企業間で独身寮をシェア。職住近接の住まいを低価格で実現

月島荘の中庭からの眺め月島荘の中庭からの眺め

近年、企業の資産リストラが進み、自社所有の社宅を持たない企業が増えている。
国土交通省の統計によれば、1993年から2008年までの15年間で、「社宅・従業員宿舎」の用地は、165.9km2から92.6 km2へとほぼ半減。維持管理コストの削減などを目的として、社宅を廃止し、賃貸住宅の借り上げ社宅に切り替えるケースも増えている。
借り上げ社宅を利用すれば、社宅を維持管理するための人員やコストはかからない。しかし一方では、部署を超えて社内人脈を形成できるという、社宅ならではのメリットが失われるのも事実だ。
そんななか、2013年9月、東京・月島に、賃貸住宅と社宅の利点をあわせ持つ、ハイブリッド型の企業寮が竣工した。複数の企業が1つの建物を共用するシェアハウス型の企業寮、『月島荘』である。

このエリアに本拠を置くイヌイ倉庫株式会社では、当初、2016年東京五輪招致に合わせて高級賃貸タワーマンション建設を計画していた。しかし、招致失敗にともない計画を変更。都心で働くビジネスパーソンのために、独身寮を集めたシェアハウスを建設する計画が浮上した。
「このプロジェクトは、『月額10万円で職住近接の住まいを実現する』という仮説からスタートしました。省けるものはとことん省き、必要なものはあきらめない。その手法をシェアの概念に求めたのです」と、イヌイ倉庫代表取締役社長・乾康之氏は語る。

「クラスター」の概念を導入し、人と人との出会いをデザイン

月島荘の最大の特長は、居住者の生活の基盤として「クラスター(集団、群れの意)」という概念を導入したことにある。

644室の住室は12のクラスターに分けられ、クラスターごとに専用の共用施設を設置。2層吹き抜けの専用共用部には、ランドリールーム(有料)や給湯コーナー、リビングルームなどが設けられている。居住者は好きなときにここに立ち寄り、自宅の居間のようにくつろいだり、他の居住者と会話を楽しんだりすることができる。月島荘の設計を担当した、株式会社三菱地所設計住環境設計部・多田直人氏はこう語る。
「月島荘をシェアハウス型の企業寮にする、それもフロアごとに企業を固定するのではなく、複数の企業の方が1つのクラスターに住まうという話を伺ったときは、『これはすごいな』と直感しました。同じクラスターで知り合った他社の人を、それぞれが自分の会社の同僚に紹介していけば、加速度的に人の出会いが増えていく。まるでフェイスブックが現実になったような世界が実現するのではないか、と感じたのです。そこで、いかに居住者同士の偶然の出会いを作れるかが課題と考え、長い時間をかけて検討してきました」

クラスター専用の共用リビングルームクラスター専用の共用リビングルーム

企業の枠を超えて暮らしを共有し、オープンなコミュニティを実現

プライベートスペースの住室プライベートスペースの住室

1クラスターに所属できるのは1社につき5名まで。どのクラスターに所属するかは、勤務先ではなくライフスタイルに応じて決められる。独身寮の集合体でありながら、企業横断的にクラスターが形成されるため、企業の枠を超えたオープンなコミュニティが実現することになる。
「クラスターには自治権があるので、居住者の意向次第ではルール変更も可能です。今後は、『公用語が英語』のクラスターや、『朝活が得意な早起き集団』のクラスターなど、自由な発想によるクラスターが形成されるのではないかと考えています」(イヌイ倉庫『月島荘』プロジェクト担当・清水宏美氏)

では、プライベートな住室はどのような作りになっているのか。
18m2のコンパクトな室内には、シャワーや洗面台、冷蔵庫など、生活に最低限必要な設備のみを提供。また、バルコニーに面したカウンター付きの窓は採光も十分で、狭さからくる圧迫感を和らげるよう設計されている。
この他、居住者全員のための共用施設も充実している。交通アクセスのよさを考慮して、駐車場を廃止し、1階すべてを644人のための共用スペースとして開放。中庭に面してガラス張りのキッチン・ダイニングやパーティールーム、ライブラリーラウンジ、会議室、スタディルームなどが配置され、大浴場やジムも自由に利用できるようにした。

居住者間のコミュニケーションをうながす仕組みを提供

1階のキッチン・ダイニング1階のキッチン・ダイニング

このように、月島荘では、プライベートスペース(小)、クラスターの共用施設(中)、644人の共用施設(大)という3つの住空間を提供。さまざまなレベルで、居住者同士が触れ合えるような工夫が凝らされている。

たとえば、1階ライブラリーラウンジには、居住者同士の情報交換を目的としたコミュニケーションボードを設置。また、Webサイト上でも、居住者の交流をうながす仕組み作りを進めていくという。こうした共用施設やコミュニケーションツールが最大限に活用されれば、さまざまなイベントやサークル、交流会が行われることになるだろう。ひいては、月島荘を舞台に異企業間・異業種間のネットワークが形成され、新たなビジネスの創出や活性化につながる可能性もある。

とはいうものの、巨大シェアハウスを円滑に運営するためには、それなりのノウハウが必要であることはいうまでもない。そこで、イヌイ倉庫では今年10~12月の3ヵ月間、利用予定の企業や協力企業と協力して、共住環境の運営テストを実施。三井物産、三菱地所グループ、ネスレ日本、全日空、楽天物流、東急コミュニティー、聖路加国際病院などが参加し、翌14年1月の本格稼働に向けてトライアルがスタートした。このテスト期間を通じて、実際に月島荘に住みながら、共用施設の使い勝手や住み心地をチェック。課題を洗い出して解決策を検討し、644人がストレスなく共同生活を送れるようにするためのルール作りを進めるという。

日本のビジネスシーンを活性化する“梁山泊”となるか

1階のスタディルーム1階のスタディルーム

「日本のビジネスシーンを変えてやろうという思いを持った方が、月島荘に644人集まれば、すごいことになる。そのためにも、我々は場の提供者として、居住者同士のコミュニケーションをうながす仕掛けを作っていきたいと考えています。ここに一定期間身を置いて、自分の成長につなげていきたい――そんな気概を持った方々に集まっていただけるとうれしいです」
そう、乾社長は期待を込めて語る。
かつてIT産業・揺籃の地となったシリコンバレーの繁栄は、技術者たちのオープンで自由闊達な交流の中から生まれた。「企業寮をシェアする」というユニークな発想から生まれた月島荘は、日本のビジネスシーンを活性化させる新たな“梁山泊”となるかどうか。今後の成り行きに注目したい。

2013年 10月10日 10時27分