コンクリートから見た軍艦島。廃墟を廃墟として残すという難しさ

軍艦島近く、高島石炭資料館のある高島に立つ岩崎弥太郎の像（クレジットがないものはすべて2021年10月筆者撮影）

ご存じの方も多いだろうが、簡単に軍艦島の概要を説明しておこう。長崎港の南西約18キロの沖合に位置する正式名称端島、通称軍艦島はもともとは南北320ｍ、東西120ｍほどの瀬と岩礁からなる小島だった。ところが1810年頃に海底から良質の石炭が取れることが判明、佐賀藩による炭鉱として開発が始まる。1890年には岩崎弥太郎率いる三菱合資会社の経営となり、1897年から1931年に6回の埋立てが行われて島は現在の姿となった。

軍艦島のいわれは高層建築物を擁する島影が軍艦「土佐」に似ていると大正時代に新聞で報じられたことから。南北に約480ｍ、東西に約160ｍ、面積は東京ドームの1.3倍ほど（6.5ha）で、そこに最盛期だった1960年代には5,200人強が居住、世界一と言われたほどの人口密度だったという。

面積のうちには採炭施設などが多いことを考えると、島では限られた土地に多くの人が住まざるを得ない。また、長崎沖の外洋にある離島は常に自然災害と隣り合わせで、1905年、1914年には台風で多くの木造住宅、桟橋などが被害を受けた。端島の海底炭層は深く、急傾斜で労働状況は厳しい。同時期には周辺の炭鉱でも事故が相次いだことから三菱は労働力確保、定着率向上に苦労していた。

そうした事情から台風被害以降、島では高密度でありながら、快適、安全に暮らせる堅固な建物が求められた。それが軍艦島に高層の鉄筋コンクリート造（以下コンクリート造）の建物が密集した理由だろう。

最初に建てられたのは現在30号棟と呼ばれている日本最古の7階建て、コンクリート造の高層アパート。1916年のことである。以降もっとも高いもので10階建てまでのコンクリート造住宅に加え、病院、小学校その他の建物が建てられていった。

だが、エネルギーの中心が石炭から石油に移り、出炭量、人口は徐々に減少。1974年には閉山となり、島は無人島になった。夜間真っ暗になってしまうと船舶の航行の障害になると1975年に灯台が設置されたが（1998年に2代目建造）、建物は放置されたまま。結果、明治期に建てられた木造、煉瓦造の建物は台風による堤防決壊などですべて消失。鉄骨造の建物は腐食による自然倒壊で徐々に消失。現在は極限まで劣化したコンクリート造の建物だけが残る状態になっている。

その後、2001年にそれまでの所有者だった三菱マテリアル株式会社（元三菱鉱業）から正式に高島町へ譲渡され、島は長崎市の所有に。2009年に地域は限定されるもののフェリーでの観光客の一時上陸が可能になり、2012年には007シリーズの映画「スカイフォール」で悪役キャラクターの基地の舞台となって以来、世界にも知られるようになった。

2014年には端島全体が国の史跡指定を受け、翌2015年には「国際記念物遺跡会議（イコモス：ユネスコの諮問機関）」により、軍艦島を含む全国23施設が「明治日本の産業革命遺産製鉄・製鋼、造船、石炭産業」としてユネスコ世界文化遺産に登録された。

右側の建物が30号棟。劣化が進み、建物内に入るのは危険な状態。左側の細いものが31号棟

長崎市からの委託で設置された軍艦島補修補強研究委員会の委員長を務めた東京大学の野口貴文教授

コンクリートの劣化状況診断、保存、長寿化に詳しい東京大学大学院工学系研究科建築学専攻の野口貴文教授が軍艦島と関わるようになったのは2011年のこと。国、世界が保存のために動き始めようというタイミングである。

「建物群の価値がどこにあるのか、劣化がどこまで進んでいるのかについて意見を求められました。しかし、ここまで劣化したコンクリート造を実際に見るのは初めてでした」

コンクリート造の劣化に関しては1980年代から研究が深化し始めていた。コンクリート内部の鉄筋は腐食して錆びが生ずると膨張する。それによってコンクリートにひび割れが生じて剥落、鉄筋が露出するようになると耐力はどうなるか。鉄に電流を流して仮想的に腐食させて経過を見るのだが、実験は水の中で行われる。その場合、鉄は溶けて水の中に逃げてしまう。

ところが軍艦島ではリアルに劣化が進んでおり、錆びた鉄はその場に留まってまるで鬼の金棒のように膨張していた。さらに腐食が進行すると錆びて耐力を失い、やがては自重に耐えられなくなって鉄筋が切れる。いずれは建物も重力に耐えられなくなり自然に倒壊するだろうことが予測できた。これまで実験室内でしか検討できなかったものがリアルに眼前にあり、しかも進行しているとしたら、研究対象としてこれほど興味深いものはない。

では、それをどのように診断するか。参考にしたのは地震後に損傷したコンクリート造の建物のランク付け（被災度区分認定）。これならこれまでに見てきたものである。実際には全体の半数ほどの建物を抽出、柱や梁がどの程度残っているか、目視で調査、劣化状態をランク付けした。

その結果、軍艦島の建物の中には入ったら危険な状態であることを意味する「大破」とされたものがいくつかあった。そのひとつが30号棟。劣化は古いものから、海に近いものから進んでおり、30号棟はもっとも古い建物。当然といえば当然だが、研究者としてはもっとも残したい建物でもあった。

「大破といっても復旧できないことはありません。でも、そのためには費用もかかり、危険もある。しかも、この結果を受けて市議会が30号棟は保存しないと決めました。そこで、だからといって放置は危険だということで、もう一度全棟、全部材の劣化に応じた耐力をランク分け、２つの耐力を見ましょうと2015年に再度調査をすることになりました」

第二次調査で評価軸としたのは重力、地震に耐える力の2つ。それによって建物の耐力と余命を知り、今後の保存計画を考えようというわけだ。

「竣工時の建物の状態が分かっていれば予想はつきますが、軍艦島では初期の状態が分かっていません。コンクリートの強度は変化しないので、調べるとしたら鉄筋の量。図面から、あるいは各種非破壊検査を行うことで調べるのが一般的ですが、それをやるとなると時間、お金がかかります」

そこで初期を100としたら今はどのくらいの耐力になっているか、5段階に分類をした。コンクリートであればひび割れがない、または鋼材腐食によらない軽微なひび割れがある程度から、鋼材腐食によるひび割れがある、かぶりコンクリートが全面的に欠損している、鉄筋の内側のコンクリートまで欠損している、鉄筋が破断している段階などと決めて、それを目視などで診断。どの程度の耐力が残っているかを推測するというやり方である。

「その結果、30号棟は地震に対して建設時の2～3割の耐力しか残っておらず、震度4程度でも倒壊するだろうと予測しました。X階段のある67号棟もよくなかった。一方で高台にあって1959年築と比較的新しい3号棟はほぼ100に近い状態。コンクリート、鉄筋、壁量など現行の基準で測定しても、耐震指標の最低レベルくらいは満たしていました」

震度4といえばよくありそうな気がするが、不思議なことに軍艦島は過去震度1くらいまでしか記録にないという。揺れない島というわけで、熊本地震のときも同程度で済んでおり、結果、幸いにして30号棟も現存しているというわけである。

高台にあるのが3号棟。以前は屋上に手すりがあったが、今は吹き飛ばされてない。右側の柱状のものはベルトコンベアの支柱

建物の状況が分かってきたところで次はどの建物を保存するか。全部残すとすると1,000億円を超すような巨額の費用がかかり、とても無理。現状では護岸、かつての事務所部分までの予算しかないと野口教授。そもそも、居住施設であった建物群は世界遺産ではないのだ。

「軍艦島は明治日本の産業革命遺産の一翼を担うもの。ところが軍艦島に現存する居住用の建物群は大正、昭和期に建てられたものです。といっても史跡に立つ建造物であり、文化財の一部。イコモスは住宅もできる限り、保存するようにとしています。そのため、補修、補強に当たっては真正性、可逆性が求められます」

強度があるとされた３号館。この姿になってもそれなりの耐震性能があるとは！ 素人にはそのほうが驚きだ

ほとんどが倒壊している鉱山施設のうち、辛うじて残っているのが第二竪坑に行くための桟橋への昇降階段部分。ここから労動者は地下炭鉱へ降りて行った

この場合の真正性とは軍艦島の何が評価されているのかを理解し、それに沿ったものを保存していくと考えると分かりやすい。私たちが軍艦島を訪れるときに見ているものは日本の近代化の過程で起きた繁栄と衰退の縮図的な姿であり、捨て去られた後に重ねられた時間が生んだ廃墟であり、その美しさ、刹那さである。

そう考えると、延命、劣化を防ぐために補修、地震で倒れないように補強をするとしても復元はできない。劣化したままを廃墟として残すことが必要になる。できるだけ当時と同じ材を使うべきだし、補強材が外から見えるような状態もおかしいということになる。

「放置して劣化が進むままを見たらよいという声もあります。それは極端としても今の状態を保ち続けるのは、復元する、新しくするよりもはるかに難しいのです」

可逆性とは今後技術が進んで保存のためにより良い技術が使えるようになったときにそれを取り入れられるようにしておくこと。後から手を入れられる余地を残しておく必要があるわけである。

どの建物を残すかだけでなく、どのような状態で残すかも課題なのだ。そしてさらにもうひとつ、どのような技術が使えるかという問題もある。現在の技術のどれが保存に有効なのかの答えがまだ見つかっていないのである。

「海にかかっている橋などで使われている電気防食という技術があります。コンクリート内にある鋼材の腐食が電気化学的反応であることに着目、腐食する際に発生する電流をある意味逆回転させることで腐食を停止させるやり方で、これなら現在の劣化状態をそのまま維持することができます。そこでこの手が使えないか検討をしていますが、すでに劣化した状態に有効か、また、そのための電気をどう確保するか。技術単体だけでなく、離島という条件をクリアする方法も考えなくてはいけません」

また、2016年からはコンクリートの試験体の表面に種類の異なる化学物質や防錆剤などで塗膜を作り、内部の鉄筋の腐食が進まないようにする実験も10年計画で続けられている。それ以外にもさまざまな補修、補強方法があるが、どれが役に立つのかはこれからの問題。

また、もうひとつ、建物だけでなく、世界遺産である護岸の保存もある。護岸が台風などで損傷を受けて崩壊すると内部の土砂が流出、島の形状を変えることに繋がりかねない。過去には建物がまるまる流出したこともあった。

逆に護岸近くの建物が崩壊した場合、護岸が大きな損傷を受ける恐れもある。もともとが埋立てでできた護岸によって守られている島であり、護岸が健全な状態になければ島としての存続も危ういのである。

こうした工事にあたっては電気や水の確保以外にも重機の搬入、設置や働き手の安全確保の問題など、陸続きの土地での施工とは違う問題もある。検討は始まっていてもその実現までにはまだまだクリアすべき問題も多く、かなりの時間がかかりそうである。

明治期の護岸作りは石灰と赤土を利用した天川（あまかわ）と呼ばれる接着剤を利用した古典的な石積み工法で行われた。現在でも島のあちこちに残され、独特の景観となっている

30号棟アップ。軍艦島ツアーの感想として見られる場所が限定されていることが不満だったという人がいるが、建物の状況を考えると限定されるのは当然

その一方で建物の劣化は進んでいる。

「2015年の時点では30号棟の屋上まで行けましたが、もう危険。もともとは中央に中庭のある正方形の建物ですが、どういうわけか、東南と、北西を軸とする方向に広がり始めています。地盤沈下もあって崩壊が進んでおり、現在は各所にセンサを設置、自然倒壊のメカニズムが測定できるようにしてあります」

2020年には30号棟の崩壊がニュースになった。3月には強風の影響で建物中央部の5階から屋上にかけての梁や外壁、床が大きく崩れ落ち、内部が見える状態に。さらに7月には大雨の影響で新たに南側の4階から7階部分の床や外壁などの一部と、西側の6、7階部分の壁や梁などの崩落が報告された。

2020年に野口教授が調査結果をもとに建物ごとのさまざまな条件を加味、人間の余命の出し方を参考に劣化度の変化と倒壊時期を予測したところ、2015年9月を起点にした「余命」は30号棟で6.7年、16号棟で26.2～49.2年などとなっており、30号棟に関しては2023年時点でそれを超えている。今後、いつ倒壊してもおかしくはないというところまできているのである。

ただ、予測通りではない部分もある。雨が降った後には荷重が増え、台風が来たら風の影響でと自然の影響から崩壊が進むとみられるが、逆に壁が無くなると風圧を受けることがなくなるのかもしれないと野口教授。今後、残っていくとしたら水平部材が全部落ちてしまい、ギリシャの遺跡のように柱だけがコンクリートの力で残るのかもしれないとも。コンクリート造の極限での劣化については未知の部分が多く、軍艦島はそれを学べるいい教材なのである。

「今後研究が進めば、たとえば2021年にマイアミで起きたコンクリート造のマンションの倒壊のような事故でどんな兆候があったら危険なのかが分かるようになってくるかもしれません」

軍艦島の研究が新たな技術の進展につながるというのである。すでに調査を始めた時点からすると最初はすぐにぶつかっていたドローンの精度は上がり、センサ技術、通信技術なども進化。条件の悪い離島で使える高寿命の電池も増えた。

今はまだ試行錯誤のさなかだが、ひょっとしたら島全体を透明なドームで覆ってしまうとか、建物を内側から支える見えない枠や何をやっても破れない塗膜が開発されるとか、現時点では荒唐無稽に思える技術が問題を解決することもあるかもしれない。問題は技術を進化させる。その意味で軍艦島は日本のコンクリート技術や建築のこれからに大きく寄与する存在と言えるのである。

ところで、もし、軍艦島が無人島にならなかったとしたら建物はどうなっていただろう。最後に野口教授に質問した。

「建てられた時点での軍艦島のコンクリートはごく一般的なレベル。ただ、人が住み続けていれば劣化を完全に防ぐことはできないものの、今なら脱塩処理、防錆剤処理、塗膜による表面処理など打てる手がたくさんあります。それに住んでいれば窓を割れたままにすることはなく、窓が割れなければ劣化もそれほど進みません。人が使っている建物は100年経ってもあそこまでは劣化しません」

人が住み続けていれば建物も維持され、高密度に人が住む島としてひょっとしたら今とは違う意味で文化財になっていたかもしれない。そう考えると建物を生かすも殺すも人。軍艦島はそれを教えてくれる。機会があれば建物が残存している間に実物をその目で見ていただき、建物を大事にしていただきたいものである。

軍艦島ツアーは長崎観光の人気のアイテム。ただし、天気などによって上陸できないことも意外に多いそうだ。足元が悪いので訪れるときには歩きやすい恰好、靴をお勧めする