神戸では急傾斜地など不利な場所に空き家が多数
神戸と聞くと港町を想起する人も多いと思う。だが、山側を見ればそれが間違いであることはすぐ分かる。平坦な土地はごくわずかですぐに急傾斜地となっているのだ。
分かりやすいのは山陽新幹線新神戸駅だろう。大阪方面から向かうと駅の右側はもう山。新神戸駅からは明治33(1900)年以来、神戸市に水を送り続けてきた布引水源地水道施設に向かうハイキングコースなどがあり、高低差は250m超。徒歩圏内にダムや滝がある新幹線駅も珍しいのではなかろうか。
新神戸駅北側だけではない。現在、兵庫区梅元町でまとまった空き家を修繕して”村”を作っている西村周治氏。当時改修していた住宅を見学するために、長田区の丸山を訪れたときにも土地の急傾斜ぶりにびっくりしたという。神戸市中心部から地下鉄西神・山手線、神戸電鉄有馬線を乗り継いで20分ほどの場所なのに、空き家が目立ち、古家のなかには100万円で売りに出ているものも。神戸市は繁華な中心部がある一方で、そこからさほど所要時間がかからないにもかかわらず、斜面に細い道が走り、空き家が多い地域が隣接しているのである。
「長田区をはじめとした市の南部では斜面地以外の商店街などでも空き家が目立ちます。兵庫区、須磨区、垂水区の山際などそれ以外にも空洞化している地域は多く、住宅地を広げ過ぎたのだと思います。しかも、山際には住居系の、規制が厳しい用途地域が多く、住宅以外に使えない場所も多々。かろうじてアトリエ、飲食などの兼用住宅だけが可能なのですが、こうした物件はニーズはあるのに物件はない。そうしたことから空き家は増える一方です」と西村氏。
高齢化、人口減少が進む事態において、空き家が増えることは問題を引き起こす可能性があるのはもちろんだが、一方で面白い試みができる場という言い方もできる。不動産価格が下落、安くてもよいから手放したいという人が出てきており、西村氏はそうした廃屋を改修、点ではなく、村という面で地域を変えつつある。そのうちのひとつ、梅元町で生まれつつある新しい村、梅村(バイソン)を見に行ってきた。
梅元町の村=梅村(バイソン)が生まれた経緯
梅村(バイソン)の最寄り駅は地下鉄西神・山手線大倉山駅。新幹線駅である新神戸駅から3駅目、神戸の繁華街三宮から2駅目の、駅を降りると市立中央図書館などがある大倉山公園、神戸大付属病院などがある駅だ。
そこから宇治川沿いに山へ向かって上る。住宅街を抜け、市内を東西に走る幹線道路を越えた辺りからが梅元町で、その道路周辺から坂はより厳しくなる。道は細くなり、自動車は間違いなく入れない。途中に階段があるところもあってバイクも人によっては難しいかもしれない。
バイソンはそんな梅元町のどん詰まりの道の両側にある。道の左側は建物敷地に入るのに階段を上る必要があり、右側は階段を下がるといえば、土地の高低差がお分かりいただけよう。一本の道を挟んですら高低差があるのだ。
西村氏が購入したのはそのどん詰まりの道に面した8軒。最初に購入したのは角から2軒目で、知り合いの知り合いが所有者だったという縁から。西村氏は学生時代に家賃滞納でアパートを追い出され、知人に紹介された空き家をDIYで再生して住んだという経験以来、廃屋の再生を続けてきており、最近では困った空き家は西村氏になんとかしてもらおうという人がいるのだ。
「このどん詰まりの奥に立派なお茶室があることを以前から知っており、その手前の家だということで、じゃあ買おうかと。ここは駅からは歩いて20分、自転車で10~15分とそれほど遠くはありませんが、道が細く、急で車が入れません。解体や建替えは難しい上に、もともとは市会議員、弁護士や医者など富裕層が住んでいた大きな家が多いので、手を入れるとしても莫大な費用がかかる。それで困って相談されたので、購入しました」
その家の改修作業をしているうちに周囲から声がかかった。西村氏自身もいずれは声がかかるだろうとは予測していたものの、思っていたよりも早く、最初の家に手を入れ始めてから1年以内に他の7軒も購入することになった。所有者はそれぞれ別々で、いずれも処分に困った挙句の相談だった。路地の奥の1軒には他の人が住んでいるものの、それ以外の区画はすべて西村氏のものとなったわけで、だったら、ここを村にしよう、というのがバイソンが生まれることになった経緯である。
家賃ゼロ円で住めるシェアハウスも存在
すでに何軒かは完成している。順に見ていこう。
通りの右側、1軒目の住宅は「北極点」という名の家賃ゼロ円で住めるシェアハウスになっている。これは広島県尾道市因島に住む作家・村上大樹さんの活動にインスパイアされたもの。
村上さんは将来に不安を抱える若い人たちに楽しいこと、好きなことに集中してもらう場として1年間家賃・光熱費無料で住める家賃ゼロ円ハウスを運営している。自身の経験から、個人の生きづらさは内から湧き上がる好きという気持ち、これをやりたいという思いでしか救われないと考えており、自分の好きに気づく場として家賃ゼロ円ハウスを提供しているのだという。
西村氏もお金ではないところで、そうした人たちを応援したいと家賃をもらわずに入居してもらうことがあり、現在は4人の入居者がいる。強制ではないものの、お金ではなく、労働で奉仕してもらうようになっているのだとか。現代では珍しい、物々交換が成り立っているわけだ。
シェアハウスの並び2軒はすでに賃貸されている。一軒は木工製作所で工房に改装して賃貸しており、もう一軒は画家のアトリエとして室内の壁を一部撤去、広い空間となっている。前述したようにこのあたりの住宅はもともとは富裕層の邸宅で100m2以上の広さがある。だが、住宅としてそれだけの広さを求めている人は少なく、それが大型空き家が動かない理由のひとつでもある。
ところが、ここではそれを工房、アトリエなど広い空間を必要とする人たち向けにすることで問題をクリアした。こうしたニーズがあることが知られるようになれば神戸市だけでなく、他の大型空き家に悩む地域の参考になるのではないかと思う。
通りの右側、一番奥は2階建てのアパートでこちらはまだ手付かず。室内は謎の物置状態になっており、さて、何になるのだろう。
ギャラリー、アーティスト・イン・レジデンスがオープン
今度は通りの左側、高台側を見ていこう。
路地入口から2軒目(1軒目は他の方の住居)の最初に改修を始めた住宅はすでに完成しており、これから飲食をやる予定で現在準備中。どう考えてもふらりと人が来る場所ではないが、予約制にするのだという。かつての常識でいえば飲食店が成り立つ立地ではないが、今ならそれもありえる。
その隣はバイソンギャラリーとして完成、使われ始めている。以前は二世帯住宅だった建物で、1階は展示スペース、2階はアーティスト・イン・レジデンスとして使えるようになっており、個人には無償で貸している。
ギャラリーの隣は現在改装中の住戸で、ここもギャラリー同様にアーティスト利用を想定して作業が進められている。作業をしているのは主に時給で雇われているアルバイトの人たちで、それをプロの大工2~3人が指導、どのような作業をするかを指示し、日常的には西村氏が作業をしながら全体を見守るという形だ。
アルバイトは総勢では10~20人いるそうだが、常にいるメンバーは4~5人。来られない日は無理して来なくてもよいと安全、無理しないことを優先したルールで作業が行われている。それでも人が集まって来るのはここが収益だけを追い求めている場ではないから。
「バイソンではちゃんと収益をとる部分がありつつも、非収益部分もあり、それが重要だと思っています。文化的活動のためにやっている、そう思いながら参加してくれている人が多いのです。これが収益だけのためとなったら、がつがつ稼ぎたい人ばかりになり、作業は進むでしょうが、働く、参加する楽しみは無くなってしまうだろうと思います」
捨てられたものを組み合わせることで新たなものを作る
そして高台側、一番奥の住宅はまだ手がついていない。ここは玄関を入ったところに母屋があり、庭を挟んで離れがあるという贅沢な造りで、離れは茶室。草ぼうぼうの庭を藪漕ぎして辿り着いた茶室は、縁側に立つと神戸の市内中心部から海までが見えるという眺望の良い場所だが、ここを改装するのは大変そうだの一言。
「そもそも高台側の3軒は建物のすぐ後ろに擁壁があって風通しが悪かったため、湿気がひどく、柱がほぼ腐っているなどひどい状態でした。また、屋根が飛んで空が見えていた家、内部がプール状態になっていた家などもありました」
そこからの改修となると、神戸市からの地域貢献を名目とした空き家再生への助成があるとはいっても費用的には厳しい。そこで、バイソンは廃材あるいはもらってきたものを再利用している。下地には新しいものも一部使っているものの、外から見えているものは、ほぼほぼ廃材だと西村氏。もらえるものがあると聞けば軽トラで出かけ、マンションのモデルルームから捨てられるはずのガラス、便座、断熱材をもらってくるなどしている。
取材時に印象的だったのは改修が始まっていないアパートの前に置かれていた、いや、たぶん捨てられていたガス台を西村氏が手に取り、「まだ使える」と運んで行ったこと。普通の人の目には廃棄された、汚れたガス台なのだが、汚れは磨けばきれいになるし、きちんと作動はしている、だから大丈夫だと西村氏。
「空き家、廃材のようにどうしようもないものをなんとかしようといつも思ってしまいます。誰もやる人がなく、捨てられる、放置されるものを組み合わせたらなんかできるのではないか。それぞれの人の自由になる、いってみれば余っている時間を集め、余剰の品を活用しながら生きているんですよ。それほど強い思想はなく、使えるものを使わないのはもったいない、そう思うのです」
廃墟を再生した村をアートの場に
姿を現しだしたバイソンだが、西村氏はバイソン以外にも空き家、正確にいえば廃墟が集まる一画の再生を複数個所で手がけている。そして、それらに注目が集まり始めている。最初は廃屋に愛情を注ぐ西村氏の姿が面白がられていた節があるが、その後は再生された空間をアーティスト・イン・レジデンスとして使うことに目が向いているのだ。
神戸市では2022年春に俳優でダンサーの森山未來氏らが市内北野地区にアーティスト・イン・レジデンスを開設。2022年10月には神戸市がKOBE Re:Public ART PROJECTという、アーティストが神戸市に滞在し、制作活動を行いながら、新たな視点で地域の魅力を発掘するというプロジェクトをスタートさせてもいる。
すでに長田区では9月に全国初というアーバニスト・イン・レジデンスなる事業が行われており、そこで舞台となったのは西村氏が長田区内で再生したシリイケバレー(神戸市長田区東尻池町)である。また、前述のプロジェクトのホームページでは西村氏が作っているもうひとつの村、長田区丸山にあるバラックリンの空撮写真が使われてもいる。
神戸市では文化の拠点としての空き家再生というやり方に着目しており、その実践の場として西村氏の活動が有効ではないかと考えていると思われるのだ。前述したように都心から離れた広い空間を活用できるのはアーティストやモノ作りに関わる人たちであることに加え、そうした人たちが集まることで人の輪が生まれ、地域にインパクトを与えると考えると、そこには単に空き家を再生する以上の意味が生まれる。
西村氏は強い思想などないと言うが、これまで多くの人が見ても見ぬふりをしていたものに価値を認める視線は優しく、革新的。廃屋という言葉のイメージが活動とともに変わっていったら面白いと思う。
ところでバイソンの購入(総額2,000万円ほど)にあたっては銀行からの融資を受けられず、西村氏は運転資金をつぎ込むなど資金面で綱渡りを続けている。シェア住戸入居者、物々交換で労働力を提供してくれる人その他活動を面白がり、支援したいと思う人があればぜひ。バイソン以外にも謎過ぎて震える空間があり、土地や建物にはここまでの可能性があるのかと驚かされるはずだ。
西村組
https://nishimura-gumi.net/home/
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