「郵便局の空き家みまもり」が発端

住宅から宿泊施設へ。外から見えるところでは玄関回りの変化が大きい(筆者撮影)住宅から宿泊施設へ。外から見えるところでは玄関回りの変化が大きい(筆者撮影)

空き家が社会問題と言われ始めてはや10余年。さまざまな活用事例が紹介されるようになっているが、観光地や眺望の良い場所、古民家などであれば使いようもあろうが、ごく普通の住宅では難しいのではないか。多くの人はそう思っているかもしれない。
だが、これからはそんな空き家でも、いや普通の空き家こそ使えるようになるかもしれない。

2025年7月、長野県松本市で運用が始まった1棟貸しのゲストハウス、Roopt(ループト)松本中央(以下松本中央)はJR松本駅から徒歩約15分。松本自体は観光地ではあるものの、建物が立地するのは観光スポットからは離れた住宅街。1964(昭和39)年に建てられた、今でいえば4LDKの2階建てで、小さな庭もあるが、決してお屋敷というサイズではなく、古民家という古さでもない。

所有者はこの家を親から相続。兄弟ともに松本からは離れて住んでいるが、年に1度は親族が集まるために使ってきた。確実に使いはするが、その頻度は非常に少ない。そこで2025年に入ってからは日本郵便株式会社が同年1月から開始した「郵便局の空き家みまもり」を利用することに。

住宅から宿泊施設へ。外から見えるところでは玄関回りの変化が大きい(筆者撮影)松本中央は写真右手のグレイの建物。ごく普通の住宅街に立地している(筆者撮影)

郵便局といえば言うまでもなく、地域密着サービスの代表格。郵便局の社員が空き家に目を配り、住宅外観や庭木、郵便受け箱、不法投棄などをチェックするというのがこのサービスである。

ただ、みまもりは必要ではあるものの、それだけではなく、運用という形もあるのではないかと模索していた中で、たまたま松本中央の現所有者が活用に興味を示した。実家を残していくためには運用していきたいと考える人だったのである。

その運用にあたり、実務を担うことになったのが石巻に本社のある株式会社巻組。日本郵政グループでは自社の社員を社会課題に取り組む企業や地方公共団体などに派遣し、共同で新規事業創出に取り組むローカル共創イニシアティブという施策を行っており、それを通じて巻組との繋がりがあったからである。

空き家を所有者負担でリノベーションし、宿として運用

空き家のゲストハウス化とその運営を担うことになった巻組は2011年の東日本大震災を機に宮城県石巻市に移住した渡邊享子さんが立ち上げた会社。震災直後、まちを訪れるボランティアが住む場所がないことに気づき、放置された空き家をリノベーション、シェアハウスとしてボランティアに提供する事業を始めたのがきっかけである。

長らく石巻市周辺でシェアハウス、賃貸住宅などを手がけてきており、成功事例が伝わるにつれて活動範囲も拡大。2019年には東京・神楽坂でも賃貸住宅の運営を始めるなどしている。また、コロナ禍中に高まった貸切で家族や知っているものだけでゆったり過ごしたいというニーズを受けて2020年頃からは一戸建てを活用したゲストハウスも手がけるように。

「暮らすようにまちを楽しむというような滞在がこのところ増えてきており、それに合わせて一戸建てを譲り受けたり、借り受けたりして宿泊施設として運用する例が増えてきています。実家を相続したものの、手放しで現金化するは忍びなく、家族でたまに集まりたい、できることなら生まれ育った土地に関わり続けたいという方もいらっしゃり、松本中央も所有者の方のそうした思いからゲストハウスとして再生することになりました」

石巻から始まり、今では全国の空き家活用では知られるようになった渡邊さん(写真提供/巻組)石巻から始まり、今では全国の空き家活用では知られるようになった渡邊さん(写真提供/巻組)
石巻から始まり、今では全国の空き家活用では知られるようになった渡邊さん(写真提供/巻組)石巻だけでなく都内その他でもシェアハウスを手掛けてきた(写真提供/巻組)

具体的な流れとしては所有者が郵便局の空き家みまもりを申し込み、その後、日本郵便が所有者の活用意向を確認、それを受けて日本郵便が巻組に協力を要請したというもの。協力することが決まって以降、条件等を調整、活用に関する契約を締結している。

建物に関しては所有者が保有し続けており、リノベーション費用も所有者が負担。それを巻組が賃貸借契約を結んで借り受け、旅館業営業許可を取得。日常的な管理業務は松本市内の事業者に巻組が依頼、運営するという形だ。

大きな収益はないが、維持管理の費用プラスアルファは稼いでくれる住宅に

水回りは清潔さが大事。使えるものは既存のままで使用(筆者撮影)水回りは清潔さが大事。使えるものは既存のままで使用(筆者撮影)

建物自体はそれまでも1年に1度くらいは使ってきているため、それほど極端にボロボロな使えない状態ではなかったと渡邊さん。

「それでも床が傾いていてレベルが合わない、全体に埃っぽいなどという状態ではあり、改修は宿泊施設として許可を得るために必要な防災上の部分、所有者のご家族が今後も使い続けていくために改修して欲しい部分を主に行い、水回りなども含めて使える部分についてはできるだけそのままで使うようにしています。それほど大きな投資はせず、でも建物をいつでも使える状態にしておくための改修でした」

賃貸借契約ではあるものの、所有者は賃料ではなく、宿泊事業で出た利益を事業者と折半して受け取ることになっている。また、自分たちが使いたい時には宿泊施設としての運用を中断、自己使用することもできる。これまでは貸してしまったら自分たちは使えなくなるとされてきたが、互いに状況を分かった上で宿として貸すのであれば自分たちが使いたい時に使うこともできるわけである。

水回りは清潔さが大事。使えるものは既存のままで使用(筆者撮影)キッチン。こうした複数人の宿泊を意識した宿泊施設が求められている(筆者撮影)
使える部分はそのまま使い、改修のコストはできるだけ抑えるようにした。壁、床、天井などの大半はそのまま(筆者撮影)使える部分はそのまま使い、改修のコストはできるだけ抑えるようにした。壁、床、天井などの大半はそのまま(筆者撮影)

近年は副業として不動産への投資が一般的になっていることから、このやり方に対して収益を期待する人もいるかもしれないが、必ずしも大きく儲かるわけではない。インバウンド、多拠点居住の受け皿などとしての追い風があるため、普通の家でも宿泊施設として貸せるようにはなっているが、そこで古民家や文化財の宿並みに大きく投資して、大きく回収ということはなかなか難しい。

「別荘を使わない時にたまに貸して、維持費を宿泊者から頂いていると考えれば良いのかもしれません。元々自分のものですから、自分で維持管理しなくてはいけませんが、貸せるようにしておけば維持管理や固定資産税などは自分で負担せずに済み、建物はきれいに保たれ、かつ継続的にある程度のお小遣いが入るという計算です。最初にかけた費用も数年、10年と運営していれば十分回収はできます」

水回りは清潔さが大事。使えるものは既存のままで使用(筆者撮影)玄関の脇に作られた入居者の寛ぎの場。既存のエアコンがオブジェの用に残されている(筆者撮影)

使うことで空き家を将来に残す、選択肢を生む

大きな収益が上がらないのにリノベーションに費用を投ずるのはどうだろうと考える人もいるかもしれないが、手を入れずに空き家として年々劣化が進む状態にしておくのと一度手を入れて使い続けるのでは将来の建物の価値は大きく変わってくる。

ご存知のように建物は人が使わなくなれば劣化が早まる。使えなくなってからでは売ろうとしても売れなくなり、自分で費用を負担して解体するしかなくなる可能性もある。しかも、空き家としてそのままにしておく場合には立地にもよるが税金などを自分で払う必要があることも。

だが、一度手を入れ、使い続けて建物を維持していれば宿として貸さなくなっても自分で使う、住宅として貸す、子ども世代が使うなど将来に選択肢を残すことができる。

巻組が改修した空き家。使い続けることで建物の劣化をできるだけ防ぎ、後世に残す可能性を生む(写真提供/巻組)巻組が改修した空き家。使い続けることで建物の劣化をできるだけ防ぎ、後世に残す可能性を生む(写真提供/巻組)

「一度手を入れておけば次世代に残しやすくなります。空き家を見慣れた私たちですら埃っぽい、汚れた水回りの住宅は避けたくなるもの。一般の人であればいくら手を入れれば使えますよと言われても理解が及びません。そこにきちんと手を入れた状態の写真があれば、ここまでになるのかと納得していただける。リセールバリューが上がるというわけです」

取り壊すしかない負の財産にしてから次世代に渡すか、まだまだ使える、多少でも稼いでくれる資産として渡すかの違いは大きいはずである。また、宿などにして地方に人を呼んでくれるとしたら、自分の不動産が地域に貢献することにもなる。どの観点から見ても空き家を放置しておくよりもプラスになるはずなのだ。

では、どのような空き家ならこうした運用ができるのだろう。渡邊さんは市街地の、普通の住宅が良いという。

普通のまちの、普通の住宅が使えるようになる

松本中央は2階に3室、1階に1室の寝室があり、それぞれ2組の布団が用意されている(筆者撮影)松本中央は2階に3室、1階に1室の寝室があり、それぞれ2組の布団が用意されている(筆者撮影)

「松本の場合はまち自体が観光地というメリットがありましたが、そうでない普通のまちでも商店街や駅に近い場所、住宅街でも駐車場があれば宿としての運用は考えられます。運営を考えると山の中のような人手が手配できない場所は難しいところがあります。10部屋あるなど極端に広く、旅館業がとりにくく、改修に費用が嵩む家よりは3LDK、4LDKなどの普通の住宅のほうが使いやすいですね」

分かりやすいのはホテルとの比較。たいていのホテルは3人まではなんとかなっても4人で泊まれる部屋はなく、それ以上の部屋もない。となると4人以上10人くらいまでで泊まれる宿であれば十分に差別化はできることになる。最近では2家族で、グループで旅する人も増えているのでそうした人をターゲットに考え、彼らが泊まれる宿になるかを考えれば良いというわけである。

「3LDK、4LDKでの10人の暮らしはせま苦しく感じますが、旅の何日かであれば問題ありません。特に和室であれば人数は調整可能です」

松本中央は2階に3室、1階に1室の寝室があり、それぞれ2組の布団が用意されている(筆者撮影)入口の脇に駐車場は1台分。それほど大きな住宅ではないことが分かるだろう(筆者撮影)

これまでごく普通の空き家の活用は賃貸住宅か、シェアハウスなどに限られていたが、日本のあちこちに旅人が訪れるようになった今、自分たちも使いながら、使わない日を使って次の世代に建物を残したいというのであれば宿というのは手かもしれない。

ただし、賃貸住宅と違い、宿泊施設運営のノウハウはそれほど広く一般に共有されているわけではない。誰に相談し、どう運用していくか。そのあたりはよく考えて選択する必要があるだろう。

■取材協力
巻組 https://makigumi.org/

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