建築物をつくらない、キャンプを練習するという2つの新機軸・秋葉原高架下「campass」

2010年以降高架下ではさまざまな活用が試みられてきた。その中でも活用法のユニークさで特筆すべきは、今回ご紹介する秋葉原の高架下にあるキャンプ練習場「campass」だろう。

どこがユニークなのか。
まずひとつ目は高架下に何も作っていないという点。他の活用ではなんらかの形で高架下に建物を作っているケースが多く、そうなると高架に影響を与えないように細心の配慮が必要になる。

知らない人が見ると高架下の建築は高架を屋根に、橋脚を壁にしているように見えるが、鉄道の安全を確保するため高架下の建物は高架とは完全に独立していなければならない。意外に神経とお金を使うものだが、キャンプ練習場は屋根の恩恵にはあずかっているものの、壁は不要、床も貼る必要がない。テント自体、ある種の仮設と考えると、キャンプ練習場として使うために建築は不要。

もちろん、土地を整備するなど多少の投資は必要だが、建物を建てることに比べれば誤差の範囲。あまり投資することなく始められるのである。

従来の高架下といえばこんな場所が一般的だった。それがここ10数年で変わってきた従来の高架下といえばこんな場所が一般的だった。それがここ10数年で変わってきた
従来の高架下といえばこんな場所が一般的だった。それがここ10数年で変わってきた高架の下にテントサイトが並ぶキャンプ練習場campass

もうひとつ、そもそもキャンプを練習するという発想自体がこれまでなかった。空前のアウトドアブームとのことでこのところソロキャンプなども流行っているが、多くの人は誰か知っている人に連れて行ってもらうか、ぶっつけ本番でチャレンジしてきた。それですそ野は広がってきたが、実はその背後に「やってみたいけど……」とためらっている人がいるのも間違いない。私の身の回りでも「行っては見たいけれど」という人が少なからずいる。

そこにきっかけを作ったのがキャンプ練習場である。起案したのは株式会社ジェイアール東日本都市開発経営企画部の北田綾さんだ。

従来の高架下といえばこんな場所が一般的だった。それがここ10数年で変わってきたこのところ人気のキャンプだが、これまでは練習をするという発想はなかった

母と子2人キャンプのハードルが、この提案に繋がった

北田さんは3人の子どもの母。家族揃ってキャンプに行くようなアウトドアファミリーだったが、長男が野球を始めることになり、週末はキャンプに参加できないことに。

「夫がコーチを務めることになり、となるとキャンプに行くとしたら私と子ども2人ということになります。子ども2人の安全を見守りながら車で移動、テントを立てて、重い荷物を運ぶと考えると、これは無理だと思いました。

そう考えた時、世の中にはキャンプに行ってみたいと思ってもさまざまな理由で踏み出せない人がいることに気づきました。憧れて行ってみたけれど行ってみたら野外では寝られない、子どもが嫌がる、道具の扱いが不安、高額な道具を揃えても続けられるか分からないその他いろいろな理由があるでしょう。

だとしたら気軽に行ける場所で、手軽に練習をしてみる場があったらと考えました。行ってみて子どもが嫌がったらすぐに帰れるし、父子だけが宿泊して母は帰宅してもよい。テントの立て方を教えてくれるスタッフがいる、道具は買わなくてよいなどと考えると都会でキャンプを練習する場は成り立つのではないかと。いつもとは違う場所で寝ることはそれだけでリフレッシュにもなります」

キャンプに行くためにはそれが1回だけでもさまざまグッズを揃える必要がある。campassでは大半のものがレンタルで賄えるキャンプに行くためにはそれが1回だけでもさまざまグッズを揃える必要がある。campassでは大半のものがレンタルで賄える
キャンプに行くためにはそれが1回だけでもさまざまグッズを揃える必要がある。campassでは大半のものがレンタルで賄える高架下の様子。こたつサイトは残念ながら冬季限定。3月末で終了

ただ、提案した段階では「そんなニーズがあるのだろうか」という声もあった。
そもそも高架下で寝たいと思うだろうか、キャンプに練習が必要だろうか、価値として提供できるものだろうか、いろいろな声があったが、とりあえずは実験として始めた。その評判が良く、メディアなどにも多く取り上げられたことから、2023年3月に事業としてスタートすることになった。

初心者には、スタッフがお手伝い。車中泊も可能

場所は秋葉原駅と御徒町駅の間、蔵前橋通りの近くの高架下で、高架下の入口を入ると目の前にトレーラーハウスを利用した事務所があり、隣接してガスグリルを利用するバーベキュースペース。最大で60人程度が使えるようになっている。

その右手に広がるのがキャンプサイト。5~6人用、4人以下用などと広さにはバリエーションがあり、全部で12張り分のスペースがあり、中にはこたつ(冬季限定。3月末で終了予定)が置かれた区画や子どもが遊べるようにおもちゃがおかれたテントも。

キャンプサイトの向かいにはトイレ、水場があり、入口近くにはレンタル用品が置かれた窓口もある。ここではテントからテーブル、椅子、クーラーボックス、ランタン、ハンモックなどさまざまな器材が用意されており、必要に応じて借りることができる。「一式揃えようと思うと10万円を超えてしまうこともあるのではないでしょうか」と北田さん。買ったら置いておく場所も必要と考えると、都心ではそれもハードルになる。そのためか、レンタル品は非常によく使われているそうだ。

左側がスタッフのいるオフィス。すぐ右に受付エリアがあり、その奥がバーベキューエリア左側がスタッフのいるオフィス。すぐ右に受付エリアがあり、その奥がバーベキューエリア
左側がスタッフのいるオフィス。すぐ右に受付エリアがあり、その奥がバーベキューエリア取材の日にはバーベキューで盛り上がるグループが。う~ん、羨ましい
トイレ。水場は敷地内に用意されているトイレ。水場は敷地内に用意されている

「初めてキャンプを体験するという人にはスタッフが手助けをして組み立てるようにしています。地方のキャンプ場では買ったテントの箱を開封しないまま持ってきて組み立てられなくて困っている人がいると聞いています。実際のキャンプ場に行く前には少なくとも組み立て方を確認しておいたほうが良いですね」。

面白いことに利用者の中には新しく買ったテントを試してみたいとやってきてテントを組み立ててすぐにしまって帰る人もいらっしゃるとか。雨の日に濡れたテントを乾かしに来る人もいるというから、利用法は人それぞれである。

秋葉原駅~上野駅間には6路線が走っている高架から少し離れて留置線の高架があるため、一部高架のない部分があり、そこには車をおいて車中泊ができるようにもなっている。

左側がスタッフのいるオフィス。すぐ右に受付エリアがあり、その奥がバーベキューエリア必ずしもキャンプ場内ですべてを行う必要はなく、風呂は近所の銭湯に行くなどの手もある。近隣にはいくつか銭湯もあり、場内にはそうした情報も掲示されていた

キャンプは春秋、バーベキューは夏に利用者増

1年経営してみていろいろ分かってきたことがあるという。ひとつ、季節によって利用者が多い時期、少ない時期が顕著だということ。

「気候に左右されます。春秋、具体的には5月、10月は予約が取れないほどですが、夏、特に8月は暑くて大変と利用者が減ります。

ただ、夏はバーベキューが増えます。作ってから片づけるまでの時間が必要なので、バーベキューは4時間制で時間的にも余裕がありますし、買い物から始めて一緒に作る作業が入るため、仲良くもなりやすいのではないでしょうか。会社などのグループですでにリピーターもいらっしゃいます。時間を延長して半日滞在するグループもあります」。

高架の音が気になるのではという懸念もあり、宿泊利用者には無料で耳栓を配っているが、意外に気にならないという声が多い。

「夜はお酒を飲んで寝てしまう方が多く、終電も1時台でずっと走っているわけではありません。そのかわり、始発で起きるという方が多く、また、近くにある消防署の出動の音のほうが気になるという声もあります」

人気のバーベキュー。みんなでわいわい長居できるのも人気の秘密かもしれない人気のバーベキュー。みんなでわいわい長居できるのも人気の秘密かもしれない
人気のバーベキュー。みんなでわいわい長居できるのも人気の秘密かもしれない夜の雰囲気もなかなか。この日は焚火があったのでなおさら

同様に雨も気になるポイントだが、台風の時にもさほどのことはなかったと北田さん。

「豪雨だと吹き込んでくるかもしれませんが、アウトドアのキャンプ場の土砂降り状態に比べるとそれほど気になる状態にはなりませんでした」

人気のバーベキュー。みんなでわいわい長居できるのも人気の秘密かもしれないこの日はソロキャンの人達がテントを張っていた。テントの前で読書する人もおり、慣れている雰囲気だった

人気の焚火ナイト。今後は防災意識を高める場としても機能させたい

意外に利用されているのが金土日に開催される焚火ナイト。
一人550円で参加でき、椅子を借りて焚火を囲むだけなのだが、金曜日には近隣のビジネスマンが近くの業務スーパーでつまみと酒を買い、同僚と、あるいは一人で参加。週末にはカップル、ファミリーの参加が多いそうだ。都市では家庭内ですらリアルな火を見る機会は減っているが、それを都心でとなると希少な機会といえそうだ。

ただ、知識のない人がやると煙が出てしまい、通過する電車の運転手が火事と誤認する可能性があるので、焚火はスタッフが担当。乾燥した木で、空気がよく通る焚火台を使って着火、火を燃やす。焚火ひとつでもノウハウがあるものだと感心した。

入口にあった焚火ナイトの告知。都会で火を見、なんだかとても豊かな感じがする入口にあった焚火ナイトの告知。都会で火を見、なんだかとても豊かな感じがする
入口にあった焚火ナイトの告知。都会で火を見、なんだかとても豊かな感じがするいつまでも飽きずに眺めていられるのが炎の不思議なところ。空気のよく入る、煙の出にくい焚火台を利用している

もうひとつ、今後の取り組みとして考えているのはこの場が防災意識向上に役立つ存在になること。

「キャンプを経験、アウトドアの知識があればライフラインが止まっても何日かは生きていけます。東京では避難所が足りないため、在宅避難が呼びかけられていますが、その時のためにも経験は必要。加えてランタン、大容量バッテリなどが自宅にあれば安心。今後はこの場を通じて防災意識も伝えていければと考えています」

そのため、3月16~17日には地元台東区の後援で防災イベントを開催予定。楽しい時間を過ごして、その経験がいざという時に役立つ。手軽に気軽にできるキャンプ経験、やってみる価値がありそうである。

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