家族の希望に沿った住宅再建を目指し、たどりついた「NESTING」
2024年1月1日16時10分ごろ、石川県能登半島で、最大震度7の地震が起こった。これを含め、2020年12月以降の一連の地震活動について、気象庁により、「令和6年能登半島地震」と定められた。
取材させていただいた沼田汐里さんは、能登半島の羽咋市にある実家から車で30分程南下した場所で被災。その後、勤務地の神奈川県と行き来しながら、家族とともに罹災証明で「全壊」の判定を受けた実家の再建に取り組んでいる。再建した暁には、実家にはこれまで同様に、祖母と実父、実母が暮らす予定だ。そのため、沼田さんは、これまで暮らしてきた実家を解体し拙速に建て直すのではなく、今後の家族の長期的な生活を配慮しながら、なるべく早く快適な生活を再開できるよう効率的に再建を進めたいという考えに至った。
いくつかの建築工法などを検討した結果、沼田さんは、自身が所属する建築テック系スタートアップのVUILD株式会社が立ち上げた「NESTING(ネスティング)」というデジタル家づくりサービスを活用することに決めた。このサービスは、2022年4月に提供が始められ、2024年4月にはプラモデル感覚で住宅を施工できる、専用キットの供給も開始された。同社は「建築の民主化」を目標に掲げ、デジタルファブリケーション技術を駆使して、多くの人がものづくりの担い手になれる環境づくりを整備している。
スピーディな住宅再建の在り方は、災害のたびに議論されているテーマだ。
そこで今回の記事では、これまでのご家族の住まい再建の経緯を紹介するとともに、住宅再建のツールとしてのNESTINGの可能性について同社代表の秋吉浩気さんにお話を伺うことにした。
被災後、建設業界の混乱の中でも、希望の住まいをかなえる方策を探る
震度7の地震が起こった次の日、1月2日に、沼田さんは羽咋市の実家を確認した。倒壊は免れたものの、建物の真下に大きな亀裂が走り、家の中に入ってみると、家の半分ほどが傾いていたほか、全体的に不均一に不陸が生じているのがわかったという。
「増築部分との境目に目立つ段差がありました。いくつかの家具は倒れていましたが、窓ガラスなどの破損はありませんでした」(沼田さんの母)
建築物応急危険度判定の紙が建物に張り出されたのは、1月14日だった。この時点での判定は、「要注意(黄色)」だったという。一方、1月3日に申請した罹災証明(全壊、大規模半壊、半壊などが示される)は、すぐには発行されなかった。
「国からの支援はあくまでも罹災証明が基準です。罹災証明が下りるまではみなし仮設の対象になるかわからないので、現実的な再建の計画が立てられません」(以下、2、3章の発言はすべて沼田汐里さん)
ご家族は一旦身を寄せていた親戚宅を離れ、1月24日以降、傾いたままの実家で暮らすことにした。沼田さんが実家の再建の方針を検討し、NESTINGの活用を考え始めたのはこの時期だ。
「国が用意する応急仮設住宅や支援などを待つのではなく、自分たちで実家の再建に向けてなんとか動き出すことはできないのだろうか、と考えるようになりました。応急仮設住宅は、入居できたとしても必ずしも家族の生活スタイルに合うとは限りません。また今後、震災復興などで起こりうる職人不足といった状況の中でも、私たちの望むペースで再建を進められないだろうか、とも思いました。支援したいと再建方法を一緒に考えてくれる会社の後押しもあり、NESTINGというデジタル家づくりサービスが有力候補に上がってきたのです」
これまでの家づくりは、設計士が設計し、大工などの職人が建てるというイメージだが、NESTINGはそこに住む人が自ら家の広さや間取り、デザインを考え、家族や友人と一緒に建てることができるサービスだ。VUILDが全国に導入を進めるデジタル木材加工機械「ShopBot」を活用してつくられる住宅キットは、DIYの初心者でも組み立てられるよう、1つあたりのパーツの重さを10kg以内に抑えることや、参加者が現場で刃物が付いているような工具・道具を使わずに組み立てられるような加工が施されているのだという。
全体のおおまかな流れはこうだ。
① 専用のアプリを用いて、建物の広さや、間取り、仕上げなどをブロックを組み立てるように編集する。自身でデザインした内容に基づいて、概算見積もその場で算出される。
② アプリで概要を固めた後、設計士と話し合いながら具体的な図面にする。
③ 土地の情報をもとに詳細を詰める。土地が決まってない場合は紹介も可能。
④ 完成した設計データをもとに、近場のデジタル加工機で家の部品を加工する。その部品をプロの指示の下で組み立てる。
「このやり方であれば、資材や職人が不足しているときでも、家族が手を動かし、知り合いに協力を仰ぐなどして作業を進められるのではないかと思いました」
基本プランをもとに住宅の模型をつくり、家族と一緒に設計のワークショップ
罹災証明が交付されたのは、2月初頭のことだ。「全壊」の判定を受けたことから、その後、沼田さんとご家族は実家の再建の計画を進め始めた。
3月半ばには、祖母、母とともに新たな実家の間取りを検討する“ワークショップ”を試みることにした。建築関係の仕事に携わる沼田さんは、祖母、母にもわかりやすいようにと、段ボールと発泡スチロールなどを使い、あらかじめ実家のごく簡単な模型を実寸の3/10スケールでつくっておいた。敷地の広さ、家族の要望などを踏まえ、再建する家の広さは30坪になることが決まった。NESTINGは家の広さなども自由に変えられる。
「ミニチュアの壁や家具、水まわりなどの設備機器を動かしながら、一緒に間取りや動線を考えていきました」
家族で話し合った結果、新たな実家のプランには家族それぞれの個室を確保するほか、デイケア施設に通所予定の祖母を配慮して、接道から出入りしやすい場所に玄関や車寄せのスペースなどを配置することにした。また、内装は自由なので、現状の実家に使われている引き戸や欄間などを転用し新築であっても趣は引き継ぎたいとする。
「間取りの概要が固まったので、テンプレート化された3Dデータをもとに細部を調整していく予定です。住まい手自らが主導で物事を決められるので、通常の家づくりの場合と比べて、計画が早く進むのではないかと期待しています」
家を一緒につくるプロセスも大切。人と人がつながり集うことが創造的復興の源泉
ここからはNESTINGを提供しているVUILDの秋吉代表にうかがった、被災地での住宅再建の在り方についての考えを紹介していく。
「国が主導で大きな指針を示し補助金を用意するわけですが、それぞれの家庭では必ずしも希望に合った住宅を再建できるとは限りません。応急仮設住宅のように、緊急性を優先して均一な仕様で大量供給せざるを得ない、住まい手もほかに選択肢がないという状態もその範疇だと思います。(避難先での生活が長期化することも想定すると)住まい手の希望を最大限かなえられ、そして可能な限り早く再建できるような家づくりの在り方があるといい、と常々考えていました」(以下、発言はすべて秋吉代表)
NESTINGはそれらを実現する家づくりのひとつになり得る、と秋吉代表。先に述べたような再建を目指す場合には、下記の4点がメリットになるだろうという。
「ひとつめは、それぞれの住まい手が自由に設計を行い、自分たちの状況に合うペースで再建を進められること。2つめは、基本プランをもとに自由にアレンジがきくこと。地域に流通する木材を活用したり、それぞれの地域の気候風土に合わせて(断熱性能などの)スペックを調整できます。今回、能登モデルとして、200㎏の積雪に耐えうるような仕様にアップデートしました。
3つめはDIYなどで工事を進める場合、人と一緒につくる楽しみが生まれること。つくることを通じて新たな出会いがあり、つくる過程そのもの前向きな気持ちを生み、心の復興につながるかもしれません。そして、4つめは一旦完成した後のカスタマイズ性の高さ。まずは補助金などを活用して小さくつくり、少しずつ増築していくなどという計画も考えられます」
基本プランは、沼田さんの事例でも紹介した通りWEBサイト上にテンプレートが用意されており、住まい手はこれを活用して設計を進めればいい。不明点があればNESTINGの担当者がサポートする。使用する資材の加工は、NESTINGのサービスと連携したデジタル加工機を所有する施設で行う。石川県内には3カ所あり、業種は不動産会社、工務店、美術系大学とさまざまだ。
「総工費は、個室が3部屋を含む24坪の平屋のプランの場合、DIYを主とするなら資材のキットのほか電気配線など専門業者に依頼するすべての工事費を含めて約2000万円ですね」
5月現在、能登半島の被災地では、沼田さんのご家族が先んじてNESTINGを活用した住宅再建に取り組んでいる格好だ。
「関係者でもある彼女が住宅を完成させた後に、それを先行事例として紹介し、より多くの方にNESTINGでの再建時のメリットを伝えていきたいと思います」
そして、秋吉代表は最後にこのように付け加えた。
「今回、NESTINGを活用した復興で大切にしたいのはハードそのものだけでなく、みんなで一緒に創造していくプロセスだと考えています。これまで災害などの復興の際に現地の皆さんに話を伺うと、結局求めているのはみんなが集える場所、ということも少なくありませんでした。そういう意味では(一緒に家をつくるなどを通して)継続的に何かに関わり皆さんがつながっていくことが重要で、NESTINGがそのきっかけになれば嬉しいですね」
■VUILD株式会社 https://vuild.co.jp/
■NESTING https://nesting.me/
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