国内外のツーリストに昔ながらの里山風景を見せるガイドツアー「SATOYAMA EXPERIENCE」
岐阜県北部に位置する飛騨古川は、昔ながらの日本の里山風景と文化が色濃く残るまち。江戸時代から続く町並みには白壁土蔵や石畳の小道が広がり、日本の伝統や奥ゆかしい趣きが漂う。春の桜・夏の緑・秋の紅葉・冬の雪景色…と四季折々の表情でまちを彩る自然の豊かさも魅力の一つだ。
アニメーション映画『君の名は。』を観た人であれば、その舞台となったまち、と言えばイメージしやすいかもしれない。映画で描かれた飛騨古川駅や気多若宮神社、飛騨古川図書館などはファンにとって訪れたい場所となっており、その風景や町並みを”聖地巡礼”する観光客も多い。
そんな映画ファンに限らず、近年この古き良き田舎町には外国人観光客も増えている。ただし、いわゆる有名観光地でのオーバーツーリズム現象のような様子とは少し違う。インバウンド需要が高まっているのは確かだが、このまちでは、観光名所をまわって旅行を楽しむというよりも、田舎暮らしの日常・ローカルな日本を垣間見たい国内外の観光客の姿を近年多く見かけるようになった。
このような状況の一端を担うのが、ローカルならではのガイドツアーを提供している「SATOYAMA EXPERIENCE」だ。飛騨の良さを知るスタッフが、サイクリングやスノーシューなどのアクティビティを通じて里山暮らしを伝えるガイドツアーで、単なる観光に留まらず、地元の人々との交流や季節ごとの農作業体験、料理体験など、ここでしか味わえない特別な体験がツーリストから高く評価されている。
また、飛騨古川市内に2棟ある「SATOYAMA STAY」での宿泊体験も興味深い。
”100年後の町並みをつくる宿”を掲げる「SATOYAMA STAY」は、TONO-MACHI棟の方は、長年親しまれた和風スナックを改装。もう一方のNINO-MACHI棟も風情たっぷりの建物で飛騨古川の町並みに溶け込んでいるが、実はこの宿、リノベーションした建物かと思いきや新築の木造建築なのだ。
世界を旅したオーナーが、「古き良き素朴な日本の生活」こそ日本の良さ!と想いを込めたプロジェクト
「SATOYAMA EXPERIENCE」「SATOYAMA STAY」を運営するのは株式会社美ら地球(ちゅらぼし)。代表の山田拓さん・慈芳さん夫婦は、”日本の田舎”に熱い想いを持っている。
もともと東京で暮らしていた山田さん夫婦は、各国の自然や文化、人々との交流を求めて2年間世界を旅したそう。その中で考えたのが「日本の良さ」について。日本を離れ外から故郷を見たときに、それは「古き良き、素朴な日本の生活」だと思ったという。
帰国後は都会からの移住を決意。農村風景の広がる飛騨古川の自然や昔ながらのあたたかさが息づく里山文化こそ自分たちの求める暮らしがある場所と感じ、2008年に飛騨古川に移り住んだ。
同じ頃に、豊かな自然や趣きある町並みを守り後世に伝えたい想いと、古き良き日本の里山暮らしを世界に発信するため起業。2010年にガイドツアー「SATOYAMA EXPERIENCE」をスタートさせた。
飛騨古川を知るガイドツアー「SATOYAMA EXPERIENCE」は、里山の暮らしを楽しむためのサイクリングツアーとして始まった。このまちに住む人にとっては当たり前の日常を国内外の観光客に体験してもらうのだが、有名観光地を巡る旅とはひと味もふた味も違うローカルと触れ合うツアーは外国人観光客にも好評。自国では見られない田んぼの風景などは特に喜ばれるそうで、サスティナブルな暮らしが息づく里山は、サスティナビリティに対する意識が高い諸外国の人々にとっても興味深くうつるようだ。
各国の小さな宿をベースキャンプにしながら世界を旅した経験から、「宿がもつ機能は、旅にとって重要なもの」と実感していた山田さん夫婦は、「SATOYAMA EXPERIENCE」がスタートして8年ほど経った頃に宿泊施設づくりに着手する。
「当時は年間5,000人程のガイドツアー客がありましたが、古川には宿が少なく、皆さん高山に泊まることが多いんです。もっと地元に貢献できるようにするには、やはり日帰りではなく宿泊して地元の飲食店などを楽しんでもらいたいので、小さい規模の宿であれば自分たちでツアー客を受け入れるのは可能なんじゃないかなと。古民家や民泊が注目されていたり、改修に対する補助や旅館業法の改正といった制度的な流れにも背中を押されました」(山田慈芳さん)
飛騨古川の農村部に多く存在する空き家問題にも携わっていた山田さん夫婦にとっては空き家対策の側面もあり、活動が10周年の節目を迎える2020年7月に「SATOYAMA STAY」が誕生した。
「100年後の町並みをつくる宿」を掲げ、敢えてゼロから造り上げた新築木造町家
前述のとおり、「SATOYAMA STAY NINO-MACHI」は一見すると古民家をリノベーションしたようにも見える新築の木造町家。
ここは料亭だった建物と築120年の土蔵があった場所で、元料亭の跡地に母屋を新築して3つの客室を、蔵はリノベーションして1棟貸し切りの「離れ」とした全4室の宿になっている。
建築の大前提は、町並みを守り・つなぐこと。また、木造建築の伝統を継承すること、その技術を持つ職人の仕事をつくること、さらに、飛騨古川を知ってもらうことも根幹に据えたと山田さんは話す。
とはいっても、飛騨の文化・モノ・ヒトの力を注いだ「伝統構法による木造町家の新築」は一筋縄ではいかない。日本の伝統的な建築構法は、金物を使わない木組み、石場建ての基礎、通し抜き、土壁などが特徴だが、そのような木造建築を現代の市街地で建てるには建築基準法上の制約があり、建材の調達や事業の採算性の面からも難しく、完全再現は不可能だ。しかし、現代の木造構法で”古民家風”に建てるという選択はせずに、できる限りの伝統構法を貫き、木組みで建てた宿を完成させた。
ふわりと木の香りが漂う客室は、和モダンな雰囲気が外国人観光客からも好評。布団敷きのような低いベッド、腰掛けやすい低座椅子、畳ソファなど、海外からのゲストも快適に「畳上で過ごす感覚」を味わってもらえるようにしているそう設計は、同じ町内で町家リノベーションを数多く手がけている70代のベテラン一級建築士に依頼。飛騨古川の町並みや伝統と文化を深く理解する匠は、敢えて軒高を高くせず隣家の軒高と合わせて景観に配慮。町並みに溶け込むようにすることで”新築感”が出過ぎないファサードとなっている。建物内は古民家の手法を用い、豪快な柱や厚鴨居、小屋梁を中間で支える「牛丸太」を多用するなど飛騨らしい木の存在感が漂う。また、入り口の「大戸」は近所から譲り受けた古い扉を再利用するなどもした。
建築を任されたのは高山の工務店。岐阜の銘木・東濃桧を多用した木組みによる建築は職人技なくしてはできない。今やほとんど建てられなくなった伝統構法の技術継承も願い、建築チームに若手大工を入れることを依頼時にリクエストしていたことにも熱い想いを感じる。
家具や小物はそのほとんどが飛騨の職人によるオーダーメイドで、古い水屋を改装して再利用するなど古材や古民具を活かしたアイテムも。また多目的スペースとして使われる1階のキッチンスタジオでは、飛騨家具職人の技だけでなく地元陶芸作家の素晴らしい技にも触れられる。壁一面に貼られているのは手びねりによる般若心経の陶文字アート。そのアーティスティックな場所は宿泊客の朝食会場となるほか料理教室などのイベントを行っており、ゲストは飛騨の郷土料理体験を楽しんだりできるそう。このように宿まるごとが飛騨の文化や伝統工芸を体験できる空間となっている。
できる限りの「伝統構法」「地元の建築材」「地域の人の手」でつくり上げた宿
町並みと職人技を未来へ。100年後に古民家になる「SATOYAMA STAY」
「飛騨古川は、飛騨の玄関口である高山から車・電車で20分ほどの小さなまちです。町中を出ればすぐそこに里山が広がっていて、『ひだびとの日常』を感じられるところが一番の魅力ではないでしょうか」と山田さん。
山田さん夫婦と同じく、宿やツアーに関わるスタッフの多くが移住者で海外経験者も多い。彼らは「外から見た飛騨古川の魅力」がわかるからこそ、まちや「ひだびと」の良さが訪れる人々に伝わりやすいのだろう。その飛騨古川を愛する想いこそが「SATOYAMA EXPERIENCE」「SATOYAMA STAY」を強く支えていることがわかる。
現在は、アルバイトやインターンシップ、留学前に英語をブラッシュアップするため宿に関わる学生もいるそうで、里山の魅力発信や外国人との交流に興味を持つ若者が増えている状況だ。
「地元の小学校で町並みに関する授業をさせていただいてますが、この町並みや飛騨の職人技を子どもたちに伝えていきたいです。子どもたちが成長して町を出て、外の世界を見て、改めてこの町の良さに気づいて戻ってきて、古民家文化を守り育ててくれたら嬉しいですね。そのためにも、今後はもっと地元の人との触れ合いが生まれるようにしたいですし、宿も増やしたいと思っています」(山田慈芳さん)
いまから100年後に古民家になっていることを願い、「100年後の町並みをつくる宿」とした「SATOYAMA STAY」。飛騨古川の魅力を伝えたい・つなぎたい想いを具現化したこの宿は、町並み継承の模範事例になりそうだ。
■SATOYAMA STAY https://satoyama-experience.com/jp/satoyama-stay/
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