ老人ホームとはわからず、一般の賃貸マンションのように周辺の住宅街の風景に馴染んでいた▲アセット不動産(本社:大阪市北区)が発案した『民間版特養』は
従来ありそうでなかった住宅型有料老人ホームだ。
今回訪れたのは東京都八王子市にある『ライフクルーズ八王子みなみ野』。
外観は一見したところ老人ホームとはわからず、一般の賃貸マンションのように周辺の住宅街の風景に馴染んでいた

不動産投資家からの相談がきっかけで誕生した『民間版特養』という発想

▲『ライフクルーズ八王子みなみ野』の館内の様子。廊下には落ち着いた色合いのタイルカーペットが敷かれ、壁には鮮やかな絵画が。“あくまでも住まいとして入所者のみなさんに心地良く過ごしてもらえるように”と、家庭の中のような温もりを感じるインテリアデザインを心がけているという▲『ライフクルーズ八王子みなみ野』の館内の様子。廊下には落ち着いた色合いのタイルカーペットが敷かれ、壁には鮮やかな絵画が。“あくまでも住まいとして入所者のみなさんに心地良く過ごしてもらえるように”と、家庭の中のような温もりを感じるインテリアデザインを心がけているという

『ライフクルーズ八王子みなみ野』に到着してエントランスでインターホンを押すと、スタッフが内側から笑顔でドアを解錠してくれた。

「認知症の方の徘徊の恐れがあるので、エントランスの解錠や扉の開閉は必ずスタッフがおこなうことになっているんです」とのこと。

なるほど。一見すると賃貸マンションのような外観ではあるが、その構造や管理体制は一般の集合住宅とはまったく異なっているようだ。

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「不動産会社である私共が『民間版特養』を発案したのは、ある投資家様から“手持ちの収益不動産の組み換えを考えているが、今後何に投資したら良いだろうか?”というご相談を受けたことがきっかけでした。

確かに、マンション経営など従来の不動産投資では、人口減少が進むこれからの社会事情に即しません。実際に現在の収益不動産市場で、投資額に見合うリターンを継続的に得る事が出来る物件を探すことは至難の業です。

おそらく、その投資家様もご自身の年齢からして『高齢者ニーズ』というものを身近に感じていらっしゃったのでしょう。“今後増え続ける高齢者を対象にして不動産投資をすることはできないだろうか?”とのお話から、市場の声に後押しされるように『民間版特養』というアイデアへと進んでいったのです」(西尾さん談)。

株式会社アセット不動産の西尾修一さんは、投資用不動産の企画、営業等に携わっているが、『民間版特養』の発案に伴い、現在の待機シニアが抱える問題を徹底的に検証したという。

「特別養護老人ホームは、2002年の施設の設置基準改正の前後で新旧2つのタイプに分かれます。旧タイプの場合、居室は数人の相部屋で、共用の食堂や浴室は1階に集約されている事が多いため、利用する側にとっては多少の不便があるものの月額費用が8~9万円と安く、利用しやすい特徴があります。一方、新しいタイプは10人単位のユニット型で、居室はすべて個室、ユニット単位で食堂・居間・浴室などを設置しているため、プライバシーの保護や使い勝手の面では優位なのですが、旧タイプに比べると5~6万円ほど負担が大きくなってしまいます。

だったら、“費用は従前の特養並に安いのに、快適な個室暮らしができる”といった新旧2つの特養の“良いとこ取り”ができないだろうか?そんな老人ホームができれば、特養への入所待ちをしているたくさんの方に喜んでもらえるのではないだろうか?と考え、『民間版特養』と名付けました。恒久的な財源不足である国ができないことは民間でやってみよう、国の財源に当たる部分は投資家の皆さんに負担してもらおう、という発想です」(西尾さん談)。

この『民間版特養』(=住宅型有料老人ホーム)を建てる際には、類似する施設である『サ高住』(=サービス付き高齢者向け住宅)にあるような、オーナーに対する国からの建築費補助や税制優遇といったメリットは今のところなにも無い。

「しかし、優遇措置が無いということはそれだけ競合相手が増えにくいということ…そこを逆手に取ったわけです」と西尾さん。

民間の資本を活用する以上は、投資家にもそれなりのメリットがなければ成り立たないが、この『民間版特養』は入所者の利益を第一に考えることによって、市場での競合優位性を備える収益不動産として4年ほど前に販売をスタート。投資家たちの間で「社会貢献ができる不動産投資」としてクチコミで評判が広がったこともあり、関東・関西エリアを中心に45施設(建設予定を含む)が新設され、その物件数を伸ばし続けている。

入所者、オペレーター、オーナー、それぞれが“三方よし”の仕組み

ちなみに、『サ高住』や『民間版特養』等の老人ホームでは、介護サービスを提供するオペレーターが必要となるが、より住宅としての位置付けが強い『サ高住』の場合、健康な人と要介護の人が混在して入居しているため、オペレーターは充分な利益を得にくい。なぜなら“健康な人は介護サービスを利用しないから”だ。しかし『民間版特養』の場合は“介護を必要とする人を対象”としているため、オペレーターは利益を得やすくなる。

また、介護を必要とする人が生活する居室には、入所者の安全に配慮して“面積が広すぎないこと”が求められるのだが、“居室面積が広くなくても良い”ということは、当然低廉な家賃設定が可能になるため、入所者にとっては少ない負担で安心して暮らせる住まいを確保する事ができる。入所者にとって“入居しやすい物件”は、オーナーからすると“空室率が低い物件”ということになるため、入所者、オペレーター、オーナー、それぞれがメリットを享受できるというわけだ。

「居室面積が小さいぶん、ひと部屋から発生する家賃収入は少ないのですが、部屋数を多く確保できる点と空室率の低さから、結果的に総家賃収入は多くなります。介護サービスを提供するオペレーターの売り上げもそれに比例して増えますから、これらを原資とするオーナーへの借上げ賃料は高額な設定が可能になります。

当社の『民間版特養』は、第一に“入居のしやすさ・料金の手軽さ”といった入所者の利益を最優先することによってオペレーターが潤い、最終的に投資家へのリターンにつながるといった、まさに近江商人の理念である“三方よし”を実践したものなのです」(西尾さん談)。

▲館内のモデルルーム(左上)。入所者にとって“終の棲家”となるかもしれない個室の広さは13m2だ。<br />「健常な方だと狭く感じるかもしれませんが、ここへ入所される方の多くは、立ち上がるのに手助けが必要な要介護の方ですから、<br />部屋が広いと壁が遠くてもたれかかることができず、転倒などの危険が増えてしまうのです。<br />“モノに伝わりながら動けるほうが安心できる”という入所者の安全性を考慮し、<br />13m2という広さに設定しています」(西尾さん談)。<br />食堂(左下)では入所者が好きな時間にテレビを観たり、大好きな演歌歌手のDVDを観賞することもあるそうだ▲館内のモデルルーム(左上)。入所者にとって“終の棲家”となるかもしれない個室の広さは13m2だ。
「健常な方だと狭く感じるかもしれませんが、ここへ入所される方の多くは、立ち上がるのに手助けが必要な要介護の方ですから、
部屋が広いと壁が遠くてもたれかかることができず、転倒などの危険が増えてしまうのです。
“モノに伝わりながら動けるほうが安心できる”という入所者の安全性を考慮し、
13m2という広さに設定しています」(西尾さん談)。
食堂(左下)では入所者が好きな時間にテレビを観たり、大好きな演歌歌手のDVDを観賞することもあるそうだ

国の政策は『在宅介護』推進へ…しかし、現実にはそれが難しい

▲『ライフクルーズ八王子みなみ野』の施設長・浮渡亮一さん。以前は商社で営業をおこなっていたが、父親の介護をきっかけにして現在の職に就くことを決断した。「昔ながらの介護施設だと、入所者の方に対して“〇〇さま”と呼びかけることが多いのですが、わたしたちは親しみをこめて“〇〇ちゃん”と下の名前で呼び合っています。常に入所者の皆さんと同じ目線で、家族と同じように振舞っているので、“ここは気楽でいいわ~”と喜んでいただいています」と浮渡さん。やさしい福島弁と、一点の曇りも無い笑顔で介護業務に従事する姿には頭が下がる▲『ライフクルーズ八王子みなみ野』の施設長・浮渡亮一さん。以前は商社で営業をおこなっていたが、父親の介護をきっかけにして現在の職に就くことを決断した。「昔ながらの介護施設だと、入所者の方に対して“〇〇さま”と呼びかけることが多いのですが、わたしたちは親しみをこめて“〇〇ちゃん”と下の名前で呼び合っています。常に入所者の皆さんと同じ目線で、家族と同じように振舞っているので、“ここは気楽でいいわ~”と喜んでいただいています」と浮渡さん。やさしい福島弁と、一点の曇りも無い笑顔で介護業務に従事する姿には頭が下がる

『ライフクルーズ八王子みなみ野』のオペレーションを担っているのは、アセット不動産の子会社である株式会社ライフクルーズだ。

いざ、自分の親を入所させる、または、いつか自分自身がお世話になる時のことを考えると、サービス内容がどのようになっているのかが最も気にかかる。施設長の浮渡亮一さんにお話を聞いた。

「こちらの施設に入所される方は、みなさん様々なご事情をお持ちです。特養を希望していたけどなかなか入れなくてという方や、“高齢の一人暮らしが心配だから”とお子様から勧められた方、もちろん専門的な介護を必要とされている方もいらっしゃいます。

ただ、基本的には入所者の皆様に自宅で暮らしているような快適さでお過ごしいただきたい、そして、自立支援をサポートしたい、という想いがありますので、かなり自由な過ごし方をしていただいています。

一般の特養や老健では、タイムスケジュールがぎっしり決められていることが多いのですが、私共の施設では、時間が決まっているのは朝・昼・晩のお食事とお風呂ぐらい。毎日朝・夕の各居室のゴミ集めの際には安否確認をおこなっていますが、極力入所者の方のプライベートの時間を優先するようにしています。ご家族の方がお部屋を訪問したり、一緒に外出や外泊をするのも24時間自由ですから、こちらに入所してから表情が穏やかになったとご家族から喜んでいただくことも多いですね」(浮渡さん談)。

入所者の最大の楽しみとも言える食事の時間には、給食が運ばれてくるのではなく、食堂の厨房で専属調理師が管理栄養士の指導のもと料理を作ってくれる。そのため、入所者一人ひとりの好き嫌いを把握し、メニューを変えてくれることもあるという。“自宅で暮らしているような気楽さ”は、この『民間版特養』で過ごす魅力のひとつだ。

「国が本来推し進めたいのは『在宅介護』であり、自分の家で自分の家族に見守られながら一生を終えることを推奨しています。しかし、一般のご家庭での介護は、設備面での課題はもちろん介護離職の問題などもあって、我々プロの目から見ても本当に難しい状況だと思います。

そういう点では、『自宅』と『介護施設』のちょうど中間に位置している『民間版特養』=住宅型有料老人ホームのニーズが今後高まっていくのではないでしょうか?」(浮渡さん談)。

老後の暮らしは“持っているお金”に応じて取捨選択が決まる、という現実

▲入所者の平均年齢は84.5歳。介護スタッフは早朝・深夜も含め日々3名体制で全28室の入所者を介護サポートする。写真のように先進の入浴設備を導入するなどして、介護スタッフの労力を軽減する工夫もおこなわれている▲入所者の平均年齢は84.5歳。介護スタッフは早朝・深夜も含め日々3名体制で全28室の入所者を介護サポートする。写真のように先進の入浴設備を導入するなどして、介護スタッフの労力を軽減する工夫もおこなわれている

今回取材をおこなって、改めて痛感したのは“老人ホームや介護施設は、各施設によってサービスの内容や入所費用が全く異なる”ということ。

残酷な現実だが、「老後の暮らし方というのは決して皆平等ではなく、その方が“持っているお金”に応じて取捨選択が決まるわけです」という浮渡さんの言葉が胸にグサリと刺さる。

「そうであれば、選択肢の幅をもっと広げてあげることが、我々の業界に求められている今後の課題だと思います」(浮渡さん談)。

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ちなみに、浮渡さんによると「高齢者の場合は、つい昨日まで元気だった人が、骨折などの怪我をきっかけに今日から寝たきりになってしまうこともあります。ぜひお元気なうちに様々な施設を見学して、ご家族と一緒に“老後の暮らし方”について考えていただきたいですね」とのこと。

みなさんは親や自身の老後に“どんな暮らし方”を想像するだろうか?

■取材協力/アセット不動産
http://k-a-fudousan.cbiz.co.jp/lp/
■ライフクルーズ八王子みなみ野
http://www.lifecruise.co/lifecruise_minamino.html

2016年 06月08日 11時06分