動物園としては、全国に先駆けて独立行政法人化した「天王寺動物園」

大阪でキタ、ミナミに次ぐ第三の繁華街ともいえる天王寺は、下町ならではの人情や、こてこての大阪らしさが色濃く残るエリアだ。
そこに、1915年に開園したのが天王寺動物園で、筆者が若いころは、爬虫類のコーナーに亀の子タワシや蛇口などが展示されていたりして、ユーモアのきいた「いかにも大阪」な雰囲気が満載だった。現在は、もちろんタワシや蛇口は展示されていないが、動物の行動の不思議を知りたい親子連れに、常連客が詳しく解説する場面など、大阪らしい人情がみられる。

2021年4月1日には、動物園としては全国で初めて独立行政法人となり、2022年4月27日には「人と共に生きる動物の意味と、そのあたたかさを知る」ことをコンセプトに、動物を間近に観察できる「ふれんどしっぷガーデン」もグランドオープンした。

天王寺動物園は、今後どのように進化していくのか、安福潔副園長にお話をうかがった。

大阪・天王寺にある「天王寺動物園」大阪・天王寺にある「天王寺動物園」

動物園や水族館などでは、「エンリッチメント」という言葉がクローズアップされている。エンリッチメントとは、飼育環境を整えて、動物が健康で幸せに暮らせるよう工夫することだ。従来から、エンリッチメントに積極的に取り組んできた天王寺動物園だが、マンパワーが十分とはいえなかったようだ。

「独立行政法人になって一番の変化は、人の採用ができるようになったことです。大阪市の方針として飼育員等、職員の新規採用はずっと凍結状態で、動物園の飼育員も高齢化をたどる一途でした。世界に誇れる動物園にしようという目標を達成するには、まず人が必要です。独立行政法人になってから13名を採用し、エンリッチメントの対象が広がって、効果の検証や評価を通じて次に活かす展開ができるようになっています。飼育員という名称も、動物飼育専門員に変わりました」と、安福副園長は教えてくれた。

大阪・天王寺にある「天王寺動物園」サバンナゾーンの草食動物のエリアに立つ安福副園長。後ろではエランドがのんびり草を食んでいる

「ハルカス」「ホウちゃん」。動物たちの名前にもみられる地元企業との協力関係

新しい取組みには費用もかかる。基本的な運営費は大阪市からの運営費交付金で賄われるが、企業に寄付をお願いするほか、今年の5月には爬虫類生態館「アイファー」のリニューアルにかかるクラウドファンディングにも挑戦した。

ホッキョクグマやキリンなど、在阪企業がスポンサーとなった動物は、いかにも大阪らしい名前がついている。たとえば、今はブリーディングローン(繁殖のための貸出し)で横浜へ出張しているが、ホッキョクグマの雄の名前はゴーゴ。雌の名前はイッちゃんという。そして二頭から生まれた子熊はホウちゃんだ。スポンサーは551の蓬莱(ほうらい)で、二頭の子熊が生まれたとわかったとき、ホッキョクグマファンの間では、「名前はホウちゃんとライちゃんじゃないか」と、冗談半ばで噂されていた。残念ながら一頭は成長できなかったが、元気に育ったもう一頭の子熊がホウちゃんと名づけられたとき、ホッキョクグマファンのTwitterやブログなどで、「本当にホウちゃんと名づけられるとは!」と、どよめきが起こったものだ。

2021年に生まれたホッキョクグマのホウちゃんは、体の大きさは成獣に近づいてはいるものの、まだまだ遊び盛り。コーンを頭にかぶったままプールに飛び込んだり、ガス管のおもちゃを抱いて泳いだりと、疲れ知らずに遊んでいる2021年に生まれたホッキョクグマのホウちゃんは、体の大きさは成獣に近づいてはいるものの、まだまだ遊び盛り。コーンを頭にかぶったままプールに飛び込んだり、ガス管のおもちゃを抱いて泳いだりと、疲れ知らずに遊んでいる

近鉄にスポンサードされた雌キリンは、近鉄グループのシンボルともいえる超高層ビルを建てた際の地元貢献の一つとして寄付され、名前も同じ、ハルカスという。
「ホッキョクグマもキリンも、園長外交で、企業に直接お願いしにあがったと記憶しています。ただ動物ならよいというのではなく、マッチングも考えました。蓬莱さんはアイスキャンディーの包装にホッキョクグマが描かれていますし、あべのハルカスと、背の高いキリンのハルカスを一緒に撮ると、映える写真になるのです。大阪にも社会貢献に取り組まれている企業がたくさんあるので、その中に動物園も加えていただけたらありがたい。動物を通して地元の企業と良い協力関係を作っていきたいと考えています」
独立行政法人になって自由度が増したので、今後もタイアップを考えていくそうだ。

2021年に生まれたホッキョクグマのホウちゃんは、体の大きさは成獣に近づいてはいるものの、まだまだ遊び盛り。コーンを頭にかぶったままプールに飛び込んだり、ガス管のおもちゃを抱いて泳いだりと、疲れ知らずに遊んでいるこのキリンの名前は「ハルカス」ではなく、雄の「幸弥」。後ろにあべのハルカスが見える

サバンナゾーンもいち早く設置した天王寺動物園

肉食動物のライオンやハイエナなどと、キリンやシマウマなどの草食動物が、同じ平面上で観察できる展示は、いまや全国的に見られる。肉食動物と草食動物のエリアの間には深い溝などが掘られており、互いに隔てられてはいるが、横からであれば同時に眺められ、サバンナの風景を見ているようだ。このような展示方法を最初に手がけたのも天王寺動物園で、サバンナゾーンと名付けられた。

「老朽化施設の計画的な建て替えを目的に、単なる動物の展示だけでなく、環境教育施設としての取組みや、動物の快適性と健康福祉への観点から生まれたZOO21計画で、動物の生活する空間を含めたランドスケープをデザインし、ゲストが世界に没入できるような展示にしようと目標をたてました。その中で生まれたのがサバンナゾーンです」と、安福副園長。

サバンナゾーンでは、肉食動物と草食動物が同じ平面上に観察できるサバンナゾーンでは、肉食動物と草食動物が同じ平面上に観察できる

地域にとっても動物園にとってもよい場所に
「動物にとっては安心して人を迎えられる場所、人間にとっては自然な触れ合いを実現できる場所」

幼稚園・保育園児だけでなく、大阪市立あるいは市内の小中学校の生徒は無料で入場できるため、遠足や校外授業などで利用されることも多い。近隣の専門学校の学生が学外実習に訪れることもある。学生は、授業だけでは得られない学びを得、動物園はマンパワーを得るWin-Winの取組みだ。

実習に来た学生が動物飼育専門員の取組みを見て、「この動物園で働きたい」と就職活動に訪れることもあるし、幼稚園児・保育園児が将来的なファンになることもあるだろうから、地域の若者の受け入れは、動物園の将来のためでもある。しかしそれだけではないという。

「ふれんどしっぷガーデンは動物福祉の観点から運用されています。愛護の対象にするのではなく、動物の生きる環境を調えて幸せになってもらおうという考え方で、敢えて『ふれあい』という言葉を排除しました。世界動物園水族館協会の動物福祉戦略ガイドラインは、動物とのインタラクション、つまりお互いに良い関係を作る中で、動物の意志を尊重しましょうと提案しています。旧施設ではヒツジやミミナガヤギはフェンスの中におり、餌を購入して動物にあげることができましたが、新施設では人間の『触れたい』という欲求を控えて観察し、個体ごとにどれだけ食べたか管理できない給餌方法ではなく、工夫しないと餌を取り出せないフィーダーに餌を入れてもらい、動物がフィーダーからどのように餌を出して食べるのか観察をし、動物福祉、エンリッチメントとはなんなのか、それにより動物のどんな行動を引き出せるのか、スタッフがガイドするようにしました。
今後も動物の反応などを見て改善を重ねていきますが、リピーターの方たちが無理のない触れ合いを実践し続けてくだされば、『動物第一』の精神はやがて風土となり、動物にとっては安心して人を迎えられる場所、人間にとっては自然な触れ合いを実現できる場所となるかもしれません」(安福副園長)と、地元のリピーターが多いからこそ、動物福祉精神の風土作りに挑戦できるわけだ。

独立行政法人となったおかげでマンパワーがあり、スタッフが常駐できるからこその取組みでもある。動物に触れないよう、しっかりガイダンスされるおかげで動物たちも安心しており、筆者がしゃがんで目線を落とし、手を差し出すと、ヒツジの一匹がにおいを嗅ぎにきてくれた。
人間の欲求を抑えて動物の気持ちを優先すれば、動物も心を許しやすくなるのだろう。それを見ていた家族連れも同じようにしゃがみ込んで観察していた。

参加者が餌を入れたフィーダーを、ふれんどしっぷガーデンの動物に与えると、さまざまな工夫をしながら餌を取り出す様子を観察できる参加者が餌を入れたフィーダーを、ふれんどしっぷガーデンの動物に与えると、さまざまな工夫をしながら餌を取り出す様子を観察できる

「ただ『可愛かったね』だけではなく、環境や社会情勢に左右される動物の姿も知ってほしい」

以前から、動物飼育専門員のブログや、動画配信で、動物に親しみを持ってもらう取組みを続けてきた。2021年3月にオープンした「TENNOJI ZOO MUSEUM」には最大収容可能人数240人の多目的ホールがあり、絶滅危惧種に関する展示や、動物飼育専門員がレクチャーする「動物のとっておき話」なども実施してきた。

夏休みには企画展「戦時中の動物園」も開催、太平洋戦争を経験した動物園として、泣く泣く殺処分せざるをえなかった動物のエピソードや、プロパガンダに利用されてしまったチンパンジーの話が紹介されるほか、当時の情勢で殺処分されてしまった動物の剥製標本などが展示される。

「ただ『可愛かったね』だけではなく、絶滅危惧種の野生下での状況や、なぜ絶滅に追い込まれているのかを感じて、何か小さなことでも行動を変えていただけたらと思います。また、ミュージアムで展示しているのは単なる動物標本ではなく、名前があり、飼育員が心を込めて育ててきた動物の標本です。歴史やエピソードのある標本を、常設でお見せできることに価値があると思います」(安福副園長)

今後はさらに域内の動物保全にも取り組みたいという。域内とは動物たちの本来の生息地のこと、域内の保全とは、保全対象とする種や個体群を、その本来の生息地で、必要な環境要素やその規模を確保することで、保全し、絶滅を避けようとする取り組みだ。天王寺動物園では、準絶滅危惧種に指定されているニホンイシガメの繁殖に取り組んでいるという。

動物園は子どもが遠足で行く場所だというイメージを持っておられる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、動物福祉の観点で運営される動物園では、さまざまな動物が、人間を信頼して、安心な環境の中でのびのびと暮らしている。動物たちの生き生きとした姿を見れば、元気をもらえるだろう。

各地にある公立の動物園は、入場料も低く設定されており、気軽に出かけるにはうってつけだ。天気の良い日は、動物園に出掛けてみてはいかがだろう。

天王寺動物園からあべのハルカスがみえる。都会の真ん中で動物たちの生態に触れられる貴重な動物園天王寺動物園からあべのハルカスがみえる。都会の真ん中で動物たちの生態に触れられる貴重な動物園
天王寺動物園からあべのハルカスがみえる。都会の真ん中で動物たちの生態に触れられる貴重な動物園天王寺動物園は、大阪で幼少期を過ごした人なら、一度は訪れたことがある場所

公開日: