はじまりは「地域活性を進めないと将来の函館市に暗雲をもたらす」という想い
函館のイメージといえば、上下和洋折衷様式の建物や教会などの歴史的建造物が立ち並ぶエキゾチックな景観だろう。港を見下ろす坂からの光景は、旅心をくすぐられる。函館山の麓界隈の旧市街は、函館観光の重要な拠点だ。
ところが、このエリアでは人口減少や住人の高齢化などにより、空き家や空き地が増加し、地区の魅力を失いかねない状況にある。そこに危機感を持った函館市は、2021年にまちづくり会社を立ち上げ、地区の活性化策に取り組んでいる。観光資源である歴史的な街並み景観が失われるのは、函館市にとっては損失だからだ。
市街地の西部にあたるこの地区は、函館港が日本で最初の貿易港のひとつとして開港した当時、函館で一番栄えていた場所だった。しかし、現在は中心市街地が函館駅前や五稜郭方面に移ったこともあり、若い世代からは居住エリアとしての注目度が低いという。函館市都市建設部まちづくり景観課の品田朋廣さんは、その理由の一つに土地の問題を挙げる。開港時から発展した西部地区は、土地の区画が小さかったり、土地が道路に接していないことから新たに建物を建てることができなかったりして、建て替えがなかなか進まないということだ。
そこで、西部地区を居住と観光が融合した魅力ある地区とするための「函館市西部地区再整備事業基本方針」が2019年7月に策定された。西部地区は函館観光で重要な場所で、そこに住む人が増えてにぎわっていかないと、函館の観光はいずれジリ貧になるとの強い想いで基本方針が打ち出されたのだ。
まちづくり会社とは? 実働部隊として期待される役割
策定された基本方針を遂行する実働部隊として期待されているのが、まちづくり会社「はこだて西部まちづくRe-Design」だ。
まちづくり会社は、行政だけでは解決できない地域の課題に取り組む実働部隊として期待されている。一般的に、空洞化した中心市街地を活性化させる先導的な事業を担うために設立されるケースが多く、まちづくり会社が中心になり、市民、商業者・地権者、民間企業等を巻き込み活性化策を推進するのだ。
国土交通省の「まちづくり会社の設立・活動の手引き」によると、その活動は初動期、発展期、成熟期の3つの段階に分けられ、それぞれで取り組み方も異なってくるという。
初動期では、公益性、企業性の2つを併せ持ち、リーディング事業を実施することが求められる。そして発展期では、まちの更新のために「ディベロッパー」的な役割を担っていくことが求められ、不動産関連の事業に関わるケースも多くなる。
また一般的に、専任のスタッフを確保することが組織運営の成功を握る鍵といえ、中心市街地の立場から発想し、行動できる人材が必要とされる。さらに外部の人材を専門家として活用することが考えられ、そのための人材ネットワークの形成も重要となる。
函館では、基本方針が決まるまでに、まちづくり分野の有識者などによる検討会議が行われ、方向性の話合いがなされた。また、市民も参加しやすいワークショップを開き、「魅力や課題」「具体的なプロジェクト」などについて議論した。
それを受けて、基本方針では、「西部地区ならではの『まちぐらし』の実現」という将来像に向け、3つの重点プロジェクトに取り組むとしている。
1つ目は「共創のまちぐらし推進プロジェクト」だ。西部地区ならではのまちぐらしの実現のため、市民等と行政が連携して、共創による取り組みの検討・実施・検証を行う仕組みを構築する。2つ目は「町会活性化プロジェクト」で、対象地区町会からモデル町会を抽出し、協働で活性化や課題解決のためのプロジェクトを実施する。3つ目は、「既存ストック活性化プロジェクト」。空き家や空き地、接道していない土地の解消などを進め、民有地、公有地を含めた活用策を検討・実施し、良好な宅地の供給や生活利便施設の導入、観光交流施設の拡充などを図る。
まちづくり会社「はこだて西部まちづくRe-Design」は、上記基本方針の実現のための実働部隊として活動している。
まちづくり会社のメリットを聞いた
はこだて西部まちづくRe-Designの代表を務めるのは北山拓さん。REVIC(株式会社地域経済活性化支援機構)から出向している。REVICは、地域活性を金融や専門人材の派遣などでバックアップしていく官民ファンドで、まちづくり分野での実績も多い。函館市とは、基本方針策定の早い段階から、意見交換をしてきた。
北山さんは「まちづくりを行政が単体で進めるのは難しく、自由度が少ないのです」と話す。そこで、地元の人々へのヒアリングなどを実施しながら、まちづくり会社の設立に向けたコンセプトづくりを進め、地元の民間企業や地元の金融機関の出資に至った。
まちづくり会社のメリットは何だろう。市役所の品田さんは、スピード感だという。
「例えば、行政が土地を売ったり買ったりするには、意思決定に一定程度の時間を要し、機動的なことができません。所有者がすぐに手放したいというときに、行政だとすぐに応えられません」(品田さん)
一方、はこだて西部まちづくRe-Designの北山さんは、資金調達の面でもメリットがあるという。
「金融機関からのレバレッジが効きます。事業規模を大きくしていくとき、ファイナンスの機能は大事です」(北山さん)
そして、企業経営目線も重要なファクターだと続ける。正しいターゲットに向けて利益を上げていき、地域への支援をしっかり整備することを目指すという、当たり前の企業経営の観点で地域まちづくりを進めていくことがポイントで、まちづくり会社にはそれができると北山さん。
市役所の品田さんも、「最終的には、まちづくり会社で不動産の売買なども行っていきますが、その前段として、この地域に暮らす魅力が広く知られないと何も始まりません。そのためにも、まずは地域ブランディングを進めることが大事で、それこそがREVICさんが得意とされていることなので、我々も期待しているところです」とまちづくり会社への期待を語った。
旧北海道庁函館支庁庁舎をブランディングと収益化の起爆剤に
北山さんによると、まちづくり会社を成功させるには、地域のキーマンを見つけることが大事だという。その前提となるのが合意形成の上で成り立つ「コンセプトづくり」だ。コンセプトづくりを地元の人と一緒にやることで、ニーズを落とし込め、当然、期待感もあって地元の人からの賛同を得やすい。だから地域で活動している人と一気に距離を縮めることができるそうだ。結果、情報が集まりやすい環境が整い、新しいマッチングも可能になる。
現在、まちづくり会社で取り組む収益案件に、旧北海道庁函館支庁庁舎(以下、旧庁舎)の活用がある。はこだて西部まちづくRe-Designとして、歴史的建造物を活用する第一号案件だ。
旧庁舎は、元町観光バス駐車場から旧函館区公会堂、ロープウェイ乗り場へと移動する観光の動線上にあり、これまで観光案内所等として活用されていたが閉鎖することになった。そこで北山さんは、函館観光のシンボル的な場所だからこそ、人が集まる仕掛けを作ることが必要と考え、カフェや売店を併設することにした。
「面的にエリアの価値を高めていくことで、結果、不動産価値が上がっていく。そのためにまずはブランディングを行い、若い人に注目してもらいたい」と北山さんは話す。
DX人材を函館に求めて、大手企業が洋館のサテライトオフィスを開設
西部地区のまちづくりの成果は、少しずつ出てきている。
地元で不動産事業を営む方の話によれば、若い移住者が増えつつあり、西部地区で新しく事業を始める人もいるそうだ。北山さんがハブになって関係者同士をつなげる場合もある。
2018年には函館駅前の若松埠頭を整備して、大規模なクルーズ船も停泊できるようになった。下船して朝市を体験でき、さらに少し歩けば西部地区がある。西部地区全体の経済に与える影響も期待されている。
2023年5月には、東京に本社を構える凸版印刷株式会社が、西部地区にサテライトオフィス「ICT KŌBŌ® HAKODATE」をオープンした。DX人材を地方から採用する同社の人材採用戦略に基づき、全国にシステム開発拠点を設立していて、その5拠点目となる施設である。
まちづくり会社によって、活性化が着実に進んでいる函館市の西部地区。5年後、10年後が楽しみである。
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