おくの細道むすびの地、アニメの聖地に生まれた「ミドリバシ」
松尾芭蕉の「おくのほそ道」紀行むすびの地である岐阜県大垣市。「奥の細道むすびの地記念館」の周辺は川沿いに遊歩道が整備され、芭蕉の句碑が点在する。桜の名所としても名高い水門川のほとりにたたずむのが、築70年以上の古民家を改修した「ennoie ミドリバシ」だ。シェアスペースとして2019年から活用が始まり、2023年12月、5つのシェアキッチンを有する空間に生まれ変わった。
折しも取材日は桜が満開。平日にもかかわらず川辺は花見客でにぎわい、散策がてら「ミドリバシ」を興味深くのぞいたり、イートインやテイクアウトを楽しんだりという姿が多く見られた。この建物が、2018年以前は塀に閉ざされた空き家だったという。
「ミドリバシ」を改修し運営するのは、大垣市の現代設計事務所。同社は、空き家再生にとどまらず、ミドリバシ利用者の起業支援まで踏み込んでサポートしている点が画期的だ。なぜ住宅会社が「空き家再生×飲食業の起業支援」を始めたのか? 現代設計事務所ミドリバシ不動産の垣本航平さんにお話を聞いた。
設計事務所が、なぜ空き家再生を始めたのか?
古民家を改修したシェアスペース「ミドリバシ」は、2019年オープン時と2023年リニューアルオープン時で表情ががらりと変わる。まずはミドリバシの誕生ストーリーを紹介しよう。
そもそも、住宅の新築・リノベーションを本業とする現代設計事務所が空き家再生に取り組んだのは、住宅会社としての使命感からだった。
「新築の家はともすると50年後には空き家になり、自分たちが空き家づくりの一端を担っているという責任を痛感しました。そこで大垣に数多くある空き家の再生を目指して、店舗の担い手づくり、というとおこがましいのですが、起業チャレンジができる場を整備しようと考えました」(垣本さん)
実は同社では、ミドリバシを手がける前に2件の空き家再生を手がけたものの、オーナーと事業主のマッチングにとどまった。結果、1年を待たずして空き家に戻ってしまったという反省点から、「起業支援」という視点が生まれたそうだ。
さて起業支援の地とするには、空き家の持つポテンシャルが重要となる。「ミドリバシ」の舞台となる築70年以上の古民家は、同社スタッフがポスティングをしていた時に心惹かれた場所だった。
「水辺があり、橋がかかり、桜が咲き誇るという最高の立地でした。オーナーさまの住所しか分からなかったため何度もお手紙を送り、ようやくお会いする機会が得られたのです。ほかにも引き合いがある中、『地域に役立つ方法で活用してほしい』というオーナーさまの想いにプロジェクト内容がマッチし、賃貸契約を結ぶことができました」(垣本さん)
「ミドリバシ」第1期から、独立する事業主が誕生!
2019年、いよいよ「ミドリバシ」がオープン。5年限定の賃貸契約のため、床の補修など最小限の改築を行って、シェアキッチン1つを備えたシェアスペースに変貌させた。玄関から靴を脱いで上がり、縁側や和室で寛ぐといった古民家らしさが魅力の一方で、閉じた造りのため周知には少し苦労したそうだ。
「飲食店としての使い方をアピールするため、自社でも食堂を運営しました。月半分は飲食店、あとは英会話やヨガといった講座利用で全体の稼働率は3~4割ほどでしたね」(垣本さん)
コロナ禍で利用者ゼロというピンチにも見舞われたが、収束しかけた頃に「起業支援」というひとつの道筋が見えてきた。ある事業主が「ミドリバシ」でカフェを半年ほど運営した後、焼き菓子の店を開業することになったのだ。同社ではカフェを誘致したい物件や銀行を紹介して、独立をサポート。「ミドリバシ」初の卒業生となり、今も起業を目指す人への講師を買って出てくれるなど良好な関係が続いている。
こうして5年の賃貸契約が終了し、「ミドリバシ」はターニングポイントを迎える。
「この物件をオーナーさまから購入し、リニューアルすることにしました。『何かをやりたい』という人が100屋号ほど集まったのはとても有意義で、この財産を無駄にせず、周辺にある空き家の担い手支援を加速したいと考えたのです。同時に事業としても健全化してミドリバシの継続に注力することにしました」
「ミドリバシ」第2期は、5つのシェアキッチンが登場
2023年12月、「ミドリバシ」はめでたくリニューアルオープン。自社保有物件となり改修の自由度が上がったなか、同社がいちばんこだわったポイントとは。
「利用希望者が増えて日程調整が難しくなってきたので、シェアキッチンを増やすことでした。厨房を5つも設けたら、1階の客席が少なくなってしまって(笑)。4~5店稼働する日は2階も客席にしています」(垣本さん)
起業支援のなかでも飲食業のサポートに注力しているのは、設備投資を含めて開業のハードルが高いからだという。「ミドリバシ」のキッチンは、シンク・コンロ・冷凍庫・冷蔵庫・オーブンなど最小限の厨房機器を備えたごくシンプルな仕様。日ごとに利用者が変わるため、汎用性を高めたそうだ。
もうひとつの大きな変化は、動線の変更。テラス席から店内へ入る“まちに開いた空間づくり”は設計事務所の視点が生かされている。道行く人が店内の様子をうかがいやすく、店内からも景色を愛でやすい。地域に溶け込むオープンな空間へと見事に生まれ変わった。
シェアキッチン利用者の声「仲間の存在が何よりの魅力」
「ミドリバシ」第2期には、飲食店を継続出店する5つの「MEMBER’S SHOP」が入居した。メンバーはこれまでの利用者や紹介のなかから募り、面談で決めたそうだ。
「キッチンや客席をシェアしながら運営していただく方式なので、互助の意識が高い方にお願いしました。1年間・週3日以上出店するのが条件で、出店料は1日7,000円ほどです。メンバーの方とは月1回面談を行い、収支面などの立ち入った話もします。困り事があればアドバイスをしたり、適任者を紹介したりすることもありますね」(垣本さん)
場所貸しにとどまらず積極的に関与することは、コミュニティの醸成にも役立つ。最近「スポット利用をしたい」という声が急増し、既存店の新ブランドのテストマーケティングに使われることもあるそうだ。このような空き家再生×にぎわい創出に「起業支援」まで踏み込んだ取り組みは、まだまだ珍しい。「今は目新しさで集客できていると思うので、まずは1年間手探りでチャレンジしていきたい」と垣本さんは話してくれた。
最後にメンバーの3人に「ミドリバシ」の魅力を尋ねると、3人とも「仲間がいる心強さ」と答えてくれた。共感できる仲間づくりこそが、起業や事業継続の原動力になるのかもしれない。
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