東京都西東京市・旧ひばりが丘団地で行われる、住民主体のまちづくり

ひばりが丘の街並みの様子・団地やマンションが立ち並んでいるひばりが丘の街並みの様子・団地やマンションが立ち並んでいる

都市部では近隣住民との関係性は希薄になりがちな傾向がある。今や、隣に住む人がどんな人かも知らないというようなことは珍しくないのではないだろうか。そうした"都市的ご近所付き合い"で課題となるのは、地域コミュニティによる有事の際の「共助」だ。特に近日では災害関連のニュースが目立ち、防災への意識が高まっている中で、防災備蓄をそろえるなどの「自助」、避難所や支援物資などの「公助」だけでなく、「共助」しあえる関係性を日々築いていくということも、災害対策のひとつといえる。

近隣住民の顔が見えづらい東京でも、地域住民が主体となって地域交流を進め、顔の見える地域コミュニティを築いているエリアがある。東京都西東京市の旧ひばりが丘団地のエリアだ。ここでは、2014年から「ひばりが丘団地再生事業」が行われている。独立行政法人都市再生機構と大手不動産開発事業者の4社が連携し、官民連携のPPP手法で一般社団法人「まちにわ ひばりが丘」が設立された。

エリアマネジメントには株式会社HITOTOWAが入り、5年後に住民主体の組織になるよう仕組みづくりや運営を行ってきた。2016年にはグッドデザイン賞も受賞している。2020年より、まちにわ ひばりが丘の役員・正会員が開発事業者から地域住民となり、住民主体のまちづくりが行われるようになった。

「住んでいる人や住もうと思っている人が、町を理解して、参加して、好きになって。担い手の仲間になってもらうことが最終的なゴールだと私は思っています」(若尾さん)

そう話すのは、まちにわ ひばりが丘で事務局長を務める若尾さん。そして、順調に担い手が増えていっているのだそう。そうした中、住民主体で企画・運営されたのが「ひばリンピック」だ。

ひばりが丘の街並みの様子・団地やマンションが立ち並んでいるひばりんピック 開会式のラジオ体操の様子

地域運動会と地域防災をかけあわせた「ひばリンピック」とは

事務局長の照屋さんにより開会宣言がされた。開会式には他にも、西東京市長や東京消防庁西東京消防署長、ひばりが丘中学校長による来賓挨拶がされた事務局長の照屋さんにより開会宣言がされた。開会式には他にも、西東京市長や東京消防庁西東京消防署長、ひばりが丘中学校長による来賓挨拶がされた

9月22日に開催されたひばリンピック2024は、地域運動会と地域防災をテーマとしたイベントだ。ひばりが丘中学校を舞台に、体育館で地域運動会が開かれ、その他のスペースで地域防災のブースが設置された。当日のボランティアスタッフは約70名、参加者は500名以上にものぼったという。

主催者は、ひばリンピック事務局長を務める照屋さんだ。

「もともと西東京市が主催で行われていたリレーマラソンに、何名かのマンション住民で毎年参加していました。2016年から4年連続で参加していたんですが、コロナ禍をきっかけに2020年に大会がなくなったんです。自分たちでイベントを考えないと、地域のイベントがなくなってしまうと考え、『小さい規模でもいいから、地元を走るか』と有志のメンバーでまずはリレーマラソンを企画しました。コロナ禍で企画してから2年間は開催が叶わなかったのですが、2022年に初めて開催できました」(照屋さん)

2022年のリレーマラソンにはじまり、2023年の地域運動会を経て、2024年の今回は、地域運動会に加えて地域防災のコンテンツも同時開催された。実は、照屋さんは防災士でもあり、マンション防災に取り組んでいた経験がある。マンション備蓄を棚卸する際に、展示しながら住民に見てもらうなど防災意識を持ってもらう工夫をしていたというが、こうしたやり方を地域防災にも活用してみようと考えたのだそう。

「イベントに混ぜて見せるということをして防災をした方が面白いんじゃないかなと。見せるために運営側の地域住民も準備したり調べたりして知見を深められます。防災備品を実際に使ってイベントで提供すれば、自分たちの訓練になるし、参加者の学びにもなるし、一石二鳥だと考えました。また、防災というテーマが入ることで協賛企業も多く出てきてくれました」(照屋さん)

こうした経緯で地域運動会と地域防災をかけあわせて行われたひばリンピック。どのような催しがされたのだろうか。

盛り上がりを見せた地域運動会では、さまざまな住民が活躍

当日のプログラム内容。手書きのプログラムが、学生時代の運動会を懐かしく思い出させる当日のプログラム内容。手書きのプログラムが、学生時代の運動会を懐かしく思い出させる

体育館に行ってみると、幅広い世代の地域住民が続々と集まっていた。開会式からはじまり、みんなでラジオ体操をしていざ競技へ。プログラムは、小さい子どもによるスプーンボール運びやフリースロー対決などの競技だけでなく、バンド演奏や地域の空手教室の演武、ひばりが丘中学校の吹奏楽演奏と、さまざまな住民が活躍できる内容が用意された。

注目は、2012年国際スポーツ競技会・ロンドン大会で銅メダルを獲得したレスリング・湯元進一さんによるレスリング教室。ひばりが丘に住んでいるという湯元さんは、小学校の父親を中心とした会「父親の会(以下、おやじの会)」に参加している中で声をかけられたという。実際に子どもたちと組みながらレスリングをレクチャーする贅沢な時間の最後には「来年以降もやりたいです。他のメダリストも呼んでこれたらいいなと思っています」と地域に貢献する姿勢も体現し、教えてくれた。

競技の最後を締めるのは、白熱の綱引き対決。小学校の低学年部門、高学年部門、大人部門に分かれ、接戦が繰り広げられた。会場中学の吹奏楽部による応援演奏をバックに、体育館いっぱいの観客が集まり、一丸となって綱引きに熱中する会場。一体となって盛り上がる様子は、伝統的に行われている祭さながらだった。外から越してくる人も多いというひばりが丘。もともと古くからの行事や文化などがなかったり、薄れてしまったりしていたからこそ、新しいものを自分たちでつくっていきやすいという。こうした熱狂の瞬間が引き継がれていくことで、地域の伝統行事となってゆくのだろう。

当日のプログラム内容。手書きのプログラムが、学生時代の運動会を懐かしく思い出させるレスリング教室の様子。みんな釘付けになり、子どもたちは前のめりに参加していた

まちづくりにおいては住民の主体的な参加が求められるが、そこに難しさを感じる自治体も少なくない。決して運営するのが楽とはいえない規模感のひばリンピックを、自発的かつ主体的に取り組む方はどのようなモチベーションで携わっているのだろうか。

地域運動会を取り仕切っていたのは原田さん。2022年のリレーマラソンにランナーとして参加したことをきっかけに運営に興味を持ったという。2024年度の開催に向けて、6月から企画や会場設計、運営などの準備を引っ張ってきた。本業の傍ら、準備が思うように進まなかったこともあったというが、とにかく楽しいと話す原田さん。

「地域の人たちと自然に知り合っていくのが楽しくて。元の人やよそから来た人、異業種の人など、いろんな人とつながれます。会社とは異なるコミュニティで活動すると、勉強になりますし、挑戦の機会にもなっていますね。

自分たちも子どもの頃には、地域の大人にお世話になっているはずなんですよ。だから今度は自分の番だなと思っています。人が集まらなくならないように、自分たちも楽しみながら、息子や息子の友達を呼んだりと若い世代も巻き込んでいきたいです」(原田さん)

ちなみに、原田さんはひばりが丘中学校の父親を中心とした会「おやじ倶楽部」の会長も務めている。事務局長の照屋さんもおやじの会に所属しており、ひばリンピックで活躍する運営メンバーの多くはこうした父同士のつながりから発展しているとのことだ。「まちの子みんなうちの子」をモットーとしているというが、原田さんも息子をイベントに連れてくることで、自分以外の大人と関わって成長していく姿を見れるのが良いと話していた。

親たちにとっては会社以外での挑戦の機会、子どもたちにとっては学校以外での幅広い世代交流と、地域というさまざまな立場の人が含まれるコミュニティだからこそ日頃の生活では味わえない刺激や発見も多いのではないだろうか。

当日のプログラム内容。手書きのプログラムが、学生時代の運動会を懐かしく思い出させる最後の綱引きでは、パワーバランスが均等になるよう調整をしながら、フェアに対決が繰り広げられた

地域防災の裏テーマは「マンション同士の横のつながりづくり」

防災のコンテンツは、1階展示ブース、調理室、玄関外のスペースの3ヶ所で実施されていた。

展示ブースでは、地域で防災の活動をする方々の展示や、防災関連の商品を扱う企業、警察署などがブースを設置していた。西東京市の団体「にしにしnet.」が防災や災害時対策の方法を伝えるパネルを設置していたり、防災ワークショップデザイナーとして活動する方が災害時のマンションの下水の仕組みをモデルをつかって伝えていたりと、同じ住民としての立場で伝えるからこそ、参加者は当事者性を抱きやすかったのではないのだろうか。

さらに、奥村印刷の折り紙食器「beak」の組み立てを実際にやってみる親子連れの姿や、#9110や巡回連絡カードの重要性を伝える警察官の姿など、さまざまな立場から防災についての情報提供があった。

外では、消防署がAEDや消火器の使い方を体験するコーナーを実施していた。煙の中を体験できる空間も用意され、消防署ならではの本格さだった。消防署の隊員に実際に教えてもらえる機会もなかなか貴重だからか、多くの人たちが体験していた。

防災の展示ブース防災の展示ブース
防災の展示ブース消防署のブースでは、消火器体験・煙体験・AED体験ができた

そして目玉は、調理室で行われていたポリ袋クッキングだ。ポリ袋クッキングとは、ポリ袋に食材を入れ、湯せんで火を通す調理方法である。非常時にライフラインが使えなくなっても調理ができる。この日は地域の方々によって、ポリ袋クッキングで作ったさばカレーがふるまわれていた。

防災ブースの運営を担当した二宮さんは、来てもらう人の防災への意識づけはもちろん、もう一つの意図として、マンション防災委員会同士の横のつながりも目的としたという。

「ポリ袋クッキングのブースは『ひばりが丘フィールズけやき通り(以下、フィールズけやき通り)』のマンション防災委員会が中心となって運営していますが、こちらのマンションは防災活動が非常に進んでいるんです。他のマンションではまだそこまで進んでいなかったので、この機会にフィールズけやき通りが実践しているポリ袋クッキングを広め、他のマンションもできるようになればと考えました。フィールズけやき通りの防災委員会も、近隣マンションへ活動を広げたいという思いがあったので、今回一緒にブースを運営することで、横のつながりをつくり、お互いに教え合える関係を築くことができました」(二宮さん)

マンションの多い地域。それぞれのマンション内で完結せず、横のつながりを築いていくことで、地域全体の防災力を高めることにつながるだろう。防災委員の連携による新たな地域活動や、さらなる知識共有がひばリンピックをきっかけに広がっていくことが期待できる。

防災の展示ブースポリ袋クッキングでは、多くの方がてきぱきとカレーをつくっていた。カレーを頂いたが、カレーとさばという組み合わせが新鮮で、災害時の非常食ということを差し引いてもおいしかった
防災の展示ブース村上さん(写真左)は、防災ワークショップデザイナー。「おしゃべり喫茶」という防災について話すイベントを地域で定期的に開いているという。防災ブースを担当した二宮さん(写真右)は、ご自身も最近マンションの理事長として防災委員会を発足させたばかり。イベントを運営しながら、自分も学んでいたと話していた

地域運動会と地域防災。一見関係ないように見えるが

地域運動会と地域防災。一見関係ないコンテンツ同士にも思えるが、話を聞いていくうちに、両方ともイベントで目指す目的は同じくしていることが見えてきた。

事務局長の照屋さんは、ひばリンピックを通じて"自然と声をかけあえるような地域住民の関係性づくり"を目指したいという。

「『ひばリンピックで会いましたよね』と言い合えるような、地域住民のコミュニケーションのきっかけになればいいなと思っています。声をかけただけで通報されるようなことがあったりするような地域もあるかと思いますが、そうじゃなくて、みんな知っているし、声をかけても気持ちよくお互いに挨拶できるような街になったらいいですね。外で会ったら、ひとこえかけたり、子どもたちもどこに行くか近所の人に知らせたりすることが防犯にもつながります」

また、防災ブースに出展していた防災ワークショップデザイナーの村上さんは、マンションだからこそ、近隣との関係性づくりが防災に役立つと話す。

「今回下水の仕組みの展示をしましたが、下水が壊れた時に戻ってくる水は、自分たちだけでなく周りのマンション住民のものかもしれないという話をしました。止めようと思ったら全部上の階に行って頼まないといけないんです。なので、日頃から周りに住む人のことを聞いたり、助け合える関係性をつくる必要があります。

マンション防災は、『私は防災対策をしていたのに、なぜ被害を受けるんだ』ということになりかねません。自分のできる範囲で自分のことやって終わりにするのではなく、全員がスクラムを組まないとだめなんです。全員でやろうとしたときに、災害時に守れない可能性があるのは誰かということを日々の生活の中で認識しておかないといけません。例えば、日本語が通じない人は災害対策を理解しているかな?一人で住んでいるお年寄りは大丈夫かな?ということをわかっておけば、助けにいくべきところが事前にわかっているから、緊急時でも全部の世帯にあたらなくてもよくなりますよね」

つまり自然と声をかけあえるような地域住民の関係性づくりを目指す地域運動会そのものも、広義でいえば地域防災のコンテンツでもあるといえるだろう。

今回の取材では、多くの住民の方にお話を聞かせてもらったが、みなさんとにかく楽しいといきいきと話していた。まちづくりも防災も、住民主体で進めていく秘訣は、いかに楽しく取り組めるかが鍵だと感じた。東京という顔の見えづらい地域で、どのように関係性を築き、継続していくのか。ひばりが丘のこれからが楽しみだ。

左側から、地域運動会担当の原田さん、事務局の青木さん、レスリング教室を開催した湯元さん、ひばリンピック事務局長の照屋さん。抜群のチームワークで参加者500名越えのイベントを取り仕切っていた左側から、地域運動会担当の原田さん、事務局の青木さん、レスリング教室を開催した湯元さん、ひばリンピック事務局長の照屋さん。抜群のチームワークで参加者500名越えのイベントを取り仕切っていた

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