日本の原風景が残る京都・美山町が抱える問題とは

京都の美山町と聞くと、かやぶきの古民家といった農村の原風景を思い浮かべる人も多いかもしれない。その美山町は平成18年に、各町と合併し、北桑田郡美山町から南丹市美山町になった。南丹市は、「かやぶきの里」や「芦生原生林」、「るり渓」など、豊かな自然や観光資源に恵まれた京都府の中部・丹波地方に位置する農山村地域だ。

その町は、いま、少子高齢化、過疎化により限界集落が増え、空き家や放置された田畑が目立ち始めている。南丹市はこの状況を改善すべく、地域創生を掲げた『空き家を活用した「地方共成」アンバサダー企業の誘致』へと乗り出した。地元住人とともに行動し始まったこのプロジェクトは、いったいどのようなものなのだろうか。その全容について、京都府南丹市の職員と、プロジェクトに参画したキタイ設計株式会社の担当者に話を伺った。

京都府南丹市の長閑な風景京都府南丹市の長閑な風景

アンバサダーという新スタイルで挑む地域創生

『「地方共成」アンバサダー』について、南丹市の企画政策部 定住・企画戦略課の定住係長 國府幸明氏は、
「南丹市・大野地区の空き家を、サテライトオフィスとして入居していただく企業を募集しました。入居後は、生活環境や空き家での仕事内容、地元住人との交流といった暮らしぶりを、サイトやブログ・SNSなどで発信してもらい、美山町の良さをアピールしてもらうことを目的としています」と話す。
まさに、企業が自社の商品やブランドを応援してくれる純粋なファンを獲得し、インターネットを活用し、クチコミでその魅力を広めてもらう、「アンバサダーマーケティング」を採用した、新たな地域創生スタイルといえるかもしれない。

2015年の夏にプロジェクトが発足し、南丹市は、サテライトオフィスの企業誘致を支援する企業を募った。そのプロジェクトに対する企画や提案を選定するプロポーザルで、採用となったのがキタイ設計株式会社だ。南丹市(行政)が指揮を執り、情報発信や各種イベントの開催といったプロジェクトを成功に導く、仕組みづくりをキタイ設計が手がけるという形で、事業は進められた。
キタイ設計は、2015年秋にオープンしたサイトの制作と運営、Facebookやメルマガなどによる情報の発信を行っていた。また、11月に実施した町並みや空き家を見学する「現地見学」は、生憎の天候にも関わらず27件34名が訪れたという。2016年2月には、キタイ設計の平櫛武氏の大学院時代の研究室の先輩で、まちづくりのワークショップや、住民参加型の総合計画づくりに定評がある山崎亮氏を迎え「南丹の未来を創造する講演会」を開催、大反響をえている。また、山崎氏はこのプロジェクトの企業選定の特別審査委員も勤めた。最終的に、複数社の企業から応募があったという。書類審査や南丹市および地元住人へのプレゼンなどを経て、株式会社エピテックと株式会社博文舎の2社の採用が決まった。

2016年6月に入居したコンサルティング業の株式会社エピテックは、古民家を拠点に人材育成、コミュニケーション能力の向上を掲げ企業の研修などを行う予定だという。また、その翌月に入居した旅行業の株式会社博文舎は、新しい取り組みとして休耕田を活用し綿の生産を始めるそうだ。

2015年11月の「現地見学会」にて、古民家を見学する参加企業2015年11月の「現地見学会」にて、古民家を見学する参加企業

トンネルの開通が地域衰退を招き、縦貫道路の開通が、地域活性化への道を開いた!

そもそも、ほかの地区ではなく、なぜ、大野地区を選定したのだろうか。また、空き家に企業を誘致しようと考えたその理由は何だったのだろう。

大野地区を対象にした理由について、國府氏は
「南丹市美山町は、平成18年に旧園部町・旧八木町、旧日吉町、旧美山町の4つが合併して誕生しました。かやぶきの里や芦生原生林といった観光資源の多い旧美山町へは、大野地区を通って行くのが通例でした。ですが、旧日吉町と旧美山町の間に『神楽坂トンネル』が開通したことで、人の流れが一変し、大野地区から人が遠ざかってしまいました。開通から20年近い年月が経った平成27年10月時点での大野地区の人口は約800人、60歳以上が過半数を占める限界集落や過疎化による空き家が増えました。そんな中、2015年7月に京都縦貫自動車道が全線開通し、今までは入りにくかった大野地区へのルートが開けたんです。加えて、2016年3月に南丹市が『京都丹波高原国定公園』に指定されということもあり、このタイミングで何かを仕掛けないと大野地区の再生は図れないと考えました」と語る。

そして、サテライトオフィスとしての空き家の提供については、
「転居を伴う人の流れを考えると『仕事』は、大きな要因だと考えています。実際に南丹市への転入(引越し)を考えたとしても、そこに仕事があるのだろうか、という不安は拭いきれません。そこで、企業が南丹市に来てくれれば、人の流れも変わると判断したのです。かといって、更地に社屋を建設するとなると企業側に経費がかかることになり、難色を示すだろうということは容易に想像できました。ならば、空き家を提供しよう、それも無料で!加えて申請可能な各種補助金の用意・サポートといった特典も設けました。これなら、企業側のネックが軽減でき誘致がしやすくなるうえ、当市が抱える空き家問題の解消にもつながると考えたのです。当初は、都会暮らしに疲れた人が、自然環境が豊かなこの地域で仕事をすることで、心にゆとりのある生活を取り戻してもらえたら、というのが元々の発想でした。その頃は、サテライトオフィスというより、リラックスオフィスという表現の方がしっくりくるんですが。こういった経緯を経て最終的に、アンバサダーとして企業に来てもらって応援してもらおう!ということになりました」と嬉しそうに話された。

まれに見る短期決戦のプレッシャーと苦悩

2015年11月に開催された「現地見学会」の様子2015年11月に開催された「現地見学会」の様子

「まずは、実績づくりを念頭にプロジェクトを進めました」と話す國府氏。
そして、「”やったけどダメでした”は、ありえない。確実に成功させる必要がありました。しかも通常であれば3〜4年かかるところを、約7ヶ月という短期計画で実行に移したので、尚更、思いが強くなりました。キタイ設計の平櫛さんには、本当に厳しいことを言いました。私が逆の立場なら、これほどプレッシャーのかかる事業は、絶対受託しなかったと思います」と、話す。

その言葉を受けて平櫛氏は、
「地域おこしや地方創生などにも力を入れていこうとしているところでしたので、挑戦させてもらう気持ちでプロポーザルに参加しました。ただ、空き家を活用したサテライトオフィスの企業誘致は、世間的にも前例がなく、何から始めたらいいのか分からない状態でした。ですが、南丹市の方が指揮をとってくれていたので、その要望にどれだけ応えられるかという感じで進めていました。一般的なイメージだと、行政が企業とタッグを組むと、行政は"企業は何をしてくれるの?"という依存的な対応で、何から何まで丸投げというパターンが多いように思います。ですが、南丹市さんの場合は真逆で、常に主体性を持って対応されていました。行政が企業をうまく使ってくれた良い例だと思います」と笑う。

何が一番大変だったのかという質問に対し、平櫛氏は、
「企業誘致をやったことがなく、他の社員もどうすればいいのか分からない状況で、プロポーザルへの参加について、社内の賛同を得るのがとても大変でした。そのため、このプロジェクトがどれだけ魅力的なものかということを、社員一人ひとりに説明をして回りました。もっとよく知ってもらうために、実際に大野地区に行って、現地を見てもらったりもしました。社員からは、本当にこの地域に企業が来てくれるのか?という意見が多かったのも事実です」と当時を振り返る。
そして、「受託してからは、このプロジェクトに魅力を感じてくれる企業を探すのが一番大変でした。僕の数十年の人生で培った人脈の全てを活かし、様々な方々の協力を得て、南丹市さんに提供しました。メルマガなどでの情報発信に加え、1社1社、膝を突き合わせじっくり話しをして回りました。携わったからには何かしらの結果をださなければ意味がない、そんな覚悟でこの事業に挑みました」と想いのこもった返事だった。

この事業の経過などを、社内で定期的に情報共有していたという平櫛氏。社内のイベント開催時に、みんなに希望の場所を聞いたところ、「南丹市に行きたい!」という意見があったという。その反応に驚いたそうだが、南丹市に社員のみんなが興味を持ってくれたことがとても嬉しかったと話していた。

地方創生の模範となる「日本一の田舎」へ!

中央2名(右)南丹市 企画政策部 定住・企画課係長 國府氏、(左)同課 主査 高屋氏、(左端)キタイ設計株式会社 平櫛氏、(右端)同社 小松氏中央2名(右)南丹市 企画政策部 定住・企画課係長 國府氏、(左)同課 主査 高屋氏、(左端)キタイ設計株式会社 平櫛氏、(右端)同社 小松氏

短期決戦で挑んだこのプロジェクトだが、なぜそこまで急いだのか。それは、南丹市の地方創生計画にあるようだ。

南丹市の0〜14歳の年少人口比率は1980年の19.7%から2010年には11.3%に減少したのに対し、高齢者比率は15.2%から29.7%に増加。2017年の総人口は32,000人にまで減少すると推測されている(2015年12月時点で、32,943人)。南丹市は推奨・総人口を34,000人と定め、2014年から2017年までの3年で2,000人の増加を目標として活動を行っている。
一見すると無謀な計画のように思えるが、國府氏によると、「日本で住宅を購入する平均年齢は38.8歳、4人家族という数字があります。南丹市でみると38歳、3.75人家族、この3.75人を2,000人で割ると533世帯になります。つまり、3年でみると1年で173世帯の転入があれば達成できるんです。同市には183の行政があるため、1年間で1つの行政で、1つの世帯が増えるだけで良いんです」と笑顔で話す。どうやら、サテライトオフィスの企業誘致で、その数字の加速度を上げることが狙いのようだ。そのため、敢えてプレッシャーのかかる短期決戦に挑み、見事成功を成し遂げたといえる。

國府氏いわく、「こういったプロジェクトは、行政だけがやる気になっても実現は難しいと感じています。地元住民の方々は、危機感をあまり感じていないことも多く、こういった事業に参加してもらいながら、なんとかしないといけない状態だと気付いてもらう必要があります。そいうった意味で、このサテライトオフィスはとても良い効果を生んでくれたと感じています。また、日本の原風景が残る美山町は、『日本一の田舎』だと自負しています。この美山町でできるなら、日本全国どの行政でもできると思うのです。日本各地で同じような課題を抱える行政の見本になれたら嬉しいです」と微笑んだ。

この夏から2社がアンバサダー企業として美山町での活動を開始する。今後、どのような情報が発信されていくのか楽しみだ。

取材協力
「地方共成」アンバサダー企業誘致について:http://nantan-office.jp/ambassador.html
京都府南丹市:http://www.city.nantan.kyoto.jp/www/

キタイ設計株式会社:http://www.kitai.jp

2016年 09月21日 11時04分