流行をつくりだす「シェアオフィス」

『ISHINOMAKI2.0』『COMMUNE246』『TRUE PORTLAND~創造都市ポートランドガイド』『野良的感性を広げる季刊誌NORAH』『Farmer's Market』など、常に新しくて魅力あるコンテンツを発信する基地がある。中目黒の住宅街にあるシェアオフィス「みどり荘」だ。

築40年超、蔦に覆われた独特の外観は、一般的なシェアオフィスとは一線を画す。廃墟のような見た目から一転、足を踏み入れると機能的なレイアウトに、各入居者がクリエイティビティを発揮したワーキングスペースが広がる。入居者は、デザイナー・プログラマー・建築家・インテリアデザイナー・編集者などクリエイターが多い。
1階に大家が暮らし、2~3階に固定席が25席・50,000円/月、フリーアドレス席は35,000円/月、2015年2月時点で固定席は満席(フリーアドレス席は若干空きあり)だが、月に3~4人は入居の問い合わせが来る。入居希望者は多い。
2階には入居者が使えるキッチンとラウンジ、3階には誰でも入れるギャラリーがあり、毎週火曜日はラウンジで「ランチ会」が開かれ、入居者とその知り合いであれば参加できる。現在、入居者の4分の1は外国人。日本語と英語で情報交換され、そこから生まれる仕事も少なくない。

みどり荘の入居者で建築家の菅正樹さんは、みどり荘メンバーが関わっているプロジェクトとして南相馬市の幼稚園に室内で遊べる楽器をつくった。
「原発の影響で外で遊べない子どもたちに、ドラムのように叩くと様々な音の出る楽器をつくりました。みどり荘に出入りしているクリエイターにサウンドエンジニアをお願いし、元みどり荘の電気関係のプログラマーがソーラーパネルをつくり、僕がディレクションを担当しました。新しいプロジェクトがあると、まずはみどり荘のメンバーに相談し、知り合いに心当たりがいるかを聞きます。たいていは誰か見つかりますね。みどり荘は一人でやっていた頃に比べて異業種の人との出会いが多くて良いですね」

築40年超、蔦に覆われた独特な外観はシェアオフィスには見えないが…築40年超、蔦に覆われた独特な外観はシェアオフィスには見えないが…

海外のコミュニティも含んだ「混沌」を楽しめる人が入居者に

みどり荘を運営する、MIRAIINSTITUTE小柴美保さん(右)、デザイナーでみどり荘のメンバー大西真平さん(左)みどり荘を運営する、MIRAIINSTITUTE小柴美保さん(右)、デザイナーでみどり荘のメンバー大西真平さん(左)

フリーランスや起業のスタートアップで、オフィスを持たず街のカフェなど様々な場所で仕事をする「ノマド」と呼ばれる人が増えている。ノマドとは英語で“遊牧民”を表す言葉だ。そして、他者との交流がない・オンオフの切り替えが難しい・自宅以外に職場を持つと家賃が倍かかる…などノマドならではの悩みを解決するシェアオフィスも増えてきた。ざっと検索するだけで、渋谷・原宿エリアのシェアオフィスは30を超える。

駅近の立地に月10,000円前後で入居できるシェアオフィスがあるなかで、駅徒歩10分・固定席が月50,000円の「みどり荘」が人気の理由は何か? ひとつは入居者のつくる“オープンで成熟したコミュニティ”があるだろう。
では、入居者はどのように決まるのか? みどり荘を運営する小柴美保さんに聞いた。

「入居希望の方には、最近は毎週火曜日の“ランチ会”に参加してもらいます。入居者が集まってざっくばらんに食事をする時間を共有して、人や雰囲気が合うかどうか見てもらうためです。お互いの仕事の進捗や相談などの会話から、メンバーの仕事内容もわかります。こちらからお断りすことはあまりありませんが、もっとオフィスっぽいきちんとした場所を求めている方は、ちょっと引いてしまうこともあります(笑)。まれに、みどり荘の人脈を使うことだけを考えてくる方は、こちらからお断りしています」

ランチ会は外国人も多く、海外のオープンなコミュニティが混ざった独特の雰囲気がある。そのなかで食べるという生理的な“素”の出やすい場面を通して、入居者と入居希望者の相性をはかっている。

みどり荘のつくり方~廃墟同然の建物が輝く方法~

小柴さんはリーマンショック前後の投資銀行で働いていた。「巨万の富をつくる業界のこれからを見てみたかった」からだ。
「日本株を扱う仕事でした。アップルとソニーは似たことをしているのに、アップルを選ぶのは何故だろう…企業体質が古いのか、とかそんなことを考えていました。退職直前に、これからは中身をつくる教育だと思ってスクーリング・パッド(※1)に行きました。そこで黒崎輝男さん(※2)に会って、サンフランシスコとかポートランドのコワーキングの話をしていたときに、みどり荘の構想がなんとなく生まれました」

―― 物件の見つけ方は?
「みどり荘の近くにオフィスを構えていたデザイナーの友人がこの建物の写真を見せてくれて、すぐに見に来ました。蔦に覆われた外観を見た時に“これはやるしかない”と思いました。大家さんは大手デベロッパーには売らないけれど、あなたたちみたいな人ならと貸してくれました」

―― 空間のつくり方は?
「自分たちでDIYしました。本当に廃墟だったので掃除からです。ペンキ塗りは下地を知らなくて、なんで白くならないんだろうって思いながら重ね塗りしました。手伝ってくれる人を募集したらたくさんの方が集まってくれました。収入だけを考えたら全部屋を席にしたほうが良いのですが、余白も必要だと考え3階にギャラリーをつくりました。結果、そこに展示される作品が入居者の刺激になって、相乗効果になっていると思います」

古い建物で電気容量が多くなかったため“100%ソーラーエネルギー計画”を立てたりと(その後クラウドファンディングでソーラーパネルを設置)、結果として多くの人を巻き込み、協力を得ながらみどり荘はつくられた。興味関心の似ている人が集まってつくられた空間と、その過程で培われた自然なコミュニティがみどり荘の魅力だ。一般的な広告宣伝で行う入居者募集ではなく、人が人を呼ぶことでビジネスは成り立った。実際に、DIYで集まった人の一部はその後入居者になっている。

それでも、仕事をしていく上では衝突もあるだろう。小柴さんが運営で気をつけていることはなにか?
「入居者に対して差を設けないようにしています。私が誰にでも同じように接することでメンバー同士が友だちになって、相手の作品に敬意を持ち合っていく関係をつくるようにしています」

※1 スクーリング・パッド 世田谷ものづくり学校にある“学校”。生き方・働き方を学び続ける姿勢があれば誰でも入れる
※2 黒崎輝男 インテリアブランド「IDEE」の創始者

2・3階のオフィススペース。固定席・フリーアドレス席・打ち合わせテーブルが混ざって配置されている2・3階のオフィススペース。固定席・フリーアドレス席・打ち合わせテーブルが混ざって配置されている

広がる「みどり荘」――場所からはじまるスーパーコミュニティ

南青山の人気スポット「COMMUNE246」に誕生した「みどり荘2」南青山の人気スポット「COMMUNE246」に誕生した「みどり荘2」

2014年、東京・南青山の「COMMUNE246」内に「みどり荘2」が誕生した。ファションの中心地 南青山に現れたCOMMUNE246は、ドーム型の共用スペースを中心に、フードカートやカフェ、パン屋などが並ぶ。ここにみどり荘をつくった理由は何か?

「1980年代以降、日本では人のスペースは上へ上へ伸びていったと思うんです。六本木ヒルズ(※1)は、そのときの思想なのです。一方で、アメリカ・ポートランドは“平地”にフードコートが出来てそこからコミュニティが広がっています。また、パリ・コミューン(※2)は人々が集まって挨拶を交わしあう和やかな雰囲気の“場”があり、そこで当時では革新的な女性参政権などの試みが行われていたそうです。COMMUNE246は、ポートランドの“平地”とパリ・コミューンの“場”が合わさった新しい時代の自治体のように感じました。その場が持つ平和な雰囲気が人を呼んでいて、そこにシェアワークスペースがあるという流れです」と小柴さん。

「みどり荘には嘘のないコミュニティがあると思います。クリエイティブっぽい場所を運営側がつくるのではなく、各方面のプロフェッショルが集って働き、そこで生まれる自然なコミュニティと彼らが働きやすい場所を自分でつくっていくことで、本当のクリエイティブ空間になっていくのだと思います」と話すのは、小柴さんと共にみどり荘を運営する大矢知史さん。
確かに、むき出し天井に白い壁、足場板や古材をつかった床…、最近多くなってきたクリエイティブと呼ばれる空間は似てきている。場所は用意するが空間は作りこまず、入居者の自然なコミュニティと働き方に任せる――ある意味、予測不可能で把握できない部分を許容する運営方法が、みどり荘が人気の理由のひとつだろう。

※1 六本木ヒルズ 地上54階地下6階、2003年に開業した六本木にある複合施設。バブル崩壊や住人の反対運動などを経て約17年という歳月をかけて完成した
※2 パリ・コミューン 1871年パリ市内で起きた史上初の労働者階級による自治政府

どんな働き方でも奨励される世界へ。みどり荘発信の「10年先の働き方」

みどり荘の「ランチ会」みどり荘の「ランチ会」

「3階のギャラリーに作品を展示したのをきっかけに、みどり荘の共用部分の収納づくりを依頼されました。今は、元みどり荘メンバーのサウンドエンジニアとスピーカーをつくって展示の準備をしています。僕の仕事はほぼ、みどり荘からはじまっています」――ランチ会に参加していて、南相馬市の幼稚園に楽器をつくったフリーランスクリエイター田中健吾さん。

「みどり荘にはオープン当時から入居しています。いつも様々な人が出入りしている場所なので、いろんな人に会って話すのが楽しいですね。一人でやっていると異業種の人に出会う機会がないので」――インテリアデザイナー斉藤さん。

みどり荘は様々な人をつなげて、新しい仕事と作品を生み出し続けている。シェアオフィスの枠を超えつつある場所の、これからのことを小柴さんに聞いた。
「“会社対個人”“大会社対子会社”が対等な関係で実力を発揮しながら仕事ができる社会になればいいと思っています。現在、日本の大会社はフリーランスと付き合いたがりません。この状況を正すために、フリーランスの人が奨励されるようになると良いなと思っていて、まずはみどり荘から新しい働き方を発信していきます」

働き方は多様化してきた。国税庁が発表した「国税庁統計年報 平成24年度版」によると、2012年の事業所得者(青色申告をした個人事業主)の数は3,789,000人、2002年から10年で約3.8倍に増えた。
フリーで働く人が増えても、“コミュニケーションをしたい”という人間の普遍的な欲求は消えない。これにこたえるシェアオフィスの需要は、今後ますます増えていくだろう。日本の未来の働き方も見据えたみどり荘は、時代に合わせてしなやかに変化しながら、シェアオフィスのひとつのあり方を牽引していくに違いない。

2015年 02月24日 11時05分